21 崩壊の余波
秋の大会決勝戦の後、レイアは速やかに土地をフロンティア高校に譲渡した。
ただし、天祇製薬やIntegra Performanceの思惑通りにはなっていない。
瑞穂高校の地下にある空間への入り口こそ手に入ったが、そこから先に分厚いコンクリートの壁があったからだ。
現時点でそこは瑞穂航空トラビマイスター高校の土地であるため、天祇製薬やIntegra Performanceはコンクリートの壁を撤去できない。
法的な問題のみならず、強引に発破でもかけようものなら地下空間自体が崩落しかねないため、強引な手段には出られない。
よって天祇製薬とIntegra Performanceは未だに瑞穂高校の地下にあるフォリアの秘密に辿り着けていない。
念のため夏休み中に通路をコンクリで埋めておいた事が今役に立っている。
コンクリート障壁の存在が発覚した日、晴嵐からメールが来た。
一刻も早くコンクリート障壁を含んだ土地一画も売却した方が良い。そうでなければIntegraグループが報復行為に及ぶことは間違いなく、無関係の人間が被害を受ける可能性があると。
それはこちらを慮っての連絡であろうが、レイアは受け入れず逆に伝言を依頼した。
瑞穂高校が存続できるようIntegraグループか天祇グループが瑞穂航空に出資する場合は、メラニン色素の変質を克服した改良型フォリアに関する物資と情報を全て譲渡すると。
Integraグループとの取引は絶対に成立しない。
瑞穂高空が経営破綻した要因の一つがIntegraグループの中核企業の一つであるIntegra Wingworksとの贈賄なのだから、仮にIntegraグループが出資を申し出たとしても再生タスクフォースが受け入れるわけがない。
では天祇グループはどうだろうか。
土地購入とは金額の桁が違うので普通に考えれば無理な話だが、交渉におけるカードの一つにはなり得る。
他にもっと交渉材料があれば、全てを足し合わせる事で天祇グループからの出資を引き出せるかもしれない。
改良型フォリアが表沙汰になると瑞穂高校までドーピング嫌疑をかけられるリスクがあるので引き渡したくはないが、学校を存続させたいのなら贅沢を言っている場合ではない。
では天祇グループから出資を引き出せるほどの交渉材料を入手する事は可能か。
希望はある。
秋の大会中に来た、インターナショナル空戦部副部長であるオリガ・スミルノフからの面会の打診。
姉さんに調べてもらったところオリガ・スミルノフの父親はKGB。
東ドイツに駐在していた経験があり、現在は日本に駐在している。
何の話がしたいのかはわからないが、日本駐在のKGBの娘と繋がりを持てるのは武器になり得る。
わざわざ出向いてくるくらいだからこちらの希望も聞いてくれるかもしれない。
その結果如何では天祇グループとの取引材料が手に入る可能性がある。
今日の喫茶店でのお茶会が、学校の命運を変えるかもしれない。
秋の大会決勝戦から一週間経った日曜日。
レイアは自分が欲しい情報を頭で整理しながら、待ち合わせ場所である大阪の喫茶店でコーヒーを飲んでいた。
そして待つ事二〇分。
ようやく目的の相手、オリガが姿を現した。
「待たせて済まない」
「道に迷いましたか?」
「尾行を潰すのに時間がかかった。もう退部しているに何故監視しようと思うのか」
「ここで私に良からぬ話をするからでは?」
「内容の想像がついているのか?」
「いいえ。ただ、スミルノフさんの父親がKGBである事は知っていますので」
「そうか。流石元シュタージ」
そう言ってオリガはコートをハンガーにかけた。
そして店員に声をかけると紅茶を注文し、レイアの方へ向き直る。
「事前に話の概要をメールでお知らせ頂けると助かるのですが」
「防諜のためだ。時間を取らせて申し訳ないとは思うが、前置きとして質問する。先日決定したソビエトの違法化だが、何故反政府組織やソ連からの独立を宣言した国々はソビエトの違法化に拘ったと思う?」
「ソビエトの中でも急進派であったボリシェビキがソ連を建国した歴史があるからだと思います」
「ではソビエト違法化の目的は?」
「ソ連消滅の確定および復活の阻止でしょう。ソビエトはソ連式社会主義の原点ですから」
「正解だ」
「何故今の質問を?」
「協力関係を結ぶうえで、相手がどの程度こちらを理解しているか知りたいと思うのは当然じゃないか」
「そうなると先ほどの質問は不正確では? 法律の内容は、ソビエト的な社会制度を構築する組織全ての違法化だったと記憶しています」
「その通りだ。日本のメディアはその辺りをあまり正確に報道していない」
「そうですね。ソビエトの直訳は評議会なので本来の意味が通らなくなっています。まぁ日本人はソビエト共産党が違法になったと解釈しているようですし、それ自体は間違ってないので、細かな理解よりわかりやすさを重視したのではないでしょうか」
「十分だ。安心して生徒を送り出せる」
どういう意味かレイアは気になったが、紅茶が運ばれてきたので一旦話を中断する。
オリガは小さな器に入った蜂蜜をティースプーンですくって舐め、それから紅茶を口に含んだ。
「この店に来たら紅茶を飲むべきだ」
「次は紅茶を注文するとしましょう。ところで、生徒を送り出すとはどういう意味でしょうか」
「ソビエト違法化に先立って、インターナショナル大学および附属高校から、ソビエト的なものが排除される事になった。理事会が立憲民主党および社会共和党と取引したんだ。独立国家共同体から今まで通りの支援を取り付けるために」
「スミルノフさんが秋の大会に出ていなかった理由ですか」
「そうだ。父がKGBの幹部だからな」
「空戦部にとっても迷惑な話でしょう。スミルノフさん以外にも、主力選手が何人か不在でした」
「学校のイメージを新生ロシアに合わせるためだそうだ」
「空戦部が弱くなったら宣伝効果も下がると思いますけどね」
「今のロシアは民主化、自由化した事を国際社会にアピールしている。日本との経済協力を取り付けるためも、ソビエト的なものが活躍するのは都合が悪いんだろう」
「確かに日本人は、ソ連崩壊と共産圏の自由化に好意的です。アメリカ側というのもあるでしょうが」
「インターナショナルの部活が数年弱くなっても、それで日本から金が取れるなら安いものと言うわけだ」
「そのために試合に出られなくなった人には同情します」
「同情すると言ったな。ならば、この四人の転校を受け入れてほしい」
少女が写った四枚の写真を見せられたレイアは困惑して質問する。
「生徒を送り出すって、そういう事ですか」
「ソビエト的なものを排除すると言っても徹底的なのは今だけで、来年以降は些細な関りなら見過ごされると予想している。きりがないからだ」
「はい」
「だがこの二人は駄目だ。父親がKGB第一総局次長と共産党中央委員会文化部部長。調べれば名前が出てきてしまう。インターナショナルに残っても来年試合に出られる事は無い」
「それで、転校ですか」
「この四人はインターナショナルから出るべきだ」
「この二人はわかりますが、この二人は何故転校を?」
「四人が一緒に飛ぶことを望んでいるからだ」
「仲が良いですね」
「勿体ないと思わないか。四人とも逸材だぞ」
「知ってますよ。アヴローラ隊。去年から試合に出てますし」
「なら受け入れてやってほしい。来夏から公式戦に出られればいいんだ」
「うちの状況はご存知ですよね。来年学校があるかわからないんですよ? 春にまた転校する羽目に……それが狙いですか」
「察しが良いな。転校生は半年間公式戦に出れないというルールは、学校の廃校や合併に伴う転校には適用されない。外資の影響が強い高校空戦ならではの規定だが、使えるもの利用すべきだ」
「亡命の中継地点というわけですか。それなら普通に転校申請すればいいじゃないですか」
「単なる中継地点じゃない。この子達にとって大切な高校生活の一部だ。空戦部で活動するには、部長のお前に認めてもらう必要がある」
「そこまでわかっているなら、期待してしまいますね。私に、私達に、どのような利益を提供してくれるんですか?」
「こちらに求めるものを、そちらから提案して欲しい」
「わかりました」
考える時間が欲しかったレイアは紅茶を注文し、店員が去ってから口を開く。
「フロンティア空戦部がフォリアを使用しているのはご存知ですね」
「当然だ。東ドイツが消滅した後にあんなものが出てくるとはな」
「天祇製薬がフロンティア空戦部にフォリアを提供し、文科省に賄賂を渡していると思われます。しかし、私達では証拠が掴めない」
「汚職している文科省の役人を特定し、瑞穂高校を存続させるよう働きかけるつもりか」
「いいえ、天祇グループそのものが本命です。欲しいのは出資」
「成程。瑞穂航空には高校を経営する金が無い。不足分を天祇グループに補填させるつもりか」
「故にもう一つ。瑞穂のグループ会社である瑞穂精密機械の株式の所有者について調べて下さい。今年度に上場したばかりの会社です」
「何故お前が瑞穂グループの内情に詳しいのかは訊かないが、政財界の暗部に関する調査になるだろう。割に合わない。冬までに間に合う保証も無い」
紅茶が運ばれてきたのでレイアは話を中断し、ティースプーンですくった蜂蜜を舐める。
東ドイツには掃いて捨てるほどロシア人がいたので、この所作は見慣れたものだ。
「報酬としてこれを差し上げます」
レイアが渡したメモ書きを見てオリガは不敵な笑みを浮かべる。
「大株主だな。天祇グループへのサイバー攻撃に利用したか」
「これだけの株を持っているという事実だけで、多少不審なメールでも添付ファイルを開いてくれます」
「それでも必要経費としては不足している。他に出せるものはあるか?」
「私の姉さんと連絡を取って下さい。会社を経営しているので多少は資金を出せます。また、調査で得られた情報は取引に使うので、表に出ません。ロシア政府に対する良い手土産になるのでは?」
「……引き受けるが、KGBも解体が決まっていて混乱している。こちらの成果に関わらず四人を受け入れると約束しろ」
「約束します」
「期限は?」
「冬の大会初戦の前日とします」
「わかった。亡命の時期としても丁度良い」
「四人と会えるのを楽しみにしていますよ」
「話は終わりだな」
「はい。願わくば、この四人と来年一緒に飛びたいものです」
「善処する。この四人にとっても、頻繁な転校は好ましくない」
「後輩想いですね」
「世界は様々な価値観で溢れているが、政治的な理由で若い才能が摘み取られるのが勿体ないと感じる感情だけは、共有できると思わないか」
「同感です」
「調査費用の不足分はここで受け取っておこう。では失礼する」
そう言ってオリガは席を立ち店から去っていった。
一人残されたレイアはしばし思案して気付く。
会計押し付けられた!
その日の夜。
レイアはハンナと自宅でテレビを見ていた。
日中にインターネットの大手掲示板にレイアとハンナが元シュタージの第三局の職員であった事を示す偽の名簿をアップロードしている。
偽と言っても、本当に第三局の職員であったアルマの名簿をベースに、元シュタージ職員の協力を得て辻褄を合わせた精巧なものだ。
偽装を見抜くことは極めて困難、というか不可能なはずで、レイアとハンナは元シュタージではあるが、勤務地は東ベルリンであり日本で諜報活動はしていなかったという見解が真実となるだろう。
取材に対しては、情報の出所は知らないが内容は真実であると回答すれば良い。
ニュース番組が経営再建中の瑞穂航空について報じ始めたのでそろそろだろうと思って注目していると、キャスターはレイア達の事より更に衝撃的な事実を話し始めた。
「複数のマスメディアに対し、瑞穂航空トラビマイスター高校の生徒の中に在留資格を持たない非正規移民が複数名いるという告発がありました。また、告発文には在留資格はあるものの学歴を詐称している生徒もいると記載されています。インターネット上にも告発内容が実名記載でアップロードされていますが、現時点で真偽は不明です。非正規移民については既に法務省が調査を始めると表明しているため、調査結果を待つべきでしょう」
次回、レイア、ボム兵という日本人特有の発想に戦慄




