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22 難民の道標

 翌日の夜。


 ロート隊とブラウ隊は喫茶店『ザクセンリンク』を訪れていた。


 閉店後であるため貸し切り状態だ。


「好きなものを頼んでくれ」


 エレンがそう言ってメニュー表をテーブルに置く。


「ラーメン」

「フォッケバーガー」

「アイスバイン」

「ザウアーブラーテン」

「エステルはメニュー表を見て注文すべきよ」

「いや、メニュー表に載っていないが、ラーメンはある。試作品で良ければ食べて感想を聞かせて欲しい」

「ドイツ料理店でラーメンに巡り合う。これも神の導きですね」

「なぁにが神ですか。平和に暮らせると思ったら強制送還。そんな導き願い下げです」

「次の試練もぶち上げてこ〜! 十字架イェーイ」

「笑いごとではないから集めたんだけど」

「でもくよくよしたって始まらないってレイア先輩も思いません?」

「事態を真剣に受け止める事も大事よ」

「じゃあ、味方だと思ってた国連軍から誤爆されて村が消し飛んだ時はどんな顔でいればいいですか?」


 笑顔でないナタリアをレイアは初めて見た。


 レイアが回答に窮していると、ハンナが口を開く。


「とりあえず今言ったやつと、ここら辺全部」

「わかった」


 エレンが席を立って厨房に向かうと、テレサが真剣な眼差しでレイアを見て切り出した。


「私達が非正規滞在者である事を暴露される可能性を、レイア先輩は想定していたんじゃないですか?」


 ここで嘘を吐いても良い事はないので、レイアは正直に答える。


「ええ。報復として効果的だから、やってくる可能性はあると思っていたわ」

「つまりレイア先輩は、私達よりフォリアの情報を取ったという事ですね」

「瑞穂高校が存続する可能性が残るなら許容できるリスクと判断したという事よ」

「せめて教えてください。私達の未来と引き換えになった情報とは何ですか?」

「メラニン色素の変質を克服した改良型フォリアのレシピ。フォリアの致命的な欠陥であった、使用歴があると一目でわかるタトゥーが残らない」

「何故それがレイア先輩にとって価値があるんですか? ドーピングには反対していたじゃないですか。まさか、フォリアを使ってでも勝つつもりですか? 冬の大会で優勝すれば学校が存続できるからですか?」

「フォリアは使わない。必ずバレて全て終わる」

「だったら、渡してしまって良かったんじゃないですか? レイア先輩は何を得たんですか?」

「まだ何も得ていない」

「この国が移民に厳しい事は知っています。私達は強制送還されるでしょう。その先が故郷だと言うのなら、死刑宣告と同じです!」

「テレサちゃん。フォッケバーガー食べよ。カリーヴルストもあるし。それから私達の話も聞いて欲しいな」


 強い剣幕でレイアに迫るテレサの前にハンバーガーの皿を突き出しながらハンナが言う。


「……この件も、ロート隊の総意という事ですか」

「そうだね。私達は学校の存続を諦めてないんだ」

「別に、レイア先輩やハンナ先輩を恨むような事はありません。居場所も働き口も与えてくれました。ただ、学校が存続しても私達には無関係なのが、残念なだけです」

「それは違うかな。来年も全員で高校空戦ができる方法を考えるのが私達の役割であって、今はまだ途中ってだけだよ。不安になるのはわかるけど、無策じゃないよ。私達は」

「わかりました。私達は先輩達を信じます。最後まで」

「誰かに信じてもらえるって嬉しいね。レイア。先輩に言われた時も嬉しかったけど、後輩に言われても頑張らなくちゃって気持ちになるね」

「ええ。去年と違って空戦で勝てば良いというだけではないけど、諦めるなんて結果が出てからやっても間に合うわ」

「そうそう。何とかなるし、するよ。テレサちゃんナイフとフォーク使う?」

「あ、いえ。少し分厚いですが、齧ります」

「私も潰して食べる方が好き。テレサちゃんよくハンバーガー食べてるけど、好物?」

「はい。ハンバーガーを食べると、家族の事を思い出せるので。私の家では日曜日にハンバーガーを食べるのが習慣だったんです」

「どんなハンバーガーだったの?」

「質素なものです。しかし故郷では最も豪華な食べ物であり、それを毎週食べている事が私の自慢でした。父のおかげです」

「ユーゴスラビアでもパイロットのお給料は高かったんだね」

「はい。お金だけでなく誇りも得られると言っていました。だから私も、瑞穂航空大学を出てパイロットになりたいと思っています」

「なれるよ。強制送還されない方法について、私達で考えてみたんだ」」

「何から何まで、ありがとうございます」


 そう言ってテレサは落ち着いてフォッケバーガーを食べ始めた。


 やはりハンナには人徳があるとレイアは改めて思った。


 理由はよくわからないが、私だと相手を委縮させてしまうのだ。


 大丈夫な理由を並べ立てる事はできても、本質的に相手を安心させられない。


 そしてユーゴスラビア人四人のまとめ役となっているテレサに納得してもらえば、他の三人もとりあえず納得するだろう。


「それで、私達は一体どうすれば助かるんですかね」


 アイスバインを食べ終えたフィロがフライドポテトに手を伸ばしながら問う。


「その辺りは樹里に纏めてもらったわ」

「ああ、はい。法務省に電話したりして情報を集めてました」

「流石参謀長マジ神」

「法務省の加護が得られれば良いのですか」

「そうですね。簡単に言えば、入管に紛争難民認定を申請して認定されれば滞在資格を得られます」

「私達は紛争難民に該当しそうですか?」

「境遇としては該当すると思うんですが、日本の難民認定はハードルが非常に高いうえに、認められるまでに何年もかかる事もあるみたいです。なので当面は人道的配慮による在留特別許可を取得する方が現実的と思います。日本での生活は認めてもらえますし」

「在留特別許可なら得られそうですか?」

「はい。定住場所と収入があるのは有利な点です。あと、日本社会に順応できているかも重要な指標になるようです。瑞穂高校に通学している事と、メイド喫茶でバイトしている事が根拠の一つになると思います」

「でも私達の入学を認める学校なんて瑞穂くらいじゃないですか」

「認めたのは瑞穂というかトラビだけど。まぁトラビも今年で経営から撤退するから、猶予が長くないのは事実ね」

「その在留特別許可の申請方法を教えてほしいです」

「それは私達でやるわ。まず日本からの退去強制手続きを受ける事が必要だとか、ややこしいのよ。ところで在留特別許可を得るために訊きたい事があるんだけど」

「何ですか?」

「貴方達を日本に送り込んだチューイなる人物。天祇晴空という名前ではなかった?」

「ええと、皆チューイと呼んでいたので、本名を聞いたことが」

「晴れた空で晴空、という名前の方でした」


 エステルが静かに断言した。


「エステルは名前を訊いていたの?」

「折り紙の十字架を貰った時、名前を書いてもらいました。感謝の祈りを捧げられるように。漢字が読めるようになってから、名前を知りました。苗字は天祇です」

「ふふふ。エステルの祈りが突破口を開いたわね。日本で晴空さんは結構有名人みたいなのよ」


 レイアが視線を向けると、樹里がノートを見ながら話し始める。


「晴空さんは戦場カメラマンです。ここ三〇年ほど紛争地帯を巡っています。、有名な理由は国連軍や政府軍に断りなく個人的に現地入りしているケースが多いからですが、それ故に中立的でありのままの状況を映していると高く評価されています。皆さんは晴空さんに写真を撮られた事がありますか?」

「あります。何度も」

「だったら、その写真を入手するだけでも、四人の故郷が危険な場所であるという証拠になります。理想的なのは晴空さんの証言も付け加える事ですが、いずれにせよ晴空さんと連絡を取る必要があります」

「私達は連絡先を知りません」

「天祇グループを介してであれば連絡は可能だと思います」

「やっぱり天祇グループの関係者なんですね。それだと晴嵐さんが窓口になるんでしょうか」

「はい。そこから先はレイア殿との話し合いになるかと」

「賭けに勝ったら教えてくれるんでしょうか」

「晴嵐なら事情を話せば連絡を仲介してくれるはずだ。試合でわざと負けるよう言ってくるような事も、無いと思う」

「エレンが言うならそうなんでしょうね。問題は晴嵐が連絡先を知っているかどうか。知らなければ天祇グループに直接訊くしかない」

「もしかしてそのために改良フォリアのレシピを渡さなかったんですか?」

「それも理由の一つ。貴方達の非正規滞在なんて遅くとも来年の春にはバレるし。強制送還されないための手段の方が遥かに重要よ」

「取材には何て答えたらいいですか? あれ鬱陶しいんですよ」

「天祇晴空という人に日本に行くよう言われましたって答えて。日本に滞在できる根拠にはならないけど、運が良ければ本人の耳に入って連絡くれるかも。まだ何か食べる?」


 フライドポテトの皿に残った欠片を拾って口に入れているフィロにレイアは尋ねる。


「そうだね。私もお腹すいちゃった」

「今食べたばかりなのに?」

「ハンバーガーだけだし。フィロちゃんは何が好きなの?」

「うーん、甘いものですかね」

「ああ、よくキャンディー嚙み砕いてるよね」

「贅沢品を贅沢な食べ方するのは最高です」

「それならシュトレンがお勧めだ。とにかく甘い」

「クリスマスシーズンに食べるものでしょう?」

「日本人はそんな事気にしないぞ」

「じゃあシュトレンを頼みます」

「アイア・シェッケも頼もうよ」

「食べきれるのか?」

「八人いるんだから余裕でしょ」

「その戦力分析が間違っていたら持って帰ってもらう」

「余ると良いなぁ」


 エレンが注文を終えた後、ナタリアが口を開く。


「そういえば、チューイって本名じゃなかったんですね。正体を隠したかったんですかね」

「多分だけど、晴空という名前がスラブ語圏で発音しにくいからではないかしら」

「確かに、日本の四文字の名前はノリがわかりにくいですよね」

「昔、アジア語圏で母音が二個並んだ名前に出くわしたら自己紹介してでも相手に名前を発音させろと習ったわ」

「流石諜報員ですね」

「元ね」

「レイア先輩とハンナ先輩は東ベルリンにいたんですよね。アジアの人とそんなに会う機械があったんですか?」

「それはほら、同じ社会主義の中国やベトナムの人とか。そもそも私達は母親が日本人だし」

「そういう事ですか」

「となると、晴空さんは何故チューイと名乗っていたのでしょうか」

「恐らく、昔の日本の軍隊の階級名に由来しているわ。クロアチア語だとポルチニクかしら」

「確かに晴空よりは呼びやすいですが、呼びやすさなら天祇という苗字でも良かったと思います」

「本当のところは本人に訊かないとわからないわ。ただ天祇という苗字は珍しいから、存在を隠したかったというのはあるのかも」

「そうですね。できればもう一度会ってお礼を言いたいです」

「そうね。会って話してみたい人間ではあるわね」

「あと在留特別許可について先輩方に任せきりになっているんですが、私達にできる事はないんでしょうか」

「あるわよ」


 テレサの問いにレイアはきっぱりと答えた。


「高校空戦で活躍する事。狙いは最優秀一年生選手。入管のやり方は日本国内でも否定的な意見があるようだから、とにかく有名人になって同情を集めるの。世間に擁護論が広がるほど在留特別許可が出る可能性は上がると思う」

「わかりやすくていいですねぇ」

「明日からも練習ぶち上げていこー!」

「試練を越えるため、日々の練習に励みます」

「私達が強くなれば、瑞穂高校が存続する確率も上がるんですよね」

「そうね。総合優勝できれば、瑞穂航空もそう簡単には切れないかも」

「わかりました。先輩達の期待に応えて見せます」


 レイアは何も言わずに微笑んだ。


 この四人が日本に残れる可能性は各々の努力次第で上がるだろう。


 しかしレイア達は瑞穂高校が存続するには、総合優勝と瑞穂航空以外のスポンサー確保の二つが必要だと結論していた。


 総合優勝という結果は無視できるものではなく、瑞穂航空としても高校を存続させたいという話が出るところまでは期待できる。


 しかし結局、運営資金が無いという話になるだろう。


 そのタイミングでどこからか運営費が転がり込んでくるのなら、とりあえず残しておくという選択をする事は十分に考えられる。


 自分の財布がさして痛まない宣伝装置なら残しておく価値はあるはずだ。


 瑞穂高校を存続させるための戦いの場は、空とテーブルの両方になっていた。

次回、レイア、味方が万能地雷を踏んだせいで破壊される

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