20 VSフロンティア高校(秋の大会)
決勝の二日前。
レイアは部室でインディゴ隊にB-29への正面攻撃について指導していた。
「狙いはコンバットボックスの一番上にいる機体よ。一応指示は出すつもりだけど、距離六百を切ったら撃ってしまっていいわ」
「了解です」
「その後は手近なB-29に突っ込んでコックピットを破壊。正面からP-51が来た場合はヘッドオン。そこまでやって無事だったなら、一旦離脱しなさい」
「絶対ビビりません。堕ちるか逃げるのは相手です」
「その意気は買うわ。ともかくオルカンだけは絶対に撃つように。被弾しても気合いで狙って」
「気合いなら任せて下さい!」
威勢だけは良い返事を聞いて話を終えた時、練習を終えたグリューン隊が部室に入ってきた。
「やべぇ凄い腹減った」
「食欲の秋やね。撤饌あるから食べよか」
「腹の足しにはなるな。あと帰りにタコ焼き食おうぜ」
「ええな。やっぱ温かいもんやないと……なんやこの匂い」
「ラーメンかな」
「ラーメンはおかしいやろ。おい、ラーメンはおかしいやろ!」
涼葉の大きな声を出すのでレイアがそちらを見ると、神棚の前にエステルが跪いていた。
神棚の前の三方にはカップラーメンが置かれ、聖書が蓋を押さえている。
しまった。
爆装さんチームと話していたせいで、宗教対立の火種に気付かなかった。
「大きな声出さないで下さいよ。エステルが祈っています」
「なんでお湯入れたカップ麺を三方に置いてんねん! はよどけろや!」
「どけますよ。あと二分経ったら」
怒りをあらわにする涼葉に対しフィロは挑発的な笑みを浮かべて答える。
「今どけろや! 臭いがつくやろ!」
「蓋閉まってるし大丈夫じゃないですか?」
「そっちの祭壇に置けばええやろ!」
「えー、キリスト教の祭壇にラーメンは置きませんよ」
「神道でも置かんねん!」
「でもここに食べ物置いてますよね」
「何でもいいわけちゃうねん! 米酒菓子が基本や。果物や野菜もあるけど、カップラーメンはない」
「そういう戒律があるんですか?」
「神道に戒律は無い。気持ちの問題や。そのカップ麺、三分経ったら食べるんやろ?」
「当たり前じゃないですか」
「感謝の気持ちが無いもの置いたらあかんねん」
「感謝ならありますよ。少なくともエステルは真剣に祈っています」
「だったらせめて、お湯を入れずに置けや!」
「お湯は必要です。スープは神の愛。麺は魂。具は……何だっけ。後でエステルに訊いてください」
「何であんたは知らんねん」
「食べる時小難しい事考えます?」
「単に食べるだけなら三方に置かんでええな! ほなラーメン片付けるで」
「ここを通りたければ私を倒してからにして下さい」
「いい度胸じゃねぇかオラァ!」
「カップ麺持って表出ろ!」
有紗と涼葉が凄んだ時、聖書の上に乗っていたタイマーが音を立てる。
「温かさに感謝を。ラーメン」
そう言ってエステルはカップ麺を待って立ち上がり、神棚から離れていく。
介入するなら今だ。
「エステル。カップラーメンは外で食べて。今後部室内でカップ麺を食べる事を禁止するわ。皆がやり出すと収集つかないから」
「わかりました」
「フィロ、有紗、涼葉。喧嘩するなら私を倒してからにして」
「闇討ちでもいいですか?」
「安心してくださいレイア先輩。私が盾になります」
「騒いですんませんした。うちら帰ります」
「暗い道は気をつけて。私は格納庫の様子を見てくるから」
そう言ってレイアが外に出ると、部室の近くで哲夫が突っ立っていた。
「見事な仲裁じゃな」
「そこで聞いてたの?」
「入るタイミングを見失ったんじゃよ」
「格納庫へ行きましょう」
レイアはそう言って、少し歩いてから再度口を開いた。
「何か私に用事?」
「俺達はTa152に乗る事にしたと伝えにきただけじゃ。申し訳ないが中隊での連携は無理じゃった」
中隊単位で連携するなら同じ機種の方が都合は良いが、ブラウ隊とグリューン隊がヴァイス隊の機動についていけていないと今日も報告を受けていた。
どうせ連携できないのなら、ヴァイス隊だけTa152に乗ってしまっても不都合は無い。
「わかったわ。ブラウ隊とグリューン隊の練度不足だから気にしないで」
「相互に連携する気概も感じないんじゃよな」
「本当は同じ中隊にしたくないんだけど、今回ばかりは仕方ないわ」
「ドルニエがP-38に食われる未来が見えるんじゃよなぁ。念仏唱えるのは得意じゃが」
「社会主義的計算では、ヴァイス隊一人当たり二機堕とせば優位に立てるわ」
「前提から間違っていそうな計算じゃのう」
「直掩隊の苦境は想定内。地獄に仏とは何たるか、クリスチャンと巫女達に見せてやりなさい」
「俺が即身仏になっとるな」
今年の瑞穂は通天閣投法で対戦校を薙ぎ倒してきた攻撃型のチームだ。
しかしフロンティア高校との決勝戦においては編成を迎撃に偏重していた。
直掩隊はヴァイス隊、ブラウ隊、グリューン隊とし、ロート隊、ヴィオレット隊、ゼピア隊に加えてインディゴ隊とオーランジェ隊も迎撃に繰り出す。
錨桜でさえ成し得なかったB-29の殲滅が極めて難しい事は言うまでもないが、レイアは勝算ありと考えていた。
本質的な障害はB-29の並外れた性能ではない。
晴嵐の戦闘能力と指揮能力だ。
フロンティア高校は晴嵐のワンマンチーム。
晴嵐さえ堕としてしまえば直掩隊は烏合の衆と化す。
後は練習通りB-29を始末していけば良い。
マスコミは『撃墜女王の対決に注目!』などと煽っているが、勝負の核心を突いているとレイアは思う。
堕とし難い敵は無視するのが高校空戦の定石だが今回は違う。
私達ロート隊が晴嵐を撃墜し、チームを勝利に導いてやる!
そして迎えた決勝の日。
中部沖バトルフィールド。
いつもなら試合前のブリーフィングは戦術を再確認するのみで終えるレイアであったが、この日だけは訓示を行っていた。
「改めて告げる。B-29は日本人にとって畏怖と憎悪の対象よ。故にB-29は私達にとって希望をもたらす銀翼の天使。マスコミも瑞穂の応援一色であるから、B-29を打倒して優勝すれば瑞穂航空も無視できない。五六年越しにB-29の殲滅に成功した学校を見殺しにするなど世論が許さないでしょう。勝利より大切な事があるなどと言うけれど、私達には当てはまらない。二冠を達成し、学校を存続させる事が全て。勝利以外の結果から得られる未来など無い!」
秋の大会決勝戦。
瑞穂航空トラビマイスター高校VSフロンティア高校。
秋晴れの空に両校の飛行機が飛び立っていった。
勝つことが全て。
間違いなく、フロンティア空戦部も同じ事を考えている。
ドーピングに加えてB-29の使用。
世間からの誹謗中傷は織り込み済みだろう。
だからこそ、空戦選手の最後の誇りと矜持が、勝利を欲しているはずだ。
周囲から何と言われようと、自分達だけが分かち合える勝利の喜び。
それを手にしてようやく報われる。
満足して空戦を辞められる。
自身の健康と世間体。
差し出せるもの全てをベットしたのだ。
釣り合う報酬は優勝以外にあり得ないだろう。
私達はフロンティア空戦部のどんな手を使ってでも勝ちたいという信念に感謝し、敗北する側の未来を押し付けてやればよい。
試合開始から三〇分後。
瑞穂空戦部迎撃隊はB-29の正面に展開していた。
神経質な離陸が求められるB-29を二〇機空に上げて編隊を組むには時間を要したらしく、かなり早いタイミングで捕捉できた。
二〇機のB-29は五機一個小隊で四つのコンバットボックスを形成している。
「上昇を開始する。インディゴ隊は待っていればB-29の方から突っ込んでくるわ」
「了解」
Ta152とP-51は互いに上昇を開始する。
P-51の機体性能は熟知している。
この高度でMW50を使った状態であれば、P-51には昇り勝てる。
無理に機首上げしてくるようであれば吊り上げるつもりだったが、P-51は斜め下方に旋回していった。
「四機インディゴ隊へ行ったぞ!」
「インディゴ隊。間に合う。落ち着いて照準しなさい」
「照準問題無し」
「目標との距離、七百」
「インディゴ隊、嵐を起こせ!」
レイアが指示を出すと、F-8の翼下から二四本ずつ空対空ロケットが射出された。
放たれたR4Mはコンバットボックス上方にいたB-29を包み込むように爆発する。
四機撃墜は確実。
コンバットボックスにも乱れが生じるはずだ。
「全機攻撃開始。心を込めて撃墜しろ」
一二機のTa152は一斉に一八〇度横転、約四五度下方にいるB-29に向かって急降下に入った。
直上急降下背面攻撃。
かつてB-29という脅威に直面した日本のパイロットが考案した戦術。
B-29の機体前部上方の連装機銃の仰角を超えた位置に向かってダイブを行う。
背面飛行であるため揚力によって機体は勝手にB-29の進行方向へ向く。
機体が起き上がるにつれ機体前部上方の連装機銃の射界に入るが、時速七百キロメートルを超える戦闘機はそう簡単に捕捉できない。
レイアはラダー操作で機体の位置を微調整し、照準器を覗く。
狙うべきはフロンティア高校の校籍表示が描かれた長大な主翼。
大穴を空けるだけでもバランスを崩すし、格納された燃料タンクに引火すればダメージは拡大する。
何度も練習した攻撃機動で絶好の射撃位置に付いたレイアは操縦桿の発射スイッチを押した。
銃弾が主翼付け根に殺到し、翼桁を叩き折る。
片翼を失ったB-29は錐もみ状態になって堕ちていった。
その他のB-29も主翼やエンジンに攻撃を受け、次々と墜落、炎上していく。
攻撃を終えたTa152はB-29の主翼前側を掠める様に高速で擦り抜け、防護機銃の射程外で機体を引き起こす。
味方の報告を合算すると撃墜破はおよそ一二機。
第一撃としては上出来だ。
もう一度直上急降下背面攻撃を行い、返す刀で下方から攻撃を仕掛ければB-29の殲滅は成る。
しかしそこに至るまでには大きな障害がある。
晴嵐によって統率されたP-51の護衛部隊だ。
速度を高度に変換する形で真っすぐ上昇するTa152の頭を抑えるようにP-51が進出してきている。
これを撃退しつつB-29より上の高度まで昇らないといけない。
「セイバー隊を捕捉した。ロート隊が相手をする。ヴィオレット隊とゼピア隊は他のP-51を狙え」
優位高度から速度を乗せて鋭く旋回するP-51に対し、Ta152もプラップを使った旋回で対抗する。
P-51が長時間の旋回戦に付き合わないのを見越して、Ta152隊は斜めの旋回に入る。
「五時、七時方向に敵機八」
セイバー隊とランス隊だ。
この二つの小隊は晴嵐以外の選手の技量も侮れない。
四対八で数的にも不利なので、後ろと上はまず取らせてくれないだろう。
レイアは旋回に入り後方を確認する。
晴嵐が機首を上げるのが見えた。
このまま横の旋回を続ければ、縦の旋回を終えた晴嵐が私の後ろを取るだろう。
その機動に一切の無駄は無く、攻撃側にとって理想的な位置取りをするに違いない。
「オーランジェ隊、攻撃準備!」
「オーランジェアイン。ロートアインを照準」
「オーランジェツヴァイ。ロートツヴァイを照準」
レイアは後ろ上方を確認し、フットレバーを踏んで機体を横に滑らせながら旋回半径を縮める。
「オーランジェ隊、槍を放て!」
正面から二機のF-8が放ったR4Mが飛んでくる。
急旋回によって速度を失ったレイアの機体とすれ違ったR4Mは一斉に炸裂した。
横転して下方旋回に入ったレイアは同じく急降下するP-51を目撃する。
晴嵐!
直撃していない!
しかしそれは想定内。
R4Mの噴煙はとても目立つ。
しかもB-29編隊への攻撃に使ってしまっているので、それがどういった物か目の当たりにしている。
晴嵐ならば超反応で回避できてもおかしくはない。
私への攻撃を諦め離脱した結果あの場所にいる。
しかし効果はあった!
エンジンと主翼から白煙が上がっている。
完全に立場は逆転した。
ランス隊の相手はエレンと樹里に任せ、レイアとハンナはセイバー隊の後方に付く。
急降下して離脱するようなら深追いはしないつもりだったが、手負いの機体で回避に徹するつもりらしい。
「P-51の逃走を確認。B-29編隊へ向かって行く」
「深追い無用。上昇してください」
「了解」
ヴィオレット隊とゼピア隊が上昇に移る一方、レイアとハンナはセイバー隊への攻撃を続けていた。
晴嵐を狙うと見せかけてその僚機を照準し、シザーズによる交互射撃で一機ずつ仕留めていく。
「P-51、急降下で離脱しました」
「エレンと樹里は私達に合流」
およそ一五分で決着は着いた。
最後に残った晴嵐の機体は、エンジン出力が上がらないのか動きが鈍い。
何度か牽制射を挟んだ末、決定的瞬間が訪れた。
旋回するP-51をレイアは照準に捉え、射撃は容易く命中した。
撃墜の瞬間は呆気ないものだった。
この程度だったのか? と思えるほどに。
墜落するP-51から視線を外し上空の状況を確認しようとした時、真琴の悲鳴にも似た声が聞こえた。
「B-29が高度を落としている! 現在約四五〇〇。陣地まであと百五〇キロ!」
B-29が想定より速い!
こちらが攻撃できない間、緩降下して増速していたのか。
「全機。直上方攻撃。練習通りやれ。焦る必要は無い!」
口ではそう言ったが、レイアも内心では焦っていた。
Do217はかなりの数がP-38に撃墜された事が味方の無線からわかっている。
通天閣投法には成功したようだが、大した戦果にはなっていまい。
やはり勝つにはB-29を全滅させるしか無いのだ
「正面にP-51」
「編隊を組み直してやがる」
「無視するしかないねぇ」
「一機堕としました! 急降下します!」
「明日香に続け!」
「くそっ、後ろに付かれた!」
急降下に入る瞬間を狙われて堕とされたTa152が一機。
急降下中に撃墜されたTa152が一機。
その他も後方にP-51が付いている。
あれでは急降下後に引き起こしてB-29に追撃をかけるのは無理だ。
残存機で上昇しながら編隊を組み直し、こちらの攻撃地点を予測して待ち伏せる。
直掩指揮としては完璧だ。
そんな事ができる中隊指揮官がフロンティア空戦部にいたのか?
いや、フロンティア空戦部が晴嵐のワンマンチームであるという予想は間違っていまい。
つまり晴嵐は、こちらの攻撃方法と自分が狙われてタイムリーな指揮ができなくなる事まで予測して、試合開始前に指示を出していたのだ。
まだ負けてない。
私達ロート隊がフリーで攻撃機動に入る。
それによって何が起きるかまで予想できたか? 晴嵐!
直上急降下背面攻撃に入ったロート隊は四機のB-29に深刻な損傷を与える。
更に。上昇に転じたレイアは背後に敵機がいない事を確認して横転。
フットペダルを踏みながら横転して旋回。
B-29の編隊を視界に収めたまま斜めの旋回を終え、目前にいたB-29のコックピットを破壊した。
残るB-29は四機。一機は主翼から白煙が上がり、一機はエンジンが火を噴いており、一機はフラップを失い、一機は胴体が火災を起こしている。
それでも水平飛行を維持していた。
その姿からは腕前云々より執念を感じる。
瑞穂空戦部にそれ以上の好機は与えられなかった。
B-29による投弾が始まり、爆弾の雨が瑞穂空戦部の積み上げた努力を薙ぎ払っていく。
しばらくして、無線から審判の音声が入った。
「試合終了。フロンティアの勝利!」
敗北という事実を突きつけられたレイアはひたすら空虚だった。
この試合に勝てれば総合成績で暫定一位になるうえ、秋の大会優勝という結果だけでも宣伝効果は大きい。
世間を独り歩きしている『せめて二冠』という言葉もある。
故に二冠を達成すれば、瑞穂航空としても高校を存続させざるを得ないのではないか。
根拠の無い願望とはいえ他にできる事が無いので、部員にも自分にも言い聞かせて士気を保ってきた。
しかし瑞穂航空のエンブレムを主翼に描いた空戦部は夏、秋と連続で優勝を逃した。
錨桜高校という正統派王者に敵わず、フロンティア高校というわかりやすい悪役にねじ伏せられた。
残しておく価値のある宣伝装置と見做してもらえるかは大いに疑問だ。
大学が強豪の空戦部を持っているのだから、とりあえずそちらだけ残しておけば良いという結論になる可能性が高い。
レイアの心中に悔しさが込み上げてきた。
学校存続を諦めるわけではない。
ただし、チームを強くして瑞穂航空に存在価値を認めてもらうという誰も不幸にならないアプローチは画餅になったと考えるべきだ。
故に、ここから先はまた薄暗い裏道を進む事になる。
結局私は謀略でしか希望を繋げない人間なのだ。
チームの崩壊を防ぐため、冬の大会に向けてまだ可能性は残っているのだとチームを鼓舞する必要がある。
しかしそれは虚構であり、存在するかもしれない希望はチームの強さとは別の次元にあるのだ。
またチームメイトを詐取にかけないといけない。
それが正義であると自分に言い聞かせて。
滑走路に着陸してコックピットから出たレイアは酷い頭痛がした。
次回、レイア、Fw200とかけて温泉客ととく




