10 euphoric field
「身体中が痛い。信じられない。人格を疑うわ」
走るリムジンの中でソファに手をついて身体を支え、何とかソファに座りながらレイアが悪態をつく。
「何とか嘘で誤魔化すべく」
「物事は面白く。素早く、そして面白く。それが我が家の家訓ですの」
「こっちは全く面白くない! しかも嘘だし」
「面接の様に」
「レイアさん。貴方がお茶会に参加した理由を八文字で述べてください」
「拉致られたから!」
「ナレーションの様に」
「こちらが六原レイア。試合前日で警戒心が強い。だがお茶会の誘いには弱いのだ」
「もういいでしょ。大喜利は」
「そうですわね。ようこそ。私達のお茶会に。カディ。今日という日に相応しいお茶を」
「はい。水にまで拘ったお茶をお出しします」
キャサリンがお茶を淹れている間、レイアはフィオナを見据える。
「この場での要求は一つだけ。一七時までに私を瑞穂空戦部の部室前に届けると約束しなさい。達成されない場合、今後貴方達とは一切の取引を行わない」
「とても強気ですのね」
「こちらの都合を鑑みない人は交渉相手として認めない」
「正論ですわね。一七時までに帰すと約束します」
「ならいいわ。お茶を頂きましょう」
「もう少し怒っているかと思いましたけど」
「理不尽には慣れてるのよ。私は七つの橋を渡らなければならない。こんなの橋の一つにも入らない」
「カラット。ロックな心情です。気に入りましたわ」
「それはどうも。早速だけど本題に入らせてもらうわ。来る大学選抜との試合に助太刀してくれる、という認識でよろしいかしら」
「間違いありませんわ。大学選抜のHPに載っていたレギュレーションを見ると、どうにも瑞穂側の数が足りないように思いまして。機体も、人も」
「そこが最初の関門なのよ。数だけでも揃えないと、橋を渡る事は叶わない。London Bridge is broken down」
「Build a team with good fighters,fine bombers, skilled crews.Build it up with talent and wealth,My fair lady」
チームを作るために戦闘機、爆撃機、パイロットを提供するとフィオナが歌うと、お茶を持ってきたキャサリンが続いて歌う。
「Fighters and bombers break down,Break down, break down,Skilled crews will fall asleep,Dance over, lady」
「カディ、意地悪を言わないで」
「茶々を入れました」
「緑茶じゃないこれ!」
「ご心配無く。この爽快な香りと透明感ある黄金色。最高級の品質です」
目の前に置かれたカップの中身を見てツッコむレイアにキャサリンはさらりと答える。
「飲む大英帝国はどこに行ったのよ!」
「私達は静岡に居を構えていますので」
「イギリス貴族だろあんたら! 紅茶を出しなさい!」
「九◯℃にキープしたお湯を用意してたのですが、溢れていました。さっき何かを撥ねた衝撃が原因と思います」
「私が轢かれたのよ! あっそうだ。運転手! 顔見せなさい!」
「やめてください」
運転席を隠すカーテンを開けようとしたレイアをキャサリンが制す。
「後でお礼をするためよ」
「運転手は先ほど食べたウィスキーチョコレートで酔っ払っています。話になりません」
「は? 冗談でしょ」
「貴方を撥ねてしまうくらいですから。今なら知らなかったで済みます」
「ダイアナ妃の死因をご存知?」
「そっちのが問題だわ! そう考えるとイギリス貴族って怖――」
携帯に着信があったので、レイアは電話に出る。相手はハンナだった。
「レイア! 大丈夫!?」
「ええ。無事お茶会に招待されたわ」
「帰れる!? 今爆装したフォッケを並べてるよ!」
「一七時までにそちらに戻れると約束しているわ。こうなった以上、大学選抜戦の話をして帰る」
「そっか。じゃあ試合の準備をしとくね」
「そうして。あとヴァイス隊とゼピア隊には私の護衛に失敗した要因分析を書かせて。貴方と本部長全員が納得する内容になるまで帰さないで」
「わかった。正直私もがっかりしてるし」
「じゃあ切るわね」
携帯をしまったレイアはフィオナに向き直る。
「お話しましょう。茶菓子は?」
「うなぎパイです」
「Excellent.そう来なくては」
キャサリンに笑みを返し、レイアは菓子を手に取る。
「それでは本題なのだけれど」
「アイスブレイクもありませんの? ドイツ人の料理みたい」
「私の祖国では街壁のブレイクに約四◯年かかった。今は時間が惜しいのよ」
「それは問題ですわね。私達の戦いはColdでは困りますから」
「今計画を温めているところよ」
「ではその助けとして私達が提供できるものをご覧に入れましょう」
そう言ってフィオナはテーブルの上のファイルをレイアに手渡した。
一頁目には提供可能な爆撃機、戦闘機の種類と数、二頁目以降にはパイロットのプロフィールが載っていた。
機体数はレイアの期待を上回る数で、ヴィクトリア空戦部が公式戦一試合で使う数とほぼ同じだっだ。
「驚いた。流石は貴族。階級闘争などいらない。是非手を組みたいわ」
「損失した機体は私が買って、ヴィクトリア空戦部に寄贈という形をとる予定です。故にヴィクトリア空戦部が持っていない機体は提供できない点にご留意下さいませ」
「十分よ。豪華な編成だわ。でも一点、パイロットの数が足りていないようだけど」
「大学選抜との試合に出して恥ずかしくないレベルのパイロットとなると限られます。そして私は、数合わせのパイロットを提供するつもりは一切ありません」
「足りない分はこちらで用意しろという事ね」
「その通り。勿論機体も。瑞穂とヴィクトリアの機体を足しても大学選抜には及ばない。そして私は、戦いに負けそうなドイツ人や日本人に肩入れするつもりもありませんの」
真剣な顔で、しかし優雅に、フィオナは緑茶を口に運んだ。
「当然考えはあるわ。でも先に、これだけの援助を受ける対価を聞いておいた方が良さそうね」
「私を楽しませる事」
カップを置いたフィオナの言葉からは強い意志を感じた。
おそらく、これはフィオナの現状への不満といった負の感情に根ざしているとレイアは推察する。
「大学選抜との試合に至るまでの準備期間を含めて、という認識でいいのよね」
頷いたフィオナは少し物憂げな表情となる。
「レイアから見て、私達の技量はどうかしら」
「一流。仮にプロ志望届を出せば、確実にドラフト指名される」
レイアはフィオナに関する情報から、欲しがっているであろう答えを予想して口にした。
「そうですわね。でも、私達は日本でプロにはなれない。そういう条件で留学しているから。しかし私達は、全く、これっぽっちも、納得してない!」
フィオナの言葉を聞いて、レイアは自然と微笑んだ。
共感が湧き上がったからだ。
生まれも育ちも、高校空戦で辿った軌跡も違うのに、たどり着いた結論が同じとは。
「悔しいのね」
「まさしく」
「私達は似たような境遇にある」
「私が日本でプロに行ける可能性は零。卒業と同時に帰国しないといけませんの。でも貴方は違う。可能性は残されている」
「首の皮一枚だけど」
「貴方でも首が落ちたら困るのかしら」
「寧ろアイルランドの騎士が困らなかった理由を知りたいものだわ」
「そんなの頭が空っぽだからに決まっています」
「ふふふ」
「クスクスクス」
さらりと出てくるエスニックジョークにレイアはニヤリと笑い、フィオナも上品に笑い返した。
「最後の一年で忘れられない思い出が作りたいのね」
「ええ。大学選抜との戦いが、準備から楽しめる最大級のお祭りになる事を望みますわ」
「当然、勝つのが一番楽しいわよね」
「否定はしません。ただし、私が求めるのは勝利への最大限の努力であって、勝利そのものではない。尤も、負けた時にどうするかは考えておいた方が良さそうですわね」
「貴族の面子に関わる?」
「プロ入りの夢を絶たれた貴方はどんな顔をするのかしら。なんて声をかけるのが物語の締めくくりに相応しいかしら。ねぇ、励ましの言葉は何がよろしくて?」
「人の人生すら娯楽にするのは貪欲過ぎない?」
「出資に対する対価ですわ。私はとにかく渇いているの。カディ。紅茶を」
「どうぞ」
十数秒とかからず、レイアとフィオナの前にミルクティーと角砂糖が置かれる。
「サンドイッチはいかがですか?」
「頂くわ」
レイアが言うと、キャサリンは紙箱をテーブルの上に置いて、蓋を開けた。
中身は見た目も華やかなサンドイッチ。
紙箱に店名が書いてあるので買い物だとわかる。
「このサンドイッチのどこにイギリスらしさがあるの?」
「パセリが無いところです」
そう言ってキャサリンはパセリを摘まむと、カーテンの向こうの運転手へ差し出した。
「まぁ私は本場イギリスのサンドイッチを知らないのだけど」
「サンドイッチというものは意外と奥が深い料理ですので、お金があるなら日本人が作るサンドイッチを買うのがbetterですわね」
「確かに、サンドイッチにせよ、改良は日本人に任せておけば良いわよね」
「とはいえ買う場所の注意は必要ですわ。日本人はサンドイッチの具まで小型化しているようなので」
「おかしいわねぇ。並ばなくても食料が手に入る国なのに」
「スコッツよりケチなのかしら」
「ふふふ」
「クスクスクス」
フィオナのジョークに笑った後ミルクティーを飲むと、とても美味しかった。
英国貴族。この点だけは絶対に手を抜かないのであろう。
「共に戦う仲間として、ヴィクトリア空戦部の練度は気になるところね。決勝まできてくれれば直接確認できるからありがたいわ」
「自信はありましてよ。ヴィクトリアとしては歴代最高水準。監督が述べている通りです」
「二回戦で当たるであろう星条が試金石になるかしら」
「Flap Tで揚力は稼げないと教えるつもりです」
「紅茶の淹れ方は放置で良いの?」
「佐世保港に投げ込みだしたら日本人が止めてくれるでしょう」
「間違いなく。尤も日本人は増税慣れしてるから、イギリス議会が決めた課税にさえ従うかもしれないけど」
「比類なき忍耐強さと工業力。優等生でさえ失敗した社会主義も、日本人なら成功させるかもしれませんわね」
「否定はしないけど、東ドイツにはソ連を養うというハンデがあった点は考慮してほしいわね」
「日本はアメリカというもっと大きい国を養っているように見えますわ」
「はっ。東ドイツの負けだわ。ふふふ」
「クスクスクス」
レイアがミルクティーを飲み干すと、直ぐにキャサリンがおかわりを注ぐ。
「フィー。メイド役に飽きたので代わって下さい」
「話に混ざりたい?」
「当たり前です。わざわざ拉致までしたのですから」
「因みに拉致を提案したのはどっちなの?」
「フィーです」
「カディです」
「……どっちなの?」
「中東問題の如く過去を遡る必要がありますが、回想が必要ですか?」
「あれってそんなに複雑なの? 問題を作ったイギリス人の意見を聞きたいわ」
「今は思慮の浅いアメリカ人が引き継ぎました。まさに去年の貿易セ――」
「ああ、止めて! 巻き込まないで! スポーツの話をしましょう! 競技空戦なんでどう?」
「是非。私の得意な競技です」
何となくではあるが、拉致を提案したのはキャサリンではないかとレイアは思っていた。
束縛を嫌うフィオナが帯同役に選んだ人間なのだから、自由人である事は間違いない。
銀色のロードバイクに乗って各地に現れ、食事と観光を満喫して走り去って行くキャサリンはロードバイカーの間でも有名になっている。
自分が楽しいかどうかを最も重要な行動規範にしているのではなかろうか。
「ただし、込み入った話はまた今度。今日の時間は残り少ない」
「そうですね。明日の試合が終わったら、また会いましょう」
「今ここにいるせいで勝率が下がってるんだけど」
「明日瑞穂が負けたら反省します」
「少なくとも反省という概念はあるわけね」
「失礼です。流石に絶滅危惧種に止めを刺したら後悔します」
「保護観察されるらしいから、絶滅はしないんじゃない?」
「ジョークのわかるドイツ人は希少価値が高い。まして東ドイツ人となれば、レイアが最後の個体かもしれません」
「そう思うなら、大学選抜戦は全力で支援して。公式戦は自力で何とかするから」
「では私の事はカディとお呼び下さい。大学選抜戦で総指揮を執る貴方には、その資格がある」
「私の事はフィーと。以下同文ですわ」
「フィー、カディ、今後ともよろしく」
その後レイア達は打ち解けるに十分な時間を過ごした。
レイアにとって、ジョークを笑ってくれて、あまつさえジョークで切り返されるというのは得難い体験であり、どうやって相手を先に笑わせるかに頭を使うのは非常に楽しかった。
瑞穂空戦部にはジョーク愛好家がいないという大きな欠点が存在したが、これからはこの二人が補ってくれるであろう。
フィーとカディも活き活きしていた。
最終的に全方位に喧嘩を売る形になるほどユーモアに富んだ二人にとって、移動する車という密室は真の意味でリラックスできる空間に違いない。
瑞穂高校の正門前でリムジンから降りたレイアに、フィオナが声をかける。
「お茶会においで頂き、ありがとうございました。とても楽しかったですわ。ハンナさんにもよろしく」
「こちらこそ楽しかったわ。ハンナや部員には、二人は良いスポンサーにして私の友人であると伝えておく」
「Hope there will be a future for you and me, so believe in your dream」
「Yes I will promise to find」
フィオナの励ましにレイアが応えると、扉の窓が閉まりリムジンは走り去って行った。
笑って笑わされて思いっきりストレスを解消したレイアは、すっきりと冴えた状態で瑞穂空戦部へ帰還した。
次回、レイア、子供達に本当に魔女なのかと問われ手品を披露




