12 INFINITE SKY
八月初頭の水曜日。
瑞穂高校空戦部に悠紀羽桜が訪れていた。
部室の会議室で席に座った桜が頭を下げる。
「お忙しい中お時間を頂きありがとうございます」
「そうでもないわ。今日は飛べないし、整備の指導は他の三年生がやってくれるし」
「とはいえ、あまりお時間を取らせるつもりはありません。本題に入ってもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「瑞穂空戦部のHPを見ました。大学選抜との試合、助っ人募集と書かれていました」
大学選抜との試合の件はルールも含め目立つように空戦部のHPに記載している。
世間的な注目度を上げる事で、後になってのルール変更を阻止する狙いがある。
「機体も足りてはいないのだけど、何より優秀なパイロットが必要なのよ」
「その件について、高校空戦連合への参加を希望します」
「大歓迎よ。連絡があった時から、そうなんじゃないかと期待していたわ」
「ご期待に添いたいと思います。現時点で参加を希望しているのはこの一二人です」
桜がテーブルに置いた資料を見てレイアは目を輝かせる。
「紅龍隊が揃っているじゃない! よく来てくれたわ」
「まずはその一二人から選んで頂ければ。ご希望があれば、増員も可能です」
「ますます嬉しいわ。貴方を含めこの一二人は採用決定」
「ありがとうございます」
「もう仲間なんだから、そこまで畏まらず、対等に接してほしいわ」
「私達が高校空戦連合に参加するにあたり、条件があります。条件を飲んで頂ければ、連合において貴方は上官であると認識します」
「条件、というのは?」
「私達の事は、助っ人というより傭兵として扱って下さい。即ち、報酬の支払いが条件という事です」
「成程。確かに、紅龍隊をタダで使うというのはむし良い話ではあるわね。練習も含めるとかなりの拘束時間になるし。いくらになるかしら」
「金銭は生々しいですし、欲しいのは貴方に必要とされ雇われたという立場です。よって、大学選抜戦で私達が使った機体を錨桜に譲渡するという条件を提案します」
「スピットファイア一二機! 流石に高くない?」
「では使った機体でなくても構いません。一線級の戦闘機である事は譲れませんが」
「とりあえず、スポンサーに電話するわ」
一旦話を中断し、レイアはフィオナに電話をかける。
出たのはキャサリンだった。
「あの、フィーに代わって欲しいんだけど。……すり替え!? なんでフィーは怒らないの? じゃあ言伝で。悠紀羽桜が来ているのだけど、連合への参加の話だったわ。ただ、対価としてスピット一二機を要求している。賄えるか確認して。……それは無理でしょ。ええ? ……後でちゃんとフィーに確認してよ」
一旦携帯を遠ざけたレイアは桜に問う。
「ロードバイク一二台じゃ駄目かしら。ティーセットのサブスクも付いてくるみたいだけど」
「一回戦負けした私達の価値はそこまで低いですか?」
「無理! これ以上のジョークも無理! ……王室からの贈り物なら悪くはないと思うけど。……いや駄目。銀製の刀とか日本人が認めるわけない。私でもわかる。フィーは? 近くにいないの? ……まぁ、そんな感じするわね。いや貴方が不携帯なのはイメージ通り。……きしめんの話は今度にして!」
そう言い放ってレイアは電話を切った。
「電話にシルバーロードさんが出ましたか」
「わかる?」
「ロードバイクの件で」
「有名だものね。今も出かけていたみたい」
「大会中にですか。まぁ、素晴らしいパイロットだとは思います」
「話を戻すわ。使った機体でなくても良いなら、フォッケでも構わないわけよね」
「はい。問題ありません」
「そう。とはいえ一二機はキツイから、フィーの回答次第にはなるけれど」
「詳細は後日で構いませんよ。欲しいのは妥当な額で雇われたという建前ですので」
「となると銀の刀でも?」
「家族にバレると困るのでインゴットに変えて下さい。刻印付きで」
「伝えとくわ。実在するのかどうもわからないけど。ところで」
レイアは言葉を区切り、コーヒーを口に運んでから話を再開した。
「下の名前で呼んで良いかしら」
「はい」
「では私の事も同じ様に」
「ご希望とあらば」
「堅いわねぇ。ともあれ、貴方が連合に参加してくれる理由は知りたいわ。報酬が必要なら尚更」
「前置きとしての質問ですが、レイアさんから見て私の技量はどうですか?」
真剣な表情の桜とは対照的に、レイアは笑みを浮かべた。
「フィーにも同じ事を聞かれたわ」
「連合を率いるレイアさんからの評価は、皆気になるのかもしれません」
「最高評価よ。技量も、指揮能力も。この間の戦いで確信したわ」
「私にもその自信があります。レイアさんとハンナさんがいなければ、ですが」
「それは必然ね。過去の罪を踏み倒してプロ入りせんとする私達は最強でなくてはならない」
「はい。現状の私は三番手です」
「晴嵐は?」
「晴嵐は大学進学を明言しているので除外します」
「ドラフトの評価を気にしているのね」
「そうです。ドラフト一位指名。それが私の目標です。大学選抜戦で活躍できれば、スカウトの評価も上がるでしょう」
「大学選抜戦で私達が負ける方が好都合という様に聞こえるけど」
「補足します。貴方達が存在してなお一位指名される事が目標です。外れ一位であっても、姉さん達を超えた事にはなりますので」
フィーやカディと同じく、桜もまた内心に鬱屈した不満を抱えていると、レイアは察した。
ただ、スポンサーであるフィーやカディと違って傭兵という立場であるなら、その内なる気持ちを汲み取ってやる必要は無い。
存分に戦える環境さえ与えれば良い。
「悠紀羽姉妹を揃えたいと考えるチームもありそうだから、達成確度の高い目標だと思うわ」
深く考えずに回答したレイアの言葉は図らずも桜の深層にある複雑な感情に触れた。
「同じチームになってしまう可能性があるからこそ、私の方が上だと今のうちに証明しておきたいのです」
面白い。とレイアは思った。
姉さんは私にコンプレックスを抱いていたと打ち明けてくれたが、悠紀羽三姉妹では逆の現象が起きているようだ。
怒りを買わないうちは話を続けてみよう。
「ドラフト順位はその年の選手のレベルが影響する。ドラフト一位指名されたら、お姉さん達は認めてくれるの?」
「周囲は認めるでしょう。ドラフト一位はメディアでの扱いも大きいですし」
「そうね。……貴方は橘花さんや藤花さんすら上回ると私はこの間の戦いで確信したけど、普通のファンにはわかりやすい数字が大事よね」
「それはお世辞ですか」
「本心よ。貴方一人の戦果ではないにせよ、エレンと樹里が揃ってやられるなんて試合前は想像していなかった」
「そうですか……。見る人が見ればわかるのですね」
「……貴方がお姉さん達より強いと気付いたのはいつ?」
踏み込んだ質問である自覚はあったので、レイアはいつでも話を打ち切れるよう桜の表情を注視しながら問う。
「去年の夏合宿です。模擬空戦をしていた時、堕とせる、と感じました。その後も模擬空戦の機会はありましたが、チームへの影響を考え、決定的優位は作りませんでした」
真剣に答える桜の回答にレイアは苦笑する。
「あの二人を堕とそうと思えば堕とせるって、凄まじい実力ね。私は疑わないけど」
「……恥ずかしい話です。単なる過信だったかもしれないというのに。報酬の話も、チームの練習を抜けて連合に参加するならアグレッサー機を持って帰ってこいと監督に言われたからですので、全員分じゃなくて良いですよ」
言い終わった桜がコーヒーを飲んだ後、しばしの沈黙が流れる。
おそらく桜はこれ以上の自分語りを望んでいない。
しかし、想像を確証に変えたい。
後一つだけ、質問してみよう。
「記憶を持ったまま去年に戻れるなら、模擬空戦でお姉さん達を堕とす?」
「堕とします。……どうせ総合三位なんですから」
「よくない質問だったわね。これからは未来の話をしましょう。チームメイトとして」
「はい。優勝して下さいね。私達に勝ったんですから」
間違いない。
桜はお姉さん達と確執を抱えていたか、強い不満を押し殺して過ごしてきた。
橘花さんや藤花さんと比較する発言は絶対に控えるよう皆に伝えておこう。
「連合の練習スケジュールについては完成したら連絡するわ。夏の大会が終わったらすぐ、参加メンバーを集めての初回練習を考えているの」
「わかりました。それでは、今日は帰ります」
「その前に、晴嵐が貴方に会いたがっているんだけど、どうかしら」
「……構いません」
「じゃあ呼ぶわね」
そう言ってレイアは晴嵐の携帯に電話をかけて、数秒で切った。
しばらくして、晴嵐がドアを開けて会議室に入ってくる。
「久しぶり」
「お久しぶりです」
「お礼と謝罪を言いに来たんだ。三年前は、代表キャプテンを引き受けてくれてありがとう。そして、お礼の連絡すらできなくてごめん」
「構いません。後で知った事ですが、病気であったと。ならば仕方の無い事です」
「貴方と一緒に飛べなかったのが本当に残念だった。だから同じチームに来てくれて嬉しいよ」
「もう身体は問題ありませんか?」
「まだ薬中気味だけど、医師に心配いらないと言われているから大丈夫だよ」
「良かったです。……私も、謝った方がいいかもしれません。U15のキャプテンを一度辞退してしまった事を。案の定、貴方や姉さんと比較される事になりましたが、病気になった貴方の気持ちを考えれば、快諾すべきでした」
「言わなかった私が悪いよ。実は私も、余命宣告なんて受け入れられなくて、信じたくなかったんだ」
「その時の、そして去年の貴方の苦痛を想像すれば、私の悔しさなど取るに足りません。自分の子供っぽさが嫌になります」
「ここは子供っぽくていい場所だよ。適当にやってもロート隊が締めてくれるから」
「……晴嵐さん。変わりましたね」
「これね。もう戻らないんだよ。まぁドーピングの代償なんだけど」
晴嵐が青い髪を掴みながら言う。
「外見の話ではなかったのですが。その髪色は、戻せない点はともかく、綺麗だと思いますよ」
「ありがとう。目の色も変わって紫外線に弱くなったから、屋外ではサングラスしてるよ」
桜は笑った。
今日一番の、自然な笑顔だった。
「それは確かに、堕天使ですね。天使はサングラスをかけません」
「堕天使の方が良い。正しさを求められないんだから」
「今もそうですが、当時はあまりに未熟過ぎました。天真爛漫とした貴方と、ささくれていた私。どちらがU15のキャプテンに相応しいかなど明白。大人であれば誰しも気付く事です」
「因みに私も不満だったよ」
「病気になる前に、ですか?」
「うん。私に対抗しようとする人がいなかった事に」
「……姉の事など忘れて、もっと自分を出せば良かったですね」
「ねぇ。テラスでアイスコーヒー飲んでいかない? 美味しいコーヒーを淹れる同期がいるんだ」
「いいのですか? 飛行禁止の日とはいえ、大会中です」
「私は決勝まで出れないから暇なんだ。レイア、良いよね」
「ええ。サングラスをかけた晴嵐を見ていくと良いわ」
「では、お言葉に甘えて」
部室の一階へ降りていく間も晴嵐と桜は会話を続ける。
「この間の試合、四機編成の小隊もいたよね」
「はい。零戦シリーズの出撃ポイントが下がったので、より柔軟な編成ができるようになりました」
「じゃあ、私と貴方で八機ずつ指揮したら、一六機で連携できるんじゃないかな」
「同じ機体であれば、指揮統率可能と思います」
「楽しそう。でもやっぱり錨桜は三機小隊の方が良いかな」
「それ以前に! 晴嵐と桜に半端な機数を任せるわけないでしょ。二人とも中隊指揮官よ。できる人材は限られているんだから」
二人がテラスに行ったらフェードアウトするつもりだったレイアも、晴嵐の無茶な提案には口を挟んだ。
「そっか。じゃあ練習でやろう」
「はい。……晴嵐さん。貴方も、押し殺していましたか?」
「今思えば、そうかな。大人の言われた通りにやって成果を出す天使とか薄気味悪くない?」
「一人で背負っていたから、ですよね。私がもっと積極的に連携すべきでした」
「もう一度やってみよう」
と晴嵐は微笑んだ。
「そうですね。この上ない機会です」
「じゃあまず、私の事は晴嵐と」
「わかりました。晴嵐」
「よし。明日、模擬空戦しよう」
「いきなりですね」
「出会えたこの季節の意味を感じたいんだ」
「初めて会ったのも、夏でしたね」
一階へ降りたレイアは中に声をかける。
「斎藤君。アイスコーヒーをこの二人に」
「いいだろう。アイスなら濃いドルニエブレンド一択だ」
「ありがとうございます。先ほどのコーヒーも美味しかったです」
「当然だ。僕はコーヒー屋だぞ」
「桜。大学選抜との試合に貴方が参加すると、公表して良いかしら」
「構いません。監督の許可は得ていますので」
「ならHPに書かせてもらうわ」
そう言ってレイアはその場を離れた。
残された二人はテラスの席に座ると、桜が口を開く。
「晴嵐が空戦を続けられる場所があって良かったです」
「今は本当にそう思う。一年前は本気で辞めるつもりだったんだけどね」
「きっかけは、レイアさんですか」
「間違いなく」
「良い出会いだったのですね」
「面白かったからね」
「面白い、ですか」
「私を対等に見てくれていたと思う。特別視も同情もせず。他にいなかったよ。今までの人生では」
「それは、確かに面白そうですね」
「中学時代の桜がもっと張り合ってくれたら良かったのに」
「もうそれは言わないで下さい!」
二人の笑い声がテラスに響く一方、会議室に戻ったレイアは創設一年目であるライヒスアドラー大学の理事会に電話をかけた。
競技空戦においては選手の技量の方が重要であるが、それは互角の数の機体が揃っているという前提だ。
だがフィーの様に自分が楽しみたいからという理由で大量の機体を提供してくれる奇特なお金持ちは希少であり、二人目など登場し得ない。
よって、残りの不足分は自力で確保する必要があり、その候補がライヒスアドラー大学だった。
ライヒスアドラー大学の理事会と面会する約束を取り付けたレイアは改めて大学選抜戦における目標編成表を見る。
仮にライヒスアドラー大学との交渉が成功裏に終わっても、まだ足りない。
余程都合のいい展開にならない限り、最後の仕上げはドサ回りになる。
しかしどのような困難が訪れようと、諦める理由にはならない。
希望があるうちは戦って戦って戦って勝つ。それだけだ。
次回、レイア、自販機に三百円飲まれたところで中の人に苦情




