7 OWN JUSTICE
「都内で摘発された違法賭場『六香双樹』で警察が押収した監視カメラの映像に瑞穂航空大学附属高校の生徒である六原さんと月城さんが映っていた件について、判明している情報を整理しました。映像は今から四年前のもので、逮捕された六香双樹のマネージャーも、白人ハーフの少女二人が三回来た事を覚えている、と証言しており、六原さんと月城さん両名とも違法賭場へ出入りしていた事を認めています。また、六原さんと月城さんは当時シュタージ職員として日本と東ドイツの密貿易の仲介と斡旋を行っていたと証言しておりますが、この密貿易についての物的証拠は見つかっておりません」
アナウンサーが時系列順に出来事を並べたフリップを出す。
「二人の証言を時系列順に並べると、まず九八年にシュタージが用意した偽装パスポートで日本へ入国。密貿易の仲介を開始しましたが、輸出品の入手先および輸入品の卸先の新規開拓において他の組織と競合したため、その解決策として賭博を実行。その回数は三回とされ、いずれも勝利。以降シュタージから解雇されるまで密貿易に関わっていたとのことです」
説明された事実に、キャスターがコメントする。
「本当に信じられませんね。シュタージという組織は。中学生に密貿易の販路拡大までやらせるとは。しかしこれは、反社会勢力と関わっていた事は確定的と言わざるを得ないでしょう」
「はい。少なくとも違法賭博の際は暴力団の立ち会いがあったとの事ですから、間違いないでしょう。ただ、特定組織に加入していたわけではなく、複数の組織を取引先としていたようです」
「彼女達はどう思っていたんでしょうか」
「祖国のために頑張りたいと思っていたそうです」
「中学生とは思えない思想ですね」
「彼女達は反社会勢力と金銭の授受は一切行っておらず、収入はシュタージ職員としての給与のみだったそうです」
「あくまで、仕事であったというわけですか」
「この、勝っても自分は儲からないのに鉄火場に乗り込んでくる精神性は博徒達にとっても異質に感じたようで、今回逮捕された常連客達によると、たった三回しか現れなかったにもかかわらず渾名が付いたそうです。密輸の魔女、豪運の女神、と」
「密輸の方はそのままですね。ところで、もし二人が賭博で負けていた場合はどうなっていたんでしょうか」
「そこについては警察が言及を控えています」
「では、二人に負けた相手がどうなったかについても?」
「捜査中とのことです」
「二人には恐怖心というものが無いんでしょうか。それとも、恐怖を感じたまま賭博に臨んでいるんでしょうか」
「本当のところは本人達にしかわかりませんが、警察の取り調べにおいて、二人とも『軽率だった』と反省の弁を述べているそうです」
月明かりだけが僅かに差し込む暗い旧部室で、何度目になるかわからない自分に関する報道を聞きながらレイアは思う。
なぜ勝手に反省していると解釈してくれるのだろうか。
確かに『軽率だった』とは言ったし、その思いは嘘ではない。
しかし後悔など微塵も無い。
二年前、巨額の部費を稼ぐために使った違法賭場。
胴元は中国というのは嘘であり、本当の胴元は今回摘発された違法賭場だ。
軽率だったというのは、仕事で成果を上げようとして危ない橋を渡った点。
東ドイツという国家そのものがあと数年ともたない事に気付いていれば、目立つ行動などしなかった。
しかし違法賭場へ三回目に赴いた時に六香双樹のマネージャーの連絡先を入手した事が、二年前のトラビ空戦部存続、即ち現在の瑞穂空戦部に繋がっている。
フロンティア高校との賭けにおいても胴元を務めてもらった。
高卒プロ入りを夢見るレイアにとっては、当時の軽率な行動こそが正解だったのだ。
摘発された『六香双樹』は違法賭場としては日本最大のもので、バブル崩壊の煽りで倒産したホテルを反社会組織が買い取って設立された。
最大収容人数は五百人とされ、四階までの吹き抜けホールも綺麗な状態に保たれており、内装も本場のカジノかと見紛う程の高級感を誇っていた。
その盛況ぶりと胴元の資金力から、当時のレイアは日本人とはこんなにギャンブル好きな民族なのかと驚いた。
六香双樹では莫大な額の金が動いていると知っていたが故に、二年前は多額のお金を賭けても賭けが成立すると予想する事ができた。
これだけの規模の違法施設が治外法権状態のまま野放し状態となっている理由は客の中に政財界の要人が混じっているからだと噂で聞いたが、それについても今回の摘発で事実であるとわかった。
「六原さんと月城さんが元シュタージである事は去年判明していましたが、勤務地が東ドイツであるというのは虚偽であり、日本で非合法活動を行っていた事が判明しました。しかし驚くべき事に、二人ともが高卒でのプロ入りを希望しており、更に複数のチームが一位指名を明言しています」
「普通に考えて無理でしょう。法的処置については司法の判断を待つ事になりますが、判明しているだけで、不法入国、密貿易、違法賭博、反社会勢力との繋がりという違法行為があります。無罪になるとは思えません」
「そうですね。日本競技空戦機構のコミッショナーは、保護観察処分中の未成年プロ選手など前例が無く、プロ入りは認め難いと述べている一方、各チームのオーナーは、プロ入りできない法的根拠は無く、所属チームの責任で生活を監視するならばプロ選手としての活動は可能と見解を出しており、意見が割れています」
「難しいですね。法的には問題が無くとも、世間体というものもあります」
「そのためか日本競技空戦機構は、今年の高校空戦で三冠を達成した場合のみ、二人のプロ志望届を受理すると表明しました」
「その三冠というのは現実的なのですか?」
「前例はありません。運も絡むため極めて難しいそうです」
「余罪まで含めると二人の容疑はかなりの数になりますからね。簡単には認められないという事でしょう」
「なお、二人は警察の事情聴取に協力的であるとの事です」
「それは良い事です。二人とも未成年ですから。プロ入りは焦らず、まずは日本社会での生き方を学び直してほしいですね」
「そうですね。進学先については、瑞穂航空大学が責任を持って教育監督すると表明しています」
「大学進学が無難でしょう。大学で身につくのは勉強だけじゃありませんから」
暗がりでニヤリと笑ったレイアの顔を、テレビの明かりが照らす。
捕まった時は日本でプロ入りできる可能性が残っているか探るところから始めなければならなかったが、どうにか自分の力でコントロールできる状態まで持ち直した。
取り調べが始まった日に弁護士の付き添いを要求。
警察側から高卒プロ入りについてどう考えているかと質問されたので、希望すると回答。
弁護士経由で日本競技空戦機構に問い合わせたところ、ドラフトまでに裁判が終わるかもわからないので難しいという回答が来たが、否定的な見解を出される事は想定内。
三冠を取るなど傑出した成果を出せた場合はプロ志望届を受理してほしいと伝えたのだ。
そして三冠を取った場合のみプロ志望届を承認すると回答が来た時点で、すぐに弁護士にマスコミへ発表するよう依頼した。
弁護士が受け取った書簡であるため、日本競技空戦機構は撤回し辛い。
三冠など取れるはずがないと侮られたか、或いは各チームのオーナーの意見を無視できなかったのかはわからないが、どうあれ高卒プロ入りという夢には首の皮一枚で繋がっている。
そして今にも地面に転がり落ちそうなその首は、夏の大会一回戦の相手である錨桜に勝利した瞬間に蘇生し、三冠は殆ど確定的となる。
昨日行われた夏の大会トーナメント抽選会で、瑞穂高校の一回戦の相手は錨桜に決まった。
夏の大会で八連覇を狙う錨桜は三冠を目指すうえで最大にして唯一の鬼門であり、できればシュバルツ隊が使える決勝で当たりたかったが、チャンスが残っているだけで良しとしよう。
テレビのキャスターは『まずは夏の大会に注目ですね』などと呑気な事を言っているが、熱心な高校空戦ファンや解説者であればもう気付いているだろう。
瑞穂空戦部が三冠を達成するかどうかは、実は夏の大会一回戦で決まってしまうという事に。
シュバルツ隊抜きで錨桜に勝てるなら、今年の瑞穂空戦部が公式戦で負ける要素は最早存在しない。
「レイアの笑顔。六香双樹の時を思い出すなぁ。よく笑えるよね」
同じくソファに座ったハンナが話しかけてくる。
「だって面白いじゃない。まだ負けてないのよ、私達は」
「負けてはないけど、私は笑えないよ」
「初戦で錨桜は難儀よね。今日の抽選会にハンナが行けさえすれば、錨桜とは反対側のブロックになっていたでしょうに」
ハンナは豪運の持ち主で、違法賭博においても強烈な強さを発揮した。
当然くじ引きも強く、商店街の福引を引くと何かしらは当たってしまう程だ。
去年から空戦部のトーナメント抽選くじはハンナが引いており、常に最高の結果を持ち帰って来た。
空戦において未だ被撃墜はおろか被弾すら無いというのも、その説を補強する。
銃弾の方がハンナの美貌に慄いて避けていくのだろう。
「色んな人に迷惑かけちゃったよ。スポンサーとか」
「貴方はCM出るの嫌がってたじゃない」
「そうだけど、契約した以上は仕事だよ。違約金すら払えてない」
「払えない額じゃないし、払ってしまいたいわね。世間体的にも」
「容疑が確定するまで請求は保留ってところが多いね」
「私達を安く使ってた事がバレて叩かれてる企業もあるし、私達の裁判が終わるまで棚上げかしら」
「裁判も不安だよね。今更法律の勉強してるけど、これ意味ある?」
「さぁ。裁かれる側になった事ないし」
いきなり捕まって立件されたので、全てが後手に回ってしまった。
そのためレイアとハンナはシュタージ職員時代の違法行為は全て自白している。
後で明らかになった時の心証悪化を防ぐためであり、シュタージ時代の犯行であれば、職務の一環だったという言い訳が成り立って致命傷にならない方に賭けたのだ。
取り調べの時間を短縮して早く裁判を始めたいという思惑もある。
一方、トラビマイスター高校入学後の違法行為は全て黙秘している。
バレたら一発で夢は閉ざされるであろうから、選択の余地など無い。
レイアは、最近会得した知識とテレビの報道から、少年院に放り込まれる可能性は非常に低いと推定していた。
有罪判決は免れないだろうが、多くの容疑に物的証拠が無く、レイアとハンナの自白を元に捜査が進んでいることも事実だからだ。
密入国については入管法違反となる。
偽装パスポートを作ったのはシュタージであるが、入国時に虚偽申告をしているので罪に問われる。
密貿易の斡旋については関税法違反であり、仲介、斡旋も幇助として処罰対象だ。
その他単純賭博罪と暴対法の利益供与違反にも該当する。
幸いなのはシュタージ解任後に正規のパスポートを受け取っており、東西ドイツ統一後に再発行されているため、留学生という現在の立場は合法。
留学生であっても一八歳未満の場合は家庭裁判所による非公開裁判になるらしい。
日本にスパイ活動を処罰する法律が無いことは入国前から知っていたが、実際に取り調べで質問されるのはもっぱら密貿易、それも何を密輸入したかに重点が置かれており、何を輸出したかについてはあまり関心を持たれなかった。
日本でスパイが野放しという噂は真実だったのだ。
密輸入した品目については『知らされていなかった』で押し通していた。
事実として密貿易は仲介していただけなので中身を知らないというのは嘘ではない。
何となく見当がつくものもあったが、それは警察とて同じだろう。
「また、六香蒼樹の摘発により、『空の闇事件』についても進展がありました。押収された映像にはプロ空戦選手三名が映っており、事情聴取において三名とも八百長への関与を認めたとの事です。また、三名は八百長についてチームぐるみの行為であった可能性が高いと証言しており、警察は三名が所属する各チームへの聴取を再開すると表明しています」
「闇は深いですね。膿を出し切れるかどうかで、日本の競技空戦の将来が別れるでしょう」
三度目に六香蒼樹を訪れた時、今テレビに映った三名の選手を見かけた事をレイアは覚えている。
自分達の取り調べで空の闇事件については訊かれていないので話していないが、どうもあの日はプロ競技空戦の大規模八百長に関する打ち合わせがあったようで、プロ競技空戦の関係者と思われる人間数名がVIPルームに入っていくのを見た記憶がある。
自分の利益のために法を犯す人間の気持ちを、当然レイアは理解できる。
しかし、プロ空戦選手が、大好きなはずの空戦で自ら敗退行為をする心理だけは、理解できなかった。
空戦は、勝ってこそ至上であろうに。
「そういえば、情報に訂正があります。日本競技空戦機構が二人のプロ志望届を受理する条件は三冠であるとお伝えしましたが、今日新たに、大学選抜チームとの試合で勝利する事を条件に加えたと発表がありました。申し訳ございません」
「え、何て!?」
暗い旧部室にレイアの驚いた声が響く。
「今大学選抜チームとの試合って言ったよね。私達何も聞いてないよね」
「今初めて知ったわよ!」
「でも、大学選抜チームって言ったら……」
「ええ、キャプテンは鹿島先輩よ」
大学選抜とは、来るU22国際大会において日本代表を務めるチームの事だ。
U22と言っても日本代表はいくつかの事情から大学二年生までを中心にチームを編成しており、衛徒がそのキャプテンに選ばれた事はレイアも知っていた。
何故私達の高卒プロ入り条件に大学選抜が出てくるのかは不明だし、条件を一つ増やされたので嬉しい話では無い。
しかし鹿島先輩は私達が元シュタージであると知った上で、非合法活動を承認してくれた人だ。
今の立場があるから味方にはなってくれるのは難しいにしても、何かしら助言や役に立つ情報をくれるかもしれない。
頼れそうならば、可能な限り頼ってしまおう。
真っ先に相談した姉さんからは、私達が選んだ道を応援すると言ってもらえた。
ならば、迷う必要など無い。
障害が一つ増えようと、あらゆる手段を講じて乗り越えてやる。
非難の声はあるだろう。中傷される事もあるだろう。
それでも決めたのだ。
こんな事で挫折などしてやるものか。
例え哂われたとしても、誇る夢を踏みにじらせはしない。
奮い叫んで立ち上がってやる。
次回、レイア、警察犬隊長を懐柔




