26 対等な勝負
二〇〇二年の二月。瑞穂空戦部は冬の大会決勝まで勝ち進んでいた。
一方のフロンティア高校も準決勝で錨桜を破り決勝進出を決めていた。
錨桜は今年も優勝候補最右翼であり、悠紀羽三姉妹が晴嵐を抑え込めば連携力の差で勝ってしまうのではとレイアは内心思っていたのだが、三機差でフロンティアが勝利した。
準決勝のフロンティア空戦部の選手達の動きはいつも以上に鋭く、試合映像からも執念を感じた。
きっと、フロンティア空戦部はフォリアというドーピングの使用を前提とした戦術、空戦機動を完成させたのだ。
大会終了と同時に解散する事を決めており、どれだけ勝とうが世間からは認めてもらえないチームが最後の大会で咲かせた徒花。
それは虚飾かもしれないが、間違いなく実在しており一週間後に戦う事になる。
対して瑞穂空戦部で三年生の戦闘機小隊はヴィオレット隊のみであり、戦闘機隊の中核は二年生。ブラウ隊とグリューン隊に至ってはスポーツ空戦を初めて一年と経っていない。
しかも機体はあってもパイロットが足りないので爆撃機の操縦手で穴埋めしている状態だ。
明らかに発展途上のチーム。
少なくとも完成形には至っていない。
対フロンティア高校を想定した練習は十分に行ったとはいえ、厳しい戦いになると思われる。
しかし。それでも勝つのだ。
瑞穂高校を存続させるための盤外での戦い、謀略は完了しつつあるが、それは裏の話。
勝利以外の結果から得られる未来など無いと部員に言い聞かせてここまで来てしまった以上、公式戦総合優勝という栄誉は絶対に欲しい。何としても。
敗北すれば、学校が残ったところで、私は詐欺師だ。
決勝前日の土曜日。
月光に映し出された相模バトルフィールドの西側滑走路へ一機のFw190が着陸。
コックピットからレイアが姿を現した。
格納庫からは晴嵐が歩いて来る。
「この寒い中よく来たね。ドーピングしている人間はそんなに信用ならないかい?」
「決勝戦が終わった後、特に貴方がどういう扱いを受けるかわからない。入学届や本人確認書は今受け取っておく」
「用意はしてあるよ」
そう言って晴嵐は封筒を四つ差し出した。
それぞれにセイバー隊の選手の名前が記載してある。
「セイバー隊三人は転校に前向きなの?」
「うん。このままアメリカに帰るより良いって」
「期日はあるけれど、他に転校したいという人がいれば受け入れるわよ。試合後に言ってみたら?」
「いや。もう皆には話した」
「それでも、希望者は四人なのね」
「セイバー隊以外は特に欲しいとは思わない。貴方の言葉を皆にそのまま伝えた。皆寂しそうに笑ってたよ」
「試合前に賭けの話する事がリスクだわ。選手達から感謝されているというのは本当みたいね」
「貴方は重大な話を試合後まで黙っているタイプなのかい?」
「……話の内容によるけれども」
「そうだね。学校を存続させるための違法行為の数々。あんなもの言えるわけないよね」
「こっちも中々苦労が多いのよ。だから私は貴方に同情しない」
「それは嬉しいね。私も命があっただけ幸運だと思っているから」
「じゃあ才能の無い選手達がドーピングによって優勝を果たしたとしたら、それは幸運?」
「幸運だ」
晴嵐は断言した。
「強制的に始まり命惜しさにやった事でも、所期の目的を達成できるなら、アスリートとして幸運である。私達がそう決めた」
「同意するわ。問題は負けた時だけど」
「貴方で言えば、空戦とは無関係の工作に散々労力をつぎ込んだ挙句廃校になった場合がそれに当たるよね。その時はどうするのかな?」
「散り散りになる部員達には折り合いを付けてもらうしかない。私はもう何もできない」
「貴方自身は?」
「目指すところは変わらないから、また歩き出すだけ」
「同じだなぁ」
「貴方と?」
「そう。転校の話をする時、自分で結論を出してもらうしかないって言ったんだ」
「その結果がセイバー隊のみだったわけね」
「皆わかってるんだよ。ドーピングしてなお一流選手に比肩せず。居場所は競技空戦には、無い」
「高校生のうちに踏ん切りをつけられる事も、幸運と呼べるかしら」
「それは本人達が決める事だよ」
「そうだった。じゃあ貴方の目的って何?」
「明日の試合に勝ったら教えるよ。転校するのだから。私達が勝ったら貴方とは無関係な事だから、言わない」
晴嵐の答えを聞いて、レイアは空戦を止めるつもりなのだなと思った。
そしてオリガの言葉を思い出す。
この世に様々な価値観があろうとも、陰謀計略の余波で若い才能が摘み取られるのが勿体ないと感じる。この感情は自然なものだ。
「フォリアって使うとどんな感じ?」
「何故それを今訊くの?」
「転校してからだと訊きにくいでしょ」
「……時間がゆっくりと流れるようになる。スローモーションの世界で自分だけが自由に飛び回っている気分かな」
「話だけ聞くと爽快ね」
「気分は鮮やかでも臓腑は常に苦しい」
「体力も向上するみたいね」
「うん。心肺能力が向上する。それで私の手術は成功したんだ。医師からは脳神経強化の副産物だと説明された」
「競技空戦が実験場に選ばれた事にも納得だわ」
「因みに筋力も向上するけど、この点はあまり重視されていない気がする」
「貴重な話をありがとう。ロート隊だけにしか話さないから安心して」
「いらない気遣いだよ。フロンティア空戦部が解散した後、極秘取材として効果を語る元部員もいるだろうから」
「口止めされてないの?」
「されていない。ドーピングの効果を堂々と話す選手などいないし、いたら宣伝になるだけかな」
「じゃあ取材やインタビューの拒否は? 学校からの指示という話だったわよね」
「私が学校に頼んだんだ。選手のメンタルを守った方が試合に勝てると説明したら、了承された。利害の一致だね」
「妙案ね。取材ってやましい事が無くても鬱陶しいと感じる事があるから」
月明かりに照らされた滑走路を寒風が吹き抜けていった。
「もう帰ったらどう? 風邪をひかれて私のせいにされても困るかな」
「そうするわ。長話をしてしまったわね」
「試合前だから、用を済ませたらさっさと帰るものだと思っていた」
「二度と話せないかもと思ったら、つい口が動いてしまったのよ」
コックピットに乗り込みながらレイアは答える。
「勝つつもりのくせに」
「そうね。変な事を言ったわ。じゃあお休み」
そう言ってレイアは風防を閉め、エンジンを始動し、滑走路から飛び去っていった。
翌日の朝。
試合開始を目前にして、レイアは訝しんでいた。
おかしい。
巨大ビジョンに映るフロンティア側の滑走路。
戦闘機は四四機並んでいるが、パイロットが乗り込んでいない機体が多数ある。
特にP-40の操縦席は明らかに空だ。
「どうした事でしょう! フロンティア高校、滑走路には四四機並んでいますが、乗り込んでいないパイロットがいます!」
実況の説明からしても間違いない。
もうすぐ試合開始十分前。その段階で乗り込んでいなければ失格となり試合に出れなくなる。
この後に及んでわざと負けるつもりか?
仮にそうだったとしても、これではあからさま過ぎる。
レイアはエンジンを停止すると、風防を開けて外に出る。
そして腕でバツ印を作って格納庫を向くと、そのまま走って格納庫に入る。
「私の機体のエンジン整備をお願い! どこも壊れてないわ」
近くにいた一年生に指示を出すと、レイアは携帯を手に取り晴嵐の番号にかけた。
格納庫からでは巨大ビジョンは見えないが、晴嵐の携帯が鳴っている事に誰かが気付くか、晴嵐の察しが良ければ出るだろう。
しばらくして、晴嵐が携帯に出た。
「何をしている!? 開始まであと一二分しか無い!」
「何故空の機体がある。正直に答えろ!」
「体調不良者が多い。オーバードーズだ。錨桜戦の前、医師達に許容値を超えた濃度のフォリアを投与された。知らされたのは試合後だ」
「回復の手立ては無いの!?」
「さっき医師の奴らが強心剤を持ってきたが、注射器を破壊した。私達はモルモットでも、生きるために戦ってきた!」
おそらく嘘では無い。
晴嵐はドーピング漬けにされた者達を率いて戦うと決意した。
しかし同時に部員の命を預かっているつもりだとも言っていた。
これが最後の戦いであろうと、身体に限界が来た者は休ませるという事か。
改めて晴嵐という人間の性格がわかった。
昨日長話したのに、おくびにも出さなかった点は気に食わないが。
「出撃機数は?」
「三二機。今のベストメンバーだ!」
「この試合が貴方との最後の賭けになるわね」
「そうだね」
「私は貴方に賭けるわ」
そう言ってレイアは携帯の電源を切ると定盤の上に置き、滑走路に戻って機体に乗り込む。
「ギリギリだよ! 晴嵐はなんて?」
「上がってから説明する。ルービン隊、ザフィーア隊は出撃中止。機体から降りて下さい。最後の試合なのに申し訳ございません!」
「よしわかった! 訳は後で聞くぜ」
「勝てよ!」
「最高のチームのまま終わらせてくれ!」
「まさか整備不良の機体が八機も出るとはな」
「え、これ私のせいになるの!?」
「燃料と弾薬入れ忘れでええんとちゃうか。うちは馬鹿多いし」
「半分くらい体調不良じゃ駄目なの?」
「馬鹿は風邪ひかんねん」
「私から正直に説明するわよ。機数が同じ方が面白いと思ったって」
「そうか。相手も三二機なのか」
「オーバードーズだって」
「今から三二機同士の戦術を考えれば良いんですか?」
「よろしく。こうした理由はあるから、私とハンナの退部届を燃やしながら聞いて」
「それは免罪符じゃない」
エレンの言葉には返さず、レイアは無線を実況に切り替える。
「両校の出撃数が決定しました。ともに三二機です! これは、示し合わせたとしか思えません」
「間違い無いでしょうね。フロンティア側は取材できないでしょうから、瑞穂空戦部から話を聞きたいものです」
「状況から見るに、フロンティア側のパイロットが少ない事に気付いた六原選手がフロンティア側に機数を訊いたというところでしょうか」
「仲が良いのは結構ですが、褒められた事ではありませんね。瑞穂側に出撃数を減らすメリットは無いはずです。全力で戦うのがあるべき姿だと思います」
「しかし機数が同じだと正々堂々という感じはします。これもまたスポーツマンシップではありませんか?」
「そうですね。今も部員達はすぐに機体を降りました。高い統率力があるのでしょう。非常に興味深い選手です。機数を減らした事が裏目に出なければ、ですが」
「さぁ、いよいよ始まります。冬の大会決勝戦。天気は去年とは真逆の晴天。今、表示灯が青になりました。両校出撃です!」
ロート隊一番機であるレイアは二番機のハンナと共に、先陣を切って離陸した。
次回、レイア、雪合戦で警護用雪だるまに苦戦




