4 VS剣星高校二軍
一〇〇式輸送機から降りてきた剣星空戦部の選手達は滑走路に整列し、同じく整列したトラビ空戦部の選手達と相対する。
剣星空戦部の選手は、何故か全員執事服かメイド服を着ていた。
その端にいたメイド服の少女がこちらに歩み出てくる。
それを見て衛徒も歩み出た。
「トラビマイスター高校空戦部部長の鹿島だ。改めて、練習試合の快諾に感謝する」
「剣星高校空戦部二軍主将の宮本です。こちらこそ感謝申し上げます。私達にとって、ベストメンバーで臨める試合は貴重ですので」
「なるほど。気合いの入った連中ばかりというわけか」
「そちらこそ、気合いが入ってるんじゃないですか? 例の合併話、トラビ側は未だノーコメントじゃないですか」
「それについては俺達も何がどうなってるのか皆目わからない。だが、気合いが入っているという点は保証する」
「ふふふ。楽しみで震えてきました。改めて、よろしくお願いします」
「長話する気は無かったんだが、これ聞いとかないとうちの選手が気になって不利になりそうだから教えてくれ。何故お前はメイド服なんだ?」
「うちに入学する御曹司御令嬢の方々は、企業活動を通じて社会に奉仕するという思想が無い者が多いです。故にまずは私達が、誰かに奉仕する事の重要性を体現しようと思ったからです」
「そうか。で、本音は? 宮本ホールディングス御令嬢の宮本朱里さん」
「三割は本音ですよ。そして残り七割ですが、このメイド服に男子の執事服。私の経営するメイドカフェ執事喫茶の制服なんです。これからはアパレル企業もサブカルに進出すべき。そして二軍戦は我が社の宣伝も兼ねています」
「じゃあ他のメンバーが大人しくメイド服執事服を着ている理由は?」
「時給千円で」
「庶民派だな」
「皆さん結構乗り気ですよ。鹿島さんも如何ですか? きっとお似合いですよ」
「そりゃどうも」
「しかし何よりあの二人、去年見かけなかったので一年生ですか? 高身長美人ハーフとか逸材過ぎます! もし今日の試合でこちらが勝ったら、今度開店する大阪支店の店員として雇わせてください。とりあえず一ヶ月」
「なんだそりゃ。こっちが勝ったらどうしてくれるんだよ」
「そうですね……うちがアグレッサー用に保有しているP-51C型を一ヶ月貸し出しというのはどうですか?」
「何ぃ? ……だが、本人達の意思もあるしな」
「ハイオク燃料満タン。消耗交換部品付き」
朱里に言われた衛徒は一旦踵を返し、綾音に問う。
「うちの女子にメイド服を着せる事はセクハラになるか?」
「は? 何言ってるかわからないんだけど、え、どういう事?」
「学校と無関係の場所で着る分には問題無いよな」
「相手がメイド執事集団である事と関係あるのよね。試合後のユニフォーム交換とかそういう事?」
「そんな感じだ」
「ならまぁ、無理矢理じゃなければ、いいと思うけど」
そう聞いた衛徒は朱里の元へ戻る。
「ねぇちょっと何が起きてるの!? 酷い試合になった時のお詫びとかそういう話!?」
綾音の言葉を無視して衛徒は朱里の提案を承諾した。
「その賭けを受けよう。ただし、バイトシフトは週三まで。かつ、空戦の試合が優先だ」
「ではその代わり、そちらが出す人員は六人とします。ドイツ人ハーフというところに価値を見出していますので、鹿島さんとあの二人は確定。残り三人は試合後に決めます」
「供与は一ヶ月。相違ないな」
「ありません。履行は半年以内とします」
「わかった」
衛徒が差し出した手を朱里が取り、握手する。
その後、朱里と目が合ったレイアは少し悪寒がした。
鋭い視線。これが、昨年度最優秀一年生選手の眼力か。
只者ではない。
「全員、礼!」
朱里の声に執事メイド集団が一斉に頭を下げ、対するトラビの選手も礼をする。
その後執事メイド集団は『行ってらっしゃいませー』と言ってお辞儀をし、一〇〇式輸送機に乗って飛び去っていった。
「ねぇ、さっきの話は何? なんでメイド服なの?」
「安心しろ。お前がメイド服を着る事は無い」
「絶対に勝つという事ね。高校空戦でユニフォーム交換とか聞いたことないし」
「そういう事だ」
「さっきはやけに真剣な顔だったけど、何か言われたの?」
「後で話す」
トラビ空戦部の部員達が格納庫へ戻る中、エレンだけが実況席や審判員控室などがある建物へと走り出す。
「湯曇さん! どこ行くの?」
「オペレーションルーム」
「なんで!?」
エレンの行動も疑問ではあったが、衛徒の様子の方が気になったレイアは先輩達の会話に耳を傾ける。
「剣星の二軍は高校空戦に熱中したい連中が作った組織だから気合が入っていると前に言ったが、想像以上だった。疾風無しはハンデ。良い練習台になってくれ、と煽られた」
「何やて!? 宮本の奴、えらい口先が達者やないか」
「こっちが飛行服なのに向こうは執事服メイド服って、舐められちゃってるんですかねー」
「そうに違いない。だから、何としてでも勝たなきゃ駄目だ。ロート隊は作戦変更。宮本の封殺を前提としたうえで、全ての目標への攻撃を許可する。味方に戦果を譲る必要は無い!」
「情け無用というわけか」
「そういう事だ」
「その煽られたって本当? 宮本さんの表情を見ていた限り、真剣ではあったけど、馬鹿にしているような感じじゃなかったけど」
「メイド服着てる時点で煽ってるだろ」
「そういえばうちの女子にメイド服を着せるって、何の話だったの?」
「気にするな。お前達が着る事は無い」
「説明になってないわ。じゃあ誰が着るのよ」
「別に誰かが着ると決まったわけじゃ――なんだあれ!?」
「誤魔化し方が陳腐過ぎる――何あれ!?」
観客席の正面に駐機場を挟んで設置されるいくつもの超大型ビジョン。そのうちの一つに東ドイツで最も一般的な乗用車『トラバント』の広告が映し出されていた。
いつも貴方の随伴者。日常のお供にザクセンリンクジャパン。
都市部をトラバントが走っているアニメーションとキャッチコピーからなる映像。
あの超大型ビジョンは試合中に高空連による空撮映像や、出場校の機体が装備するガンカメラの映像を映し出すためのものだ。
文科省が、ひいては日本政府が競技空戦に如何に力を入れているかがわかる豪華設備であるが、今は手作り感のある広告が表示されている。
しばらくすると、アニメーションは山道を走るトラバントに切り替わった。
安い、速い、楽しい! トラバント5・1JP
「……もしかして、湯雲か!?」
「あの、さっきオペレーションルームに行くって言ってました」
レイアは先輩達の輪に入りながら言う。
「練習試合で広告を流すのか……」
「あれ手描きだよな。絵上手すぎだろ」
「整備要領書の絵あいつに描かせようぜ」
エレンの父は東ドイツ最大の自動車会社ザクセンリンクの日本法人社長である。
ソ連のブロック経済から解放された東ドイツは旧西側諸国からの投資や貿易を受け入れるようになり、国内企業には海外市場への参入を促した。
その代表格がザクセンリンクであり、主力商品であるトラバントを日本の環境規制をクリアできるまで徹底的に改良し、低所得者向け小型自動車として販売している。
しかし現状上手くいっているとは言えない。
東独製の部品を使うことで価格は非常に安価に抑えられており、販売当初こそ一定の需要を得たが、如何せん日本車と戦うには性能が低過ぎた。
既に安かろう悪かろうのイメージが広まっており、本国からの支援が無ければ撤退する水準まで経営状態が悪化していると、ザクセンリンクジャパン社長の娘であるエレンは言っていた。
そして東ドイツが今年でなくなるのだから、ザクセンリンクジャパンは風前の灯火だ。
それを立て直すため自ら宣伝するのだと、エレンは意気込んでいた。
自分が注目選手になれるに越したことは無いが、トラビと名の付いた学校のチームが大会で勝ち進む事でも宣伝機会が増えるという事を理解しており、小隊内での連携にも積極的だ。
映像は壁に半分埋まったトラバントの絵と『壁をぶち破れ!』というキャッチコピーに切り替わっていた。
そしてトラバントが壁を突き破って画面外に消えるアニメーションが流れ、広告は終了した。
「ザクセンリンクジャパンは経営不振の壁を突き破れると思うか?」
「この空戦部が大会で優勝するくらいの確率」
「不可能な事の例えみたいに言うな!」
試合開始三〇分前になると、高空連の職員が操縦するトーイングトラクターによって駐機場の機体が滑走路に並べられていく。
これは離陸の条件を公平にするためであり、公式戦と同じだ。
機体を並べる順番は事前に高空連の審判団に渡してある。
試合開始十分前。全員空戦防具を腰に着けているか確認する。
空戦防具のおかげで銃弾が当たっても墜落して地面に叩きつけられても凄く痛いだけで済む。
そして滑走路脇の大型航空灯火が赤から緑に変わると同時に、トラビ空戦部は二機ずつ離陸を始めた。
大型ビジョンの一つには、剣星高校空戦部の戦闘機が離陸していく様子も映し出されている。
ロート隊に続いてゲルプ隊も離陸。
編隊を組んでの上昇中、レイアは仕事とは別種の緊張を感じていた。
自分の目的のためには高校空戦で注目される事が必要。
ただし日本の競技空戦のレベルは世界一だ。
自分の技量が、才能が、この国で通用するかどうか、この練習試合が試金石となる。
剣星高校は世界で初めて空戦部を設立した高校であり、黎明期の高校空戦を牽引した。
しかし現在の剣星空戦部に所属する政財界要人の御曹司御令嬢の多くは高校空戦を社交場程度にしか捉えていないため熱意が足りず、技量は不足気味らしい。
一方そんな現状に嫌気が差し、自主練習と練習試合を積極的に行おうと考えた主力選手達が作った二軍と称する組織が、今日の練習相手となっている。
ただし、その二軍メンバーも公式大会に出場しているが、剣星空戦部が去年や一昨年の公式大会で目覚ましい戦績を上げたわけではない。
やる気のない御曹司御令嬢の方々が足を引っ張っているのだと仮定しても、高校空戦における最強集団ではないのだとレイアは想像する。
ならば。選んだ道が間違っていないと確信を得るためには活躍が必須。
目標は撃墜二機以上。そして絶対に堕とされない事だ。
離陸して八分ほど。ほぼ正面に黒い機影が見え始めた。
お互い高度は六千メートルを超えたところ。相手の方がやや高いか。
彼我の距離が五百メートルを切ったところで四機の隼が緩降下しながら突進してきた。
試合開始早々ヘッドオンというリスクのある行為をしたくはない。
レイアは操縦桿を左に倒しながら手前に引き、急降下から弧を描くように上昇に入った。
今のゲルプ隊の練度で複雑な空戦機動を行うと小隊がバラバラになってしまうので、基本的な動きで有利な位置取りを狙う。
「後方に敵機無し」
ハンナの声を聞きつつ背後を見ると、上昇中の隼が見えた。
こっちを狙っているわけではなさそうだ。
レイアはあえて上昇を続け、およそ時速三百キロメートルまで減速したところで横転し、背面飛行になってから操縦桿を引っ張った。
Fw190A-8の機首が上がり、弧を描くようにして急降下に入る。
さっきの隼は横転して逃げようとするところだったが、距離百メートルほどのところで射撃。
ペイント弾数発が命中し、撃墜判定された隼は離脱していった。
「ゲルプアイン。一機撃墜」
「よくやった。この試合初戦果だ」
「堕とした後は背中に気をつけろよ」
言われるまでもなく、レイアは急降下していた。
「後方の隼、離れます」
無線で樹里の声を聞いたレイアは機体を引き起こし、ゲルプ隊は上方や背後、速度に気を付けつつ高度を上げていく。
彼我の技量や機体性能に大きな優劣が無い状況では、五分五分の状況から『一発で敵機の六時がとれる機動』は存在しない。
攻撃機動を繰り返しながら小さな優位を積み重ねていき、時間をかけて決定的な状況を作り出すのだ。
優位高度を得るために上昇し、敵の攻撃が予想されたらダイブで逃げ、また別の場所で上昇する。
地道な作業だ。
自分が直接的に空戦に参加していない間にも、撃墜判定されたFw190や隼が離脱していく。
「こちらロートアイン。宮本と思われる機体を発見。追撃する」
「了解。やってこい」
何度目かの上昇の後、味方の背後を取って急降下に転じる隼を視認する。
「味方後方の隼をやる」
そう言ってレイアは急降下に転じた。
まずは機関砲を一連射。
当てるのが目的ではなく、お前を狙っているぞという脅し。
「私が左」
「わかった」
レイアは左に横転したが、前方の隼は右に横転。旋回に入った直後にハンナによって撃墜された。
「やった。撃墜」
「月城さん後方に敵機!」
「いや、剥がした。が、堕とせなかった」
「助かったよ。ありがとう!」
ハンナの後方に付いた隼をエレンが攻撃。撃墜はできなかったが、追撃を諦めさせたようだ。
ゲルプ隊が上昇に転じてからしばらくして、レイアは少し離れた場所でシュバルム戦術をとるロート隊を発見した。
一見追われていたように見えた隼達だが、バレルロールでFw190をオーバーシュートさせ、銃撃を加えた。
それを追ったFw190の後方に斜めの旋回で二機の隼が付き、銃撃する。
あそこだけレベルが違う。
間違いなくロート隊と宮本選手率いる小隊の対決だ。
あそこに割り込み、敵小隊の一機でも堕とせれば戦況は一気にこちらへ傾く!
「ロート隊を援護する」
そう言ってレイアは進路を変えた。
現在敵機と正対方向に進んでいる。
「三、四番機は降下してから反転。ハンナはついて来て!」
そう言ってレイアはMW50を使いつつ上昇反転に入る。
反転中に背後を見ると、少し下方でこちらを攻撃しようとしている隼が見えた。
しかしそこに四筋の火線が飛び、隼は上昇を断念。右へ横転し味方の後に続いた。
レイアはループの頂点で横転し、降下に転じると同時に照準器を覗く。
丁度先ほどの隼が照準器の円環を通過していくところだったので、レイアは超反応で垂直尾翼を動かしつつ引き金を引いた。
ペイント弾数発が隼の尾翼の付け根に命中。隼は離脱していった。
「撃墜確実」
「ロートフィーア確認。宮本隊の四番機だ」
よし。まぐれみたいなものだが、目的は達成した。
「六原殿、見事な横転ループです!」
「後ろの敵機がいなくなったおかげでやりやすかったわ」
後方に隼が回り込みそうだったのでレイアは急降下に入り、三機が続く。
空戦が行われている高度は試合開始時より低くなっていた。
見えている機数からして味方がやや優勢と思われるが、低高度での戦いになればダイブ&ズームに制限がかかり、機動性に優れる隼が有利となり逆転される恐れがある。
ゲルプ隊は時速五百キロメートルまで速度が上がったところで緩上昇に移った。
「ロートアイン。敵機撃墜。宮本と思われる」
「よし! あと一機で勝ちだ!」
衛徒の声に、レイアは周囲を見渡す。
堕とせそうな敵はいないか。
あれは……少し苦しいか。しかし一番近いのは事実。狙ってみるか。
レイアは斜めの旋回を行っていた隼と正対する。
それに気付いた隼は急降下を始め、レイアがそれを追う。
しかし隼は降下しながらバレルロールを始めたため、レイアは照準を合わせることさえままならなくなる。
「レイア。後方に敵機」
一旦離脱するしかないか。撃墜を狙って速度を落とせば、後方の敵にやられる。
その時、エレンの声が耳に入った。
「六原、月城、敵の右へ銃撃してくれ。当たらなくていい」
「わかった。銃撃してすり抜ける」
「了解」
レイアとハンナの銃撃は当てずっぽうなものであったが、それでも前方の隼は反応した。
バレルロールを止め、横転したまま左の旋回に入る。
その主翼に、火線が殺到した。
「ゲルプドライ。撃墜確実」
「試合終了! トラビマイスター高校の勝利!」
無線から審判の声が聞こえ、レイアは一息ついた。
「私達を陽動に使うとは。冴えてるわね」
「私達もシュバルム戦術を取り入れたい。今はまだ、私の腕が未熟でできないが」
「エレンも凄いですよー。私なんか被弾しちゃって。フォッケが頑丈で助かりました」
「そうね。頑丈で、良い機体だわ」
滑走路へ着陸し、飛行可能な機体に燃料を補給して帰り支度をしていると、一〇〇式輸送機が滑走路に着陸した。
機体中部から出てきた朱里を衛徒が出迎える。
「参りました。途中から私に張り付いていたのは、フリーデルさんですね」
「そうだ。お前に対抗できるのは、うちじゃブルーノくらいだからな」
「プロ注目も納得の腕前です。何もさせてもらえませんでした」
「お前が疾風に乗ったら話も変わってくる」
「それは公式戦で当たった時のお楽しみという事で」
「そうだな。P-51の件はまた連絡する」
「わかりました。では最後にこれを」
「なんで名刺?」
「一枚は鹿島さんに。また練習試合のご要望あればご連絡を。残り四枚はあの一年生四人に」
「なんで」
「あくまでプライベートとして、あの四人をメイドにスカウトしようと思います。後日バイト募集のチラシを送りますので、その下準備です。渡してくださいよ」
「……わかった」
衛徒の返事に朱里は微笑むと、一〇〇式輸送機の近くに戻る。
「一同、礼!」
「ありがとうございました!」
頭を上げた剣星空戦部員達が乗り込むと、一〇〇式輸送機は離陸して飛び去っていった。
一の実戦は百の訓練に勝るという。
レイアは今日の一時間ほどの練習試合で、競技空戦にもそれが当てはまると実感していた。
次回、レイア、飲食店のサーブミスによりフードファイトへ




