18 自白
一二月初頭。
レイアは部室に空戦部員全員を集めた。
人数が部室の容量を超えており、暖房が無くても温かいぐらい人口密度が高い。
その中で、レイアは重大な告白を行っていた。
ともすればチームの結束を乱す危険な行為だ。
だが鹿島先輩や野崎先輩は承認してくれた。
ならば、チームの崩壊だけは防げるだろう。
「皆さんに白状します。夏の大会の一、二回戦および秋の大会の決勝戦。私とハンナは対戦校の部室ないし備品に盗聴器や隠しカメラを仕掛け、相手の編成や作戦を事前に把握しました。その情報を元に鹿島先輩や野崎先輩が作戦を立てました。夏の大会一、二回戦の勝利は、チームの実力ではありません。また、秋の決勝では錨桜の機体編成や爆撃機の進路を事前に把握しておきながら、完封負けしました。そして勿論、盗聴や盗撮は違法です」
レイアが口を閉じると数秒の静寂が訪れる。
それを破ったのは直治だった。
「これって質問ありなんだよな」
「はい」
「お前らが鹿島や野崎とこそこそやってたのは皆知ってんのよ。だがな、鹿島や野崎が空戦部にとってマイナスな事をするわけがないから、触れなかったわけ。それを何で今話した? お前の自己満足か? あーあ、知らないまま卒業したかったなぁ!」
「断じて自己満足のみではありません。皆さんに提案があるからです。錨桜に勝つための」
「盗聴盗撮までやって勝てねぇならどうにもなんねぇだろ。だから知りたくなかったって言ってんだよ。最後まで夢を見させろや」
「そもそも冬の大会は制空戦。空戦の実力のみが試される。夏や秋と違って作戦の重要度は低い。盗聴や盗撮に意味があるとは思えない」
「提案内容は合法です。ただしチーム全員の協力が必要です」
「だったらこの機会にもう一つ聞かせてもらおうか。八月二週目に空戦部に入った膨大な予算。あれは合法な金か? 本当に東ドイツからの支援か? 因みに俺は信じてない」
「東ドイツから支援があったというのは嘘です。ただし、お金の出所は東ドイツの国営銀行が極秘に刷った紙幣です。湯雲さんと藤巻先輩の協力があって、その一部をこの空戦部の口座に振り込む事ができました」
賭博については流石に省いた。
違法だという事もあるが、レイアとハンナの前職にも触れる必要があり、話が煩雑になるからだ。
「藤巻まで協力してたのかよ。うちの上層部真っ黒じゃねぇか」
「俺からも問いたい」
ブルーノの静かな発言に、周囲が鎮まる。
「鹿島は部長になった時、最後の一年は皆が楽しめるようにすると言ったな。覚えているか」
「覚えている」
衛徒は真剣な表情で答えた。
「六原と月城の行動をお前は認知していた。この告白も、お前が認めたのか?」
「そうだ。全て俺が承認した」
「何故話させた。気持ちの良い話ではない。こんな状態で冬の大会を楽しめるとでも?」
「まだ、諦められない。この空戦部の来年を。俺は最後の部長に、なりたくない」
「独善だ。俺からも言ってやろう。錨桜への勝算は零だ。恥じる事は無い。積み重ねた練習時間の差だ。故に、胸の内にしまっておくべきだった。最後に、道を違えたな。部長失格。打ち首だな」
「流石に殺さなくてもよくない?」
「単に部長辞めろって事じゃないか」
「待て、この時期に部長変わったら怪し過ぎる。第一、本当に鹿島が悪いのか? 野崎も知ってたんだろ?」
「ええ。知ってたわ。最初のノストラム戦から」
「だったら、その、何ていうか、悪いのは六原と月城だろ。二人が責任取って辞めたら済むんじゃねぇの? どうせあと四ヶ月だし」
「いや、全責任は俺が取ると明言したうえで二人は行動していた。辞めるんなら俺だ」
「私も忘れないで」
「お前ら二人が辞めたらチームが崩壊すんだよ。勝手過ぎるだろうが」
「最悪だなこの時間。思い出すわ。一年の頃の鹿島」
「ああ、高慢で勝手な奴だった」
「協調性を学んだと思ったら最後にこれかよ。ただ、もっと賢い奴だとは思ってた」
「待って下さい! 私の話を聞いてください! お願いします!」
これ以上鹿島先輩への悪口を聞くのは堪えられない。
とにかく錨桜を倒すための作戦を話そう。
それで認められなければ、私とハンナでひたすら謝罪して、退部届を出そう。
賭けに負けたのなら、去るしかない。
だが、勝算はある。
この先輩方は錨桜に負けた後も変わらず熱心に練習を続けている。
内心では勝ちたいはず。負けの決まった勝負なんかしたくないはず。
まずは自分を信じろ! 相手の感情を読み解いて勝負に勝ち、生き延びてきたのだ!
「ハンナ! 白板!」
ハンナがホワイトボードを用意している間にレイアは話し始めた。
「錨桜が強い最大の理由は練習時間です。中学空戦でエリートと呼ばれた選手が入部し、錨桜の練習に耐えきった人間のみが試合に出ます。才能ある選手が集まっている事は事実ですが、それでもプロまで行ける人は一握り。練習時間の差が実力差の大きな要因です」
「それはさっきブルーノが言ったろうが」
「小細工できない冬の大会じゃ練習量の差こそ致命的なんだよ」
「お前ら、六原の話を聞け!」
衛徒が諫めた瞬間にレイアは話を続ける。
「今まで積み重ねてきた練習量の差を一試合だけ無くすことができます。より正確には、現時点でのスタートラインを揃える事ができます!」
「皆、最後まで聞いて。六原さんのこの話は、私達も初めて聞くのよ」
綾音がそう言うと、聴衆は静まった。
「いくら錨桜と言えど、悪天候を想定した練習は少ないと思われます。まして雨雲や雪雲の中を飛んだ経験は殆ど無いと考えています。ならば、天候を変えましょう! 幸運な事に冬の大会の決勝の地は若狭沖バトルフィールドと決まっています。決勝の日に雨か雪を降らせ、かつ我々だけが雨雲や雪雲がある前提で練習を積んでいけば、実質的な練習時間はひっくり返せます!」
「六原、続けろ!」
ハンナが若狭沖バトルフィールドの断面図を描いたホワイトボードに、レイアは青ペンで絵を描き加えていく。
「我々が行うのは人工降雨です。試合前の飛行は認められているので、ザクセンリンクジャパンから設備を借りてドライアイスを作り、試合前に航空機から散布します。人工降雨自体は世界各地で実績がありますが、問題は既に存在する雨雲を発達させる、或いは雨が降る時間を早める効果しか無く、晴れた空にドライアイスを撒いても無意味という点です」
レイアはホワイトボードに『大量の水』と書いた。
「そこで、東大阪商店街に協力してもらいます。決勝の地には五日前から宿泊可能なので、差し入れとして大量の水を運び込み、貯蔵。前日の夜に水蒸気とし、雨雲になってもらいます。夜間飛行が禁止なだけで、夜間に発電機を動かす事は禁止されていません」
「相変わらず発想が滅茶苦茶ね。率直に言って、成功率はどのくらいなの?」
「わからない、というのが正直なところです。まずここ十年で二月初旬に若狭沖バトルフィールドに雨、雪が降った日は約二割。試合時間内となればせいぜい五パーセント。そこに大量の水蒸気供給とドライアイス散布したとして、十パーセントくらいでしょうか」
「俺達はその十パーセントを引き当てないといけないわけだ。錨桜に勝つよりは簡単そうだな。で、当日雨か雪が降ったとして、どうやって有利に戦う?」
「雲の高さは三千メートルから五千メートルです。よって、高度六千メートル以上からダイブした後、雲に逃げ込みます。そして、編隊を崩さずに雲の上に出て、またダイブ。それだけです。ただしぶ厚い雲の中で編隊飛行をするのは、練習していなければ不可能です。よって錨桜は追ってこれません。錨桜が最も得意とする、同位高度での集団戦を封殺可能です」
「練習方法は?」
「雨か雪が降っているバトルフィールドを借りて練習します。土日の天気予報が雨ないし雪であれば、絶対に行くべきです。また金曜日、ないし月曜日についても、参加可能な人は来てください。平日も使えば、練習時間を減らさずに済みます。また、雲の中での編隊飛行は計器飛行になりますので、普段の練習でも最後の一五分で良いので、計器飛行の練習をしてください」
「正気の沙汰とは思えない……」
誰かの呟きにレイアは返す。
「錨桜に勝つ方法はこれしか無いと考えます。ただ、当然ながら強制できるものではありませんので、否決された場合は私とハンナは退部します。鹿島先輩は自分に責任があると仰っていますが、ただでさえ錨桜に勝ち目が無いところにこのような混乱を招いたのですから、まず私達が責任を取ります。鹿島先輩は責任を持って冬の大会終了まで部長をしてください」
「わかった。だが、今回ばかりは俺が承認したから決行とはいかないな」
「多数決はいかがでしょう。私達も来月からドイツ連邦共和国籍ですので、民主的にいきましょう」
「そもそも鹿島はこの狂った計画に賛成なのか? 雲の中を編隊飛行? 激突するぞ」
「練習すればいい」
「そうか。やっぱりお前は変わっていなかったんだな。理想を押し付ける、ロマンチスト」
「そうだ。部長になった時は抑え込もうと思っていたが、この二人が入ってきて、本性が出た」
「私も、自分があんな卑怯な手を使っても勝ちたい性分だなんて、自覚無かったわ」
「なるほどなぁ。あん時六原ちゃんが言ってた得体の知れない存在との契約って、こういうことかいな」
「やっぱり悪魔の誘いだったね」
「天気を変えるって、悪魔というより魔女だろ」
「私達が行うのは魔法ではなく、詐欺です」
「私からの評価は一貫しているぞ。扇動者。まぁ先へ導くと言い換えてやってもいい」
「この計画において説明すべき点はまだあるのですが、鹿島先輩、先に決をお願いします。私達の退部届はここに置きます」
「預かった。六原。この計画の名前は」
「グラウヴォルケ」
「では、グラウヴォルケ作戦に賛成の者は挙手」
五秒ほど時間が経過し、衛徒が再度口を開いた。
「可決。よってこの二人の退部届は焼却処分とする」
「火が必要ですか?」
そう言ってレイアはスカートのポケットからライターを取り出す。
「部室の外にバケツが置いてあります」
ハンナがそう言うと、衛徒は腹を抱えて大爆笑した。
「わかってんなお前ら! そりゃ狂うわ! 全会一致で可決ぅ!? 東ドイツかよ!」
「我々は、まだ東ドイツ人なれば」
「そうだった。じゃぁちょっと燃やしてくる」
そう言って衛徒が部室から出ていくと、綾音が微笑みながら言った。
「この一年は皆で楽しくやって解散。そのはずだった。ところが貴方達が入ってきておかしくなった。でも皆狂ってはいないわ。覚えておいて、フロイライン方。負けるとわかっている勝負なんか、誰もしたくない。日本人も同じよ」
「ご教示ありがとうございます」
「試合前日までの大量の水搬入。試合前のドライアイス散布。雲を利用した戦闘飛行。どれも一つ一つは禁止されていない。だが、全部が繋がって露見すれば、失格になっても文句は言えない。まさに詐欺だ」
「でも、藤巻先輩にも賛成頂きました」
「綾音の言う通り、勝ち目の無い試合なんかしたくないんだ。それに、試したいじゃないか。もし初めから経済力が互角で、練習量で上回っていたとしたら、私達は錨桜に勝てたのか。それともやっぱり駄目なのか」
「勇気ある実験だな。計画通りいって負けたら、自分に言い訳できない」
外から戻ってきた衛徒が髪から水を垂らしながら言う。
「あら、外雨降ってるのね」
「タオルをどうぞ」
ハンナが差し出したタオルを衛徒は苦笑して受け取る。
「気が利くのはいいが、人の行動を読み過ぎるのも警戒されるぜ」
「覚えておきます」
「今日の練習は無し。その代わり、東大阪商店街に何をどうやって協力してもらうか、意見を出し合うぞ。六原と月城はホワイトボードに意見を書いて、ゲルプ隊で議事にしておけ」
「わかりました」
チーム全体で意見を出し合い、その週のうちに水の搬入方法や、必要な機材の手配方法などおおよその要領が定まった。
そしてその週の土曜日、トラビ空戦部は早速雪の降るバトルフィールドに繰り出し、雪雲を利用した戦闘機動の練習を始めた。
この作戦の肝は結局のところ練習量。
悪天候下での練習量だけは錨桜を凌駕していなければならない。
練習が終わった後、レイアとハンナは衛徒達にホテルの会議室に呼び出された。
入室すると既に座っていた綾音が微笑んだので、切迫した雰囲気でない事は二人にも伝わった。
「グラウヴォルケ作戦の実施は全会一致で決まった事だが、作戦に疑問の声が無いわけじゃない。というか、俺も話を聞いた時から疑問には思っていた。だが、六原と月城に退部届を出されたら、俺としては賛成する以外に無い。だから今日まで何も言わなかった」
「六原さんはこの作戦を詐欺と言ったけど、その詐欺の対象に私達が含まれていたとしても、私は問題だとは思わない。錨桜に勝つには悪天候を利用するくらいしか思いつかないのは同じだから。ただやっぱり、すっきりとした気分でいたいのよ。副部長として」
「うちの学校は馬鹿が多いが、そうじゃない奴もいる。それに長いこと空を飛んでいると、自然というものの巨大さを否応なしに実感する。そこで一つ目の質問だ。仮にお前らが提示した量の水を全て試合前日に大気供給できたとして、当日の天候に影響はあるか」
この二人の頭が良いことはわかっていた。
正解を知った上で確認されているのだ。
私が信用に値するかの最後の確認。
当然、誠意を持って、正直に真実を伝える以外に無い。
「ありません。あの水の量は、単に試合前日に気化させられそうな限界量を計算して決めました」
「二つ目の質問。お前達は、本当に効果があるのかと他の連中から問われた時、最後まで嘘をつき続けるつもりがあるか」
「あります。勝つにはこれ以外ありません」
「わかった。じゃあ俺達も、信じる。試合当日、いや、卒業までだ。他の奴に問われたら、多少は効果があると断言しておく」
「ありがとうございます。お二人には本当に、最後の最後までお世話になります」
「お礼を言いたいのはこちらの方よ。ここ三年で今ほどチームが一丸となった時は無い。貴方達の嘘は、騙されるに値する」
この二人だけではあるまい。
成績の良い先輩や、勘の良い先輩はどこかで気付いたはずだ。
自然界の雲を作り出す海から蒸発した水蒸気量。それと試合前日にトラビ空戦部が大気に供給する水の量は、文字通り桁が違うという事に。
「どうして危険な行動を取り続けた私達を、信じてくれるのですか?」
「お前らを信じた方がチームが強くなるからだ。今までもそうだったろうが」
「これは思い返せばなのだけど、空戦部が今日まで前向きに戦ってこれたのは、責任者である私達と何としてでも勝とうとする貴方達が、良好で親密な関係を築けたからだったと思うのよ。他人を信頼する事は組織を強くする。そのためには年長者である私達から歩み寄って信頼する。当たり前の事よ」
「信頼する事で強くなる、ですか」
「ええ。ここまで来たら一蓮托生よ」
「はい。お二人を尊敬しています」
「私もです」
「あら、本当に嬉しいわ」
「……必要な確認はできた。じゃぁな」
「明日も頑張りましょうね」
そう言って衛徒と綾音は退室した。
あの二人は最初からずっと味方でいてくれた。
トラビに入るまで家族とハンナ以外は誰一人信じられなかったのに、あの二人の先輩は心の底から信頼できる。
今まで知り合ったどんな大人よりも、たった二歳しか違わない鹿島先輩と野崎先輩の事を尊敬している。
レイアは胸の底に熱いものを感じた。
ここまで面倒を見てもらって当日無様な姿を晒すような事があれば、私は一生自分を許せないだろう。
練習。練習。練習。
気が遠くなるまで練習する。私達がやるべき事はただ一つにして単純だ。
冬だというのに熱かった。
雪雲の中で編隊を組もうとして空中衝突し、火が付いたまま落下傘降下した時は特に熱かった。
練習は毎日行われ、あっという間に一二月が終わった。
西暦二千年一二月三一日。東ドイツは西ドイツに吸収合併され、消滅。
ドイツ民主共和国は歴史からその名を消した。
しかし、東欧の強国、東ドイツの血が未だ脈打つ場所が、世界に一つだけ残っていた。
Tips:バトルフィールド
洋上に設置された複数の滑走路と格納庫、宿泊設備および海岸線に設置された攻撃目標の総称。
夏と秋の大会は四国沖バトルフィールド、中部沖バトルフィールド、日本海バトルフィールドの三箇所で行われ、冬の大会は相模沖バトルフィールドと若狭沖バトルフィールドの二箇所で行われる。




