11 逆襲の時!
翌日の日曜日。一四時。
四国沖バトルフィールドの東西の滑走路から航空機が次々と離陸していく。
夏の大会一回戦。
瑞穂航空大学附属高校VS錨桜高校。
実力伯仲。事実上の決勝戦という雑誌や解説者達の評価は、全く妥当だとレイアは思っていた。
ここまで戦力が拮抗していると負ける要素を排除しきることはできない。
運が悪ければ普通に負けるであろう。
そして負ければ夢は絶たれる。
その事実に、レイアは過去に潜った修羅場に劣らぬ空恐ろしさを感じた。
幸いなのは、昨日自分が不在でも部員達は滞り無く出発準備を整え、作戦の確認も終えていた事だ。
そして試合前の顔つきに気の緩みは無かった。
頼もしい。
立派な部室。
新品の飛行服。
お金をかけた甲斐があった。
自分達は強豪校の選手であるという自覚が根付いている。
ただし、それは錨桜も同じ。
圧倒的な強さで総合優勝を果たした一昨年ほどではないにせよ、今年の錨桜も強敵である事に変わりはない。
中学空戦でエリートと呼ばれた選手達が入部して競い合い、レギュラーを勝ち取った選手が試合に出る。
選手の平均的な技量は錨桜の方が上だ。
加えて夏の大会で七連覇中。
勝つべくして勝ち続けている。
加えて今年度は零戦シリーズの出撃ポイントが下がった。
零戦は日本で最も有名な戦闘機であり、高校空戦黎明期はほぼ全ての出場校が使っていた。
しかし錨桜の一強状態となると錨桜の戦闘機数を減らすために零戦の出撃ポイントは年々上がり続け、性能に全く見合わない高さとなり、錨桜以外の学校が公式戦で零戦を使う事は無いという、日本の空戦ファンにとっては残念な状況が続いていた。
しかし昨年度の錨桜が総合成績三位という不振に終わった事。
そしてフロンティア高校に代わって高校空戦に参入した先進技術高校の空戦部が零戦を使いたいと申し出た事などが重なり、零戦シリーズの出撃ポイントが見直された。
他にも競技空戦用の零戦を海外に売り込みたいメーカーの意向なども絡んでいるようだが、理由が何であれ錨桜にとっては追い風だ。
試合前、瑞穂空戦部の選手達は駐機場へ行進して整列し、観客先に頭を下げた。
練習時間を割いてまで行進と整列の練習を行ったのは、観客や相手チームに実態以上の評価をしてもらうためだ。
人間は、姿勢が良く秩序だった動きをする選手について、練度や統率力といった見た目と無関係なはずの能力まで高めに評価する傾向がある。
ハロー効果と呼ばれる認知バイアスであると前職で習った。
実際に効果があるからこそ、特に社会主義国では一糸乱れぬ行進が積極的に行われた。
駐機場脇のビジョン越しに見ている錨桜の選手達に少しでもプレッシャーを与えられるなら、意味はある。
あらゆる手段をつぎ込む。
二年前の夏は戦わずして負けを認めた。
一年前の夏は私自身も撃墜され自力の差を見せつけられた。
去年と一昨年は夏で負けても次があった。
しかし今年は違う。
敗北は終わりを意味する。
勝つ。
何としてでも勝つ。
過去七年無敗の夏の錨桜を打倒し、三冠の端緒とする。
逆襲の時だ!
試合開始が告げられると、両校の選手達は次々と夏空へ飛び立っていった。
数十分後、高度三千メートルほどを飛行しているレイアに無線が入る。
「オーランジェドライ敵機発見。銀河十機以上。護衛機あり」
「ゲルプ隊とブラウ隊は合流し銀河を攻撃。オーランジェ隊は集合しつつ南下」
「了解」
「ヴァイスアイン。紫電改を発見。捕捉された」
「委細任せる」
「了解」
錨桜はこの試合に偵察機を出してこなかった。
つまりこちらと同じく戦闘機隊による索敵網を敷いているはずで、空中集合にはある程度時間がかかる。
故に直掩隊から一個小隊出して紫電改に攻撃を仕掛けるのも一手であるが、その判断を下すのは稲葉君であって、私ではない。
ゲルプ隊とブラウ隊についても心配はいらない。
ゲルプ隊の小隊としての戦闘能力は高校空戦最高レベルであり、特に四機の位置と役割を入れ替えながら敵編隊に連続攻撃を仕掛ける『ブランマネョール』の破壊力は脅威の一語だ。
ただしブランマネョールには、ゲルプ隊に指示を出せる中隊長が必要という制約がある。
ロート隊とゲルプ隊で中隊を組めば即座に解決する問題であるが、ブラウ隊とオーランジェ隊で錨桜の九機中隊に挑めば殲滅される事は火を見るより明らか。
それ以外で問題を解決する方法は無いか。
この悩みは数十分で解消した。
フィロがゲルプ隊に指示を出せる事が判明したのだ。
目まぐるしく互いの位置を変えながら攻撃機動を繰り返すゲルプ隊へタイムリーに指示を出すには、ゲルプ隊の誰が一番機の役割を担っているか瞬時に把握して適切なターゲットを選定する必要があり、非常に難しい。
天稟であれ、紛争地域で身に付いた後天的なものであれ、やはりフィロには才能がある。
そしてゲルプ隊への指示に思考のリソースを割いているフィロのサポートはブラウ隊の三人が行う。
ブラウ隊の練度はそのレベルまで達している。
そして最終的に賞賛すべきは、やはりゲルプ隊だ。
余計な事を考えないフィロの判断は早いが、大雑把な傾向がある。
しかし、ゲルプにとって多少の不正確性は全く支障とならなかった。
流石は超大国ソビエトが育て上げたステート・アマ。
指示を出す側の未熟さなどまるで問題にせず、独自に誤差を修正し、華麗にして苛烈な攻撃機動を完遂する。
銀河隊へ大打撃を与えられる事はほぼ間違い無い。
後は私達が如何に陸攻隊を始末するかだが……。
そう思ったレイアの視界の隅に、黒い影が見えた。
すかさずそちらを双眼鏡で除くと、低空を一式陸攻の編隊が飛行していた。
「陸攻隊発見。オーランジェ隊は指定座標に向かえ」
「了解」
レイアは陸攻隊へ進路を向けるが、攻撃はオーランジェ隊の合流まで待つ。
四機で錨桜の戦闘機一個中隊に挑むのは自殺行為だ。
「グラナトフィーア。零戦四機、接近してくる!」
「インディゴ隊は爆弾投棄。迎撃しろ」
「了解」
グラナト隊の半分でも雷撃できれば、作戦としては成功。
そのためにはインディゴ隊に零戦を二機は撃墜してほしい。
困難だが、不可能ではない。期待しよう。
これで彼我の所在が全て明らかとなった。
固よりわかっていた事であるが、オーランジェ隊との合流時間がもどかしい。
数十分して、陸攻隊が高度を下げ始めた。
もうあまり猶予が無い。
北側からオーランジェ隊が近づいてくるのが見えたレイアは攻撃を開始する事にした。
「攻撃開始。ロート隊は陸攻を狙う。オーランジェ隊は零戦を狙え」
同位高度まで上がってきていた零戦が燕返しを仕掛けるが、エレンと樹里が妨害。
その間にレイアは陸攻を照準する。
高校空戦ファンの間では常識となっているが、海面スレスレを飛んでいる一式陸攻への攻撃は簡単ではない。
一式陸攻は双発機にしては運動性が高く、真っすぐ飛んでいる様で、実際は違う。
攻撃してみるとわかるが、弾が逸れる。
バンクと横滑りを組み合わせた回避機動。
海面スレスレであの操縦を行うのは、通天閣投法に匹敵する難易度に違いない。
海面が近い事も考慮すると、真上からの攻撃は上策とは言えない。
よって他校の選手がそうする様に、レイアも斜め上方から攻撃を仕掛けた。
二◯ミリ数発を被弾した陸攻は片翼が破断し墜落。
ロート隊は早くも四機の撃墜に成功した。
「敵機直上!」
樹里の警告ですぐさま操縦桿を倒したレイアの横を火線が通過していく。
上方を見ると三機の零戦。
その先頭を飛ぶ機体のエンブレム!
校籍標識である桃紅色の桜から、翼端に向けて桜吹雪が描いてある。
錨桜空戦部部長、悠紀羽桜の機体だ!
最も強力な敵機であるが、他の戦域で味方を墜とされまくるよりは良かったかもしれない。
幸い零戦も九機。
出撃ポイントが下がった分は他の機体の出撃数に充てたか。
「オーランジェ隊。悠紀羽は狙うな。牽制も不要」
「了解」
悠紀羽桜は高校空戦での被撃墜記録が無い。
オーランジェ隊の技量ではまぐれ当たりの可能性すら無く、狙うだけ無駄だ。
頭を抑えられたくないので一旦上昇し、オーランジェ隊の後方に付く。
オーランジェ隊の攻撃は全く当たらず、その後方に零戦が回り込む。
それを狙ってレイアは射撃したが、当たらない。
「オーランジェ隊は陸攻を狙え」
そう指示してから斜めの旋回に入り、再度零戦の後ろを取ろうとするが、巧みな切り返しで後方へと飛び去っていく。
錨桜の選手が乗る零戦は零戦だと思うな。
これは各校の共通認識であり、舐めてかかるチームなど存在しないが、試合が終わる頃には大概零戦に殲滅されている。
苦手なはずの横転が速い。
急降下にも追従してくる。
こちらの方が速いはずなのに振り切れない。
とにかく判断が早く操縦に無駄が無い。
錨桜の零戦乗り達は海面付近での空戦技法を徹底的に磨いているのだ。
勝てると思わない方が良い。
が、野放しにしてはならない。
「エレンと樹里は陸攻を」
「了解」
レイアは一式陸攻を照準し、一斉射。
命中したが追撃はせず横転し、オーランジェ隊後方の零戦を狙う。
そして左へ旋回を始めた零戦を照準器に収め、射撃した。
が、当たらない。
躱されたのだ。
尤もその零戦は次の瞬間ハンナによって撃墜されたので、レイアが追撃をかける必要は無かった。
一方のエレンと樹里は陸攻の撃墜に成功していたが、二方向から零戦に狙われていた。
「そのまま直進」
「了解」
陸攻から離れてしまうが、エレンと樹里の救出が優先だ。
優位高度から零戦に狙いを定めると、一斉射。
そのまま弧を描くように横転し始めた零戦に再度照準し、射撃。
当たったのは数発であったが、零戦は火だるまになって海中に没した。
レイア達の攻撃を避けるために零戦隊は一斉に斜めの旋回に入る。
追撃は難しいのでレイア達は別方向に上昇し、再度陸攻隊を狙う。
その後方に零戦隊が突っ込んできたが、更に後ろのオーランジェ隊が牽制射を加えた事でレイア達への攻撃が止む。
次の瞬間。
零戦数機が機首を上げると同時にバレルロールを行い、一瞬でオーランジェ隊の背後を取った。
「は? いつの間――」
「オーランジェ隊が全滅しました」
樹里の言葉を聞いて、レイアは仕方ないと思う。
陸攻を直掩していた零戦九機はいずれも手練れである事は間違い無いが、特に悠紀羽桜とその僚機の動きが尋常ではない。
オーランジェ隊とは練度が違い過ぎる。
一回戦の相手が錨桜と決まった時点で、この様な展開を予想はしていた。
残るはロート隊四機。
敵は零戦七機に陸攻隊。
不利な展開だが勝算はある。
対多数戦には鉄則があり、私達はまだそれを手放してはいないからだ。
相手を動かし続け、主導権を握り続ける。
常に攻撃側に立ち続け、決して守勢に回らないという事だ。
一度守りに入れば戦場は多数決によって支配され、少数側は敗北する。
歩むべきは多数決に囚われない社会主義。
オーランジェ隊の犠牲によってできた時間で陸攻に攻撃を加えると、上昇反転し再度機首を陸攻隊へ向ける。
しかしこれはフェイク。
途中で斜めに旋回し、真下にいる零戦を狙う。
回避機動を取る零戦を先回りして撃墜し、旋回から降下に転じた時、樹里の警告が聞こえた。
「零戦五機、上方四時!」
何!?
いや、どうしてもこうしてもない。
読まれたのだ。
こちらの行動を予想して、その上方を占位できる機動を取った。
レイアとエレンが零戦を二機撃墜し、そのまま陸攻を数機撃墜したが、代償として空戦エネルギーの優位、即ち主導権を失った。
今や零戦が上空を飛んでおり、陸攻に攻撃を仕掛けるその瞬間に突っ込んでくるだろう。
悠紀羽桜は対多数戦で少数側がどのように動くかを知っていたに違いない。
悠紀羽三姉妹はインタビューで剣術と空戦技術は似ていると答えている。
神道悠紀羽流の稽古ではそういった戦闘哲学も習うのだろうか。
「ゲルプアイン。銀河八機撃墜。零戦は撤退。パイロットから敬礼されたよ」
「音速でこっちに来て!」
「機体壊れるよ」
「爆撃隊目標地点に到着。が、被害が大きい。直掩隊は何をやっていた」
「これ以上どうせいっちゅーんじゃ。外したらお主ら許さんぞ」
「僕達は急降下爆撃機だ。通天閣投法開始!」
「俺は急降下爆撃機だ!」
「俺が、俺達が急降下爆撃機だ!」
仲間達はやるべき事を果たした。
後は私達がもう何機か陸攻を墜とせれば勝てる可能性が高い。
が、上昇する素振りを見せると零戦隊も上昇する。
こちらが攻撃機動に入った瞬間に後ろを取れる位置取りを維持している。
あの零戦五機は決してミスをしないであろう。
「やるしか無い。ロート隊全機陸攻を狙え」
「了解。樹里、私達の記録は諦めよう」
「はい。良いですよ。勝てれば」
「悪いわね」
「私とレイアは期待を裏切らないよ」
「知ってる」
エレンと樹里、そしてハンナは瞬時に私の意図を理解してくれた。
このような戦況になっては、最早私達でさえも、損害無しとはいかないのだ。
ロート隊は陸攻隊を斜め正面から狙う。
その左右から零戦が迫る。
ロート隊はMW50を使いつつ海面スレスレまで降下して増速。
レイアは自分のA-8の右翼端に波がかかるのが見えたが、左後方から火線が飛んでくるので全神経を集中して姿勢を維持する。
そして火線が止んだ瞬間に機首を上げ、更に右側に横転。既に煙を噴いている陸攻に止めを刺した。
一機撃墜。
即座に反時計回りに横転し、視界に入った陸攻の胴体後部を射撃で吹き飛ばす。
これで二機。
「陸攻二機撃墜」
ハンナの声を聞いて振り返ると、樹里のA-8が海に突っ込むところであり、炎上したエレンのA-8に二機の零戦が追撃を加えていた。
「私達の間を悠紀羽桜が突っ切って行った。一瞬で被弾した。仲間になってくれれば、心づ――」
言い終わる前にエレンも海中に没した。
残った五機の零戦が編隊を組み直しつつ上昇している。
これ以上陸攻に攻撃を仕掛けるのは不可能であり、レイアとハンナは黙って陸攻隊の雷撃を見ているしか無かった。
しばらくして無線から審判の声が入る。
「試合終了! 瑞穂高校の勝利!」
聞こえてきたスコアは、紙一重だった。
滑走路に戻って仲間達の顔を見たレイアは感極まって思わず涙を溢した。
「全員、良くやったわ! 皆で掴んだ大金星よ!」
「大袈裟だ。まだ一勝目だぞ」
「いいえ。瑞穂高校による史上初の三冠は成る!」
「確かに、夏の錨桜に勝ったのはまさに革命的だね」
「ブラーダはヒロインに呼ばれてるから行った方が良いわ。稲葉君と斎藤君も」
「まさか俺が呼ばれるとはのう。ブラーダは何を話すんじゃ?」
「瑞穂に来て本当に良かった。そこに尽きるね」
「私の株を上げといてくれると嬉しいわ。斎藤君はなんで服が濡れてるの?」
「コーヒーを被っただけだ」
「何故」
「被弾して機体が揺れた」
「戦闘中はカップを置いて」
「僕は急降下爆撃機だぞ。コーヒーを置くのは急降下に入ってからだ」
「こいつを人前に出して大丈夫なんか?」
「裁判沙汰にはならないでしょう。ただ飛行服は着替えて。他の人は撤収準備!」
レイアは晴れやかな顔で指示を出した。
このチームはまだまだ強くなる。
同じ高校生相手なら負ける気がしない。
レイアの思いを裏付ける様に、この日から瑞穂空戦部の快進撃が始まった。
次回、レイア、警察に通訳を頼まれるも相手がマイナー言語で役に立たず




