24 課題への挑戦
翌日の日曜日。
グリューン隊は体育館で舞っていた。
神楽という日本の伝統舞踊らしい。
床に置かれたミニコンポから荘厳な雅楽を流し、わざわざ巫女服に着替えているところから彼女達の本気度が伝わってくる。
「レイアは、あれにどの程度の効果があると見込んでいるんだ?」
「巫女だけに?」
「ジョークじゃないんだ」
「わからない。無意味という可能性もある」
巫女舞を眺めていたレイアはエレンからの質問に答える。
「このまま続けさせて三週間後のブラウ隊との再戦でまた完敗した時、グリューン隊が立ち直れるのか不安だ」
「その懸念はある」
「レイアらしくないな。いや、新しい一面を知ったと言った方が良いのか」
「明確な理論が存在する世界に、形而上学的な精神論を持ち込もうとしているから?」
「そうだな。妙案が無い状況とはいえ、科学的根拠の無い手段に頼るとは」
「そうでもないわよ。正解のない課題の解決策を自分で考えて、実際にそれが成功した時、人は確実に成長すると色んな著書に書いてあるわ」
「それはビジネス書だろう? 空戦にまで当てはまるのか?」
「わからない。だから、私は後輩を信じる事にした」
「そうか。別に今更異議を唱えに来たわけじゃない。長時間やっているから気になって来ただけだ」
「私も同じよ。録画で動きのズレを確認しながら、かれこれ六時間やってる」
「凄いモチベーションだな」
「久米神社に伝承されている二二演目のうち十演目を年明けにやるんだって。事前にテレビ局に映像を送って、取材を受けたいと言ってたわ」
「空戦の連携の練習だろう。何故そこまでするんだ」
「瑞穂空戦部の部員だと言えば、宣伝になるだろうって」
「なら連携の練習が発端だったとは言わない方が良いな」
「間違いないわね」
「年末までにテレビ局へ映像を送るとなると、長時間の練習は当然か」
「私が驚いたのは、昨日の今日でそこまでのプランを考えてきた事よ」
「驚異的な行動力だな」
「信じてみる気になった?」
「言われずとも」
「さっき不安だと言った癖に」
「信頼と妄信は違うだろう」
「そうね。上手くいかなかった場合のフォローは考えておくわ」
それから三週間。
グリューン隊は神楽の練習を続けた。
空戦部員達に奇異の目で見られながらも集中し続けた精神力は称賛に価するとレイアは思った。
そして、四人の舞を華麗だと思った。
一切の乱れが無い。
少なくとも神楽においては互いの動きを信頼しきれている。
手応えはどうかなどと無粋な事は訊かなかった。
祈る神を放棄した東ドイツで育った私が美しいと感じるのだ。
そこには必ず意味があるはず。
信じさせてほしい。
模擬空戦のルール、編成とも前回と同じ。
滑走路には八機のD-9が並べられている。
「レイア先輩。これ、私達が勝っちゃって良いんですかねー」
「当然よ。いくら神楽を練習したって空戦が直接上手くなるわけじゃない」
試合前、質問してきたフィロにレイアは返す。
「そうですよね。じゃあ手加減無しです」
「ええ。負けていい戦いなど無い。貴方達は特に」
「じゃあこの模擬空戦が終わったら、今度は私達を指導してくださいよ。私達の方が役に立ちます」
「実はそのつもりなのよ」
「そうでしたか。では、神への祈りなど危機的状況では無意味だと教えてきます」
そう言って、ブラウ隊でお揃いのロザリオを飛行服の袖に着けているフィロは滑走路へと歩いて行った。
滑走路から、D-9が二機ずつ離陸していく。
一二月の寒空の下、二度目の模擬空戦が始まった。
グリューン隊は三週間前とは見違えた編隊飛行をしている。
基礎的な戦闘機動であれば、編隊に乱れは生じない。
一番機である有紗が次の行動の指示を出し、他の三機が寸分遅れず追従する。
相互の位置の確認や合図に割いていた時間を索敵や牽制に使えるようになっている。
ただし、ブラウ隊は秋の大会前にはその段階に達していた。
よってグリューン隊が優位になったわけではない。
簡単に追い詰められなくなったというだけだ。
模擬空戦開始から一五分が経過。
同じ敵と一五分以上空戦し続けることなど公式戦ではあり得ないので、模擬空戦の通例としてはこの辺りで引き分けとするところだ。
だがレイアはそのまま続けさせた。
おそらく、ブラウ隊から崩れる。
一年生としては高い練度を有するブラウ隊だが、潜在的な弱点がある。
フィロの技量が頭一つ抜けているという点だ。
よってフィロが僚機への配慮を忘れて難しい機動を取った場合、他の三機は付いてこれない。
今までの試合ではブラウ隊が手間取っている敵機は私達が始末していたので問題とはならなかったが、おそらく今のフィロは相当に焦れている。
総合力では自分達が上。
現に優勢な状況にはなっている。
しかし決定的な瞬間を掴めない。
フィロは短気だ。
ブラウ隊の機動に乱れが生じ始めた。
フィロの機動は素晴らしい。
フラップを活用した高速旋回。
一時的に空戦エネルギー優位を失ったが、後ろ下方という完全な死角に入り込み一機を撃墜。
手間をかけず直ぐに離脱に入っている。
だが振り回される他の三機はそうはいかない。
無用な旋回を強いられ、優位を失い、グリューン隊に攻撃の機会を許した。
戦闘は混戦となり、双方が三機を失った。
残りはフィロと有紗。
空戦雑誌で、一騎討ちは詰将棋に似ていると読んだことがある。
その後詰将棋について調べ、膝を打った。
一度優位に立てば、ミスをしない限り必ず決定的な瞬間に持ち込めるのだ。
既に両者の空戦エネルギーには大きな差が付いており、上昇旋回するフィロを有紗が追っているが、あれは持たない。
案の定有紗は降下に転ずるしかなくなった。
上方から襲い掛かるフィロに対し有紗は横に旋回し、進路を合わせる事で回避を狙うが、一対一では効果が薄い。
あと三手でフィロが六時を取って終わる。
レイアはそう思った。
緩降下に入った有紗に対しフィロが上方から射撃する。
次の瞬間、有紗が機首を上げ、ヘッドオンとなった。
両方の機体から赤い煙が上がる。
「戦闘終了! 両者墜落判定!」
真琴の声が聞こえてから、レイアは模擬空戦が終わった事に気付いた。
確かに。
これは公式戦ではない。命中弾が出たら墜落判定なのだ。
そのルールに則れば、間違いなく引き分けだ。
引き分けとなった原因がフィロのミスである事は疑いが無い。
あと三手で確実に勝てたのに、一手で終わらせようとして引き分けになってしまった。
相手がまだ空戦エネルギーに余力を残している可能性に思い至らないほど頭に血が上っていたか。
逆に有紗は冷静だった。
勝ち筋があるとすればヘッドオンしかない状態だった。
相手が乗ってくるか次第の受動的な戦術だが、結果的に引き分けに持ち込んだ。
模擬空戦の結果としては理想的だ。
グリューン隊は自信が付いたろうし、ブラウ隊は個々の練度で勝っていても連携で劣れば優位性は失われるという経験ができた。
こういった事は口で言っても中々伝わらないが、一度経験すると大きな糧となる。
滑走路に着陸したブラウ隊とグリューン隊をレイアは上機嫌で出迎えた。
「八人ともお疲れ様。グリューン隊は顕著な上達が見られたわ。とても良かった」
「ありがとうございます!」
「ブラウ隊、というかフィロにはだいぶミスが目立ったけど、三機堕としてるから私からは何も言わないわ。小隊内で話し合って」
「はい。試合でこんな事がないようにちゃんと話します」
「さて。さっきフィロには言ったんだけど、この先一週間はロート隊でブラウ隊とグリューン隊を指導するわ」
「なんだ。グリューン隊も一緒ですか」
「そして二週間後、貴方達八人とロート隊で模擬空戦を行う。先に四機堕とした方の勝ち。それ以外のルールは今日と同じ」
「……え?」
「貴方達は一年生の中では上手い方だと思うし、成長も感じられる。でもそれは相対評価であって、試合では意味が無い。強い方が勝つというのが空戦のルールなのよ」
「そりゃあ、そうっすよね。ロート隊との模擬空戦で課題を見つけて、もっと強くなります」
「いいえ。できるだけ早く貴方達の課題を把握し、打開策を考え、二週間後に解答を私達に示す。そうしてほしい」
「でも二週間は短くないですか? ブラウ隊との再戦だって三週間あったのに」
「じゃあ訊くけど、冬の大会で負けて、この学校が無くなった時、自分達は一年前に比べたら随分上手くなったよねって言い合って、それで満足なの?」
「違います!」
「そんなの嫌です!」
「じゃあ二週間後。私達を墜としてみて。期待してるから」
有紗の脚が震えているのに気付いてはいたが、レイアは会話をやめて背を向け去っていった。
翌日の夜。
ブラウ隊とグリューン隊は鉄板焼き屋『五條段』で緊急会議を開いていた。
注文した食べ物が鉄板の上に並べられた後、詩乃が会話を再開する。
「私達は課題を解決してほしいって言われるわけだけど、その課題がわからないんだよね。解決できなくない?」
「私達を堕としてみて。期待してるから。とは言われてますけど」
「うわー! 一機も堕とせる気がしねぇ」
「頭の中は飴玉ですか? グリューン隊がちょっと上手くなったところでロート隊の撃墜は無理ですよ」
「てめぇ。言っとくがお前が勝手な行動とったら勝てるもんも勝てねぇからな」
有紗がヘラをフィロに向けながら言う。
「だから元から勝ち目なんか無いですって」
「やる前から諦めてたら、レイア先輩にがっかりされるだろうが」
「一旦状況を整理しよ。頭を使って飛べ。そう言われてきたよね」
「確かに。常に考えながら飛べって。難しいけど、最近掴めてきた気がするぜ」
「頭を使っている様には見えない成績ですけど」
「今は話し合い! まずは模擬空戦のルール。先に四機堕とした方の勝ち。仮にロート隊を三機堕としてこっちがまだ四機残ってても、こっちの負けって事。実戦を意図した模擬空戦じゃないのかも」
「一機でもいいからロート隊を撃墜する事を求められてるって事か?」
お好み焼きを切り分けながら有紗がテレサに問う。
「うーん。それも違和感があるんだよね」
「一機堕とせりゃ上出来やろ」
「目標としては妥当でしょうか」
「となると樹里先輩を狙う、のが良いのかな」
「馬鹿なんですか巫女さん達は。そんなのすぐ読まれて別行動したレイア先輩とハンナ先輩に堕とされますよ」
「一言多いんだよてめぇは」
「そもそも樹里先輩は弱点なんかじゃない。この記事を見て」
そう言ってテレサは鞄から空戦雑誌を取り出し、高校空戦戦闘機パイロット二◯傑という見出しの頁を開いた。
「樹里先輩の今年度成績。こんなの四番機のスコアじゃないよ。しかも被撃墜無し」
「その雑誌なら私も待ってるぜ。評論家も解説者もロート隊をベタ褒めしてたよな」
有紗も鞄から同じ雑誌を取り出し、別の頁を開いて読み上げる。
「日本人とドイツ人の緻密さが融合した精密機械。攻撃機動に入ってから撃墜までの時間の短さは特筆に値する。連携も巧みであり高校生レベルでの撃墜は困難。これって要するにロート隊に弱点なんか無いって事だろ」
「神は乗り越えられない試練は与えません」
「試練を与えてるのはロート隊だよ?」
「結果が出ました! 大凶です! 挑んだら大凶!」
「わかりきった事を叫ばないでください」
バター味のホタテを口に運びながらフィロが返す。
「占いは信仰の妨げになります。神のお導きを信じましょう」
「しかし、別の角度では僅かながらの吉兆」
「どの角度やねん」
「逃げの一手です」
「流石にそれはちょっと」
「それは駄目だ。先輩達が求めてる事じゃねぇ」
「でも、模擬空戦の目的を訊いても教えてくれないんですよね」
「ヒント下さいって言ったら、ウチらの成長が見たいって言われた。マジすご連携技とか覚えたらいいんでね?」
「二週間じゃ無理やろ。いや、逆に二週間でできる成長ってところがヒントなんやろか」
ナタリアの発言に涼葉も首を捻る。
「ロート隊の誰も模擬空戦の目的を教えてくれないのは、実はもう言われてるからって事はないかな」
お好み焼きを飲み込んだテレサが口を開く。
「ほな、私達を堕としてみてっていうレイア先輩の言葉が目的になるんか」
「確かに言われたけど、それはロート隊と私達の模擬空戦が決まってから言われた事。レイア先輩は別の事をもっと前から私達に求めていたかもしれない」
テレサの発言に、他の七人もしばし考え込む。
「そりゃあ、やっぱあれだろ。堕とすより、堕とされるな」
「やっぱり!? 私もそう思ってた」
我が意を得たりとばかりにテレサが同意する。
「入部してからで考えたら、確かにせやな」
「ていうか稲葉先輩に一試合に三回は言われてる気がする」
「グリューン隊のお守りは大変そうですね」
「お前らこそロート隊とヴィオレット隊が強過ぎて目立ってねぇ」
「まぁ先輩達バリ強ウチらいらなくねみたいな試合はあったよね」
ホルモンうどんを取り皿に分けながらナタリアは頷いた。
「碌に撃墜もできないグリューン隊よりマシです」
「フィロは話を戻さないで! 堕とすより堕とされるな。これが入部してからずっと言われてたこと」
「直感占いで吉と出ています」
「まぁ賛成ではあるんやけど、正解かちょっと不安やな。それとなく訊かれへんやろか」
「正解でも教えてくれねぇだろ。流石に」
「レイア先輩は、間違ってないわ、とか、大切な事ね、とか言いそうですねー。不正解でも」
「ハンナ先輩は、今は答えられないかな。とか、それは今訊いたらだめかな。とか」
「わかるー。ちょっと困った顔の破壊力ヤバ」
「あの容姿は反則だよね」
「神の祝福を感じます」
「エレン先輩は、無表情やろな。いいんじゃないか。とか」
「ていうかエレン先輩ってイメージと実物の大きさ違って驚かない?」
「主にハンナ先輩とレイア先輩のせいやん。うちあの二人には絶対挟まれたないねん」
「それは公開処刑かも」
「腰高過ぎだよねー」
「イメージ違うといえば樹里先輩もだよね。早口なブリーフィングと普段の控えめな感じ」
「インタビューでおどおどしてるのを見て、ロート隊の弱点は四番機って勘違いした敵チーム多そう」
「作戦が高度過ぎやろ」
「流石参謀長」
「とりあえず堕とすより堕とされるなを合言葉にしようぜ! レイア先輩達の表情見て、合ってそうだったら続行」
「合言葉って、いつ言うんですか」
どて焼きを口に入れたままフィロが問う。
「離陸前と着陸後とか」
「いや、まだ足りないと思う」
「やはりアーメンをつけるべきですか」
「もしやカトリックな儀式でロート隊をアストラルサイドから封――」
「ブラウ隊とグリューン隊の連携」
取り皿に箸を置いたテレサは断言した。
「それは無理じゃないですか? 巫女さん達が私達の機動について来れるか」
「誰がついてくかよ。昨日はお前らがバラけてくれたおかげで堕とせたぜ」
「ついて来れるように練習するっていう発想は無いんですか?」
「フィロは黙って! 堕とそうとする必要は無い。狙われている側をもう片方が助けるだけで良い。これならできそうじゃない?」
「せやな。ロート隊に狙われた奴が自力脱出は無理やから、堕とされんようにするには助け合うしか無いな」
「うん。纏まってきた。私達の課題は堕とすより堕とされない事。その方法は小隊間の連携」
「どうやって練習しましょうか」
「ヴァイス隊に仮想敵をお願いしよう。堕とされない方法も訊けるし」
作戦を決めたブラウ隊とグリューン隊はこの時決めた方針通りに練習を続け、二週間後の土曜日を迎えた。
次回、レイア、おみくじで大喜利を引き、慌てて下の説明を読む




