28 The End of Doping Dream
ロート隊が滑走路に着陸して飛行機から降りると、観客席がざわついていた。
人々の視線の先にある駐機場脇の巨大ビジョンには『瑞穂高校存続決定!』と表示されている。
「やったねレイア!」
「ええ。事は成ったわ」
三週間前に天祇グループは学校法人トラビマイスターに経営権を購入する用意があると伝達。
更に学校運営に対しても出資の意志があると瑞穂航空に伝達したことで、瑞穂航空は高校の存続を決定した。
瑞穂航空から連絡を受けたレイアは直接感謝を伝えたいという名目で瑞穂航空の経営層と面会し、最も宣伝効果のある方法として決勝戦終了直後の発表を提案。合意を得ていた。
瑞穂高校自体は一月中旬から来年度入学の生徒募集を始めていたので高校存続は既定路線ではないかという意見はニュースなどでも散見されたが、瑞穂航空としての公式発表はこれが初となる。
計画通りとはいえ、この発表を以て廃校の危機は完全に回避されたので、レイアとしても一安心だ。
「この映像は瑞穂航空からの公式発表です! 瑞穂航空からメールが入っております。明日マスコミを通じて詳細を発表するとのこと。瑞穂高校空戦部の皆さん、学校存続決定、おめでとうございます!」
「やった〜!!」
瑞穂高校の空戦部員達が歓声を上げてる間も実況放送は続く。
「また、冬の大会優勝により、今年度の公式戦総合優勝も確定しました! 今年度最強校は十勝二敗の瑞穂高校! 改めておめでとうございます! 後ほど高空連より盾が授与されます。また、今年度最優秀小隊はロート隊に決定したと連絡がありました。ヒーローインタビューもロート隊の四人! 選手並びに観客の皆様、しばらくお待ち下さい」
実況放送が途切れた後レイアは滑走路の脇に立っていたが、ヒーローインタビューの準備を待っているわけではない。
輸送機がタキシングで格納庫から滑走路へ移動し終わるのを待っているのだ。
「ロート隊の皆さん、お立ち台への移動をお願いします!」
「マイクを貸して頂けませんか?」
「ここでですか?」
「はい。すぐに終わります」
マイクを持った声をかけてきた女性からマイクを受け取ったレイアは、観客席の応援団に向かって口を開く。
「私達を応援してくださいました方々に感謝を申し上げます。応援を力に変えて勝利を掴み、学校を存続させる事ができました。常々勇気づけて頂き、誠にありがとうございます」
「六原ちゃんは大阪の誇りだー!」
「ずっと応援してるぞー!」
「感動をありがとー!」
「一生食べ放題にするぞー!」
「あの、ファンへのお礼もヒーローインタビューでお願いします」
「実は今、私達に助けを求めている人達がいます。そのため私達は今から相模バトルフィールドの西側滑走路へ移動します。声援、ありがとうございました」
「え、ちょっと、困ります! インタビューとか色々控えてるんですけど!」
困惑した声を上げる女性にマイクを押し付けたレイアは滑走路に向かって歩き、駐機しているC-47に乗り込んだ。
「各機。離陸可能か。……よし。離陸を許可する。天本先輩。出して下さい」
「ほな行くで」
レイアが許可を出すと、四機のC-47は一機ずつ離陸を開始した。
それから約一五分経った頃、レイアから到着予定時刻の連絡を受けた晴嵐が格納庫から外に出ると、機会を窺っていたマスコミが一斉に押し寄せる。
「天祇選手! 今回も取材拒否なのでしょうか!?」
マスコミからの質問に、晴嵐は落ち着いた口調で対応する。
「申し訳ございません。取材に応じられない理由があるのです」
「その理由とは、やはり学校の理事会、ひいてはエスデスからの口止めなんでしょうか?」
「いいえ。理由を申し上げます。フロンティア空戦部員全員が、現時刻を以て空戦部を退部します。私達は部外者であるため、この場での取材対応は控えたいと考えております」
「それはおかしいでしょう! 仮に今退部したのだとしても、先ほどまでの瑞穂空戦部との激闘は紛れもなく貴方達のものだった!」
「仰る通りです。なので、今年度の試合に限っては、OBOGという形で取材に応じる事を考えています」
「優勝して終わりにすると言ってはいましたが、優勝を逃しています! 退部を学校が認めるのですか!?」
「この試合に三二人しか出ていなかった理由は何ですか!?」
質問を続けるマスコミ達の頭上からエンジン音が聞こえてきた。
「飛行機が着陸します。私は出迎える必要があります」
「あれは、C-47スカイトレインですね。もう帰るつもりですか?」
「実は錨桜との試合前に過剰なドーピング薬を投与された結果、オーバードーズによる体調不良者が続出しております。この試合に三二人しか出場できなかった理由でもあります。私達は一刻も早く帰り、治療してもらう必要があります」
「過剰なドーピング投与について、天祇選手は認知していたんですか!?」
「知らされたのは試合後です」
「治療はどこが行うんですか!? 治療方法は確立されているんですか!?」
「詳しくはわかりません。ただ、決勝戦が終わったら治療を開始するとだけ伝えられています」
晴嵐とマスコミ達の会話をかき消すように四機のC-47が滑走路に着陸した。
「C-47の校籍標識は瑞穂高校です! 何故瑞穂空戦部の輸送機がやってきたんでしょうか!?」
「私が瑞穂空戦部に依頼したのです。学校まで運んでもらうために。C-47は事前に貸与しました」
「体調不良者が多く、自分達での操縦は危険という事ですね?」
「そもそも私達はフロンティア空戦部員ではないので、ここにある飛行機を操縦できません。なので瑞穂空戦部の飛行機で運んでもらう事にしました」
「では、ここにあるフロンティアの飛行機はどうなるんでしょうか!?」
「空戦部員ではない私には答えかねます」
C-47の胴体下部から滑走路に降り立ったレイアは晴嵐のいる方向へ歩く。
マスコミに半包囲された晴嵐は困っている様子だったので、レイアは会話に割って入る事にする。
「晴嵐。重症者から積み込むわ」
「本当に助かるよ。ストレッチャーで寝ている者から運んで。格納庫の中だ。その次は腕に黄色い布を巻いている者を」
「ルービン隊、ザフィーア隊、スマラクト隊、ブラオン隊はストレッチャーを運んでください。ブラウ隊とグリューン隊は自力で歩ける人の誘導。残りは黄色い腕章の人を介護」
レイアの指示で瑞穂空戦部員は一斉に動き出した。
「六原選手!? ロート隊はヒーローインタビューの予定があったと聞いていますが!」
「ご迷惑をおかけしております。体調不良者の救護が優先であると判断しました」
「それは、確かに、そうかもしれませんが」
「それではスカイトレイン離陸後にお話を伺ってもよろしいでしょうか」
「私もスカイトレインに乗りますので、お話は後日の対応と致します」
「え、六原選手まで乗る必要があるんですか?」
「はい。晴嵐も体調が悪いでしょうし、病院に着くまでの指示役が必要だと思いますので」
「私からお願いしたのです。このような緊急時には六原さんの様な方にいて頂けるとうちの生徒も安心しますので」
晴嵐の発言にマスコミの注目が集まる。
「天祇選手も体調が悪いのですか!?」
「瑞穂空戦部とはいつから繋がりがあったのでしょうか!?」
「どういったドーピングを使っていたのでしょうか?」
「危険性の説明は一切無かったのですか?」
「皆様。晴嵐を飛行機に乗せます。体調がだいぶ悪そうなので」
「そう見えるかな」
「髪が青い」
「それは一年以上前からなんだ」
「艶も無いし。肌も荒れてるんじゃない?」
「やはり隠せないか。実は頭痛と吐き気が酷いんだ」
「との事です! 晴嵐が倒れると病院で症状を説明できなくなる恐れがあるため、機内で休んでもらいます。晴嵐、乗って」
「満足な対応ができず申し訳ございません」
マスコミ達に詫びた後、晴嵐はC-47に乗り込み、レイアも後に続いた。
レイアの同行は晴嵐の体調を心配しての事ではない。
お見舞いという名目でやってくる天祇グループのお偉いさんと会うためだ。
病院にはマスコミも入ってこれないし、晴嵐が入院する個室は盗み聞きされたくない話をするのにうってつけだ。
今後の交渉を円滑にするためにも、今日ご挨拶しておき、情報の出元が私である事を仄めかしておこう。
相模バトルフィールド西側滑走路から三〇分ほど飛んでC-47がフロンティア高校の滑走路に着陸すると、体調不良者達はバスに移乗。
都内にある天祇製薬と天祇医療機械が経営する病院へ移送されていった。
タクシーで移動したレイアとハンナは、フロンティア空戦部の生徒が入院するのを見届けた後で天祇グループのお偉いさんに挨拶。
天祇グループに対する敵意は無く、ただ瑞穂高校のスポンサーになってほしいだけである事を伝えた。
その後は都内のホテルへ移動して一泊し、翌日の午前中に瑞穂航空の本社ビルを訪問した。
目的は高校運営の方法について打ち合わせる事だったが、会議の初っ端で、高校の存続を二週間前決めたばかりで来年度の準備を殆どしていない瑞穂航空は生徒に高校運営を丸投げするつもりである事が判明。
高校運営の手間を押し付ける魂胆が明白となった時、レイアは思い出した。
最近は天祇グループと瑞穂航空を自分達の都合の良いように動かす事に夢中になっていたから意識していなかったが、こちらは瑞穂航空に対して高校を存続させて下さいとお願いする立場だったのだ。
瑞穂航空としては天祇グループという支援者が現れたから高校存続を決めはしたものの、企業再生支援機構から高校経営にできるだけ金をかけるなと言われているらしい。
ここで更なる投資を要求して高校存続再検討となっては堪ったものではないので、わかりましたと答えるしかない。
その後は大学部が学校運営のために使用している会社、業者を紹介され、その約款や参考となる注文書や仕様書を手渡され内容を説明された。
こうなった以上は瑞穂航空の思惑通りに行動した方が得策と判断し、可能な限りこの場で内容を理解すべく書類を読み込もうとするのだが、瑞穂航空の関連会社の重役がやって来るたびに挨拶して相手の顔と名前、肩書きを覚えねばならず集中できない。
挙げ句の果てに瑞穂航空の社長が登場すると当然の様に会社の歴史や経営理念についてのプレゼンが始まり、二時間に渡って会議は中断。
説明が終わらなかった分は明日に回すと一方的に告げられ夕食に連れていかれると、高校運営と関係があるとは思えない話題ばかりを振られ続ける。
ホテルに戻ってからも手渡された書類の束に目を通し、翌日の午前中に再度瑞穂航空の本社ビルを訪問し会議を再開。
学校運営の基本方針について大筋合意に至った後は、食事の誘いを断って建物から脱出。
レイアは部員達に学校の地下空間にガソリンをまいて火を放ち、その様子を撮影するよう指示した。
更に、入り口付近を発破で崩落させるところまで撮影し、その動画はできるだけ早く晴嵐経由でIntegraグループに渡す。
天祇グループからの支援を取り付けられた以上、Integraグループと取引を行う必要は無い。
Integraグループが何を言ってこようと、無いものは無いと言い切れるよう徹底的に焼却する。
地下空間自体に入るのが危険な状態であると認識させれば、もう土地を寄こせとは言ってこないであろう。
これで面倒事は、全て片付いたか。
疲れ果てたレイアとハンナは新幹線の中でぐったりしていた。
夕暮れ時、空戦部の部室に戻ってきたレイアとハンナは、互いの背中にもたれ合うようにソファに座り込んだ。
「お疲れだったな。グーラッシュを持ってきているから、一緒に食べよう」
「コーヒー淹れます?」
「お願い。ありがとう」
樹里がお湯を注ぐ音とともにテレビからスポーツニュースが聞こえてくる。
「昨日存続が決定しました瑞穂航空トラビマイスター高校について、瑞穂航空から詳細な情報が発表されました。学校法人トラビマイスターが所持する経営権を天祇グループが購入。学校名は瑞穂航空大学附属高校に変更。会社同士としても協力関係を深めていく予定であるとの事です」
「遂に、トラビの名は消えてしまったな」
「既定路線ではあったから。ライヒスリッターじゃなくて天祇グループが購入したというだけで」
エレンの呟きにレイアは返す。
「東ドイツは素晴らしい国ではなかったと思うが、それでも日本中から忘れ去られてしまうのは、少し寂しい」
「来年だけであれば、空戦ファンにもう一度思い出してもらう事はできるわよ」
「どうやるんだ?」
「尾翼のエンブレムよ」
「なるほど。それは確かに、良くも悪くも目立つだろうな」
「賛成。瑞穂航空の人達言ってること滅茶苦茶でさ。従うしかないけど、機体のマーキングくらいは好きにさせてほしいよね」
「一体何を言われたんだ?」
「エレンと樹里の負担も相当に大きくなると思うから説明しないといけないんだけど、明日にして。もう疲れた」
「お昼駅弁だけだったから、お腹すいちゃったよね」
「グーラッシュが温まったぞ」
電子レンジから皿を取り出してテーブルに置くエレンを見てレイアは思う。
この暖かな空間が来年も存在するのは幸せな事だ。
そして一緒に戦ってきた同期や後輩と来年も同じチームで空戦ができるのはとても嬉しい。
しかし、同時に疲労も感じる。
スポーツ空戦の場外でひたすら繰り広げた暗闘による精神的な消耗は大きかった。
未来を勝ち取ったという喜びに浸るより、今はまず休みたい。
Dammerung! Das reicht!
やっと終わった。もうたくさんだ!
次回、レイア、トリプルフリューゲルとかけて威圧的な態度ととく




