3 ゲルプ隊結成
剣星高校との練習試合の八日前となった四月半ば、空戦部は部室の一階でブリーフィングを行っていた。
「ルールは二四対二四の制空戦。先に半数を撃墜した方の勝ち。こちらの編成は、第一中隊がロート隊。ヴィオレット隊。ゲルプ隊。第二中隊がグリューン隊、ブラオン隊。シュバルツ隊だ。ゲルプ隊は一年四人、シュバルツ隊の三、四番機は天本と広川だ」
トラビ高校空戦部ではドイツ国旗と同じく赤、黒、金の三色が重要な色とされ、ロート(赤)は戦闘機のエース小隊、シュバルツ(黒)はヤーボのエース小隊、ゴルト(金)は爆撃機のエース小隊の名前に使われるのが伝統だ。
ゲルプ(黄)は次期エースと目される二年生の戦闘機隊に与えられる事が通例らしく、一年生である自分達に与えられた事は光栄だとレイアは感じていた。
「剣星の二軍は隼で揃えてきた。そこで、フォッケで隼と有利に戦うにはどうしたらいいか、西園からご高説願おう」
「ほ、本当にやるんですか? こないだのはただの机上の空論で、あくまで一般論に過ぎないと言いますか、やはり部長殿か副部長――」
「西園さん。私達が認めたのよ。貴方は軍用機に誰より詳しい。自信を持って」
「りょ、了解です。それでは一式戦闘機との戦い方について、述べ、語らせ、話させて頂きます」
西園樹里。春休み中に入部した一年生女子の一人であり、ゲルプ隊四番機。
国籍は日本だが母親が東ドイツ人。
トラビに入ってから髪を黒く染めるのをやめたそうで、頭頂部は地毛の赤色だが途中から黒髪になるという変なヘアスタイルになっている。
樹里は当初マネージャー志望であり、一応中学空戦の経験はあるが、自分に空戦の才能は無いと言っていた。
しかし、樹里は入学式から三日経った日に他の空戦部員を驚嘆させた。
衛徒と綾音が体験飛行を待つ入部希望者の時間潰しのために作った軍用機の知識テストで満点を取ったのだ。
その後、衛徒が雑誌や専門書を見ながら出した問題にも全て正答する極度のミリオタであり、衛徒は歩くデータベースと形容した。
言われた樹里は恥ずかしい事であるかのように顔を真っ赤にして俯いていたが、過去の試合の解説者の評論さえ記憶しているのは驚異的な才能だとレイアは思った。
樹里はホワイトボードに絵を描きながら隼とFw190の性能を比較した後、状況別にFw190が取るべき機動を説明した。
「西園。高度六千メートル以上での戦いについても話せ」
衛徒に促された樹里は話を続ける。
「了解です。今回の練習試合では公式戦と同じく六千メートル以上の高度に累計五分までの滞在が認められています。六千メートルを超えるとエンジン出力が大きく落ちるのはフォッケと一式戦の共通点ですが、昨年度の大会では六千メートル以上の高度でも攻撃機動を行う一式戦が何機かいました。ダイブ&ズームの応用と思いますが、こちらは決して追わず逃げに徹してください」
「フォッケにはMW50という出力増強装置が付いているが、それでも追わない理由は何だ?」
「一式戦三型にも同様の出力増強装置が付いておりますので、MW50を使って有利になるとは限りません。また、高度六千メートル以上から攻撃を仕掛けてくる一式戦はパイロットの腕が良い可能性が高く、迂闊に手を出すのは危険です」
「説明ご苦労。今回の相手剣星高校二軍の主将、宮本明里は去年の最優秀一年生選手だ。秋の大会では一分で四機撃墜し、二天四式。速きこと疾風の如くと称された。こいつの相手はロート隊に任せる。シュヴァルム戦法で封殺し、他の連中が試合に集中できるようにしろ」
「どうやって宮本某を見分ける」
衛徒の指示に、空戦部のエースであるブルーノ・フリーデルが問い返した。
「危ない奴に助け舟を出しつつ、一番動きの良い奴を探せ。お前ならどれが一番上手いか何となくわかるだろ」
「承知。宮本を堕とした後はどうする」
「引き続き味方の支援。他の奴に撃墜経験を積ませたいが、一分以上経ったらお前が堕としてもいい」
「武士の一分か」
「それ使い方間違ってるから後で説明する」
「何でそんな凄え奴が二軍なんだよ」
その疑問はレイアも抱いた。
剣星高校は高校空戦黎明期から空戦部を有する名門であるが、ここ十年の公式戦成績は芳しく無い。
少なくとも強豪とは言えない成績であり、最優秀一年生選手を二軍に落とせるほど層は厚くないはずだ。
「剣星高校は一軍より二軍の方が強いんだよ。ブリーフィングはここまで。昼飯にする」
「腹減ったぁ。何で昼食ってからブリーフィングじゃないんだよ」
「寝る奴がいるから」
「よっしゃ。格納庫で焼きそば作るで!」
「また焼きそばかよ」
「お好み焼きとの二択だよな」
「他のもんも焼けんくはないで。野崎先輩のリクエストやねん」
「流石関西人だな」
「安いじゃない。キャベツと豚こまが」
「ああ、そういう」
それから一週間。レイアは仮入部者が操縦して水平飛行している練習機に対してダイブ&ズームの練習を繰り返した。
操縦練習にはなるが、実戦的な練習とは言い難い。
アグレッサー用の機体が欲しいと呟く衛徒に、そんなお金ないでしょと綾音が返していた。
そして試合前日。午前中に若狭沖バトルフィールドへ機体を運び込んだトラビ高校空戦部は、部員総出で試合前の機体整備を行う。
エンジン内ギアポンプの開放点検を終えたレイアが点検表に記載していると、グリューン隊二番機にして整備監督である千田直治が話しかけてきた。
「よう一年。整備開始から二時間経つが、一度も質問に来なかったな」
「要領書がわかりやすかったので」
「要領書通りやるのは基本だが、ボルトやギアの摩耗具合は一年にはわからんだろ。防錆剤を剝がさずに交換する素人もいるしな。今の二年はどんどん退部しやがったから整備は殆ど俺達がやってたが、今年の一年は多いから――」
「レイアー、燃料タンクの洗浄終わったー」
呼ばれたレイアは主翼から飛び降りて台車を引き、機体の下からハンナを引き出す。
「明日は練習試合だから一度整備不良で飛んで痛い目を見ればいいと思ってたが、野崎が見てやってくれというから来てやったんだ」
「じゃあ見てくれますか?」
「もう整備終わってんのか?」
「あとは銃身の交換だけです」
「なら電気系統の様子から見てやるか。女の細腕じゃキツイところも――」
交換したコマンドゲレートを二人で台車に乗せたレイアとハンナを見て直治は言葉を濁す。
「無かったかもしれないが、経験も重要だからな。これは場数踏まないと身に付かねぇ。特に工具がそうだ。試合前に怪我でもしたら――」
主翼の上に乗って門型クレーンからチェーンブロックを取り外したレイアとハンナを見て直治が言い淀む。
「六原さん、月城さん、ガソリン持ってきた」
ドラム缶を積んだ台車を押す銀髪の少女は湯雲エレン。
春休み中に入部した一年生女子の一人であり、ゲルプ隊三番機を務める。
「ありがとう。私とハンナは潤滑油を入れるから、発電機持って来て。千田先輩が見てくれるって」
「わかった」
ハンナが潤滑油の入ったペール缶にホースを突っ込み、レイアは手動ポンプでエンジンの中に潤滑油を入れ始めた。
それを見ていた直治がハンナに話しかける。
「お前ら……素人じゃねぇな。どこで整備を習った」
「えっと、自動車整備工場でお手伝いしていた事があるんです」
「それ中学の頃だよな。知り合いの店ってことか」
「はいそうです。お小遣い稼ぎに」
「六原もか」
「そうです。ただ、私が先にやっていたので、教えた部分もあります」
ハンナは虚実を織り交ぜながら話す。
自動車整備工場で働いていたのは事実だ。
しかしその整備工場に持ち込まれる車の大半は持ち主がローンを返せなくなった中古車、或いは盗難車であり、それらを東ドイツに密輸出するのが前職での仕事の一つだった。
東ドイツでは日本車の部品が手に入りにくいので輸出する車の整備は日本で済ませる。
レイアとハンナの仕事は日本と東ドイツの密輸業者の仲介と警察の動向の調査であり、車両整備は所掌外であったのだが、社交的で身体を動かすのが好きなハンナは整備工場の人間に積極的に話しかけ、整備を教わっていた。
その腕前は廃車寸前のオンボロでも東ドイツへ出荷可能にできるほど上達し、工場長からは資格を取れば開業できると言われていた。
レイアは自動車整備には興味が無かったので、トラビ高校空戦部に入ってからハンナに工具やクレーンの扱いを教わっている。
潤滑油を入れ終わったので外部電源によりFw190の各部電気系統の動作確認を行うが、問題無し。
その後ガソリンを入れてエンジンを回したが、異音も異常振動も無い事は直治も認めた。
「千田。ゲルプ隊の整備状況はどうだ」
「あー、なんつーか、合格。この機体はな」
「手つきは?」
「慣れてる。特に月城はタッパもあるし、見どころはある」
「俺に東ドイツに行った事が無いんだが、東ドイツの中でも背は高い方なのか?」
「私は東ドイツでも高い方です。というかレイアでも高い方です」
「俺は東ドイツに行った事が無いんだが、胸はどうなんだ? 東ドイツの中でもでかい方なのか?」
「ええ!? ど、どうでしょう。日本だとそういう話も一般的なんですか!?」
「ああ、一般的だよぉ」
「そんなわけないでしょ! 千田君。それセクハラだから。次やったらグリューン隊はセクハラさんチームに改名するわ」
いつの間にか後ろにいた綾音に言われ、衛徒と直治は弁解する。
「ふざけんな! 俺は身長聞いただけだろうが!」
「俺だって東ドイツ人の体格を訊いただけだ!」
「月城さん。次に似たような事訊かれたら無視して私に報告して。千田君は謝って。……でないと一トンの不発弾が貴方の機体に命中する事になる。勿論直すのも貴方」
「悪かったよぉ! 直りゃしねぇやそんなん!」
「ゲルプ隊は四人で整備できそうかしら」
「レイア、問題ないよね」
「はい。問題ありません。野崎先輩」
「そう。なら整備が終わったら千田君に報告して。これでもエンジン音で不具合箇所とかわかる人なのよ」
「月城、整備のことしか話さんから、不安があったら聞きに来い。来てくれ。乗ったら終わりだと思ってる奴が多過ぎて去年は気が狂うかと思った」
「わかりました。機械の事は好きなので」
「月城さんがいい人で良かったわね。じゃあブラオン隊のところに行って。彼らのできたは信用できないから」
「はいよ」
その日の夜は若狭沖バトルフィールド併設のホテルに宿泊した。
設備としてはビジネスホテル程度だが、練習試合も日本高等学校空戦連盟が取り仕切っているおかげで空戦部員は宿泊費無料なのがありがたい。
そして翌日の午前九時頃。
レシプロ音と共に二機の一〇〇式輸送機が姿を現し、滑走路に着陸した。
交差した日本刀と黄色の五芒星の校籍標識。
今日の対戦相手、剣星高校空戦部二軍の到着だった。
次回、レイア、間違って快速に乗り込み大幅タイムロス




