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5 迎撃志願

 ゴールデンウイークが始まった頃、瑞穂空戦部の新部室が完成した。


 瑞穂航空のプレミアム会員用ラウンジそのままの高級感ある内装は空戦部全員を満足させるものであり、士気向上に一役買った。


 その新部室の二階に設けられた会議室に、レイアとグリューン隊四人が座っている。


 グリューン隊一番機である石川有紗から話があると言われたレイアが、四人を集めたのだ。


「とりあえず座って」


 レイアに言われた四人が席に座ると、有紗が口を開く。


「あの、私達を迎撃中隊に入れてほしいんです!」


 予想通りの申し出ではあったが、レイアはひとまず意図を尋ねる事にする。


「それは何故?」

「レイア先輩と一緒に飛びたいからです!」

「貴方達が抜けると直掩隊がヴァイス隊とゼピア隊だけになってしまう。それでは爆撃機の護衛という重要な役割は果たせない。その点はどういう風に考えてるの?」

「オーランジェ隊を直掩隊に入れれば、機数は減りません」


 レイアは少しの間黙り、考えているふりをした。


 現状の迎撃中隊はロート隊、ゲルプ隊、ブラウ隊の三個小隊。


 そこに索敵小隊としてオーランジェ隊が加わる形だ。


 この編成は昨年と比較して、卒業したヴィオレット隊の代わりにゲルプ隊が加わっただけで変化が少なく、各小隊の技量は上がっているのでチーム力の向上が確実に見込める堅実なものだ。


 ただ、実は迎撃中隊にグリューン隊を加え一六機とする案はロート隊の中で検討された事がある。


 不採用となった要因はいくつかあるが、その最大の理由は、レイアがロート隊に加えて三個小隊全てに的確な指示を出す事ができないというものだ。


 尤もこの問題は、指揮系統を変えることで解決可能と結論が出ているが、その案を採用する場合、ブラウ隊とグリューン隊に求められる練度が増す。


 更にはグリューン隊の代わりに直掩隊に入る小隊にも一定以上の練度が求められるが、残念ながら現時点でオーランジェ隊はその水準にない。


 今年の一年生の中には中学空戦経験者が何人かいるが、即戦力と呼べるほどの選手はいないので、いきなり夏の大会に出すのは不安だ。


 そうなると、一番無難な方針は現状の編成のままチーム全体の底上げを図るという事になる。


 しかし、レイアはグリューン隊の申し出を前向きに検討したいと考えていた。


 第一に、迎撃中隊を一六機編成とする事は、レイアの、そしてロート隊の戦術思想に合致する。


 また、最近のインディゴ隊の上達を見て、選手の意識やモチベーションは成長に大きく影響するのだと改めて認識した。


 ならば、グリューン隊を望み通り迎撃中隊に加えてやる事は、彼女達の成長を後押しする事になり、チーム力の更なる向上が見込める。


 メリットは大きい。


 ただしハードルも高い。


 特にオーランジェ隊を直掩隊に加えられるかはグリューン隊の努力では如何ともし難いものであり、一長一短でどうにかなるものでもない。


 少なくとも夏の大会は現状の編成で戦う事になるだろう。


 幸い、グリューン隊が自分達の技量を把握できている事はわかっている。


 ならば、説明すべきだろう。


 私が考えている事を。


「実は、貴方達を迎撃隊に入れて一六機編成にする案は、検討した事がある。仮にそれを実行する場合、直掩隊の穴を埋めるのはオーランジェ隊になるでしょう」

「はい」

「私がこの案を今まで提案してこなかったのは、グリューン隊とオーランジェ隊の技量に不足があるからよ」

「勿論、私達は全力でやります! 高校空戦でレイア先輩と飛べるのは、今年が最後なんです!」

「貴方達を迎撃隊に組み込む場合、現状の実力では全く足りない。迎撃隊一六機編成とは、私達ロート隊が考える試合に負けないための理想論なのよ。生半可な実力では理想にたどり着けない事はわかるわよね」

「わかります」


 レイアは自分の考える三冠を取るための戦略をかいつまんで話す事にした。


「高校空戦に絶対は無い。この格言は正しいと私は考えている。運の要素は小さくない。一強状態だった三年前と二年前の錨桜が三冠を逃しているところからもわかるわね」

「はい」


 四人が頷いたのを見てレイアは話を続ける。


「今年の私達の目標は三冠。でも高校空戦において、絶対に勝てる戦術、作戦というものは存在しない。ではどうしたら良いか。負ける要素をなくす。負ける要素を極限までそぎ落としていく。これが私達の考える一年を通した戦略なのよ。じゃあ負ける要素って何だと思う?」

「敵の爆撃機です」


 有紗は即答した。


「正解。極論すれば、敵の爆撃機を全滅させれば負ける可能性は零に近い。勿論、味方の爆撃機が全滅した場合は損失機体ポイントで負ける可能性があるから絶対ではない。そして、爆撃隊がスコアをあげられないという負ける要素を排除するのが、直掩隊の役目なのよ。だからオーランジェ隊が直掩隊に求められるレベルに到達しない限り、貴方達を迎撃隊には入れられない。この点はわかってくれるかしら」

「はい。わかります」

「そしてもう一つ。グリューン隊を迎撃隊に入れる場合、その任務は私達の支援を予定しているけれど、酷な役回りが想定されるわ。それでも良い?」

「はい! レイア先輩と一緒なら、どんな飛び方でもします!」


 有紗の覚悟と喜びの混じった表情を見て、レイアも腹を決めた。


 後輩がここまで言っているのだ。


 できる前提でやろう。


「じゃあ明日、貴方達が迎撃隊に入るために協力してほしいメンバーを集めるから、もう一度会議室に来て」

「了解っす!」


 グリューン隊が去ったあと、レイアは思案する。


 誰に何をどこまで任せるか。


 バレリア曰く、インディゴ隊には諦め癖があったらしい。


 中学から空戦をやっていた人、或いは才能がある人には勝てっこない。


 そう思っていたと、バレリアに吐露したと聞いた。


 小学校の頃から落ちこぼれ。


 自分を強く見せようと暴走族に入ったが、特に喧嘩が強いわけでもなく、名を上げる事はできなかった。


 扱いが悪いので抜けようと思ったが、自力で抜けられず、私にバイクを破壊された事にしてようやく離脱。


 この時点で大分自信を喪失していたらしい。


 また、リーダー格である平山君が、実家の定食屋を『どうせ潰れる』と諦観していた事も、頑張ったところで趨勢は変えられないという思想の遠因だったようだ。


 しかしバレリアとマイテがたった二週間で定食屋を復活させた事が、平山君に再起を促し、インディゴ隊の士気向上に繋がった。


 では同様の事が私にできたか。


 無理だ。


 全ての小隊、まして全部員と真剣に向き合う時間など作りようがない。


 学校運営のため協力会社への出張が生じる現状を考慮すれば尚更だ。


 しかし、だからといって投げ出すようでは部長失格。


 できる方法を考えなければならない。


 おおよその方針を脳内で纏めたレイアは、先に話を通しておくべき者達のところへ足を運んだ。


 そして翌日。


 会議室にはレイアと有紗の他、ヴァイス隊一番機の稲葉正吾、ゼピア隊一番機の鈴木剛、オーランジェ隊一番機の小角浩一が集まっていた。


「というわけで、夏休みの終わりまでにオーランジェ隊を直掩隊に組み込みたい。昨日言ったように、稲葉君と鈴木君にはオーランジェ隊の指導を任せるわ」

「初耳ですけど!?」

「貴方には言ってなかった」


 驚いた声の浩一にレイアが返す。


「俺写真屋ですけど、務まりますかね?」

「写真屋は貴方の実家でしょ? 貴方の視力は空戦でこそ光ると思うわ」

「いやいや、俺はただ計算に基づいた『良いショット』を捉えて、独自の世界観を表現する才能があるだけですよ」

「今の発言の前半には戦闘機乗りの素養を感じるわね」

「そんな事ないですって。冬の大会じゃあんまり役に立てなかったですし」

「今年はそれだと困る。いずれにせよ空戦の練習は必須よ」

「わかりました。稲葉先輩、鈴木先輩、指導お願いします」

「もっとこう、気合入れていけよ! 直掩だって難しいんだぞ!」


 浩一の淡々とした発言に有紗が不満げに言う。


「別にやる気はあるぜ? お前の言う気合とは違うだけだ。精神論で上手くなるわけじゃないだろ」

「いーや、気合で上手くなる。私達はそうする!」

「感覚派と言われる天才だって頭の中では計算しているんだよ。闇雲に練習したって効率が悪い。ですよね、先輩方」

「……正論ね。直掩こそ難しいと言われるし、稲葉君と鈴木君のいう事をよく聞いて、直掩隊の一員になれるように」


 一瞬の静寂の後、レイアが無難な答えを返す。


「はい。勿論、一生懸命やります。夏休みの終わりには直掩隊に入れるように」

「それじゃおせーって! レイア先輩が夏休みの終わりって言ったら、一ヵ月前には仕上げとくべきだろうが!」

「それはお前らの都合だろ!? 夏の大会から迎撃隊に入りたいって腹だろうが、そんなのお前らの技量的に無理だろうが。俺達を巻き込むな」

「お前らそんな事でいいのかよ!? もう二年だぜ? 試合で空戦しろよ!」

「だからするよ。レイア先輩が決めたスケジュールでな」

「それじゃおせーって! レイア先輩の期待は、期日一ヵ月前なんだよ!」

「レイア先輩。石川の言ってる事は本当ですか?」


 何故話し合いを始めて一分で私が窮地に陥るのか。


 有紗の言っている事は間違いだ。


 スケジュールを前倒せるに越した事は無いが、それは現実的なマイルストーンの設置が前提であり、今回の場合は『夏休みの終わり』なのだ。


 しかし有紗の勝手な思い込みを安直に否定する事が、果たして理想的な迎撃体制の構築に益するか。


 かといってこの場で肯定して、後で小角君にだけ訂正したところで、後日喧嘩になるだけだ。


 とりあえず、やる気があるのは良いこと、的な回答でやり過ごそうと思いつつレイアは無意識に正吾と剛を見た。


 その無自覚に助けを求める視線に、正吾が反応した。


「いやー、実はな、俺達がオーランジェ隊の技量をちゃんと把握できておらんのよ。如何せん突然の話じゃったんでな。だから夏休みの終わりっていう目標も、俺達がとりあえず立てた適当な期日なんじゃ。前倒しも大いにあり得ると思っとる。だから今はあまり気にせん事じゃ」

「そう! 目安にこだわり過ぎてはいけないわ。じゃあ解散! 有紗はグリューン隊集めといて。後で迎撃隊の基本戦術の話をするから」

「わかりました!」

「なら、俺達も直掩隊の話をするか。行くぞ小角」


 剛が浩一の肩に手を置き、退室を促す。


 四人が会議室から出ていく中、レイアは心の中で正吾を称賛していた。


 指導役という立場を活かした適格なフォロー!


 私が質問に答えなくて済むような嘘を吐きつつ、話を強制終了させられる流れにもっていく絶妙な締め括り。


 やはり稲葉君は中隊指揮官が務まるだけの知性と判断力を有している。


 もっと稲葉君の仕事を増やそう!


 どんどん仕事を回していこう!


 優秀な人間は沢山仕事をするべきだ。


 ニヤリと笑ったレイアもまた会議室を後にした。


 その後のオーランジェ隊の上達は想定を大きく上回るという程ではなかったが、配置転換の成功は十分に予感させた。


「小角を含め、四人とも観察眼が良い。相手の将来位置を予想できとる。まぁ射撃は下手なんじゃが」

「とりあえず追い散らすだけならできるだろう。深追いする癖が無いのも良い」


 正吾と剛の報告は端的に言えば、オーランジェ隊は直掩の適正あり、というものであったため、レイアは安心してグリューン隊の指導に当たることができていた。


「観察眼が良いというのは大きな強みね。小角君については納得だけど」

「他の三人にもそれとなく訊いてはみた。魚市場の競りに少し似ている、守りの将棋が得意、八百屋の店番と関係があるかもしれない、と言っとったが、関係あると思うか?」

「わからないわね。そもそも八百屋の店番に上手い下手ってあるの?」

「鮮度の見分けとか常連客とのコミュニケーションにはあるかもしれんな。空戦の役には立たなそうじゃが」

「そもそも六原は何故あの四人をオーランジェ隊にした?」

「多少なりとも頭を使って飛んでいるように思ったから」


 剛の質問にレイアは答える。


 空戦脳という言葉がある。


 レイアはこれを、自分に与えられた役割を正しく把握し、達成するために状況判断する思考であると解釈しており、選手間の連携能力を高めるうえで最も重要な要素だと考えていた。


 感覚派の選手を否定するわけではない。


 寧ろ考えて空戦をする能力は後からでも鍛えられるので、まずは素養がありそうな選手を、仲の良さなども考慮しつつ早期に戦闘機小隊として編成した。


 そして残ったどんぐり達の中で数合わせを選ぶ必要性があったので、頭を使って飛んでいるかを指針としたのだ。


 その後は着陸の練習を重点的にやらせ、小隊としての体裁を整えた。


 不格好な着陸をしている選手が多いと相手チームに自信を与えてしまうからだ。


「去年の夏は真っ直ぐ飛ぶのがやっとという感じじゃったが、今年の夏は、相手にもよるが、直掩として使えん事はないじゃろう」

「順調で良かったわ。ただ、夏の大会でオーランジェ隊は迎撃で使う。偵察兼支援役。理由はグリューン隊が私達についてこれないから」

「あー、それはそうなんじゃろうが、ちょっと求めるレベルが高過ぎんか?」

「中隊として連携できないなら、予定より早く配置変更するリスクに見合わない。オーランジェ隊の偵察には価値があるし」

「わかった。そうなると、大会前に一旦グリューン隊と連携の確認をせねばならんな」

「それにも関連する事として、二人にお知らせがあるわ。貴方達に中隊指揮官の肩書を与える。これからは、試合前の戦術策定および特定チームを想定した練習の設定まで、直掩隊に関わる事は全て稲葉君とT鈴木君で決めて」

「なんじゃと!?」

「マジか」


 正吾と剛は驚いた様子だったが、レイアにとっては数日前に決めた事だった。


 後輩の指導自体は去年から任せている事だ。


 正吾は物腰こそ柔らかく飄々とした印象だが、意外と体育会系で、精神論も交えた育成を行う。


 剛は見た目通りの職人気質で、重要な事だけ教え、後は背中と仕草で語るタイプ。


 そして二人は仲が良いので、不足があっても補い合えているようだ。


 また男子同士だからなのか、オーランジェ隊との相性も良さそうに見える。


 自分が中途半端に口を出すよりも、丸ごと任せた方が直掩隊として強くなるとレイアは判断していた。


「必要な情報は樹里から貰ったら良いし、悩む事があったら樹里に相談すれば具体的な戦術を提案してくれるでしょう。でも結論を出して直掩隊に説明するのは稲葉君、貴方」

「何でそうなったんじゃ。周りが納得するのか?」

「納得させるのも貴方達の仕事。直掩隊の技量を一番把握しているのは貴方達で、試合中指揮を執るのも稲葉君なんだから合理的でしょ」

「まぁ、それはそうじゃな」

「ロート隊が決めた編成で爆撃隊を護衛する。俺達の仕事は変わらん」

「そうじゃのー。あいわかった。失望だけはさせんようにするわい」

「私は心配してないわ。現時点でグリューン隊は直掩隊の所属だから、直掩隊の練習に戻すべきと思ったら私に言って」

「了解じゃ。具体的な時期はトーナメント表が決まったらで良いじゃろう」

「そうね。じゃ、引き続き指導よろしく」


 この時レイアはほぼ確実に総合優勝を達成できるだろうと考えていた。


 そして大きなアクシデントさえなければ、三冠も十分に可能だと思っていた。


 チームの状態は良好であり、夏の大会に向け戦力は順調に整いつつあった。

次回、レイア、セクハラ容疑で逮捕

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