2 社会主義的に正しい学食
三月上旬。
とある日の放課後。
レイア達は学校評議会を開催していた。
学校評議会とは、生徒自身が学校運営を行うための意志決定機関である。
瑞穂航空は瑞穂航空大学附属高校の運営資金を負担する事を約束したが、同時に『生徒自らで学校を運営し最低限の費用で最大の宣伝効果を上げる事』を要求した。
経営破綻した瑞穂航空の今の経営陣にはコストカットしか頭に無い事がわかる。
一応便宜上の学校法人は存在するものの本当に名ばかりであり、学校を運営する意志も能力も無い。
ダメもとで天祇グループを頼ってみたが、行うのは出資のみであり学校運営には関与しないという素っ気ない回答が晴嵐経由で返って来ただけだった。
まぁ出資してもらえなければ学校自体消滅していたし、瑞穂航空、天祇グループとも物資面での援助が必要であれば相談に応じるとは言ってくれているので、贅沢は言えない。
とにかくやれるだけの事をやって今後も学校を守り通そうというのが学校評議会構成メンバーの共通認識だった。
この日の議題は学食の提供方法。
瑞穂航空は生徒数確保のため学食無料を謳っているが、どうやってそれを実現するのかについては学校評議会に丸投げしてきた。
入学式まであと一ヶ月を切っており、早急に決定すべき懸案である。
元々生徒会室だった部屋をリノベーションして造られた評議会室の椅子にはレイア、晴嵐、ヴラドレーナ、スヴェトラーナの四人が座っていた。
「第三回学校評議会を開会するわ。今回の最優先課題は学食の仕様決定。今はブラーダが纏めているのよね」
「うん。初めは行政本部の所掌だったけど、同志晴嵐や同志ドゥニャの体調が芳しくないという事で、保安本部で引き継いだよ」
「ありがとう。薬が抜けるまでは検査通院が必要で、仕事に支障が出てしまっている」
「構わないよ。既に入手している標準的なメニューの見積もりは高過ぎて、同志エレンから予算の大幅削減を求められている。達成には革命が必要だ」
学食が瑞穂コーポレートフーズから提供される事は既に決まっており、以前レイアが基本契約書を取り交わしている。
瑞穂グループ内で金を回す事になるので瑞穂航空としても好意的であり、グループ企業向けの割引価格を約束してくれたからだ。
それだけでもある程度の費用削減にはなっているが、学食無償を実現するには到底足りない。
「考え方を根本的に変える必要があるという意味で同意するわ」
「その手法について僕達の方で草案を考えてきた。叩き台にして貰えるかな」
「是非意見を聞きたいわ」
レイアは本心から発言を促した。
生徒自らで学校を運営しなければならないという命題に対し、レイアは空戦部が学校を運営する事で部活動予算を先んじて確保し、学校運営に要する費用は空戦部が得る公式戦勝利の賞金で賄うという手法を考えていた。
しかし実現できるかについてはロート隊で協議しても確固たる自信は持てなかったため、社会主義体制について特に造詣が深いヴラドレーナに相談してみた。
その結果得られた成果はレイアの想定を大きく上回った。
結果的にレイア達は密告制度や暴力装置、厳格な校則などを設けないまま、生徒達が空戦部独裁という滅茶苦茶な『物語』に自分を預け、一つの共同体として機能する統制空間を作り上げる事に成功したが、短期間で実現できたのはヴラドレーナの知能と見識のおかげと言っていい。
『空気を守ろうとする普通の生徒達』に、心地よい秩序、所属しているという誇り、疑わなくて良いという安心感を与える事で自発的に体制を守らせる。
方法論としては知っていた。
しかしそれを実際に高校運営のシステムに落とし込んだ手腕はまさに革命的だ。
人間の感情に対する微妙なバランス感覚が求められる保安本部長という役職をレイアは当初ハンナに任せるつもりであったが、ヴラドレーナの才能を活かさぬ手は無いため保安本部長に登用した。
学校運営に革命的と言っていい変革をもたらしたブラーダだ。
学食についても革命的な意見をくれるかもしれない。
「学食無償化という革命の要は生徒による学食提供。瑞穂コーポレートフーズのセントラルキッチン制を活かし、食材搬入以降は全て生徒の手によって行う。生産手段の公有化は革命の第一歩だよ」
「なるほど。人件費の削減は必須よね」
「かつ、素人がオペレーションを行う以上、レシピの規格化と単純化も必須だろう」
「そうね。公正な分配のためには、可能な限り標準化されている事が望ましい」
「流石同志レイア。労働の集団化についての説明は不要だね」
「ええ。話を続けて」
「では学食無償を実現できる革命的な料理とは何か。僕はカレーだと考える」
「ラーメンですわ!」
ブラーダの発言に続いてヴェータが声をあげる。
「あの、保安本部の中で意見が分かれているみたいなんだけど」
「それについては一ヶ月ごとに入れ替える事で合意してるよ」
「……それってカレーとラーメンが一ヶ月続くってこと?」
「うん。カレーは良い。大量生産に適していて、オプションも付けやすい。まさに日本食のMiG-21だ! 福神漬けの色も革命的だし」
「最も革命的な日本食はラーメンですわ。スープ、タレ、麺が生み出す豊富なバリエーションはまさに日本食のT-34!」
「ヴェータはエステルと気が合いそうね」
「同志エステルとはラーメン屋を紹介し合う仲ですわ」
「一緒には行かないの?」
「行った事もありますけれど、『背油は魂を表し麺は精神を示す。二つが混ざり合う時主はカロリーを零に』とかなんとか言ってて引きましたの。あと彼女にとってラーメンは祈りなのだと推察します。邪魔をするのも野暮ですわ」
敬虔なクリスチャンであるエステルと社会主義的無神論者であるヴェータの感性が合わないのは当たり前だとレイアは思った。
「一ヶ月連続でラーメンを食べさせるのは最早犯罪だと思うんだけど」
「一ヶ月なら問題無いのではなくて?」
「日本人は健康志向なのよ。選択肢がある中でラーメンを食べ続けるなら自己責任だけど」
「それだと集団化の意味が半減しますわ」
「そうなると、真に革命的なのはカレーだけって事になるかな」
「カレーもラーメンもそれ自体は合理的だと思うよ。嫌う人も少ないと思うし。ただ、栄養面を無視するにしても一ヶ月連続は無理があるかな」
「じゃあ同志晴嵐はどうやって革命を為しとげる?」
「レシピではなく材料を規格化する。基幹となる食材を決めて、そこからメニューのバリエーションを検討する。勿論カレーもラーメンも提供可能だよ」
学食の運営管理を所掌とする行政本部の長である晴嵐から妙案が出そうだったので、レイアはノートPCでメモを取り始めた。
「私の考える基幹食材は、米、パスタ、鶏肉、じゃがいも、玉ねぎ、キャベツ、なす、トマト缶。これらを瑞穂コーポレートフーズに大量ストックしてもらって、調理法、味付け、補助食材との組み合わせを変えてワンプレートメニューとして提供する」
「部品の共通化というわけか。カレーのバリエーションはどうなる?」
「少なくともレッドカレー、野菜カレー、キーマカレー、カレーうどんは作れるんじゃない? 補助食材はカツやソーセージ、ハンバーグ、卵になるかな」
「素晴らしい。同志晴嵐。カレーの生産性や拡張性を活かせている」
「本来は私の仕事だったからね。入院中に考えてはいたんだ」
「ラーメンはどうなりますの?」
「ラーメンについては瑞穂コーポレートフーズの業務用スープ次第かな。瑞穂コーポレートフーズは地方空港でご当地ラーメンを提供していたからバリエーションは多いよ。今は地方路線から撤退しているけど、それでも有名どころは提供できるんじゃないかな」
「無限にバリエーションが出てくるのがラーメンの強みですわ。まさにT-34!」
「基幹食材に米があるなら、丼ものも出せるわよね」
「鶏肉を使ったものは大概出せるね。補助食材も含めればカツ丼やロコモコ丼もできるし。ラーメンウィークの後ならまかないでチャーシュー丼も作れるかもね」
「晴嵐は、一週間区切りでジャンルの更新を考えているのね」
「うん。ローテーションは瑞穂コーポレートフーズに考えさせるつもりだったけど、ブラーダとヴェータの提案があったから、カレー、ラーメン、丼、ワンプレート順で良いんじゃないかと思ってる」
「ワンプレートっていうのはどんなものが出てきますの?」
「鶏肉だけでチキンステーキ、トマト煮込みチキン、カレー味チキン、炒めものと数日はいけるよ。パスタを主菜にしてもいいし。副菜はその時余剰になっている基幹食材を使うよう瑞穂コーポレートフーズに依頼する」
「お米は?」
「同じプレートに盛っても良いし、茶碗を用意してもいい。茶碗があるならカレーや丼の時にインスタント味噌汁も出せるし」
「療養中と聞いていたけど、仕事は進んでるじゃないか」
「ヤク中で申し訳ない。仕事を引き継げる人間がいて助かるよ」
晴嵐の出したアイデアの概要をまとめ終わったレイアは口を開く。
「晴嵐。貴方の案で瑞穂コーポレートフーズから見積もりを取り直して。食中毒が怖いから食品衛生責任者の派遣は含むこと。こちらの上限予算も伝えて」
「了解だよ」
「それと、オペレーションは生徒で行う事にするから、準備と食器洗いの時間を考慮した通年の時間割を総務課で考えて」
「一週間あればできるかな」
「療養中のところ悪いけど、お願いね」
「問題無いよ。病室でもパソコンはいじれるし」
「思ったより早く方針が決まって良かったわ。ワンプレートが妙案だったわね」
「ドゥニャにアメリカの給食について訊いたらワンプレートが基本って言ってたから。学食も無償なら寧ろ給食に近いと思って」
「なるほど。そう言えばフロンティアの学食ってどうだったの?」
パソコンを閉じて鞄に入れたレイアは晴嵐に問う。
「普通だよ。日本人の方が多いんだから」
「確かにそうね。インターナショナルは?」
「評判良かったよ。北海道の食材とソ連産海産物が安く手に入るから。インターナショナル太りって言葉があるくらい」
「それは美味しそうね。ていうか本国より良い物食べてたんじゃない?」
「間違いないよ。社会主義経済の敗北を最初に察したのがインターナショナルの学食だったから」
「それ面白いわね! その趣旨でアネクドート作ってくれない? 次回の会議までに」
「更新すべき老朽化設備のリストアップがまだ終わっていないんだ。余計な仕事を増やさないでほしいな」
「じゃあ私が作るわ」
「楽しみにしてるよ」
荷物をまとめたレイア達は空戦部の様子を見るべく、滑走路へと向かう。
その途中、レイアは今日仕入れた情報でアネクドートを作れないか思考を巡らせていた。
インターナショナル大学理事会での議論。
『理事長。留学したロシア人学生が反動化する懸念があるため、インターナショナル大学の学食を質素にするよう要請が来ています』『それでは社会主義の素晴らしい分配を日本人に宣伝できなくなる』『しかし要請に従わなければ出資を減らされる恐れがあります』『それでは調査員を派遣するよう党に申し入れろ』『調査員がいる間だけ学食を質素にするのですか?』『その必要は無い。調査員がソ連に帰ろうとすることは無いのだから』。
それから二週間後。
瑞穂コーポレートフーズから見積もりが返って来た。
提示した上限予算に収まっており、添付された見積仕様書に記載のメニュー表には瑞穂コーポレートフーズなりの工夫が盛り込まれており、不満な点は特に無かった。
六回目の学校評議会にて、瑞穂コーポレートフーズからの見積もりが経営本部長であるエレンに提出される。
メニュー表にまで目を通したエレンはしばし黙り込んでいた。
「どうしたの? 何か見落としていたかしら」
「いや。私の所掌はお金の収支のみだから、予算内に収まっているこの計画に異論は無い」
「同志エレンの承認が得られたならば、遂に学食の革命は成る!」
「生徒のオペレーションも殆ど盛り付けだけだから、仮作成した時間割で十分実施可能だよ」
「この計画経済とでも言うべきメニュー表だとカレーやラーメンが一週間続くが、瑞穂航空の承認は得ているのか?」
「連絡してないわよ。そもそも丸投げされた仕事なんだし」
「革命を邪魔されたら堪ったものじゃないよね」
「カレーやラーメンが一週間続く事について、晴嵐はどう思っている?」
「癌で寝込んでいた時に比べたら天国だよ」
「ブラーダはどう思ってる?」
「飽きる懸念があると言いたいんだろう? 大丈夫だよ。人民は慣れるから」
「そうか。今のは単なる興味だから気にしないでくれ」
そう言ってエレンは瑞穂コーポレートフーズへの注文書に判子を押した。
これで入学式までに片付ける必要のある課題が一つ片付いた。
学校運営の準備は順調に進んでいる。
晴嵐やブラーダといった、組織を統率運営できる人材が手に入った事は本当に幸運だった。
学校評議会の常設評議員という日本の高校ではあまり例が無いであろう仕事にもすぐに馴染んだ。
空戦部にも溶け込んでいるし、優秀な人間というものはどこに行っても居場所があるものなのだろう。
次に片付けるべき課題は何か確認するためレイアがパソコンでスケジュール表を見ていると、メールが一件着信した。
瑞穂高校理事会からのメールであったためレイアは速やかに内容を読む。
件名の段階で嫌な予感はした。
瑞穂高校の校歌について。
要は瑞穂航空大学の完全付属校となったのだから、校歌を新しいものに変更しろ。という内容だった。
「レイア。どうしたんだ?」
苛立ちを隠せないレイアにエレンが問う。
「今届いた理事会からのメールよ。入学式までに新しい校歌を制定しろって」
「あと一週間じゃないか! 何で今言うんだ」
「忘れてたんでしょ」
「所掌はどこになるんだ? 調達課か? 企画課か?」
「一週間あれば外部発注は可能と思うが、見積もりを取っている時間が無いから言い値になってしまう」
「出来が悪くても修正させる時間も無いね」
「……今年の校歌は内製して、仮制定という事にしましょう。一年あれば公募といった安上がりな手段も取れる」
「内製って、誰が作るんだ?」
「私」
「同志レイアには音楽的センスもあるのか」
「レイアは音痴だぞ」
「歌に自信は無いけれども! とりあえず明日の午後までに作るから。その後評議会全員で修正しましょう」
「修正しようがないほど酷かったらどうしたら良い?」
「その時は、今の校歌のトラビの部分を瑞穂に置き換えましょう」
「それだと理事会は納得しないんじゃないか?」
「卒倒するよりはマシだろう」
「そこまで酷いものは作らないわよ! 明日まで待って。貴方達は今ある仕事をこなす事が優先」
「期待してるよ。こないだのアネクドートは微妙だったけど」
「歌詞がジョークまみれなのはマズいと思うよ」
「わかってるわよ」
「とりあえずレイアに任せよう。考えがある事はわかっている」
エレンが言うと晴嵐とヴラドレーナもそれ以上口を挟む事はなく、新校歌作成はレイアの所掌となった。
次回、レイア、思想は零点、笑顔は満点




