17 鉄板焼き
秋の大会決勝の翌日。
空戦部の練習が終わった後、ゲルプ隊は香織に誘われて鉄板焼き屋に訪れていた。
丁度夕食時なのもあってか店は賑わっており、レイア達は客から励ましの言葉をかけられた。
「嫌いな食べ物あるか?」
「無いです」
その場にいる全員が否定すると、香織はスペシャル玉とミックスジュースを八つ頼んだ。
「今日はあての奢りや。追加で頼んでもええねんで」
「いや、お金はありますので」
「ちゃうねん。せめてものお詫びやねん。奢らせてぇな。あての気持ちの整理に協力して」
「気持ちの整理ですか?」
「せや。昨日の試合、敗因はあてら爆撃隊や。ドルニエの半分、いや三分の一でも爆撃できていれば、勝ち目は残った。その僅かな勝ち目を、あてらが潰してもうたんや」
「そんな事言ったら私達が敵の爆撃機を全滅させていれば、引き分けでした」
「あの紫電隊が護衛についててそれは無理やろ。あと仮に全滅させても、損失機体ポイントで判定負けや」
「確かに判定負けには、なっていたでしょうね」
「せやろ。別にこれでチャラにしようなんて思ってへん。あてらは冬の大会も戦闘機で出るから、そこで取り返す」
「爆撃隊のお詫びって事なら、うちが奢ってもらっていいのかな」
「ええて。由衣の指揮あってのゴルト隊、いや、トラビ爆撃隊や」
「そっかぁ。じゃいっぱい食べよ」
ミックスジュースが運ばれてきたところで、レイアは前から気になっていた事を尋ねてみた。
「先輩方は、何故空戦部に入ったんですか? 先輩方が入った年は特に財政的に厳しく、まともに活動できないとわかっていたはずです」
「それでも、東大阪商店街を盛り上げたかったからや」
「確かに、色々応援頂いていますが。天本さんは中学空戦の経験は?」
「無いで。だから爆撃隊に回されたんや。どうせ捨てる爆弾を後生大事に運ぶ意味が初めはわからんかったんやけど、スツーカが教えてくれた。爆弾は落とすんやない。ぶつけるんや。あのサイレンを鳴らしながらホーネッカーとかいうおっちゃんの肖像画に爆弾ぶつける練習がめっちゃ楽しゅうて。気付いたら一年経っとった」
「爆撃機だけの大会があるのも良かったよね。模擬爆弾使うからガソリン代だけだし。非公式でも試合に出れると楽しいよ」
「広川先輩は何故空戦部に?」
「香織が入ったから。でも急降下爆撃は面白いと思う。奥が深いよね」
「由衣がおらんかったら今の爆撃隊は無いで。先輩方からノウハウを学んだのが由衣や。あては由衣の指示で突っ込むだけや」
「香織の照準が正確なのが前提だけどね。先頭機のタイミングがズレると後ろもズレるから」
「それもまたおもろいねんな。爆撃照準器の無いヤーボとも一味ちゃうねん」
ここでスペシャル玉が次々と運ばれてきた。
香織は慣れた手つきでソースを塗った後、マヨネーズをレイアに手渡した。
「マヨネーズはお好みや。多めがお勧めやで。かつお節もな」
「ありがとうございます」
ここで店内のテレビから昨日の試合の中継と解説が聞こえてきた。
「錨桜高校、圧倒的な強さで秋の大会も優勝。これで二冠達成。最早一強と言っていい錨桜ですが、実は夏、秋の二冠は高校空戦としても初。夏、冬の二冠なら昨年達成していますが。高校空戦初の三冠、これは達成確実とみてよいでしょうか」
「はい。九九パーセント三冠を取るでしょう。高空連もやっと練習制限導入について協議を始めたようです。来年度に間に合うよう期待しましょう」
「決勝の相手、トラビマイスターはよく健闘したという意見が多いですね」
「トラビマイスター迎撃隊の位置取りは私としては褒められませんね。実力差を考慮してのギャンブルインターセプションでしょうが、あんなの読みを外したら錨桜の爆撃隊は全部素通りです。結果論ですが、エースであるロート隊も含めた四個個小隊で哨戒していれば、リスクを下げつつ、合流して一六機での迎撃も可能だったと思います」
「ライヒスリッター学園の発言を受けて賭けに出た、と部長の鹿島選手は言っていました」
「トラビは良い選手が多いです。特に決勝でも五機撃墜破した一年生の六原選手。空戦部廃部は勿体なさすぎます」
「トラビ高校自体は来年も存在します。何とかならないんでしょうか」
「東西ドイツの政治問題も絡んでいるので、一評論家からは何も言えません」
スペシャル玉をレイアが食べ始めたところで、香織が口を開く。
「すまへんな。この時間はスポーツニュースって決まってんねん」
「……正直、来年、うちの空戦部は無い可能性が高いと思います。先輩方は、どうするつもりですか」
「あてはこの店継ぐから、勉強いらんねん。空戦部がのうなったら暇で暇でしゃーない。せや、機体を分解してこの商店街に隠して、非公式大会だけ出よ」
「試合に出た瞬間バレるよ」
「せやった」
「広川先輩は何か考えが?」
「無いよ。なーんにも。香織と一緒にスポーツ推薦で大学行こうって話してたけど、最後の一年無いんじゃ無理。つまんない人生ですよ」
「そう。大学が問題なのです!」
スペシャル玉を食べ終わった明日香が口を拭きながら言う。
「私はげきつ、空戦を続けたいのですが、大学に受かりません。よってスポーツ推薦狙いなのですが、空戦部が無くなれば水泡、霧散、墜落! 一体私はどうすれば良いのでしょうか!?」
「来年一年ずっと勉強していれば何とかなるんじゃないですか? 浪人するという手もあります」
「明日香の成績は赤点まみれだ。進級できているのは、トラビが消えるのに留年させる意味が無いからだと、教師が言っていた」
真琴によって明日香の学力が明かされる。
「相応の努力が求められる事は理解しています。しかし、空戦が強い大学は有名大学ばかりで、全く受かる気がしません!」
「試験科目の少ない学部なら可能性はある。明日香が苦手なのは問題文が長い科目。高校の数学や物理は暗記だから、解法を覚えれば受かるかもしれない。空戦と同じだ」
「なるほど! よくわかりませんが、空戦部が無くなったら教えてください!」
「白瀬先輩と高科先輩は、どうして空戦部に入ったんですか?」
「明日香は私と中学が同じで、私が誘った。私は、悠紀羽の影響だ」
「悠紀羽って、錨桜のですよね」
「そうだ」
真琴は少し顔をしかめて肯定する。
「私の家が剣道場兼古流剣術を営んでいる事は知っているな」
「はい」
「高科神道流と神道悠紀羽流は神道系の中では大きい方で、交流があった。そして三年前、他流試合をやったんだ」
「古流剣術にも試合ってあるんですね」
「ある。ただしスポーツとは違って、おおよそ引き分けにするか、痛み分けにするのが常識だ。だが、あの時の悠紀羽家は違った。禁忌に近いところまで踏み込んできた」
「そうなんですか。インタビューを見る限りでは礼儀正しそうな人達でしたが」
「礼儀がなってないとかじゃない。おそらく剣に真摯で、純粋なんだと思う。弟子が三女の桜と戦って負けた。私は次女の藤花に負け、私の兄は橘花に負けた。普通は私が負けた時点で、悠紀羽家から引くべきなんだ。だが橘花は引かず、あろうことか私の父を相手に指名した。これは向こうに非があるから、うちは門下生総出で橘花を取り囲んだ。だが引かなかった。そして遂に父が剣を構えた。そして一分ほど向かい合ってから、参ったと言って剣を下げた」
「結局は引いたわけですか」
「まるで武士の情けと言わんばかりにな。恐ろしかったのは悠紀羽の父が、涼し気な顔で眺めていた事だ。その真意はわからないが」
「古流剣術の事はよく知りませんが、異様な一家という事ですね」
「ああ。古流剣術なんて狭い世界だ。やり過ぎれば自滅する。本当にギリギリのラインだ。だが心身ともに強かったのは事実。後で調べてみたら中学空戦をやっている事がわかったから、私も始めたんだ」
「あん時は結構な噂になったで。非常識な東京もんいうてな」
「私は後悔している。誘った明日香を一人にして、空戦部に行かなくなった。試合なくして何の鍛錬かと思ったからだ。でも去年の冬、あの橘花が試合に出れていない事を知って、間違いに気付いた。いつ戦いになってもいいように鍛えるのが武術だ。ひたむきに練習していた明日香こそが正しいあり方だったんだ」
「私は単に機関砲を訓練目標に当てるのが面白かっただけなんですが」
「私も空戦の練習を続けつつ、辞めていった同期を引き留めていれば、錨桜にも勝算はあったかもしれない。本当に申し訳ない!」
真琴は他七人に向かって頭を下げた。
「うちは気にしてないよー。明日香の制御に後輩指導。十分取り返してると思うな」
「あてもやで。辞めてった奴らもしゃーない。大会出れるかすらわからん部活に残ったあてらが酔狂なんちゃうか」
「ありがとう……。このチームでもう一年、空戦がしたかった……」
「あの、一つ質問なんですが」
この時点で具体的な案があったわけではない。レイアは衝動的に二年生達に尋ねていた。
「もし仮に、錨桜に勝って空戦部が存続するとしたら、得体の知れない存在とでも、契約しますか? 後で相応の対価を払う事になっても、後悔しませんか?」
「え……もしかして悪魔が誘いに来てる?」
「相応の対価とは何だ。寿命や健康か?」
「あては払うで。ただの仮定の話やんか。対価がなんや知らんけど、魂でも売ったらええんか」
「私も払います! もう一年空戦ができたら、人生変わると思うんです!」
「まぁ仮定の話だったらねぇ。そりゃ錨桜に勝てるんなら何でもしますけど」
「それは、そうだ。私はもう逃げない。勝利に伴う犠牲も、受け入れねばなるまい。……仮定の話だがな」
「六原ちゃんが必死なんはわかるで。錨桜に勝つか自分を堕とさないとすぐには両親と会わせないとか、姉ちゃん意地悪過ぎるわ。あとせっかく来たんやからもっと頼みや」
「じゃあシーフードミックスと烏龍茶を」
「私もそれを。あとねぎ焼きと焼き餃子ください」
「焼き餃子は、シェアしよう」
「私も餃子食べたいです」
香織が注文を通し、こちらに向き直る。
「シーフードか。外人は魚食わんのかと思っとったわ」
「ドイツでも火が通ったものは普通に食べますよ。因みに私とハンナは生魚も大丈夫です」
「タコもいけるんか? デビルフィッシュいうんやろ?」
「ヨーロッパ人がタコを忌避するという俗説が日本で広まった理由が謎です。北海やバルト海ではタコがあまり採れないので、そもそも店で見かけません」
「なんやデマか。タコ見て怖がる姿は面白いねんけどな」
「面白いから広まったデマといえば、まさにトラビ空戦部がそうだろう。ライヒスリッターに勝ったら存続という話自体が、飛ばし記事だったと掲載元が認めている。しかし面白がった空戦ファンがデマを広げ続けた結果、今や本来無関係なはずの錨桜まで巻き込んだ話になっている」
「ライヒスリッターもいい迷惑だよね。勝手にヒール扱いされて、負けたら蚊帳の外」
「全くだな。しかしライヒスリッターがトラビ空戦部の存続と半ば無関係になった事は、今の一年にとっては悪くないだろう。再来年合併した時、馴染みやすいのではないか」
「これは言いたくなければ秘密で良いんだけど、六原ちゃんってリッター学園からスカウト来たりしてないの? 学力的にも転入余裕だよね」
「現時点でそんな話は来ていません。本当です。ただ仮に来た場合は、部員全員の転入を条件にします」
「それはやめとき六原ちゃん。仮にリッター学園が飲んだとしてもや。学力でついていけない奴がぎょうさん出るで。あてもやな。明日香とか卒業でけへんやろ」
「その場合はずっと高校空戦ができるんでしょうか」
「一八歳までと規定にある。あと、リッター学園が飲むとしても、転入試験は課すだろう。世間体的にも。全員というのは非現実的だ」
「それじゃあ真琴さんは転入できちゃうじゃないですかぁ! 私はどうなっちゃうんですか?」
「明日香は空戦では後ろ。人生では前を見て欲しいが、ともあれこういう事になるので、ゲルプ隊程度にしておくことを勧める。トラビの掲げる公平な分配には反するがな」
「そんなもん入学初日に説かれて以来一度も聞いてへんわ。金なさ過ぎてバイト推奨とかどんな社会主義やねん。六原ちゃんほんと気にせん方がええで」
「だよねー。仮に転入試験通っても、最後の一年だけライヒスリッターとかリスクあり過ぎ」
「そういうもの、ですか」
運ばれて来たシーフードミックスを食べながら、レイアは思う。
二年生の先輩達にも空戦を続けて欲しい。
それを叶えるには、やはり錨桜に勝つしかないのだ。
何か手は無いのか。
ルール違反にならず、後ろ指を指されるリスクが低く、チームメイトが勝ちだと納得できる手段が。
それから数週間、レイアはそればかり考えていた。
次回、レイア、横から飛んできたボーリングの球が脇腹にストライク




