3 空戦部独裁の完成
翌日の昼下がり。
学校評議会室にてレイアは校歌の草案を披露していた。
一日で作詞作曲を終えるような音楽の才はレイアには無い。
ではどうしたのかというと、馴染みのある曲をパクったのだ。
進め、ドイツ自由青年団。
ドイツ民主共和国における支配政党であったドイツ社会主義統一党傘下の青年組織『自由ドイツ青年団』の公式行進曲。
レイアとハンナにとっては日常的に歌っていた非常に馴染みのある曲である。
昨日帰宅したレイアは『進め、ドイツ自由青年団』の歌詞をドイツ社会主義統一党の政治思想も考慮して邦訳。
そこから政治色、軍事色を完全に排除し、学び、理想、未来、夢といった一般受けしそうな単語を盛り込んでいく。
サビの部分である『Vorwarts, Freie Deutsche Jugend』は『進め、瑞穂の若人よ』に置き換え、原曲メロディと歌詞が合うよう、文字数を調整した。
いい出来だとレイア自身は思っている。
原曲が歌詞の思想が強い点を除けば名曲なので当然と言えば当然であるが。
「質問、いいかな」
「どうぞ」
レイアは晴嵐の発言を促す。
「メロディと歌詞が合っていない様に聞こえたんだけど、それは今から皆で調整すれば良いって事?」
「それはレイアが音痴だからだよ。私も歌ってみたけど、歌いにくいという事はなかったよ」
「僕も原曲は知ってるよ。爽やかでいい曲だと思う。Freundschaft zur Sowjetunionがなくなってるのは残念だけど」
「ソビエトがなくなったのにある方が変でしょ」
「まぁね」
「あの、この曲って勝手に使っても良いんでしょうか」
「そこはドイツ音楽著作権協会に問い合わせるわ。許諾が得られなければ廃止。ただ、この曲ってトラビマイスター時代に一時期歌われていたのよね。当時の音楽の教科書に載ってるわ。瑞穂高校理事会に移管されたトラビマイスター理事会の権利の中に楽曲も含まれるという解釈が通るかもしれない」
樹里の疑問にレイアは答える。
「同志月城は『進め、瑞穂の若人よ』を仮の校歌とする事に賛成なの?」
「一週間で自作するという前提なら、ベターかなと思う。確実に著作権フリーな曲だと『Alte Kameraden』があるけど校歌としてしっくりこないんだよね。『Die Wacht Am Rhein』は他の大学が使ってるし」
「私としては、後で費用が発生しなければいい。ドイツ音楽著作権協会からの回答は後五日で得られるのか?」
「ドイツ語で直接メールするから間に合うと思う。というかメールした後電話するわ」
「そうなると、間に合わせとしては妥当なのかな。高々度戦闘用にD-9型を量産したように」
「今の発言は校則第三条に違反している可能性がある。保安本部長としては訂正を求めざるを得ない」
「そうだったね。訂正。フォッケウルフは偉大な戦闘機である」
「適切な回答に感謝する」
「じゃあ、ドイツ音楽著作権協会から承諾された場合は仮採用。不許可の場合は旧校歌を流用、という事でいいかしら」
レイアの発言に五人が頷いたので、レイアは携帯でフィロに電話した。
十数分後、滑走路から移動してきたブラウ隊が評議会室に入ってくる。
「はーい! 呼ばれたから来ましたけども。音楽の依頼って何ですか?」
「端的に言えば、新校歌の音源収録よ。あと歌えるようにもなってもらうわ」
「新校歌、ですか。とりあえず譜面ください」
「譜面は無いわ。原曲はあるから貴方達で演奏できるように譜面から起こして」
「結構な手間ですねぇ。いつまでですか?」
「入学式」
「あと六日じゃないですか!」
「とりあえず、原曲を聞かせてもらおうよ」
テレサの発言でフィロも口を閉じたので、レイアはラジカセの再生スイッチを入れた。
レイア自身難題を要求している自覚はあった。
そういった意味では、短気なフィロが曲が終わるまで口を開かなかった事は褒めるに値すると思った。
「吹奏楽じゃないですか! 私達はロックバンドですよ! 音楽性が違い過ぎます! 解散!」
「そういうわけにもいかないのよ。貴方達が宣伝課として碌に仕事をしていないと報告が来ている」
「仕方ないじゃないですか! 書類に読み仮名振ってくださいよ!」
「その辺りの事情は考慮するわ。であれば、音楽という分野は貴方達が力を発揮する格好の仕事場でしょう?」
「私達はロックバンドなんですって! ポップスもやりますけど。これは専門外です! ブラスバンド部に依頼してください」
「ブラスバンド部も吹奏楽部もとっくに消滅してる。楽器で演奏できる集団は貴方達しかいない。これは貴方達にしかできない仕事なのよ」
「じゃあ訊きますけど、最初のトランペットの部分どうするんですか? トロンボーンやホルンも聞こえましたね」
「ギターで代用して」
「弦楽器と金管楽器の区別もつかないんですかぁ? そんなのフォッケF型に迎撃やらせるようなもんですよ!」
「同志フィロミスカ。今の発言は校則第三条に違反している可能性がある。保安本部長としては訂正を求め――」
「じゃあヤコブレフで高高度まで上がってみろよぉー!」
「フィロ。貴方の発言は正論。でも、問題とは往々にして正論では解決しない。できる方法を見つけなければならないのよ」
「面白そうじゃん。要はマーチのロックアレンジでしょ? できたらウケそー」
「ナタリアはいいですよ! スネアとバスがメインでしたし」
「じゃあシンバルも叩いて高速ブラストやるー。あ、ドラムソロ入れちゃおっかな」
「では私もベースソロを。グローヴァーの様なベースラインを完成させた時グルーヴは神に届くでしょう」
「私にソロは不要だが、パワーコードとピッキングでお客さんを飽きさせないようにしよう」
「じゃあ致命的な事言いますよ! 私はドイツ語を喋れない!」
「それは大丈夫。ここに日本語の歌詞があるわ。ギターボーカル、フィロミスカ・ユリッチ。頑張って」
「……どんな曲になっても、文句は無いんですね?」
「校歌だからソロパートは不要だけど、それ以外は好きにして構わないわ」
「わかりました! ブラウ隊出撃! 音楽室へGO!」
「失礼します!」
テレサだけが挨拶をして、ブラウ隊は音楽室へと走って行った。
「そういえば、曲の使用許可が下りない可能性について言わなくて良かったの?」
「言ったらやる気無くすわよ」
「じゃあもし下りなかったら?」
「校歌ではない謎の曲として演奏させる」
「困惑する一年生の顔が目に浮かぶね」
「入学式なんてやる事無いんだから、ライブで代替した方が有意義なんじゃない?」
「評議会議長の言葉とは思えない……」
そして迎えた入学式。
朝の体育館。
去年と一昨年より多い新入生の前で、壇上のレイアは口を開いた。
「新入生の皆さん。学校評議会議長の六原です。瑞穂航空大学附属高校へのご入学、おめでとうございます。学校評議会並びに在校生一同は皆さんを歓迎します。この学校には校長先生という存在がいないので、長い講話を聞く必要はありません。また、大切なことは全て生徒手帳に書いてあるので、私から話す事も特にありません。よってこれより、校歌を演奏します。ただし、この校歌は昨日制定されたものであり歌詞の印刷が間に合わなかったため、皆さんは立席のままご清聴ください」
そう言って袖幕の方へ移動するレイアと入れ替わるように、ブラウ隊が壇上に姿を現す。
使用する楽器は既に壇上に設置済。
『Vorwarts, Freie Deutsche Jugend』の使用権は認められている。
トラビマイスター高校との連続性が認められた形だ。
何の憂いも無い。
スクリーンには『進め、瑞穂の若人よ』と表示される。
作詞 生徒評議会
作曲 Erwin Thiele
編曲 空戦部ブラウ隊
ナタリアが叩くスネアドラムに続いてテレサがイントロを弾き始める。
そしてハイハットが刻む八ビートに合わせてフィロとエステルも演奏を開始。
原曲より長くなったイントロが流れた後、フィロが歌い始めた。
学びの灯りを 胸に宿して
若き瞳は 未来を映す
進め 瑞穂の若人よ
栄えある 学び舎に
仲間と共に 理想を掲げ
我らは未来を築く
先人の教えを 心に刻み
鍛えた精神 揺らぎはしない
進め 瑞穂の若人よ
栄えある 学び舎に
手と手を取りて 志つらね
我らは明日を拓く
困難を迎えど 怯むこと無く
高き目標 自ら決める
進め 瑞穂の若人よ
栄えある 学び舎に
夢を抱きつつ 未来を描き
我らは平和を紡ぐ
静寂が戻り、新入生の中に混ぜておいた空戦部のサクラが拍手を始めると、新入生達も一斉に拍手を始めた。
演奏が始まった時から口元が緩んでいたレイアは遂に笑い出した。
「入学式がロックで始まって万雷の拍手で終わるって尋常じゃないでしょ。皆これジョークだと思ってるのかしら。違うのよね。何この学校」
「私達が存続させた学校だよ」
「理事会の人達が唖然としている。でも、同情する気にはなれない」
「とりあえず締めてくるわ」
ブラウ隊と入れ替わる形で再び壇上に戻ったレイアは新入生に対して告げる。
「入学式は閉幕とします。最前列から誘導に従い退席してください」
レイアが言うと、空戦部員達が新入生を列ごとに教室への案内していく。
こうして新入生達は二度目の着席をする事も無く体育館から去っていった。
その日の放課後。
空戦部部室の前に入部希望者が集まり始めた。
その数はみるみるうちに膨れ上がり、受付開始時刻十数分前にして既に去年一昨年より明らかに多い。
これは想定していた事象なので、部室の前には予めパーテーションポールを設置しており、入部希望者達は言われずとも六列に並ぶ。
長机の前に置かれた椅子には既に二年生部員が座っており、受付の準備をしている。
今年の入学者の大半が、一旦は空戦部に入部するだろうとレイアは予想していた。
今年配られた生徒手帳を開くと、まずこの学校の運営系統図が目に入る。
頂点にある学校評議会と、その下に存在する運営委員会が如何なるものかについての詳細は記載していないが、右下に重要な注釈がある。
評議員および運営委員は空戦部員の中から選出される。
この一文だけで空戦部がこの学校において特殊かつ強い権限を持つ事が察せられるので、充実した高校生活を送りたいならば、とりあえず空戦部に籍は置いておいた方が良いと考えるのが自然だろう。
兼部は禁止していないのだから、他に興味のある部活があるのなら空戦部に仮入部した後で見学に行けば良い。
これだけの部員を収容できる空間は今の部室には無いので、隣に新しい部室を建築中。
完成予定はGW前であるが、瑞穂航空のプレミアム会員用ラウンジを模した新部室は敷地面積だけで現在の部室より三倍ほど大きく、立派な造りになる事は現時点でも窺い知れる。
新たな部室の内装については、瑞穂航空が撤退する地方空港に存在したラウンジから移設しているのでタダ同然で手に入った。
しかし建屋そのものの建築費は巨額であり、瑞穂航空と天祇グループから支給された学校運営費の多くを使ってしまった。
よって追加の収入が無ければ今年中に瑞穂高校は経営破綻するが、勿論そんな事にはならない。
エレンの計算によれば、公式戦総合優勝できる程度の勝ち星を挙げれば、学校経営費の帳尻は合う。
そして現有戦力をもってして総合優勝を逃す様な事があってはならないという見解でロート隊は一致している。
故にレイアが新しい部室が欲しいと提案した時、その規模や建設予算についての議論は発生したが、反対意見は出なかった。
今年の目標は総合優勝などではない。
完膚なきまでの決定的な勝利。
三冠だ!
一五時になると、入部希望者の受付が始まる。
「順番に入部届を書いて今月の活動予定表を受け取ってー。そしたら今日は帰って良いよー」
「飛行体験できる日は予定表に書いてあるぞ!」
「中学空戦の経験がある人は主に使っていた機体を書くのを忘れないでねー」
外から漏れ聞こえてくる部員達の声をレイアは席に座ったまま黙って聞いていた。
今年度三冠を取るだけであれば現有戦力で事足りる。
しかし来年度以降も強豪校の地位を維持したいと考えるなら、今年の一年生も年内には試合で活躍できる実力を身に付けて欲しいところ。
昨年度総合優勝した実績があるので今年は中学空戦経験者が入部してくる可能性もあるが、どんなスポーツにも言えるように競技空戦もやってみないと才能や適性はわからない。
競技空戦にさして興味のなかった生徒が稀有な才能を持っている可能性だってあるのだ。
よって一年生の戦力を最大化するには、とりあえず一度全員を入部させ、練習飛行ができる程度までは在籍してもらう事が望ましい。
そして才能がありそうな生徒を取りこぼし無く空戦部に在籍させる事で、来年度以降の戦力維持は叶う。
他の学校であれば空戦部の成績が低迷してもさして大きな問題にはならないかもしれないが、瑞穂高校は学校の運営資金を空戦部の公式戦獲得賞金に依存しているので、空戦部の戦力低下は学校の経営破綻に繋がる。
何とか存続させたこの高校を持続可能な教育機関に変える最も確実な方法。
それは学校運営組織と空戦部の一体化。
大切なことは全て生徒手帳に書いてある。
この発言はまごう事無き真実。
生徒手帳を読めば、この学校が如何なる状況にあるのか理解できる。
瑞穂航空大学附属高校が空戦部を持っているのではない。
瑞穂空戦部が高校を持っているのだ!
Tips:学校評議会
瑞穂航空から瑞穂航空大学附属高校に出資する条件として『生徒自らで学校を運営し最低限の費用で最大の宣伝効果を上げる事』を求められたため、生徒による学校運営組織として学校評議会が設立された。
学校運営の経験など無いレイア達は馴染みのある東ドイツの統治体制を模倣したため、社会主義的な独裁体制であり、名実ともに空戦部が学校を所持する状態となっている。
学校評議会の議長には空戦部長、副議長には空戦部副長が就任し、常設評議員として経営本部長、広報本部長、行政本部長、保安本部長が存在する。
下部組織として実務を担当する運営委員会が設置されており、財政課、調達課、宣伝課、企画課、人事課、総務課、風紀課、施設課が存在し、所属する人間は運営委員と呼ばれる。
改訂された校則には、評議員および運営委員は空戦部員の中から選出されると記載されている。
議長:六原レイア
副議長:月城ハンナ
経営本部長:湯雲エレン
広報本部長:西園樹里
行政本部長:天祇晴嵐
保安本部長:ヴラドレーナ・ヴァシーリエフ




