23 神遠し
五日後の土曜日。
レイア達は奈良県にある和食料理屋を訪れていた。
ロート隊と向かい合うようにグリューン隊の少女四人が座っている。
この和食料理屋はグリューン隊四番機である安曇詩乃の実家であるが、入ってみて相当な高級店である事がわかった。
「今日は来て頂きありがとうございます」
頭を下げる有紗にレイアは問う。
「高そうな店ね。持ち合わせがあるか不安だわ」
「大丈夫っす。私達が出します。それにここは定食ならそこまで高くもないんすよ」
「そう。これがお品書きね」
有紗の言う通り、定食メニューは高校生にとって少し贅沢程度の値段だった。
「ご飯大盛り無料だって」
「味噌汁もお代わり自由なのか。この店の佇まいからは意外だな」
「うちは、昼と夜で客層を変えてるんです。まぁこの値段が安いとは思いませんけど」
「刺身と天ぷらに副菜まである。妥当だとは思う」
「エレン先輩の店みたいにもっと学生向けの値段にした方が良いとは言ってるんですけど、父が安過ぎるのは沽券にかかわるとか意地を張っていて」
「夜は高級メニューが売れるのか?」
「閑古鳥という程ではないですが、バブル崩壊後にだいぶ減って、それで定食を始めたんです。中途半端ですけど」
「飲食業の大変さはわかる。うちは近くに似たような店が無いからやっていけているだけだ」
「フォッケウルフには何度も行ってます。どれも珍しくて美味しいです」
「たまに東大阪商店街の入り口にお前達の原付が停まっているのを見かける」
「東大阪商店街はいいですよね。瑞穂の空戦部ってだけで応援してくれます」
「そうだな。うちに客が入っているのもそのおかげだろう」
温かいお茶を注ぎに来た給仕に注文を伝えると、有紗が口を開いた。
「先輩方にお願いがあるんす。ブラウ隊と、模擬空戦させてください!」
「それは禁止と以前言ったわね」
「はい。でも、私達強くなりたいんです。今のままじゃ、なんだか漠然と飛んでいるような気がして。立ち位置がわからないっつーか、すっきりしないんです」
「最終目標と中間目標を共有できていないのは私達が悪い。話し合って近日中に伝えるわ」
「そうじゃないんですよ!」
語気を強めた有紗が焦りを感じている事はレイアにもわかった。
とりあえず一旦吐き出させた方が良いだろう。
「フィロ達が非正規滞在者だって話が世間に出て、ニュースじゃ強制送還の可能性があるとか言われてて、でもあいつら凹むどころかモチベーション高くて、正直、すげーなって思ってます」
「紛争地帯で生き延びた精神力の強さは、私も想像しきれないわ」
「あと、レイア先輩とハンナ先輩の学歴詐称だって、シュタージに入るためには仕方がなかったのに、悪く言うマスコミとかもいて。でも先輩達の振る舞いは何も変わらない」
「私達の学歴詐称は致命傷にはならないわ。日本で言う中学校を出ているのは本当だから、文科省の匙加減ね。大検を取って留学ビザを取り直す手もあるし、強制送還になる可能性は低い」
「でも、瑞穂高校が無くなったら、通える場所が無くなるんじゃないですか?」
「そうね。その場合は大検を取る事になるかしら」
「私達が強くなったら、瑞穂高校は存続しますか?」
レイアは小さくため息をついた。
秋の大会決勝前に自分が言った事を思い出してほしかったからだ。
「有紗。冬の大会。優勝以外は大凶です。何度占っても」
口を挟んだのはグリューン隊の三番機、神木和奏。
和奏が趣味とする占いや風水にレイアはあまり興味が無い。
「そうだった。訂正させてください。空戦部が総合優勝したら、瑞穂高校が存続する可能性はありますか?」
「ある。総合優勝できれば、瑞穂航空もそう簡単には切れないかも」
レイアは嘘を吐き続けるしかなくなっていた。
去年より酷い。
今や単に冬の大会が終わるまで空戦部の士気崩壊を防ぐためだけに嘘を吐いている。
そして瑞穂高校の廃校が決まった時に騙されていたと気付くのだ。
瑞穂高校がなくなれば私とハンナは行き場所を失うが、詐欺師には当然の報いだろう。
「じゃあ絶対優勝したいです。そのために強くなりたいんです。だからまず、自分達の現在位置を知りたい。それにはブラウ隊と戦うのが良いと考えたんです」
定食が運ばれてきたのでレイアは箸を割りながら有紗を見据える。
有紗は優勝したいと言った。
強くなりたいと言った。
ならばもう、甘さは捨ててもらわないといけない。
「何故私がブラウ隊とグリューン隊の模擬空戦を禁止していたと思う? 一回で当てて」
「ブラウ隊が勝つからです。そしてフィロ達が調子に乗るから、だと思います」
「自分達の現在位置については、正しく把握できていると思うわ。で、あるならば、模擬空戦は不要という考え方もできると思うけど」
「私が馬鹿だからっすかね。本気で戦って負けてみないと、自分達がどのくらい弱くて何が悪いのか、わからないんすよ」
レイアは即答せず食事を口に運んだ。
微笑んでしまうのを隠したかったからだ。
後輩の成長が嬉しかった。
模擬空戦を喧嘩ではなく、弱点把握の手段として考えている。
今ならば模擬空戦を許可できる。
確実にブラウ隊が勝つが、懸念は殆ど無い。
今のブラウ隊四人は強制送還を免れるため自分達が強くなる事に必死だ。
フィロとてグリューン隊を執拗に煽るような事はしないだろう。
グリューン隊も敗北を糧に練習に励む覚悟がある。
しばらく食事をしてもったいぶったあと、レイアは口を開いた。
「この後学校に行って、グリューン隊とブラウ隊の模擬空戦を指示するわ」
「ありがとうございます!」
そう言った有紗は食事をかき込み始めた。
グリューン隊。
全員が本職ないしバイトで巫女をやっている神道集団。
夏の大会時点では数合わせに過ぎなかったが、秋の大会が終わる頃には高校一年生の中では上位の技量を有するに至った。
きっと四人とも才能がある。
伸び代はまだまだ大きいとレイアは考えていた。
食事を終えた後レイア達は学校に向かい、グリューン隊とブラウ隊の模擬空戦を行う事を告げた。
「使用機体はD-9。公平性を期すため、ガンカメラを用いた撃墜申告は行いません。一三ミリ演習弾を使用し、審判から撃墜判定を行います。ゴルト隊はドルニエを出して下さい。ヴィオレット隊が乗ります」
「それはええねんけど、本当にやるんやな」
「ブラウ隊、グリューン隊それぞれと話した結果、模擬空戦を解禁する時が来たと判断しました」
「さよか。まずは一度本気でぶつかってみる。そこからやんな」
「はい。審判はヴィオレット隊にお願いします。異議が出た場合は高科先輩がその場で判定してください」
「わかった」
模擬空戦前、祭殿に向かって十字を切ったフィロは部室に入って来た有紗に問う。
「模擬空戦の話、グリューン隊から言い出したそうですね」
「そうだ」
「レイア先輩が私達の模擬空戦を禁じていた理由、わからないんですか?」
「わかるよ」
「じゃあ何で私達と戦おうと思ったんです?」
「お前達は強ぇ。本気でそう思った。強ぇ奴とは戦ってみたいもんだろうが」
「私も戦ってみたいとは思っていましたよ。練習台としては丁度良さそうです」
「ちょっとフィロ」
「構わないぜ。何を言っても。お前らが強いほどいい。この空戦部で優勝したい」
「ははぁ。足を引っ張りたくないと思ってるんですか。殊勝ですね」
「そうだ。足を引っ張りたくない。レイア先輩達が空戦できなくなるって、あっちゃいけないだろ」
「まぁ、そこは同意です」
「お前らの事情は知らないが、日本にいるには強さと勝利が必要なんだろ」
「そうですね。なのでグリューン隊が弱過ぎるのは問題です」
「わかってる。勝利以外の結果から得られる未来など無い。レイア先輩の言葉。私達だって同じなんだ」
「……あんた達に何がわかるって言うんですか」
「フィロ。もうやめよう。グリューン隊の皆さんに非礼を詫びます。全ては空で語るべきです」
「ああ。良い事言うじゃねぇか」
それからグリューン隊は神棚に向かって祈りを捧げ、一礼して部室から出る。
滑走路に向かう途中、フィロが涼葉に問うた。
「前から訊きたかったんですけど、神への祈りに意味があると思ってます?」
「当たり前やろ。これがうちらの絆やねん。あんただって十字切ってるやろ」
「絆、ですか」
「これで絶対勝てるとか強くなれるとか思ってへん。正直うちはフィロが十字を切るのも心を落ち着かせるためなんやないかと思っとるんやけど」
「……神に祈ったから勝てるわけじゃないのは同意です。これから証明します」
「なぁ、うちら似たとこあるんとちゃうか?」
「どこが。ユーゴと日本。何もかも違う。……まぁいいです。実力は全く異なる事を教えてやります」
滑走路に並べられた八機のD-9にブラウ隊とグリューン隊が乗り込むと、二機ずつ離陸していく。
そして十分後、真琴の合図によって模擬空戦が始まった。
Do217に乗っているレイアの眼下で、幾筋の曳光が線を描く。
試合展開は大方の予想通りだった。
まず八人の中ではフィロの練度が突出して高い。
フィロを除いた七人で比較しても、ブラウ隊の方が技量は上。
グリューン隊が練度の劣位を補うには連携で勝るしか無いが、その連携もブラウ隊の方が上なのだ。
空戦エネルギーにじりじりと差がついていき、グリューン隊は徐々に攻撃を受けるようになる。
そして編隊の維持が困難になり、離れた機体が波状攻撃を受ける。
演習弾の先端に仕込まれた黒色火薬が赤く光り、命中を知らせる。
十数分で模擬空戦は終了。
結果はブラウ隊の完封勝ち。
レイアは着陸したDo217から降りると、剛に声をかける。
「T鈴木君。グリューン隊の機体の修理をお願い」
「わかった」
演習弾と言っても運動エネルギーは実弾と大差ないので、被弾した機体は損傷する。
損傷した機体の整備にはそのパイロットも参加するのが通例だが、鉄は熱いうちに打てという諺が日本にはある。
レイアは滑走路で立ち尽くしているグリューン隊四人に声をかけた。
「お疲れ様。今日の整備は免除だから、部室に来て」
そう言ってレイアはグリューン隊を連れて部室へと戻った。
部長席に座ってコーヒーを飲んでいると、有紗が口を開く。
「完敗でした。レイア先輩にとっては、予想通りだったんですよね」
「勿論。空戦部全員が予想した通りの結果だった」
「そっすよね。……でも、それでも、始まる前は、勝つつもりでした」
「そうは思えないほどの惨敗ぶりだったけど」
「はい。……徐々に追い込まれちまって」
「さっきの模擬空戦は、同意高度で互いに視認した状況でよーいドンで始まった。機体も同じ。なのに劣勢になるのは何故?」
「私達が、腕で劣るからです」
「もっと具体的に。やる前からわかっている事が答えなら模擬空戦をやらせた意味が無い」
「え、えーっと、私達が空戦エネルギーを上手く管理できていないからで、編隊も途中でばらけてしまいましたし、一番機から四番機までの役割分担が微妙だったって言うか」
「結構正解だと思うよ。各々の技量は要因としては少なくて、小隊としての動きで負けてるって事だよね」
レイアが口を開く前にハンナが会話に割って入る。
「あ、はい。旋回とかする時、声を掛け合ってるつもりなんですけど、でもいつの間にか間隔が開いてたりして」
「そういうの、なんて言うんだっけ、連絡しあって、協力すること」
「連絡、あ、連携です!」
「そう! ねぇレイア」
「正解。貴方達は小隊としての連携で負けているのよ。小さな優位を積み重ねるための一つ一つの機動。その効率で負けているの。六時を取られたというのはその結果に過ぎない」
「そうか! 去年のトラビの冬の大会っすね! トラビは連携で勝ったって、解説者も評論家も言ってました」
「連携の重要性という意味では良い例ね。去年のトラビは平均的な選手の技量で錨桜に大きく劣っていたけど、雪雲の中での編隊飛行という連携だけは上回っていて、ギリギリだけど勝ったのよ」
「私達もああいうのやりたいっす! 連携力を高めるには、基本的な動きの確認からやった方がいいですか?」
「それも大切な練習の一つね。小隊の連携は個々の練度と相関があるから」
「よぉし、早速明日、は練習できねぇから、明後日からやるぞ! 基礎から」
「飛行禁止の水曜と日曜の事なんだけど、貴方達は整備を免除するから、連携力を高める練習をして。別に空を飛ぶだけが練習じゃないわ」
「えーっと、空戦の本を読むとかですかね」
「私に正解はわからない。空戦の本を読み漁ってもブラウ隊に勝てないであろう事はわかるけど。そこは自分達で考えて。全員巫女である点を活かすとか」
「巫女の連携……? 神楽とかっすか?」
「グリューン隊にとって何が理想か私達にはわからない」
「あの、参考までになんですけど、ロート隊は複雑な戦闘機動を取る時どうやって合図とか出してはるんですか?」
「攻撃から離脱までが一つの流れなんだから、指示は出しても合図は出さないわ」
「え、それでどうやってばらけずにいられるんですか?」
「私から見ると、どんな戦闘機動でも終わった後は三人がいて欲しい場所にいるのよ。だから編隊を組み直す手間が無い。二機ずつ分かれる時は別だけど」
涼葉の質問にレイアが答える。
「あの、樹里先輩は、他の三人を見失わないために何を心掛けていますか?」
「レイア殿とハンナ殿とエレンは最も効率的な動きをするので、自分もそうするよう心掛けています。そうすると置いて行かれずに済みます」
「……」
樹里の回答を聞いた詩乃は黙りこくってしまった。
「私達の話は参考にしなくて良いわよ。一年長く飛んでるんだし」
「はい。自分達に合ったやり方を見つけます」
「三週間後にもう一度ブラウ隊と模擬空戦を行う。そこで成果がわかるわ」
「三週間っすか!?」
「冬の大会から逆算するとそこが期限。それまで空戦機動については私達と一緒に練習しましょう」
「ありがとうございます!」
「頑張りましょうね」
「はい!」
レイアは期待していた。
冬の大会まで二ヵ月弱。その期間で最も伸びる可能性があるのはグリューン隊だ。
グリューン隊が成長すれば冬の大会の優勝確率は上がる。
冬の大会で優勝した場合、瑞穂空戦部は公式戦総合優勝となる。
それには三つの意義がある。
一つは経営元である瑞穂航空へのアピール。
ただしこれに直接的な意味は無いかもしれない。
二つ目は思い出作り。
瑞穂高校が消滅するのならば、有終の美を飾るべきだろう。
そして三つ目。私達がいなくなった後の一、二年生の進路。
優勝校で試合に出ていたとなれば、その経験を目当てに小隊ごと欲しいと言ってくれる学校が現れるかもしれない。
特に弱小校が一年生小隊を欲しがる可能性は低くないとレイアは考えている。
高校空戦を続けたいかは本人達の意思次第だが、選択肢があるというのは良い事だろう。
瑞穂高校が消滅すれば、私達ができる事はなくなる。
その前に、やれるだけの事はやっておきたかった。
次回、レイア、子供達とのドロケイでは勿論(秘密)警察




