16 ファイターメイド
決勝戦から三日後の水曜日。
レイア達はメイドカフェMIYAに初出勤していた。
接客開始は午後からであり、それまではバックヤードでダンスの練習を行う。
フィロの歌声に合わせて、ロート隊は練習の傍ら覚えてきた降り付けを披露する。
「飛び立て! 私たちの翼で、フリル揺らして未来へ急降下。夢を阻む不安なんて、撃墜しよう。私たちの想い空に描いて、笑顔の爆撃届けたい!」
「カット!」
朱里の怒気をはらんだ声でダンスが中断する。
「貴方達はロボットですか? 表情と歌詞が全く合っていません。六原さん、湯雲さん、西園さん。貼り付けた笑顔で踊り続けるのは最早狂気です」
「ハンナは良いんですか?」
「月城さんの表情には恥じらいがあります。日曜は新人メイドという形で登場する事を考慮すれば、悪くありません。お客様に感情が伝わるだけマシです」
「あの、良くないです。この服サイズ間違えてませんか? スカート短いですよね」
「いや合ってますよ。私が検収しました。太ももの露出割合は全員同じです」
「じゃあ私の露出面積が一番広いじゃないですか!」
「戦闘機だって機体が大きくなれば主翼も大きくなります。当たり前の話です」
「私達は戦闘機ではありません」
「だったら人間らしい感情を込めて歌ってください。本番は口パクですが、今は歌詞を声に出してください。そして意味を考えて感情を顔に出してください」
「歌詞の意味がわかりません。説明書きか注釈は無いのですか?」
「ありません。そもそもこの手の歌に深い意味は無い方が良いんです。お客様の余計な負担になりますから」
「つまり、本来存在しない虚構の意味を作り出し、そこに何かしらの感情を乗せろという事ですか?」
「そうです。感情は作るものです。元諜報員ならそれくらいの演技できそうですが」
「私達が元シュタージである事はこのお店的に問題は無いのですか?」
「活動場所がドイツ国内だったという事なので問題ありません。寧ろ元諜報員がメイドをやっているのは面白いです。その技能を活かし、非日常的な空間が存在するのだとお客様を騙してください」
レイアは返す言葉が無かった。
メイドとはなんと難しい職業であろうか。
しかし、やり遂げるしかない。
これがP-51の対価なのだ。
「あの、私達は元シュタージじゃない――」
「では最初からいきます。フィロさんも準備を」
エレンの発言を無視して朱里はオーディオコンポのスイッチを入れる。
「制服の袖に風を感じて、プロペラ回せば今日も始まる。旋回しながら夢を描く。ファイターメイド、全力で飛ぶよ!」
「カット!」
Aメロの途中で朱里が音楽を止める。
「西園さん。動きがぎこちないです。身体の力を抜いてください」
「はい。気を付けます」
「お客様も完璧は求めていません。しかし他の三人と練度が揃っている必要はあります。悪目立ちします」
「追い付けるよう練習します。空戦と同じように」
「身体の使い方も空戦と同じだと私は思います。手足にどれだけ力を込めようと、速度も機銃の威力も上がりません。それより身体の姿勢維持の方が重要ですよね」
「確かに、そうですね」
「次に湯雲さん。全力で飛ぶよ、の時、どのような気持ちですか?」
「全力で飛ぼうとしています」
「失礼を承知で言いますが、それでお客様が買いたくなるような車の宣伝が作れるんですか?」
普段冷静なエレンもこれにはムッときたようで、少し挑発的に言葉を返す。
「では宮本さんが実際に踊ってみてくれませんか?」
「わかりました。参考にしてください。フィロさん。最後まで流します」
そう言って朱里はオーディオコンポのスイッチを入れた。
音楽が流れだし、フィロの歌と共に朱里が躍る。
「飛び立て! 私たちの翼で。フリル揺らして未来へ急降下。涙も迷いも全部撃墜しよう。メイドカフェから空の果てまで。ファイターメイド! 勝利をお届け!」
上手い。
流石だとレイアは思った。
足腰と体幹が強いから動きにキレがあるとか、手足に余計な力が入っていないとか、そういうダンスの教本に書いてあるような技術的な話ではない。
伝わってくるのだ。感情が。
目つきから。表情から。手足の動きから。
「六原さんには伝わったようですね。私が踊りに込めた感情が。言語化できますか?」
「……Bitte genießen Sie es」
「日本語で」
「もてなされている」
「そうです。貴方達をお客様だと思い、貴方達のために踊るのだと、感情を作って踊りました」
「お客様を楽しませる」
エレンの呟きを朱里は称賛した。
「その通りです。湯雲さん。理解が早いですね」
「宮本さんの実演と、レイアの感想があってようやく気付きました。完敗です」
「ここはメイド喫茶です。敗者は存在しません。お届けするのです。勝利を」
「はい」
「あの、お手数ですが宮本さんの踊りを録画させて頂けませんか? 表情などを参考にしたいです」
「六原さんは見かけの表情などは完コピできるのかもしれませんが、それでは不十分です。気付くお客様はいますよ」
「単なる模倣で済ませるつもりはありません。しかしメイドというものが非常に難しい職業である事もわかりましたので、一つの手本にしたいと考えます。学ぶの語源は真似ぶであったと教わりました」
「いいでしょう。私のダンスの録画はあります。降り付けの確認用ですが」
「ありがとうございます」
「契約を守ってもらわなければ困るので厳しい事を言いましたが、ダンスに必要な筋力が備わっている時点でやはり貴方達は逸材です。ダンスの振り付けを完璧に覚えてきていたのも流石です。どこで練習しました?」
「フィロ達の家です。林の中にあるので近所迷惑になりませんし」
「昨日一昨日と私達が帰ったら中で練習してるんですよ。しかも夜遅くまで。ていうか土曜までアレが続くんですか?」
「続けるわよ。感情を表現するためにも振り付けは身体で覚えないと」
「安眠妨害なんですけど」
「他に練習する時間も場所もないから」
「せめて外でやって下さいよー」
「嫌に決まってるでしょ。暑いんだから」
「ダンスを練習できる場所って限られますよね。だから店内に練習場所を設けてるんですけど」
「フィロはここでギターの練習をしたらいいじゃない」
「ギターを練習してる時間は給料が発生しないんです」
「フィロさんの場合は志願ですし。ボイストレーニングやエレキギターの練習は家でできます」
「フィロは空き教室でギターを弾きながら歌ってますよ。夏休みだから問題ありませんが」
「普通カラオケとか行きません?」
「お金がもったいないので」
「そうですか。学校が許可してくれて良かったですね」
「許可は下りていません。申請先が不明なので。ところで、そろそろ練習を再開したいと思います」
「そうですね。フィロさんはうがいをした後ホールに入ってください」
「わっかりました」
フィロが置き去りにしていったマイクを片付けながら朱里が口を開く。
「フィロさんの上達速度には驚かされます。ギターを初めて触ったのが四ヶ月前。日本語の歌など一曲も知らない状態から、部活レベルとはいえギターボーカルが務まるとは」
「常に飛ぶかギター弾くか遊ぶかしていますね。生き急いでいるという状態に近いかもしれません」
「面接で日本に来る前の話を訊いたらとんでもない答えが返って来たのでそれ以上掘り下げませんでしたが。日本での生活を楽しめているなら良かったです。他の店員とも仲良くしていますよ」
「上手くやっているという話は本当でしたか」
「空戦部では違うんですか?」
「あの性格なので。他の一年生と喧嘩になる事があります。大概フィロが悪いですが」
「それを教えるのも皆さんの仕事なんですか?」
「まさか。ちゃんと整備をしろ。飛行中に歌うな。空戦部に関わる事だけですよ」
「飛行中に歌うって、無線が入った状態でですか?」
「そうです。他の小隊から煩いと言われても気にもせず。何度か注意して、たまに歌う程度に落ち着きました」
「ふふ。六原さんの言う事なら聞く、という事ですか。では私も店長と打ち合わせがあるので席を外します。一二時になったら控室で昼食をとってください。一三時から接客のおさらいを行いますが、マニュアルを覚えてきましたか?」
四人が頷くと朱里は微笑んだ。
「まぁ、その点は問題ないでしょうね」
朱里が退室した後、四人は朱里のダンス映像を見つつ、表情を意識して踊りの練習を続け、正午を過ぎたところで控室に移動した。
控室でまかない料理を食べ終えたレイアは口を開く。
「美味しくなる魔法をかける。私のお母さんも言っていたわ」
「それはどのタイミングでやっていたんだ?」
「料理を作っている途中。お母さんの料理が美味しいのは何故かと訊いたら、そう返ってきたわ」
「レイア殿にも微笑ましい時期が……」
「でも私と姉さんは食い下がった。科学的社会主義に反するのではないかと」
「怖い姉妹だな」
「社会主義って子供の教育に良くないよね」
「結局のところ、上流工程で一手間加える事だと教わったわ」
「まぁ、突き詰めたらそうなるな」
「料理に愛情を込めるってそういう事だよね」
「でも料理は完全に規格化されているから、厨房のメイドさんが何かできるわけでもない」
「食品工場で働くメイドさんが美味しくなる魔法をかけている映像を撮影すれば、多少は説得力が出るのではないか」
「興味深い意見ですね」
そう言いながら朱里が入って来た。
「厨房で一手間加えている名物料理を作るというのは効果的なマーケティングかもしれません。とはいえメイドさんの魔法は無料ですので、現状でも詐欺にはなりませんよ」
「有料にしたら詐欺になるんですか?」
「その場合はサービス料になるので問題ありません。そんな無粋な事はしませんが。そろそろホール勤務ですが、不安な点はありますか?」
「あのー、お客さんとの会話ですが、私はコミュニケーションが苦手で……」
「心配ありません。私が保証します」
樹里の不安を朱里は励ました。
「風営法の観点から、一つのテーブルにいる時間を決めています。時間を管理しているメイド長が適当なところで呼び戻します」
「そうなんですか。それなら、お客さんに質問していれば間は持ちそうですね」
「はい。後は慣れですから。時に臨機応変さが求められるのは空戦と一緒です」
「そうですね。がんばります」
その後接客マニュアルを再確認した四人はメイド服に着替え、ホールとバックヤードを繋ぐ廊下で待機する。
ホールからマイクを持った朱里のアナウンスが聞こえてきた。
「ご主人様並びにお嬢様がた。新人メイドのご紹介です! 瑞穂航空トラビマイスター高校空戦部のロート隊。レイアさん、ハンナさん、エレンさん、樹里さんがただ今から当館にてご奉仕致します! 拍手でお迎えください!」
万雷の拍手を聞いた四人は覚悟を決め、初陣へと突っ込んでいった。
「出撃準備完了です。ご主人様!」
メイドカフェでのバイトは楽しかった。
お客さんとの限られた時間での話題は空戦に関する事が大半であり、不愉快な思いをする事は無かった。
唯一の不満は、瑞穂高校の空戦部員が来店した事だ。
私達の事は気にせず部活に励めと言ったのに!
小隊ごとに日を変えて訪れ、一様に同じメニューを頼み、一番高額なロート隊四人との写真撮影を行って帰る。
ある日、格納庫に貼られた整備、部品搬入工程管理表に小隊ごとのメイドカフェ滞在が組み込まれているのをレイアは発見した。
部活動に影響を及ぼさないための処置だという。
仕方ないので正直に、少し恥ずかしいから来るのを止めて欲しいと言ったのだが、『宮本さんに入店を許可されている』と反論され、本人に確認したところ真実だったので何も言えなくなってしまった。
店にとって無害な客に対して来るなと言うのは営業妨害になるであろう。
八月四週目の一周年記念イベントを皮切りに水曜と日曜に必ず行われるようになったライブ&ダンスはその時間帯だけチャージ料が跳ね上がるのだが、常に満席だった。
店の売り上げはどうでも良いが、これだけの観客がいるのは練習した甲斐があるというものだ。
未成年が多くを占める他のメイド達との雑談では、日本の高校生活がどういったものかなど、面白く興味深い聞く事ができた。
日本の高校生が飲食店でバイトをするのは普通である事を考えると、このバイトによって私も普通の高校生活の一端を経験した事になる。
そう考えると個人としても有意義な時間だったと思える。
夏が終わり、残暑も多少和らいだ頃、高校空戦秋の大会のトーナメント抽選会が行われた。
その日一番の驚愕は、抽選会の前に高空連から発表されたレギュレーションの変更だった。
二〇〇一年度秋の大会より下記の機体の使用を認める。
B-29。
次回、レイア、チェキ待ちの客へのサービスで付いた渾名がフォットコーナーの守護神




