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14 夏空の絶対強者

 夏休み二週目の土曜日。


 瑞穂空戦部員は明日の決勝戦に向けたブリーフィングのため部室に集まっていた。


 レイアが眺めるテレビには高校空戦のニュースが映っている。


「明日決勝を迎えます高校空戦夏の大会決勝。錨桜高校対瑞穂航空トラビマイスター高校! 昨年度冬の決勝と同一カードとなりました」

「ここまでくれば疑いようがありません。瑞穂は強い! 特に通天閣投法が猛威を振るっています。昨年度秋の決勝のように錨桜が阻止できるかどうかが、勝負の分かれ目となるでしょう」

「その瑞穂高校ですが、部長の六原選手と副部長の月城選手が元シュタージであるとの噂が広がっています。インターネットに元シュタージのメンバー表を写した画像がアップロードされた事が発端のようです」

「そのメンバー表によると二人は対外諜報部門に所属していた事になっていますが、現時点で対外諜報関係の書類は全く見つかっていません。ワープロのデータなんていくらでも捏造可能ですし、証拠能力に欠けると思いますね」

「また、錨桜の六原アルマ選手、レンナルツ選手、クノーケ選手についても、元シュタージであるとの記録がインターネットに公開されてます」

「荒唐無稽でしょう。彼女達はまだ高校生。中学生で諜報員をやっていたなんて事があり得ますか?」

「私も非現実的だと思います。彼女達全員がドイツ政府に問い合わせて欲しいと回答しており、実際に文科省がドイツ政府に問い合わせたところ、十代前半のシュタージ職員は確認できていないと回答がきたそうです」

「文科省の行動の速さに感謝ですね。ドーピング問題も同じく速やかに対処してほしいですが。ともあれ、証拠が無いなら単なる与太話です。こんな事で高校空戦の盛り上がりに水を差す事はできませんよ」

「そうですね。噂の渦中にいる選手達も大会中は忙しくて取材には対応できないと言っていますし、学生に対する取材には我々も含め遠慮と節度を持つべきでしょう」

「錨桜への取材において注目すべきは、悠紀羽橘花選手の、『私は陸攻の直掩指揮を執る。六原レイア、勝負だ』という発言でしょう。瑞穂側が応じる義理はありませんが、六原レイア選手は今までの試合の大半で迎撃を行っているため、対決が実現する可能性は高いでしょう。実に楽しみです」


 テレビの電源を切ったレイアは立ち上がって振り返り、一呼吸おいて口を開く。


「時間になったのでブリーフィングを始めます。が、その前に。マスコミへの対応方法に変更はありません。日本海バトルフィールドにいる間も私とハンナについての質問をマスコミから受ける事が想定されますが。シュタージ関連のいかなる質問にも、わからない、知らない、の連呼で問題ありません。しつこければ走って滑走路かホテルに逃げてください」

「あの、私こないだマスコミの人にシュタージって何ですかって訊いちゃったんすけど、マズかったっすか?」

「それって教えてくれたの?」

「いや、首を傾げて去ってったっす」

「有紗の対応も一つの正解かもしれないわね。ただし、今後はわからない、知らないの一点張りで統一すること」

「了解っす。マジで何も知らないんで」

「私達は大会中は忙しくて取材を受けられない。ドイツ政府に問い合わせて欲しいの一点張りで押し通します。繰り返しになりますが、この部活が活動中止に追い込まれる事は無いので安心して下さい」


 そう言うレイア自身は全く安心していなかった。


 私達が元シュタージであるとインターネット上に暴露したのはIntegraグループに違いない。


 土地の売却に応じなかった事への報復というわけだ。


 問題は、東ベルリン防諜部門の活動記録の多くがアメリカに接収されたと言われており、活動記録をIntegraグループが入手する可能性がある事だ。


 それを公にされれば、姉さんがシュタージであったという決定的な証拠となる。


 その場合、妹は違うと言っても世間は苦しい言い訳としか思わないだろう。


 私とハンナは世間から奇異の目で見られ続ける事になる。


 プロチームが姉さんのスカウトは控える可能性もある。


 ああ。早く姉さんに会って直接話がしたい。


 このような情報戦は姉さんが最も得意とするところであり、私など到底及ばない。


 姉さんに相談できれば、きっと打開策を見出せるはずだ。


 内心の不安はおくびにも出さず、レイアは話を続ける。


「では明日の編成について。直掩はヴァイス隊、ブラウ隊、オーランジェ隊。昨年度秋の決勝と同様に錨桜は偵察機を飛ばしてくるでしょう。見つけた場合はオーランジェ隊が二機一組で攻撃すること。直掩指揮は稲葉君よ」

「了解じゃ」


 P-51C型であれば百式司偵や彩雲に追い付けることはオーランジェ隊に説明済みだ。


 ただ、追い付けたところでオーランジェ隊の技量で撃墜する事は難しいであろうが、敵の迎撃隊が来るまでにヴァイス隊とブラウ隊の編隊を崩すわけにはいかないのでやむを得ない処置だ。


 それに借り物のP-51を撃墜されると大きな出費になるので、敵の迎撃隊と交戦させるくらいなら偵察機と追いかけっこをさせた方が安心でもある。


「インディゴ隊とグラナト隊は別行動で敵艦隊を攻撃。やる事はフロンティア戦と同じよ」

「任せて下さい姉御!」

「ゼピア隊とグリューン隊は銀河隊を迎撃。目的は急降下爆撃の阻止。堕とすより堕とされないこと。陸攻隊の迎撃はロート隊とヴィオレット隊です。私達八人はTa152を使います」


 橘花が陸攻の直掩指揮を執ると宣言した時点で、レイアは陸攻隊の迎撃はロート隊とヴィオレット隊で行い、乗機はTa152H-1と決めた。


 橘花さんの性格は姉さんから聞いている。


 奔放な性格で、面白いかどうかを判断基準の大きな要素としているらしい。


 よってマスコミへの宣言は真実。


 悠紀羽三姉妹や姉さんが所属する護衛部隊を突破できる可能性があるのはロート隊とヴィオレット隊しかない。


 特殊高々度戦闘機として開発されたTa152で低空を飛行する陸攻隊を迎撃するのは聞いた時こそ妙な気がしたが、樹里の説明で納得した。


 迎撃側は海面スレスレを飛ぶ一式陸攻に攻撃を仕掛けた後は直ぐに上昇しないと海に突っ込んでしまうが、D-9やA-8では垂直に上昇するしかなく一手先を読まれて撃墜される。


 一方で長大な主翼を持つTa152は低空での旋回性能が良く、斜め方向は勿論のこと水平旋回も選択肢に入るため、敵から次の行動を読まれにくい。


 空戦エネルギーの管理に気を付けていれば、いきなり詰みの状況に陥る事は無いはずだ。


 また三◯ミリ機関砲を機首に搭載するTa152は瞬間火力が高く、護衛機を掻い潜った一瞬の機会で大型機を撃ち落とすのにも向いている。


 後ろに付かれてもMW50を使った加速で振り切れる可能性もある。


 ブリーフィングを終えた空戦部は東大阪商店街からの差し入れで作ったカレーを食べた後、日本海バトルフィールドへ移動。


 準決勝で損傷したDo217の修理が全て終わったのは土曜日の夜だった。


 翌日。試合一時間前に大型ビジョンに映し出された錨桜の使用機体一覧を見てレイア達は驚く。


 二式大艇が六機入っており、その分想定より偵察機と銀河が少ない。


 魚雷を二本積める機体らしいが、偵察機と銀河の機数を減らしてまで入れる価値のある機体なのかレイアにはわからなかった。


 午前十時。


 強い日差しが降り注ぐ夏空へ両校の飛行機が一斉に離陸していく。


 夏の大会決勝。


 瑞穂航空トラビマイスター高校VS錨桜高校。


 準決勝とは打って変わった晴天だった。


 雲を使った小細工など存在しない純粋な実力勝負となる。


 離陸してから三〇分ほど。


 視界に複数の黒い点が見えたので双眼鏡で確認する。


 主翼に桃紅色の桜。


 錨桜の校籍標識。


「ロートアイン。敵編隊発見。二式大艇六機。高度五千。その前方に一式陸攻十機。高度四千。直掩九機」

「直掩機は紫電改ですね」

「宣言通り紅龍隊でしょう。ヴィオレット隊は紫電改を狙って下さい」

「了解です!」


 高度六千メートルで直進してくる紫電改に対しロート隊とヴィオレット隊は牽制射。


 そして紫電改が下方斜めの旋回に入った瞬間にMW50を使いつつ上昇。


 ロート隊はそのまま機首を下げ降下。ヴィオレット隊は横転し急降下に入った。


 降下するTa152の速度は時速七百キロメートルを超え、陸攻に迫る。


「紫電改を撃墜!」


 後ろを振り返ると、確かに紫電改が一機煙を噴いて墜落していた。


「二式大艇。全て雷装です」

「二本積めるからお得ってわけ?」

「しかし陸攻ほどの機動性はありません」

「なら陸攻からね」


 陸攻隊の上方から攻撃を仕掛けたロート隊は下方に抜け、陸攻隊の前側を上昇して反転する。


「これ以上は無理だ。囲まれる!」

「ヴィオレット隊は陸攻を狙って下さい」

「了解」


 そして急降下するヴィオレット隊を追撃する紫電隊に割って入るように射撃。


 撃墜こそできなかったが回避を強いる事はできた。


 ロート隊はMW50を使いながら上昇反転し、緩い降下に入って紫電隊に狙いを定める。


 レイアは直掩隊の牽制と攻撃隊への攻撃という二つの役割をロート隊とヴィオレット隊で交互に行う作戦を立てていた。


 堕とすべきは攻撃機とはいえ、紫電改を無視する事はできない。


 かといって攻撃隊そっちのけで紫電改と死闘を繰り広げては元も子も無いし、役割分担して四機で紫電改九機を抑えようとすれば、錨桜得意の中隊戦術であっという間に囲い込まれて殲滅される。


 この問題は紫電隊を牽制した後急降下で離脱し、下方にいる攻撃機を撃墜してから上昇という機動を繰り返す方法である程度解決できるとレイアは考えていた。


 同時に、連携力は相手が上である以上、何度か繰り返すうちに対策されてしまうだろうとも予想していた。


 それまでにどれだけ戦果を拡大できるかが勝負の分かれ目となるだろう。


 下方では二機の紫電改が浅い角度で上昇している。


 残り六機は……降下したか!


「紫電六機ヴィオレット隊に接近!」

「了解。陸攻の間をすり抜ける」


 ヴィオレット隊の攻撃で更に二機の陸攻が墜落。


 その間にレイアもフラップを使った強引な旋回で紫電改の背後を取り一機を撃墜。


 陸攻隊の下方へ抜けたヴィオレット隊は二手に分かれ、ほぼ水平に旋回した。


 それを追っていた紫電改六機は散開しており、数機がヴィオレット隊を上方から狙う。


 攻撃を受けたのは真琴とローゼ。


 真琴は直上からの攻撃を回避し水平飛行で離脱。


 一方ローゼは直ぐには攻撃を受けなかった代わり、両側へ紫電改が現れる。


「え? これはどういう」


 困惑しながらもローゼが横転して斜め下方に機首を向けた瞬間、三機目の紫電改が背後から射撃してTa152を粉砕した。


 恐るべき息の合い方だ。


 あれをやられて回避できる高校生選手はいないだろう。


 あの三機、悠紀羽三姉妹を堕とせれば戦況は一気に此方へ傾く。


 そのような誘惑が一瞬頭をもたげたが、直ぐに思い直す。


 撃墜困難な敵を狙う意義は無い。


 狙うべきは陸攻。既に五機を撃墜し、一機が炎上中。次の攻撃で殲滅する。


「左右から紫電接近」

「後方から一機」

「急降下して陸攻を下から攻撃する」


 緩降下を続けていた陸攻隊は海面付近まで高度を下げていた。


 一旦急降下して紫電隊との距離を空けたロート隊は海面と陸攻隊の隙間で機首を上げる。


 ゆっくり狙いを付けている時間は無かったが、上昇しつつ二機を撃墜。


「後方に紫電。距離三百」

「振り切れる。このまま上――」


 レイアの目の前に大型機の胴体下部があった。


 咄嗟に操縦桿を右に倒して旋回。


 衝突は免れたが、後方から銃弾が飛んでくる。


「紫電三機六時方向距離一五◯!」

「水平飛行で引き離す! MW50使用」


 浅い角度の横転を繰り返しながら加速し、どうにか紫電改を引き離す。


 そのまま上昇して、ヴィオレット隊と合流。


 離れたところでは紫電改も空中集合しており、高度面での優位性は無い事がわかる。


「ゴルトツヴァイ。予定地点へ到着。残存七機。通天閣投法開始」

「直掩隊、ほんま頼むで、もう一機も堕とされへん」

「各機ドルニエの後方に付いて雷電を任意に攻撃」


 Do217の残機は七。


 戦果として大きい物にはなるまいが、それは試合前からわかっていた事。


 まだ勝算はある。


 ロート隊とヴィオレット隊が全滅するとしても、敵の攻撃隊が壊滅するなら帳尻は合う。


「ロート隊で陸攻を狙う。ヴィオレット隊は紫電の攪乱を――」


 言いかけてレイアは気付く。


 二式大艇が完全に陸攻隊の傘になっている。


 これは……陸攻への攻撃は照準が難しいため不可。


 二式大艇を狙うしか無いが、大艇の下方に入ってしまうと、陸攻と大艇の防護機銃によって上下左右から撃たれる事になる。


 二式大艇の防護機銃が計十丁と多い点も危険性を上げている。


 まだしも安全なのは、大艇を上から攻撃し、大艇同士の間をすり抜けるようにして離脱する事だ。


 しかしそれは急降下で紫電改を引き離せない事を意味する。


 紫電隊を牽制した後急降下で離脱し、下方にいる攻撃機を撃墜してから上昇という機動をロート隊とヴィオレット隊が交互に実施するという戦術は、今封じられた。


 というか、わざわざ二式大艇を試合に出している辺り、もしかして最初から――。


「ロート隊は二式大艇を狙う。ヴィオレット隊は上空から紫電改を牽制!」


 今そんな事を考えても無意味だ。


 やるべきことは敵機への攻撃のみ。


 ロート隊は上方から二式大艇を攻撃し、四機を撃墜、炎上させる。


 意外と容易いか。


 次の攻撃で二式大艇の殲滅は可能だ!


 二式大艇の前方に出たロート隊は斜めの旋回でもう一度二式大艇の上方に回り、後方に敵機がいない事を確認して追撃に入った。


 二式大艇の上方から射撃を開始。


 一機を大破炎上させ速度を維持したまま追い越そうとした時、真正面に二式大艇の機体上面があった。


 旋回してきたのか……この図体で!?


 衝突を避けるため下側に抜けた瞬間、待ってましたとばかりに両側に紫電改が現れる。


 旋回は不可。


 急降下すると海面に突っ込む可能性が高いので取り得る選択肢は機首上げであるが、それはつまり……。


 レイアが機首を上げた瞬間、後方にいた紫電改の二〇ミリ機銃によって機体を穴だらけにされ、撃墜された。


 銃弾に叩かれまくった激痛に悶えながらレイアが海面から顔を出すと、遠方で二式大艇が着水し、一気に減速したところで魚雷を投下するのが見えた。


 そんな雷撃方法、聞いた事が無い。


 救助に来た船に乗った瞬間、船の無線から試合終了の声が聞こえてきた。


「試合終了! 錨桜の勝利! 夏の大会優勝は錨桜高校です!」

次回、レイア、一方的に勝負を仕掛けられ負けたら所持金の半分を失うという事象に驚愕

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