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15 反省会

 決勝戦翌日の月曜日。


 空戦部の活動は日本海バトルフィールドから戻ってきた損傷機体の搬入と整理のみとし、管理はエレンと樹里に任せ、レイアとハンナは自宅にアルマを招いていた。


 リビングの椅子にアルマが座ると、向かい合うようにレイアとハンナも座る。


 テーブルにはホットコーヒーの入ったカップが三つ置かれている。


「こうして落ち着いて姉さんと話せて嬉しいです。月曜日なのに休みをくれた橘花さんに感謝ですね」

「まぁ、な」


 アルマは釈然としない表情をしていたが、ひとまずレイアは話を続ける。


「まさか震電に乗って来るとは。樹里が喜んでましたよ」

「移動用の機体として私は烈風を希望したんだがな。朝滑走路に行ったら烈風と書かれた震電が置いてあった。二年に訊いたら整備済みとの事だったから仕方なく乗ってきたんだ」

「……橘花さんの仕業ですね」

「それ以外に無い。というか離陸前に滑走路で笑っているのが見えた」

「それで、乗り心地はどうでしたか?」

「悪い。離陸する時に嫌な予感はしたんだ。案の定着陸速度が速い。危うく失速しかけた。エンジン冷却も悪い。全開運転を続けると油温が上がり続ける」

「それでは、仮に高校空戦で使えても誰も乗りそうにないですね」

「帰りもあれに乗ると思うと憂鬱だ。何で日本人は星型エンジンを後ろに付けようと思ったんだろうな」

「ドイツもエンジン背負った戦闘機作ってますし、追い詰められると奇行に走るのはどの国も同じじゃないですか?」

「そうなると、合いの子である私達も奇行に走る事になるか」

「私達は明日からメイド服を着て給仕をするバイトをする事が決まっています。奇行の極みです」

「宮本の店だったか。見てみたいと思っている」

「来ないで下さい。その代わり私達の映ったポスターとかあげます」

「私も巻き込まれるの!?」

「これから姉さんに助けて貰うんだから、そのくらいはいいでしょ」

「あ、うん。お世話になります」

「その話をするために来たんだが、起死回生のアイデアがあるわけではない。大前提として、私よりお前達の方が危機的状況にあるのはわかっているな?」

「はい。私達のしていた活動は違法です」


 アルマは頷いて話を続ける。


「私が第三局の所属であった証拠が出るのは時間の問題だ。だが、シュタージの東ベルリンでの活動は、当時において合法だ。だから法で裁かれる事はおそらく、無い」

「そして姉さんがシュタージなのに、妹である私がシュタージでないというのは不自然、ですよね」

「そうだ。対外諜報部門の活動記録は永遠に出てこない可能性が高いから、非正規職員だったという設定にできなくはないが、苦しい言い訳だ」

「私達の名簿も出てしまっていますからね」

「更に念頭におくべきは、ドイツやアメリカが持っている情報には手出しできないという事だ。削除も改ざんも不可能」

「はい。噓を吐いても姉さんの証拠が出れば信憑性は下がり、心証だけが悪くなります」

「その通り。だから、お前達はシュタージであったと認めた方が良い」

「やっぱり、それしかないんですか?」


 不安げに言うハンナにアルマは微笑む。


「策はある。私達にできる唯一の防衛手段は、虚偽情報の製作だ。まず私の方から噂について説明するとマスコミに発表する。この時点でシュタージであったと認めているようなものだから、時間を置かず大手メディアに書簡を送る。レイアとハンナ君も、第三局の所属であり、私の部下であったと説明する」

「その後は、私達も話を合わせればいいわけですね」

「そうだ。私が二人に回答を控えるよう指示していたと説明する。シュタージに入った理由は両親の指示。私が直ぐに認めなかった理由は、両親に迷惑をかけてよいか迷っていた事にする」

「父と母にこの話は?」

「していない。二人にも取材が入るだろうし、亡命した理由も問われるだろうが、それは別の問題だ」


 そう言ってアルマはコーヒーを飲み干す。


「亡命の手引きの件は?」

「私の関与は黙ってもらうよう申し送りする。それ以外の点は二人で考えてもらう」

「姉さんや父さんと母さんに悪いですが、私にはそれ以外に思いつきません」

「いいんだよ。レイアに頼られて私は嬉しいんだ。父さんと母さんには、亡命の恩返しをしてもらおう」

「ありがとうございます」

「あの、私達の所属が名簿と違うという問題は残りますよね」

「私があの名簿は誤記、或いは捏造と説明する。敵は現時点でワープロデータしか持っていないのだろう」


 ハンナの質問にアルマは平然と答える。


「敵とは、Integraグループですか?」

「晴嵐との賭けの内容を聞く限りでは、な。瑞穂高校の地下にあったものについて教えてくれ」


 レイアは瑞穂高校の地下にあったものと、フロンティア空戦部をハッキングした事を話す。


 話が終わると、インスタントコーヒーをカップに入れお湯を注いでいたアルマは苦笑した。


「軍事方面では実用化できなかったが、濃度と成分を調整したスポーツ用のドーピング薬としては完成にこぎ着けたのか。祖国も中々やるな」

「国が無くなっては意味もありませんが」

「いや、少なくとも東ドイツ政府としては意味があった可能性がある」

「……Integraグループに売ったわけですか。この学校の地下にフォリアに関する情報がある事を含めて」

「あくまで推論だ。末期の東ドイツは西ドイツとの合併を有利にするため、国家経済が成り立っていると見せかける必要があった。しかし当時の東ドイツに売れるものなど殆ど無い。そこでフォリアに目を付けた。シュタージファイルの様に」

「シュタージが対外諜報記録をソ連に売ったという噂ですね」

「そうだ。証拠など無い。しかし、対外諜報部門の活動記録だけが西側に渡らず、きれいさっぱりソ連が持ち去ったというのは、噂が立つくらいには不自然」

「そうなると疑問は、どうやってフォリアを日本に持ち込んでいるか、ですね」

「ハッキングについてだが、バックドアは作ってあるか?」

「実行した二人に確認します」

「既にあるならそれを使って、フロンティア高校全体のお金の動きを調べてみる。フォリアの出所がわかるかもしれない」

「Integra Performanceと天祇製薬が資本提携している事はわかっているので、天祇製薬の株を入手しました。フォリアの様な未知の薬物を大量に輸入できるとは思えませんので、フォリアの生産拠点かもしれません」

「そうだな。天祇製薬とフロンティアに繋がりはありそうか?」

「まだ調べられていません」

「なら私が調べよう。それだけの株主であればやりようはある」

「ありがとうございます」

「仮に天祇製薬がフォリアの供給元なら、文科省との癒着も確実だろうな」

「もし天祇製薬と文科省の間に贈賄があれば、証拠を入手して元シュタージである事は日本のスポーツと無関係であると宣言させられませんか?」

「そこまでやると私達がやったと自白するようなものだ。文科省から警戒される恐れもある。あくまでフロンティアのフォリア使用を止めさせる事が目的だ」


 アルマはコーヒーに砂糖を入れながら答える。


「わかりました。それにしても、あんなものが日本にある事には驚きです」

「日本への密輸出品を調べてみたが、東ドイツが消滅する数年前からフォリアの生産設備とレシピが混ぜられていた。仲介したのは、レイアとハンナ君だ」

「碌な物じゃないとは思っていましたが、ドーピング薬とは。うちの国らしいですね。しかし何で日本なんでしょうか」

「真相はわからない。とりあえず移せる場所に移したが、研究続行は断念したか」

「今更ですが、土地の売却に応じた方が良かったのではないかと考えてしまいます。勿論売ったところで、学校を存続させるにはまるで足りませんが」

「売却がレイア達にとってメリットが無いならば、地下のものがIntegraに渡るのはできる限り阻止すべきだ。表沙汰になれば、ドイツや日本のスポーツ選手があらぬ疑いをかけられる。しかし交渉カードになり得る事も事実。今は焼却の準備だけして保管しておくんだ」

「そうですね。うちの空戦部員達にはどう説明しましょう」

「説明した方が部を纏めやすいなら、メラニン色素の変質を克服した改良型フォリアだと言ってしまっても良いだろう」

「そうします。手伝わせてしまったために、目にした部員も多いので」


 レイアはため息を吐いて話を続ける。


「せっかく姉さんと会えるのに、仕事みたいな話ばかりです」

「今日のところはそろそろ終わる。私の方でレイアとハンナ君が第三局の所属であったという偽の一次資料を用意し、インターネット上にアップロードする。私達の資料も同時にな。これで日本で活動をしていなかった事は証明できる。できるのは、秋口になるだろうが」

「本当に助かります」

「気にするな。そろそろお昼にしよう。商店街に美味しい鉄板焼き屋があると聞いた」

「はい。是非行きましょう」


 その後は商店街で雑貨を見たり買い食いをしたりして、楽しい夏の一日を過ごした。


 翌日の火曜日。


 決勝戦の反省会を行うため、部員達が空調の効いた部室に集まっていた。


 開始時刻になるまで、レイアは部室のテレビを眺めて過ごす。


 高校空戦の評論家が昨日の大会について語っていた。


「二式大艇による高速雷撃には衝撃を受けましたが、橘花選手は瑞穂高校のいてまえ射法を見て思いついたと述べています。その翌日に自ら二式大艇で実践し可能であると証明。それから一、二年生に練習させたとの事ですので、練習期間は四日しかなかった事になります」

「錨桜の層が厚いからできる事ではありますが、独創性と行動力が凄いですね。たった四日で習得した選手達の才能も素晴らしいです」

「実戦での成功を受けて橘花選手はこの雷撃法をみなも射法と命名。錨桜の正式雷撃法に加えると述べています」

「銀河による急降下雷撃、陸攻による高度マイナス雷撃に大艇による高速雷撃まで加わるとなると、夏の大会八連覇の可能性も大きく高まったと思います」

「去年ほどではないと言われている錨桜ですが、やはり今年も一強となるでしょうか」

「実は私は瑞穂高校に期待しているんですよ。一年生が多いという事は、伸びしろが大きいという事でもあります。去年の様に夏以降急激に伸びれば対抗馬になると考えます」

「そうですね。瑞穂航空の再建計画は発表されておりませんが、瑞穂高校は残して欲しいと思います」


 丁度時間になったのでレイアがテレビを消して立ち上がると同じくハンナも立ち上がり、二人はホワイトボードの両側に立った。


「夏の大会決勝戦の反省会を始めます。負けた試合の方が得るものは多いので、いつもより長めにやります。最初に皆さんが一番気になっているであろう事を話します。私とハンナが元シュタージという噂は真実です。ただし活動場所は東ドイツなので、対外諜報部門所属というのはデマです。トラビ入学前に解任されているので、一般人になってもう一年半になります。次に錨桜戦の敗因ですが、練度不足の要素が極めて大であり、大きなミスは無かったと考えています。まず攻撃隊についてですが、爆撃隊の通天閣投法は成功に近いと考えています。錨桜の偵察機に捕捉されたのがやや遅かった――」

「ちょいちょいちょいちょい待て待て待て待って待てぇや! 出だしのインパクトがでか過ぎて試合の話が入ってこおへんねん! 二、三年はまだええで。あても去年の事も考えれば元諜報員でもおかしないと思っとったし。でも一年は無理やて。石川ちゃんを見て! 鳩が豆鉄砲を食ったようとはあの顔やねん」

「有紗。誰にでも人に言いたくない秘密はあるものよ」

「レイア先輩はドイツ政府に問い合わせて欲しいって回答してましたよね。なんでいきなり認める事にしたんですか?」

「否定すると嘘になる。でも今はもう大会を理由に取材拒否はできないからよ」

「なるほどっすね。実際元シュタージだとヤバいんすか?」

「日本人の受け取り方について正確に予想できるわけじゃないけど、印象は悪いでしょうね」

「そっすか? スパイみたいなやつですよね。かっこよくないっすか?」

「スパイ活動は組織の一要素に過ぎないのよ。ニュースとかで説明してたと思うけど」

「テレビでやってるのは見ましたけど、諜報とか言われてもよくわかんなくて。ダチに聞いても皆んなよくわからないって」

「ああ……そうねぇ。因みに東ドイツは知ってるかしら」

「はい。ドイツの東側ですよね。東日本って言いますし」

「まぁ東側ではあったわ」

「何で知らんねん。この学校を支援してた国やねんぞ。これがボーダーフリーの末路やねんな……」

「今後勉学に励めば良いでしょう。空戦の技量についても同じであり、錨桜戦で撃墜されたのも練習量の不足が最たる――」

「ほんまにごり押しで反省会進めるつもりなんか? 月城ちゃんも」

「はい。ここから今後どのような練習をすれば良いか考えていきます」


 香織の問いに、ホワイトボードに試合の反省点を書いているハンナが答える。


「それは大切な事やねんな。そういや、ローゼは知っとったんか?」

「いいや。まぁ私達にハッキングを頼んだ時の準備が玄人だったから、噂が出た時は納得したねぇ」

「ハッキング!? 何してんねん!」

「フロンティア高校空戦部の調査だよん」

「楓、あんたもか!」

「私の指示です。ドーピングの効果について知りたかったので」

「さよか。事務連絡みたいに流そうとするからびっくりしてもうだけど、実は大騒ぎするような事ちゃうかもしれへんな」

「そうですよぉ。だって元じゃないですか。私達なんて現役の非正規滞在ですから、バレたら紛争地帯に逆戻りです」

「良い事言うじゃねぇか。俺達だって無免許運転しまくりだったけど、今は足を洗ったぜ」

「私も何度か補導された事あるけど、ここ一年は無いぜ」

「爆装さんと石川さんのしょうもない体験談のせいでフィロちゃんの深刻なカミングアウトが流されそうなんだけど、ツッコまなくていいの?」

「いや、事が重大過ぎてツッコめへん。六原ちゃんならなんとかするんとちゃうか」


 反省会を進めたいのに議論が発散してしまったので、周囲を落ち着かせるべくレイアは話を戻す。


「マスコミへの対応方針は変わりません。私達に直接聞いてほしいとだけ伝え、しつこければ逃げて下さい。学校の近くなら東大阪商店街が避難場所になります」

「その件なんじゃが、お主ら二人が活動停止になる恐れは無いんか? 俺達にできる事は無いんか?」

「その点については安心して。東ドイツでの活動に違法性は無い。それに元シュタージの学生が活動停止だと錨桜も被害を受けるから、高空連も慎重になるでしょう」

「まぁ言ってはみたものの、できる事なんてなさそうじゃしのう。信じるより他あるまいか」


 レイアは昨日試合後にロート隊で纏めた反省点を話していく。


 特に撃墜された事例についてはどの時点で詰みの状況に陥ったか、どういった選択をしていれば離脱できる可能性が高かったかを説明する。


 そして、今後の試合で似たような状況になった時に活かせるよう撃墜された経験は覚えておいて欲しいと付け加えて、反省会を終えた。


 皆には安心しろと言ったが、どこまで説得力があるものかレイア自身にもわからなかった。


 夏の大会の結果は準決勝で確定したし、私達が元シュタージである事が直接的に空戦部に悪影響を及ぼす事は無さそうだ。


 しかし、それとは別の問題として、瑞穂航空の経営破綻の規模はやはりというか巨大であり、既に来年の高校存続は不透明といった話も出始めている。


 個人的なところでは、元シュタージであるという事実が、姉さん、或いは私達のプロ入りに全く影響が無いというのは虫の良い予想だろう。


 しかしレイアにできる事は、あたかも深刻な問題を抱えていないかのように堂々と振る舞う事だけだった。

次回、レイア、秘奥義を繰り出そうとするもカットイン中に割り込まれ失敗

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