13 VSフロンティア高校(夏の大会)
八月二週目の土曜日。
四国沖バトルフィールド西側滑走路の格納庫にてレイアは作戦を説明する。
「直掩隊はロート隊、ヴァイス隊、ブラウ隊です。大前提として、フロンティア空戦部は晴嵐のワンマンチームです。これは単に撃墜数だけの話でなく、迎撃隊は晴嵐の指示により中隊規模で統率されていると推定されます。よってロート隊がセイバー隊、特に晴嵐を徹底的マークし、敵の連携を乱します。迎撃隊はヴィオレット隊、ゼピア隊、グリューン隊、オーランジェ隊。指揮は高科先輩。フロンティア直掩隊の動きは教本通りですが、反応速度だけは異様に早いので注意してください」
レイアは一、二回戦の記録映像から得た情報も交えて話す。
「グラナト隊は予定通りいてまえ射法。インディゴ隊は敵機が来たら爆弾は捨てて良いけど、マーカーはできれば敵艦まで持って行って」
「任せて下さい!」
「気合で持って行きます!」
「とはいえ振り切れないと思ったらマーカーも捨ててグラナト隊の護衛をするのよ。爆撃隊はルート選定含め広川先輩に任せます。全体に言える事ですが、乱層雲に突っ込む時は編隊を崩さないよう注意して下さい。大まかな作戦は以上です」
「私からはフロンティアの使用機体についてもう一度おさらいさせて頂きます」
樹里が各戦闘機や爆撃機との戦い方を説明している間に、雨が降り始めた。
一晩明け、試合時間が近付くにつれ雨脚が強まっていく。
台風が近付いているのだから当然だ。
だが樹里が言った通りこの荒天はこちらに有利。
視界が悪いほど晴嵐の統率は遠距離まで届かなくなり、教本通りの動きもやり辛くなる。
対してこちらは私を大隊指揮官に例えた時に、中隊指揮官と呼べる人間が迎撃隊と直掩隊それぞれにいる。
これは悪天候という不確定要素の下では大きなアドバンテージだ。
夏の大会準決勝。
瑞穂航空トラビマイスター高校VSフロンティア高校。
雨が降りしきる空に向かって両校の機体が離陸していった。
離陸して数分。雲に入ると乱気流で機体が揺れる。
「ロートアインより爆撃隊へ。落雷の危険性は無し」
「了解。せっかくだからスレスレを飛ぼう」
爆撃隊の予定進路を聞きながら上昇を続けると、高度五千メートルほどで雲の上に出た。
試合前の調査時と変わらず、広範を一様に雨雲が覆っている。
ここまで雲が多いと直掩隊は爆撃隊の周辺に張り付くしかない。
爆撃隊から逐次座標を知らされていても計器飛行ではどうしても誤差が出るので、雲で隔てられた状態からいざ爆撃隊を守りに降下してみたら全く離れた場所を飛んでいた、という事が発生し得るからだ。
また雲の上から雲の下の敵機を見つけ出すのも不可能なので互いに索敵は雲より下で行うしか無く、雲の上を飛んでいても会敵する確率は非常に低い。
ロート隊はもう一度雲の中を通過し、爆撃隊の右前方に付いた。
そして飛ぶ事十数分。
一機のP-38と遭遇した。
蒼炎に紅のFの校籍標識。
「P-38発見。数一。ヴァイス隊が始末して」
「了解」
高度的に優位にあった四機のD-9は緩降下しながら増速し、P-38との距離を詰める。
P-38は雲の中に逃げようと思ったのか上昇を始めたが、雲に入る直前で被弾、炎上し、炎に包まれながら降下していった。
これでこちらの位置を通報され続ける事は避けられた。
そう思ったのだが直ぐに別のP-38が姿を現した。
「ロート隊でやる」
二機目のP-38と正対した一旦ロート隊は雲の中に入りつつ横に旋回。
雲を出るとP-38は緩降下していたが、最も距離が近い樹里が後方に付き、旋回し始めたところを撃墜した。
「やっぱロート隊がいると頼もしさがちゃうな」
「……三時方向高度二千メートルにもう一機いる。ヴァイス隊が攻撃」
「見えないんじゃが……ともかく行くか」
敵の哨戒網の密度が高い。
事前シミュレーションの殆どのケースで迎撃隊は一六機だった。
うち半分を哨戒に充てているか、迎撃機を増やしたか。
そのくらいの遭遇率だ。
「十時方向にも一機いますね。高度二五〇〇」
フィロの言う方向を見ると、確かにP-38が飛んでいる。
「ブラウ隊が攻撃」
「了解」
二方向から捕捉されていたならば、連絡を受けた側も誤差を補正しやすい。
数分以内に晴嵐率いる本隊が来ると想定した方が良い。
「ヴァイス隊。ブラウ隊。三分経ったら戦果を問わず護衛に戻って」
レイアの指示から数秒後、敵攻撃隊発見の報告が入る。
「オーランジェアイン。敵機発見! B-34一二機。P-40八機」
「ヴィオレット隊でだけでやる。オーランジェアインはそのまま張り付け」
「後方にP-38! 数は四――」
真琴の指示をかき消すようにエステルの悲鳴が聞こえた。
「どっから来やがりましたか!?」
「九時方向からも来た! マジヤバ!」
「ダイブで逃げろ!」
レイアの指示は叶わなかった。
ブラウ隊四機は瞬殺され、八機のP-38は雲の中に消えた。
「P-38を撃墜」
「護衛に戻るぞ!」
まずやるべきは、どの機体が晴嵐か見極める事だ。
「全機一一時方向に変進して上昇。雲を掠めるように。下方視界さえあれば良い」
「ええか、メザシの繋ぎ目を狙うんや!」
数刻して、右後方から四機のP-38が出現。
大きく旋回しながら爆撃隊に迫る。
「エレンと樹里で牽制」
「わかった」
おそらくあれは囮。晴嵐はどこから来る。
レイアがそう思った時、雲の中から幾筋もの火線が飛んだ。
それに呼応してDo217の各銃座が撃ってきた方向へ応射を始める。
まずい!
「撃つなや! 撃ち方やめぇ!」
香織が制止したが手遅れだった。
雲を突き破って四機のP-38が出現。
Do217の編隊をすり抜ける間に三機を撃墜。
そのまま降下していく。
尾翼に剣のマーク。
セイバー隊。
あの先頭が晴嵐だ。
レイアは高度を下げず、セイバー隊の動きを見定める。
雲が蓋をしているためDo217を上から攻撃する事は難しい。
また、ある程度の旋回性能を持つP-38にとってみれば、旋回戦を不得手としているD-9と水平の動きで戦う事は悪くない選択だ。
よってP-38はDo217編隊を左右から攻撃してくる可能性が高い。
「グリューンアイン。敵機発見! A-24一二機。P-40八機」
「優位高度を維持しろ。俺達が行くまで待て」
「了解」
よし。この視界不良の中、敵の爆撃機と雷撃機を全て発見できた事は僥倖だ。
護衛のP-40はA-8にとっては戦いやすい相手。
頑丈でダイブ&ズーム戦法を得意とする点は似ているが、上昇力、加速力ともA-8が上。
照準する事自体は難しくない。
水平旋回で逃げていく場合は、無視して爆撃機や雷撃機を狙えばよい。
上昇に転じたP-38のうち二機がこちらに向かってきたので、レイアはやむ無く背面急降下。直ぐに横転して急上昇に入る。
「後方敵機無し」
ひとまず二機は引き離せたが、上方では晴嵐とその二番機がDo217を突き上げるように撃墜。
雲を掠めるように斜めに旋回し、再度Do217に攻撃を加えて降下。
セイバー隊の三、四番機も晴嵐との合流を選んだので、レイアとハンナはその後方に付く。
「ランス隊がそっちに行った!」
嫌な動きをしてくる。
できれば晴嵐を追いかけたいが現状では追い付けそうにないし、やられっぱなしというのも芸が無い。
それに樹里が言っていたように、晴嵐以外を墜とす事でも被害は減らせる。
「エレンと樹里は晴嵐を追え。ヴァイス隊はランス隊を追撃。ドルニエ側をカバーしろ」
「了解」
レイアとハンナは斜めの旋回に入り、背中越しにランス隊の位置を確認。
急降下からの引き起こしでヴァイス隊の後方に付く。
牽制射を加えると、四機のP-38は二手に別れるように横転した。
「ヴァイス隊は左を狙え」
フォリアが効果は脳神経の強化。
判断能力が上昇するわけでも、乗機への習熟度が高まるわけでもない。
レイアは右に横転すると同時にフラップを開いた。
どんな航空機にもフラップと呼ばれる高揚力装置が付いている。
その名の通り揚力を上げるためのもので、主翼後縁に存在する事が多く、可動部分を下げる事よって効果を発揮する。
特に着陸用は着陸滑走距離を短くすることが一番の目的であるため、フラップが大きく開き、揚力と空気抵抗を大きく増加させる。
フラップを活用した空戦機動という思想はありふれたものであり、例えばbf109には戦闘フラップというそのものずばりの、離陸用より小さい開度設定が用意されている。
一方Fw190には離陸用と着陸用の二つしかないので、戦闘に活用するには工夫がいる。
当たらない事を承知で銃撃し、敵機の更なる旋回を促してから、緩上昇。
後ろと上に敵機がいない事を確認して降下に移り、フラップを着陸用まで開く。
上方から銃撃したが、逆方向に旋回中のP-38を捉えきれない。
敵機の下側を旋回するレイアとハンナはフラップ開度を離陸用としつつ上昇するが、これでも旋回中のP-38を照準するには至らない。
レイアとハンナは上昇しながらフラップを着陸用とし、旋回しながら再度降下。
D-9とは思えないほど短い半径で旋回したレイアとハンナは、一瞬ではあるが、P-38の旋回の内側に入った。
フラップを閉じながら一斉射。
右側のエンジンに被弾したP-38が黒煙を吹く。
更に射撃を加えると炎上し、P-38は墜落していった。
同じくハンナも撃墜しておりこれで二機。
また、離れたところでもう一機が墜落していた。
ヴァイス隊が仕留めたらしい。
「レイア、晴嵐が行った!」
エレンの声に即反応して急降下に転じたレイアだったが、速度を失っていたため振り切るのは不可能だった。
レイアとハンナは横転を繰り返しつつラダーを動かし、不規則なシザーズで逃亡を図る。
「グラナトドライ。撃沈一、中破一確認」
「インディゴフィーア。敵艦にマーカーぶつけましたぜ!」
「後ろからP-38来てるぞ!」
「あ!」
よし。マーカーを落とせたならば、この雨天でも敵艦を狙いやすくなった。
どれだけ多くのドルニエを辿り着かせるかが焦点だ。
「予定座標到着。通天閣投法開始」
「よっしゃいくで!」
Do217が一斉に緩降下し始めたことでもう猶予が無い事に気付いたか、晴嵐達は上昇に転じ、レイアとハンナは何とか被弾を免れた。
上昇に転じたレイアとハンナの後ろにエレンと樹里が付き、編隊を組み直す。
戦闘高度が落ち雲の蓋が無くなったので、P-38はDo217を上から攻撃する事が可能となった。
ただしD-9が上下方向の戦闘機動を得意とする事を考慮すれば、晴嵐は斜めの旋回を
中心とした戦闘機動を取るはずだ。
MW50を使用しつつロート隊が上昇している間にも数機のDo217が攻撃を受けたが、セイバー隊の四番機が防護機銃に被弾、金属片が空中に散らばった。
当たったのは主翼か?
致命傷ではなさそうだが、飛行性能は低下したはず。
「ヴァイス隊はランス隊の残りとセイバー隊落伍機をやれ」
「宮本、池山。ランス隊の残りを狙うんじゃ」
「了解」
上昇を終えたロート隊は急降下にてセイバー隊へ攻撃を仕掛ける。
するとうち二機が左右に旋回し、残る一機は急降下で速度を稼いでから旋回した。
「私とハンナで晴嵐を狙う」
水平旋回に追従するのは難しい。
晴嵐の進路を予想し、縦の旋回で下方から狙う。
降下から上昇に転じたレイアは横転しながら晴嵐に狙いを定める。
しかし射撃の機会は訪れなかった。
P-38はDo217編隊の中に潜り込んでしまっており、下手に狙いに行くとDo217と衝突する危険性があった。
やはり上から狙うしかないか。
他の二機をエレンと樹里が抑えてくれている事を確認したレイアは、上昇しながら晴嵐の飛行を見る。
ダイブブレーキを開いて速度を調節しながら、エルロンを駆使してシザーズの様な動きをしている。
あれをやられると辛い。
限界速度ギリギリで飛行するDo217に急激な回避機動はできない。
防護機銃は同士討ちが怖くて積極的に撃てない。
勿論晴嵐にとってもDo217と空中衝突する可能性があるうえに、得られる射撃機会は一瞬だ。
だが晴嵐は超反応でDo217に銃弾を叩き込んでいた。
好き放題して!
Do217編隊の上方に付いたレイアとハンナは急降下で晴嵐を狙う。
晴嵐は旋回にて回避に入ったが、それは予想の範疇。
レイアとハンナはシザーズにて交互に攻撃し晴嵐を追い詰めにかかるが、晴嵐はP-38とは思えない機動で射撃を紙一重で回避する。
これではオーバーシュートする!
やむを得ずレイアとハンナが斜めの旋回に入ると、見透かしたかのように晴嵐は水平旋回しDo217への攻撃を再開する。
防護機銃の一発や二発当たったって良いだろうに!
ドーピングをした天才は悪運まで強いというのか。
危険を承知でレイアとハンナもDo217編隊に割り込んだが、遂に晴嵐を撃墜する事はできなかった。
高度はいよいよ下がりフロンティア側の艦隊が見えてくる。
いくつかの船からは赤い煙が上がっているのがわかった。
インディゴ隊が投下したマーカー、発煙筒だ。
おかげで雨天においても優先して狙うべき大型艦の位置がわかりやすくなっている。
「全機散開。急降下や!」
生き残っているDo217が一斉に急降下に入り、それぞれの目標めがけて対空砲火の中を突っ込んでいく。
そして計二トンの爆弾を船に向かって投下、引き起こして離脱する。
被弾による損傷が原因か、引き起こしの際に空中分解したDo217もいたが、通天閣投法において空中分解の危険は織り込み済みだ。
Do217による爆撃から十数秒後、無線から審判の声が入る。
「試合終了! 両校の攻撃によるスコア確定。瑞穂航空トラビマイスター高校の勝利!」
レイアは小さく息をついた。
まずは安堵。
総合優勝という目標に一歩前進し、土地も守る事ができた。
ただし、天候に助けられた事は間違いない。
晴嵐を狙う機会を得たのは試合が終盤に入ってからであり、封殺という点では失敗した。
晴嵐にしてみれば自分が堕とされたら事実上敗北確定なのだから、自身の生存を優先した指揮を執るのは当然だ。
想定はしていたが、甘かったという事だ。
次に当たるときはもっと周到に、それこそ封殺などという生温い目標ではなく、撃墜を狙った作戦を立てるべきだ。
この試合にしたって直掩機と爆撃機の被害の大半はセイバー隊によるものであり、その多くは僚機への指示も含め晴嵐によってもたらされたものだろう。
レイアは四国沖バトルフィールドの西側滑走路へ戻る間、記憶が鮮明なうちに今日の指揮や戦闘機動にもっと良い方法が無かったか考えていた。
次回、レイア、子供のボールを池から回収するも絶対に押さないでねと言った瞬間背中に衝撃




