27 高度の罠
機数を揃えた理由は単純だ。
事ここに至って、フロンティアの自滅や、機数の差を活かした勝利などという詰まらない評価はいらない。
スポーツは対等な条件で勝ってこそ真の価値がある。
決定的な勝利を手にして瑞穂高校空戦部が最高の宣伝装置である事を証明し、晴嵐には一才の言い訳の余地を与えない。
勝敗をきっちり付けたうえで仲間に加え、瑞穂空戦部でその才覚を限界まで発揮してもらう!
「レイア殿。フロンティア側の情報はありますか?」
「特に無し」
「では、予定通りロート隊とヴィオレット隊でセイバー隊を封殺します。ランス隊に注意してください。第二、第三中隊も変更ありません。ゴルト隊とインディゴ隊は第四中隊とし、味方後方の敵機への横槍をお願いします。予定以上に、じっくりと時間をかけて対処して下さい」
「了解」
各小隊が返答し、瑞穂空戦部は上昇を続ける。
しばらくして西の空に機影が見え始めた。
最後の大会でフロンティア空戦部は自分達の戦い方を完成させたが、その完成形においても晴嵐のワンマンチームである点は変えられなかったものとレイアは推測している。
試合を見ていると全体的に反応は早いが判断が遅い印象を受ける。
晴嵐とて中隊指揮官の育成には心血を注いだろうが、素養のある選手達は見つからなかったらしい。
また、フロンティア空戦部員達が落ちこぼれの烙印を押されて自信を喪失している状態であった事も影響しているかもしれない。
決勝まで勝ち進んで来れたのは晴嵐が敵機を薙ぎ倒しながら中隊指揮官、あるいは小隊長にまで的確な指示を出していたからに違いない。
晴嵐にとっても望ましい状態ではなかったはずだが、この試合に限っては幸いしている。
体調不良で試合に出れなかった一二名の中に中隊長や小隊長が混じっていたとしても、替えが利くのだ。
晴嵐からの指示を部隊に伝えるだけの伝達装置なのだから。
高度六千メートル付近で両校の戦闘機隊が相対する。
「長機より各機。時間をかけて対処の意味がわからない人は今のうちに訊いて」
「かちこむのは最初じゃないって事ですか?」
「そう。相手は既にオーバードーズで体調不良。試合が長引けば更に悪化する可能性が高い。故に長期戦が有利」
「なるほど! 流石姉御!」
「樹里の姐さんも天才っすね!」
そういえば私も、人の話をよく聞かず物事を深く考えないインディゴ隊の悪癖については是正できなかったなとレイアは思った。
両校の戦闘機隊は互いに牽制射を放ちながら交差した。
ヘッドオン覚悟で突っ込んでくる敵がいないのは想定通り。
フロンティア空戦部の戦術はP-51の機体性能を活かして有利な状況を作り、フォリアによって強化した脳神経と動体視力によって短時間で撃墜するという単純なものだ。
対策はとうの昔に発案し、チーム全体で練習を積んできた。
P-51とD-9が一斉に上昇していく中、Ta152各機は水平に旋回し、上方警戒に徹する。
そして三二機のP-51が一斉に急降下攻撃を仕掛けてきた。
完全に躱し切る事は難しい。
被弾する機体は出る。
しかし一六機のTa152は高度を上げない。
高度六千メートル以下での回避行動に徹し、回避の後に機会があれば反撃するが、高度六千メートルより上に昇ったP-51に対しては手を出さない。
「セイバー隊発見」
「指示するまで貼り付いて」
「了解」
フィロからの合図にレイアは返し、ブラウ隊の位置を頼りにセイバー隊を見つける。
そして次に急降下してきた際にその後方につき、一瞬射撃した。
こちらの位置を知らせるためだ。
既に晴嵐によって二機堕とされている。
時が満ちるまではこちらに気を引くなりして妨害を続け、損害を抑えなければならない。
「セイバー隊捕捉。ヴィオレット隊は合流」
「了解」
空戦開始から十分。
高度六千メートル以下にいるTa152は一方的に攻撃を受けている。
D-9は高度六千メートル以上まで上がり積極的にヘッドオンを仕掛けているが、相手が乗ってこないので中々撃墜には至らない。
P-51の後ろを取れる事もあるが、追い付けないか、回避されてしまう事が殆どだ。
逆に不利な立場となり、急降下での離脱に専念せざるを得ない味方もいる。
観客から見ればフロンティア空戦部が圧倒的に有利な状況に見えるだろうし、実際スコアの差は徐々に広がっている。
だが瑞穂空戦部にとっては作戦通り。
あと数分で決定的な戦果を上げられなければ、窮地に陥るのはフロンティア空戦部の方だ。
高校空戦には高度六千メートル以上に累計五分以上留まってはならないというルールがあるので、必然的にそうなる。
様々な機体が活躍できるように定められたこのルールだが、最も割を食った戦闘機はP-51だろうと一般的に言われている。
その真価を発揮できる場面が大きく制限されたうえ、弱点を露呈しやすくなっているからだ。
P-51には水平旋回時の速度の減衰が激しいという弱点がある。
高速域での横転性は素晴らしく、ピッチングも良いので俊敏に曲がり始めはするのだが、速度がみるみる落ちていく。
そして加速力は平凡なので一度失った速度をすぐに回復したければ降下するしかないが、高度を落としてしまうと低空から中高度までの上昇力は平凡という特性が足枷となってジリ貧に陥りやすい。
この点はP-51をレンタルしている時に何度も確認したが、水平での旋回戦に限定した場合、Ta152であれば高度、速度を問わず不利な状況に陥いる事は無かった。
フロンティア空戦部の選手達はP-51の過給機性能とピッチング性能を活かして高度六千メートル以上で反転上昇し攻撃に転じてくる。
Ta152に乗っている瑞穂空戦部員はそれに付き合わず、水平旋回し、必要に応じてフラップを開いて旋回半径を縮め、上から攻撃されない位置へ回り込む。
そして他の敵を狙いに行ったP-51を妨害する。
離脱しない、へばり付く戦い方の徹底。
この作戦が成功すればある時を境に、高度六千メートル以上に昇れなくなったP-51と、好きな高度まで上がってから攻撃に移れるTa152が残る事となり、一方的な殲滅が可能となる。
ロート隊、ヴィオレット隊、ヴァイス隊、ゼピア隊は自機の高度と比較する事で他の機体のおおよその高度がわかる練度に達しているので、小隊ごとに分担してP-51が高度六千メートル以上にいた累計時間をストップウォッチで計測している。
高度六千メートル以上にあと何分いられるか。
それは相手の余命と言い換えても良い。
晴嵐であれば早い段階でこちらの意図に気付くだろうが、最も重大な要素が高校空戦のルールであるため、対応は難しいだろう。
最初に思い付く対処法はこちらを低空に押し込む事だが、Ta152の機動について行くために強引な旋回をすればかえって不利になる。
高度六千メートル以上まで昇ってくるD-9隊への対処も必要だ。
Ta152とD-9を纏めて低空に押し込めるだけの連携力はフロンティア空戦部には無い。
そしてもう一つの対処法。
時間切れになる前に猛攻を仕掛け、一七機撃墜して勝利を確定させる。
こちらは十分現実的であり、レイアが恐れている展開だった。
晴嵐は間違いなくこの選択をする。
やはり。
全てのP-51がほぼ同時に翼を翻して上昇に転じ始めた。
とてもわかりやすい。
中隊ごとに徐々に高度を上げていき、相手に気付かれぬよう高度の優位を奪うという戦術が取れないのだ。
しかし一人の指揮に基づいて全戦闘機が一斉に襲い掛かるという戦術は脅威でもある。
「長機より全機。高度制限を解除。敵の総攻撃は二分で終わる」
言い終えてからレイアも上昇に転じる。
意図を看破するのは容易だったが、セイバー隊の妨害は難しくなった。
殆どのP-51が上空にいるので、どれが襲ってくるかわからない。
案の定他の小隊から攻撃を受け、回避行動を取っている間にセイバー隊が降下を開始。
妨害は諦め、攻撃を終えて昇って来たセイバー隊への攻撃を試みるが、速度差があって追い付けない。
「P-51撃墜」
「一機堕としたよん」
後方の敵機はヴィオレット隊が始末してくれたが、セイバー隊が止まらない。
再び急降下に入ったセイバー隊は縦の高速旋回でD-9の背後を取ると、瞬く間に撃墜。
そのまま反転上昇するとしばらく水平に飛び、再び急降下。
そこへ降下しながら突っ込んだレイアは今度こそ射線に捉えたと思ったのだが、横転と横滑りで回避され、眼下の味方が堕とされるのを見た。
セイバー隊は捕捉される事なく悠々と上昇していく。
現時点でこちらの残存数はおそらく一八機。
あと三機堕とされると敗北となるが、遂に待ち望んだ時がやってきた。
「殆どのP-51があと数十秒で時間切れになる。全機、何としてでも回避しろ」
指示を出し、セイバー隊を追いながらレイアは思う。
晴嵐だけで五機堕としている。
ロート隊はセイバー隊を封殺するという役目を果たせなかった。
可能だと思っていたが、晴嵐の技量が想像を超えていた。
中学時代日本一と言われた選手がドーピングしたらああなるのか。
あれが現代の高校空戦選手の到達点だろう。
堕としてみたい。
堕としたい!
堕とせた時、選手として次の段階に進める気がする!
前方のセイバー隊はなおも上昇を続けていく。
狙いを私達に絞ったらしい。
確かに。私達四人を墜とせばその瞬間にフロンティア空戦部の勝ちだ。
そうなる可能性は低くない。
この高度でP-51とTa152が同じ角度で上昇した場合、どちらが先に息切れするかは正直わからない。
失速した瞬間に敗北が決まるのでその前に横転して降下に入らないといけないが、セイバー隊に後ろを取られる事は間違いないので危機的状況となる。
逆にP-51の方が先に限界に来たならば、こちらの勝ちだ。
如何なるパイロットでも失速してアンコントロール状態となった機体で回避はできない。
果たしてどちらが堕とされる側の役を担う事になるか。
高度八千メートルを超えた頃、遂に答えが出た。
セイバー隊が一斉に縦の旋回に入った。
P-51のラダーが動いた瞬間、レイアは告げる。
「捻り込みだ」
捻り込みという技がある。
ループの頂点直前で失速横滑りして斜め旋回に移行し、旋回半径を大幅に縮める操縦法だ。
非常に有名なうえ単発のレシプロ機ならどんな戦闘機でも可能なのにも関わらず、競技空戦でも滅多に見かけない。
理由は単純で、速度を失速ギリギリまで落とすという行為そのものが極めて危険だからだ。
捻り込みが有効な場面の最たる例は、何としてでも形勢を逆転しなければその後の敗北が確定している時。
即ち今のセイバー隊だ。
セイバー隊が失格を免れるには、ここでいかなる戦闘機動を取るにせよその後は高度六千メートル以下まで一直線に急降下するしか無い。
レイアは操縦桿を右に倒しながら右のフットレバーを踏む。
宙返りしたP-51とTa152の位置関係は変わっておらず、ただ距離だけが縮まっていた。
当然だ。
セイバー隊の捻り込みは完璧と言って良いものだったが、それはロート隊も同じなのだから、より低速で短い半径で旋回したTa152をオーバーシュートさせる事はできない。
そしてお互いに失速寸前にある以上、俊敏な機動はできない。
「おやすみ。晴嵐」
四機のTa152の射撃で二機のP-51を撃墜。
急降下中にもう二機を撃墜。
然るべき結果だ。
時間をかけて積み重ねた小さな優位が、決定的な瞬間を作り出した。
「セイバー隊を全機撃墜。各機、絶対に敵より高度を下げるな」
勝敗は決した。
フロンティア空戦部のP-51は高度六千メートルより上に昇ると十数秒で失格となる。
うっかり失格になりたくなければある程度下の高度まで降りるしかない。
Ta152隊はそれを好きな高度から好きな速度で攻撃すれば良いのだ。
D-9隊にも多少時間的猶予はあるので、危険だと思ったら高度六千メートル以上に逃げ込む事ができる。
もう試合の体はなしていなかった。
射撃目標と化したP-51を十機ばかり堕としたところで審判から試合終了の無線が入った。
「試合終了! 瑞穂航空トラビマイスター高校の勝利!」
次回、レイア、カラオケの採点AIに人格否定され口論




