25 勝機の作成
冬休みに入った最初の土曜日。
ロート隊VSブラウ隊&グリューン隊の模擬空戦が行われた。
ブラウ隊とグリューン隊の八人が自分達の抱える課題を正しく把握し、その克服のために練習していた事をレイアは知っていた。
そして目の前に広がる光景を見て、レイアは合格と言いたくなった。
フィロと有紗を先頭に、左右対称のエシュロンを組んでいる。
小隊同士で連携しようという思想が無ければあの編隊にはならない。
ブラウ隊とグリューン隊が抱えていた課題は単純だ。
瑞穂空戦部戦闘機隊の中では技量が低いので狙われやすく堕とされやすい。
堕とすより堕とされるなと口を酸っぱくして言ってきたが、それをしっかり意識して試合に臨んだとしても強敵に狙われれば練度の差で堕とされてしまう。
故に今までは迎撃隊と直掩隊に分け、二年生以上の小隊が援護と牽制を徹底する事でブラウ隊とグリューン隊の生存性を高めてきた。
しかしルールが制空戦で乱戦になりやすい冬の大会では守ってやることが難しい。
主力であるロート隊、ヴィオレット隊、ヴァイス隊、ゼピア隊は敵機撃墜と自らの生存に全神経を集中する必要があるため、後輩の事まで気にかけてはいられない。
チームが勝つには、ブラウ隊とグリューン隊が活躍するには、一年生同士で連携して生存性を高める必要がある。
短期間で劇的に上手くなる事はできないが、お互いに守り合おうという意識改革は可能。
模擬空戦とはブラウ隊とグリューン隊の発想を正しい方向に向けるための名分に過ぎず、その内容と結果は本質ではないのだ。
「あの子達、成長したわね」
「うん。冬の大会に間に合うよ」
「あの八人で中隊が組めるなら、作戦的にも助かります」
「目的は既に達成された。なら、この空戦は予定通りで良いんだな」
「ええ。それでも足りない物があるから、それを教えましょう」
ロート隊にとって敵機の数は倍。
ダイブ&ズームが得意なフォッケは数的不利でも立ち回れる戦闘機だが、今は互いに機体も高度も同じなので単なる一撃離脱だけで劣勢を覆すのは難しい。
故にもう一つの定石。
敵を一塊にしておくことが重要になる。
ロート隊は二手に分かれ、それぞれブラウ隊とグリューン隊と交差直前に降下、即上昇し斜めの旋回に入る。
単に上昇すると失速しかねないので、横転の最中にラダーを操作しやや強引に機体を水平に戻す。
この時点でブラウ隊とグリューン隊は旋回を終えていなかった。
レイアは先制の牽制射を加えて相手の機動を妨害し、横転して反撃を躱すと再度上昇に入る。
相手より高度を下げない事を徹底すれば撃墜される危険性は格段に下がる。
今は互いの機体が同じなので、技量で上回っていれば優位高度が取れる。
ブラウ隊とグリューン隊の両側をロート隊が二機ずつ飛んでいる展開。
羊の群れを追い詰める猟犬の気分だ。
「グリューン隊を狙う、と見せかけてブラウ隊を墜とす」
レイアは指示を出すと、相手が上昇に入った瞬間に進路を変更し、グリューン隊の後方へ回り込んだ。
予想通り、ブラウ隊がこちらの後方に回り込んできた。
そしてそのさらに後方にはエレンと樹里がいる。
レイアはグリューン隊を狙わず横転するとシザーズを開始。
フラップの開閉で減速しブラウ隊をオーバーシュートさせると、ラダーで機体を滑らせ正面の敵を照準器に収め撃墜
エレンと樹里が交互に射撃しもう一機を撃墜。
ロート隊はブラウ隊のいる方へと進路を変えつつ緩い上昇に入った。
「もう二機はグリューン隊とする」
空戦においては臨機応変さが重要となるが、予め狙う敵を決めてしまう事にも、動きをより詳細に観察できるようになるというメリットがある。
そして失策を誘うために牽制や陽動を行い、相手がミスを犯した瞬間に適切な機動を行う事で優位に立つ事ができるのだ。
いつ来るか分からない勝機をただ待つより、自分の手で作り出した勝機の方が確実に掴みやすいのはどんなスポーツでも同じだろう。
「グリューン隊後方五百メートル」
樹里からの通信を合図にレイアは降下を開始。
ダイブで逃げるブラウ隊は追わずに上昇に転じて円弧を描く。
ループの頂点で振り返りグリューン隊の位置を把握。
そのまま降下に転じ、グリューン隊の背後を取る。
急降下していったブラウ隊は直ぐには上がってこれない。
グリューン隊は速度で劣る状態で背後を取られている。
決定的な状態だ。
ロート隊は交互射撃で二機を撃墜し、模擬空戦を終了させた。
模擬空戦の後、見事課題を克服していたブラウ隊とグリューン隊にレイアは賞賛の言葉を贈った。
一方的な敗北を突き付けられた八人が神妙な表情をしていたので、レイアは自分達が一切手加減しなかった理由を説明する。
冬の大会を迎えるにあたって最後に学んで欲しい事があったからだ。
それは二個小隊で緻密な連携ができるようになったとしても、練度に極めて大きな差がある敵と遭遇してしまった場合は必ず劣勢に追い込まれるという事。
そこで粘ろうとすると技量不足によるミスが出て撃墜されてしまう。
よって絶対に勝てないと思われる敵に対しては、詰みの状況に入る前に急降下で逃げる事も必要な戦術である。
戦闘空域に留まって相手チームに圧力をかけ続ける事と、撃墜されないために離脱する事。
相反する二つの大切な事象をどこで線引きするか。
その判断をする人間は予め決めておく必要があるが、全員がそれを念頭に置いて試合に臨んで欲しいと言ってレイアは話を締めくくった。
冬休みの間、ロート隊は部員達の指導をする傍ら、瑞穂高校を存続させるための段取りを進めていた。
瑞穂高校の行く末については、ただ待っているだけでは勝機など永遠に訪れない。
自分の手で作り出した勝機を確実に掴み取る事によってのみ、活路が開けるのだ。
一月上旬。
冬の大会のトーナメント抽選会の後、レイアとエレンはそのまま横田にあるフロンティア高校空戦部を訪れていた。
正門前でタクシーを降り、出迎えに来たドゥニャの案内で前に来た時と同じ応接室に通される。
「私も同席しましょうか」
「いや、私一人が良い。恐らく、高校空戦の範疇から逸脱した話になる」
「わかりました」
答えたドゥニャが退室し、応接室には三人が残される。
「来てくれてありがとう。次の賭けの話だよね」
「その前に、晴空さんとの連絡、改めてお礼を言うわ」
「定期連絡が来た直後だったからすぐに居場所が特定できた。クロアチア人達は運も良いよ」
「送ってもらえた写真で、あの四人が紛争地帯にいた事が証明できた。後は通う学校が存続すれば、在留特別許可は確実」
「そんな言い方をされても、総合優勝は譲らないよ」
「お互い様ね。どっちかは負けるんだから」
「そうだね。じゃあ、賭けのルールだけど、反対側のブロックになったから、今年度の総合成績が上だった方が勝ちという事にしよう」
「賛成」
瑞穂とフロンティアの今年度成績はともに六勝。ただし瑞穂は二敗しているのに対しフロンティアは一敗なので、冬の大会の勝ち数が同じならばフロンティアの勝利。
冬の大会で瑞穂の方が一つ多く勝った場合でも、優勝できなければ総合成績は負けが少ないフロンティアの方が上となる。
そして冬の大会で瑞穂高校が優勝した場合は、総合成績でも瑞穂高校が一位となる。
引き分けという結果は双方にメリットが無い中で、確実に白黒つくのが総合成績なのだ。
「そして、そっちは改良型フォリアそのものを賭けてもらう。より正確には、改良型フォリアに関する情報全てとなるかな」
「後が無さそうね。そちらも」
「この条件を瑞穂に飲ませなければ治療しないと脅されてるからね。死者が出るのはIntegra Performanceと天祇製薬にとっても困るだろうからハッタリだとは思うけど、私としては部員の命を預かっているものと考えている」
「その条件を飲むわ。ところで貴方は改良型フォリアが何だか知ってるの?」
「いいや」
「改良型フォリアとは、メラニン色素の変質を克服したフォリアよ。この価値はわかるわね」
「ああ。それは凄いね。フォリアを使っているか一見してわからない」
「薬の開発ってとても時間がかかるそうね。既にある答えを欲しがるのはわかるわ」
「それを私に教えてどうするのかな」
「Integra Performanceに伝えといて。こちらが賭けに勝った場合でも、額によっては売却すると」
「意外だね。貴方はてっきり改良型フォリアを葬り去りたいものだと思っていたけど」
晴嵐の発言は正鵠を射ており、レイアは嘘を吐いていた。
フロンティア空戦部が早々に敗退した場合でもIntegraグループが強引な手に出ないようにするための牽制だ。
様々な裏情報を入手した結果、天祇グループに出資を依頼するうえで改良型フォリアは必要なくなった。
賭けに勝利し、学校の存続が確定した瞬間に焼却処分する。
「日本の競技空戦では使わない事を条件にはするけれど。葬ったところでIntegra Performanceもいつか自力開発するでしょうし」
「わかった。伝えておく」
「こちらからの要求は他にもある」
「……まずは、この資料を見て欲しい」
エレンから渡された資料を晴嵐が読んでいる間、レイアはドゥニャが置いていったコーヒーを飲みながら晴嵐の顔色を見る。
流石に驚いているようだった。
天祇製薬のみならず、天祇グループの複数企業が汚職をしている。
天祇グループは完全な悪徳企業だ。
だからこそ二〇世紀後半に日本屈指のグループ会社に成長できたのかもしれないが。
「最初の賭けで天祇製薬の株を手に入れたのはこのためか」
「そうよ。株主だと情報を入手しやすい」
「最高レベルの社外秘だ。ハッキングだね」
「さぁ」
「口座まで特定するというのも尋常じゃない。何を考えている」
「それら書類が世間に出たらどうなるか説明するまでもないけれど。敢えて言うわ。天祇製薬は破綻。経営層数名は刑務所行き。株を持ち合っているグループ会社も苦しいでしょうね。天祇化成は再起不能になるんじゃない? 未公開株を政治家へ譲渡している天祇機械システムズも即死ね」
「これが、賭けの対象になるのかな?」
「何を虫の良いことを言っているの? 天祇グループは瑞穂航空に対し高校運営の資金を提供すると連絡する。期限は来週の日曜日。守られない場合はその資料を全て世間に公開する」
「一週間!? 倒産するにも潰れ方というものがある。経営陣は自業自得としても、社員に罪は無い。短過ぎる」
「瑞穂高校が来年度入学の生徒を募集するのが一月中旬だから、それまでに瑞穂高校は出資者を見つる必要がある。貴方はどんな手を使ってでも会社を説得し、私達の要求を飲ませないといけない」
「済まない。レイアは、怒っているんだ」
「怒っている……ああ、そうか」
晴嵐は数秒でエレンの言葉の意味を理解したようだった。
「私達が元シュタージであると暴露されたせいで、姉さんはプロ志望届を出すのをやめた。スカウトから指名は控えると言われたからだ。下位指名なら確実と言われていたのに!」
「気持ちはわかるけど、私にはどうしようもない」
「いいえ。貴方が春の段階でフォリアの使用を告発し、部活動を中断していれば、土地を巡る賭けは発生しなかった」
「それは結果論だ! 前にも言ったように、私達は優勝して確実に治療を受ける道を選んだ」
晴嵐に怒りをぶつける事がお門違いなのはレイアも自覚していた。
元シュタージである事が高卒でプロ入りできない根本的な原因にはならない。
スカウトの目からして、姉さんは厄介事を抱え込むリスクを冒してまで欲しい人材ではなかった。
結局は姉さんの実力不足。それだけの話だ。
それに私も姉さんも、他人のドーピングを非難できるほど真っ当な人間ではない。
しかしそれでも悔しいという感情は残る。
だからせめて、晴嵐には自分達が夢を追う過程で姉さんが被害を受けた事を知っておいてほしかった。
「私達に迷惑が掛かる事を承知で自分達の夢を優先した事は事実でしょう」
「……そうだね。交渉の余地は無いか。汚職は表に出ない条件は何かな」
「話が来た時点で瑞穂航空の方からいくら必要か言うでしょう。後は天祇グループが飲むかどうかよ。私達としては学校が存続さえすればいい」
「つまり瑞穂高校の存続が決定した時点で、汚職は公表されないという事だね」
「ええ。せっかくの出資者がいなくなるような事はしない」
「ならその旨も伝えておくよ。要求が通りやすくなると思う」
「そうして。私達は正義感で動いているわけではないのよ」
「……複雑だ。汚職は裁かれてしかるべきなのに、貴方達との利害の一致で闇に葬られようとしている……他に要望はあるのかな」
「いいえ。ここから先は賭けの話の続き」
「まだ賭けるものがあるのか」
晴嵐は深くため息をついてコーヒーを飲んだ。
「優勝したい。単なるメッセンジャーで終わりでは、あまりに惨めだ」
「こちらが勝ったら、貴方は瑞穂高校に転校する。そして空戦部に所属し、活躍してもらう。公式戦に出れるのはおそらく夏の決勝からになるけど」
「……脅迫の件は天祇製薬を通じて政治家の耳にも入るだろう。危険視されて、瑞穂高校が認可取り消しされる可能性はないのかな」
「そこ繋がってるのよ」
「政治家まで脅すのか……」
「脅さずとも、皆我関せずを貫くでしょう。故に瑞穂高校の認可取り消しは無い」
「天祇製薬は、誰に金を渡していたの?」
「高空連の監督官庁である文科省大臣。文教族議員数名。羅針会という組織を作っている」
「高空連がドーピングを黙認していた理由は?」
「高空連の理事長には文科省の事務次官が就くというのがこの国の慣習で、人事権は大臣が握っている。理事会の人事権は事務次官にあるから、逆らえないんじゃない?」
「高空連や文科省が私達を助けてくれるんじゃないかと期待していた時期もあったんだけど、あり得ない妄想だったわけだね」
「日本が最も成功した社会主義国だと言う理由がわかったわ。結構汚職が多いわね」
「総合優勝を逃すと治療が一年延期という事になりかねない。転校しても私は役に立たないかもしれない」
「天祇製薬を脅迫するぐらいしなさいよ。部員の命を預かってるんでしょ。材料は渡したんだから」
「確実な方を取るつもりだけど、万一負けるような事があれば、活用させてもらう」
「転校についてだけど、寂しかったらセイバー隊は連れてきてもいいわよ」
「他の部員は駄目なのかな」
「別に駄目ではないわ。特に欲しいとは思わないだけ」
「そうか……そうだね。私達フロンティア空戦部は、ドーピングしてやっと、才能ある者達に並べるかどうかだ」
「そして貴方だけが違う。中学時代にあれほど持ち上げられた貴方に自覚が無いとは思えないけど、療養中に忘れてしまったのなら私が改めて言う。貴方は他の選手とは違う。超一流。ドーピングをするメリットが全く無い。一旦空戦を止めて薬物依存治療に専念すれば表舞台に戻れたと思う」
「優勝して正規の治療を受けるのが一番確実なやり方だよ。部員達も空戦を止める前に一度でいいから優勝してみたいと意気込んでいた。逆に貴方は、行き場が無く生命の危険すらある選手達を見殺しにできるのかな?」
「さぁ? そんな事態に陥った事がないから」
「価値観の違いだね。賭けには応じるけど、私が瑞穂に行っても意見が衝突して役には立たないよ」
「待ってくれ! レイアはそうじゃないんだ! レイアは行く当てのない選手について、高校を卒業した後の事まで考えて指導している」
「……確かに、クロアチア人四人の事を考えても、そうか」
エレンの弁明で晴嵐の表情がある程度柔らかくなる。
「フロンティアの他の選手だって、言い方は冷たかったかもしれないが、拒否はしてないんだ。決して冷たい人間ではない」
「……エレンが言うならそうなのだろう。……貴方という人間に、興味はあるよ」
「それはどうも。そろそろ帰るわ。転校前に不安な事があったらエレンに訊いて」
「もう勝ったつもりか」
「自信しか無い。私もまた超一流なの。因みにこれ、瑞穂空戦部内では言った事が無いから、うちに来ても言いふらさないでね」
「なら私からも黙っていて欲しい事がある。自分がフォリアを使っている事が堪らなく残念だ。貴方を墜としても、最強の証明にならないから」
「フォリア無しでも私に勝てる自信が?」
「当然。貴方に言われて思い出した。私は、特別だったんだ」
「それこそ瑞穂空戦部員に欲しい精神」
そう言い残し、レイアとエレンは応接室を後にした。
見送りなど無かったが、待機していたドゥニャがタクシーを呼んでくれた。
学校を存続させる手筈を整えたレイアとエレンは、新幹線と在来線を乗り継いで瑞穂高校へ帰った。
次回、レイア、Ta154とかけてガリレオの発見ととく




