12 いてまえ射法
それから二日後の火曜日。
レイアは学校のパソコン室に来ていた。
このパソコン室は普段使われていない。
財政難に陥ったトラビマイスター高校はパソコンの購入を真っ先に停止したので、並んでいるパソコンはどれも旧式過ぎて使い物にならないものばかりだ。
そんな中、一台だけ現役で稼働しているパソコンがある。
楓の私物PCだ。
「どちらも上手くいって良かったです」
「まぁこんないいパソコン貰ったらやる気は出るよね」
「秋本先輩も、ご協力ありがとうございます」
「個人的にも興味深かったからねぇ。貴重な体験だったよ」
ローゼがレイアのお礼に答える。
ローゼと楓の共通項はパソコン好きである事。
PCを自作して遊んでいる他、プログラムにも詳しい。
レイアはこの二人に二つの依頼をしていた。
晴嵐の空白の一年についての調査と、フロンティア高校空戦部に対する諜報である。
「どっちから聞きたい?」
「では、晴嵐の経歴から」
「じゃあローゼちゃんよろしく」
楓に促されると、机に座っているローゼはファイルを開いて話し始めた。
「晴嵐は三年の夏に中学空戦から姿を消した。本人は病気の治療のためと言っていたそうだね」
「はい」
「その病気とは、一言で言えば癌だ。カルテには、心臓近くの縦隔腫瘍および肺への浸潤とある」
「心臓と肺の癌ですか。よくもまぁ、治りましたね」
「日本国内の病院では余命宣告が出ていた。その後アメリカの病院に入院している。目的は臓器移植だが、具体的な事はわからない。ハッキングを止められたからねぇ」
止めたのはレイアだ。
国外へのハッキングは難易度が上がるうえ、バレた時のリスクが大き過ぎる。
「上手くいったのでしょう。元気に空戦をしているという事は」
「しかしだねぇ、カルテを読むと、心臓と肺を移植するしかないが、患者が手術に耐えられない。よって助かる見込み零。とある。そこまでアメリカの医療はすごいのかね」
「何か、ヒントになる情報はありましたか?」
「ヒントというか答えだねぇ。晴嵐は去年の六月に日本の病院に戻ってきている。その時のカルテには、癌の完治を確認。心臓と肺の拒絶反応により著しく衰弱。髪や目のメラニン色素に変質あり。と書かれている」
「その時点でフォリアを使っていたものと推定します」
「因みにフロンティアのスポーツ戦争科に入学しているが、リハビリや検査のため入院していたようだから、殆ど通ってはいなかったろうねぇ」
「ありがとうございます。晴嵐がフォリアを使った動機はわかりました」
「勝手に完結しないでくれよ。フォリアとは末期癌すら治せる魔法の薬なのかい?」
「フォリアの効果は脳神経の大幅な強化です。ここから先は私の憶測ですが、一時的に心肺停止しても、フォリアによって脳の延命ができるなら、連続での臓器移植も可能なのかもしれません」
「なるほど。素晴らしいじゃないか。フォリアが無ければ晴嵐は死んでいた。医学的な価値が極めて高い薬物だ」
「だとしても、スポーツに持ち込んで良い代物とは思いません」
「ここまでやったんだ。フォリアについて、知っている情報は開示して欲しいねぇ」
「この件の他言無用と引き換えです。しかし今は、まだ調べている事がありますので」
「地下の代物の事かい?」
「はい。姉さんに頼んでいますが、しばらく時間がかかります」
「そうかい。必ず教えておくれよ。こちらが調べた事はこのファイルに纏めてあるからね」
「ありがとうございます」
限られた時間の中で行った調査としては非常に大きい成果だ。
この二人に依頼して正解だったとレイアは思った。
レイアもハッキングの経験が無いわけではない。
しかしITの世界は日進月歩であり、シュタージ時代に使っていたコンピューターウィルスはとっくに時代遅れになっていた。
そこで東ドイツ出身でドイツ語と英語に堪能なローゼと、日本の最先端PCに詳しい楓に頼んでコンピューターウィルスを改良して貰ったのだ。
表向きはメールに添付された広告であるが、クリックするとPCウィルスソフトが動作する。
成功率は低いが、セキュリティソフトが入っていないPCへの侵入に成功すれば、LANで繋がっている他のPCやサーバーへのアクセスも可能だ。
そしてローゼと楓は自ら改良したコンピューターウィルスを使って病院やフロンティア高校へのハッキングも行った。
レイアがこの二人に頼んだのは技術的な問題というより忙しくてやっている時間が無いからという理由だったが、仮に時間があったとしてもこの二人ほどの成果は出せなかっただろう。
「そういえば天祇製薬も調べると言っていたね。確かに、探れば何かしら出てきそうだ」
「それも依頼予定です。しかしそのためにはフロンティア高校戦に勝利し晴嵐との賭けに勝つ必要があります」
「晴嵐から何を巻き上げるのか、試合に勝ったら教えておくれよ」
「はい。依頼する際に説明します」
「なら次は楓君の番だ」
「私が入手したのは練習データと試合のシミュレーションデータ。たくさんのパターンを検討してるみたいだよん」
そう言って楓はUSBメモリをレイアに差し出した。
「少し見てみます」
USBに保存されたシミュレーションデータは、確かに対瑞穂戦を想定したものだった。
シミュレーションごとに予想勝率も算出されている。
「そのシミュレーション、個人的には凄いと思うけど、六原ちゃんたちの役に立ちそう?」
「勿論です。先輩方の戦果、無駄にはしません」
「硬いなぁ六原ちゃんは。もっと気楽に先輩を頼ってよ。まぁ肝心な空戦で頼りないかもしれないけど」
「いいえ。ヴィオレット隊はうちの主力です」
ローゼと楓にはもう一つ共通点がある。
退部したり幽霊部員になった時期が無いという事だ。
レイアが入部した段階での技量は平凡であり、ヴィオレット隊として試合に出ていた理由はとりあえずまともに飛べる部員だったからに過ぎない。
しかし一年以上に及ぶ下積みと去年の夏以降の猛練習により二人が明日香と真琴の機動についていけるようになった事で、ヴィオレット隊は非常に強力な小隊となった。
また楓の気安い性格が一意専心な明日香、生真面目な真琴、奇矯なローゼの衝突を回避する緩衝材となり、ヴィオレット隊の連携を円滑にしているとレイアは推察していた。
「じゃ、私達は今からでもひとっ飛びしてくるよん」
「それより私の閃きを聞くべきだ。このシミュレーション、もっと改良できる。西園君の助けにもなるだろう」
「それは楽しそうだけど、フロンティアに勝ってからだって六原ちゃんは言うよ」
「フロンティアが使っているこのシミュレーションソフト、興味深いと思わないかい?」
「興味はありますが、今は練習して下さい。フロンティアに勝つために」
「ほらね。実際私達が強い方がシミュレーションのバリエーションも増えると思うよ」
「一理あるねぇ。なら私達は練習に行こう。六原君は残るかい?」
「いえ、一旦出ます。ただ明日樹里にデータを確認してもらうので、パソコン室の鍵を貸してください」
ローゼから鍵を受け取ったレイアはパソコン室の扉を施錠。
滑走路脇の格納庫に向かい、樹里に声をかける。
「樹里。倉見先輩と秋本先輩がやり遂げてくれたわ。フロンティアの対瑞穂戦を想定したシミュレーションデータが手に入った。明日確認して作戦を立てて。これがデータの入ったUSBとパソコン室の鍵よ」
「ありがとうございます。倉見先輩と秋本先輩にも後でお礼を言っておきます」
「こっそりとね。データは少し見ただけだけど、作戦立案の役には立ちそうよ」
「シミュレーション結果から作戦を立てるというのは初めてですけど、面白そうです」
「ただ、こちらの編成についてはあまり選択の余地が無いかも。手札がもう一枚くらいはほしいところだけど」
「ああ、それなら――」
「完成したぁ!」
樹里が言い終わる前に、香織が大声を上げて入ってきた。
「何が完成したんですか?」
「いてまえ射法や!」
「いてまえとは?」
「雷装したJu88A-4で敵艦隊に近づいたらダイブブレーキを開いて五〇度で急降下。時速六百キロ超えたら引き起こし。高度百メートル時速三百メートルで魚雷を投下や。後はひたすら逃げる」
通天閣投法の成功率を上げる確実な方法は直掩機の数を増やす事だが、技量不足の選手を戦闘機に乗せたところで敵機の餌食になるだけだ。
よって爆撃隊の中で、相手が無視できないような陽動作戦を実施できないかと相談していたのだ。
「Ju88なら時速六百キロを超えても機体が損傷しないというわけですか」
「せやねん。出力落とせば照準中に空気抵抗で時速三百まで落ちるから、運が良ければ攻撃を受ける前に魚雷を落とせるで。その後逃げ切れるかは運次第やな」
「海面近くにいる時間が短ければ生存率が上がりますね」
「せやろ? 命中率を考えると雷撃航路は長く取った方がええけど、目的の半分は陽動やからな」
「樹里。どう? 使えそう?」
「えーっと、高速爆撃できるJu88の良さが死んでいる気もするんですが」
「それは魚雷のせいやねん。直接ぶつけたろかとも思ったんやけど、湯雲ちゃんと月城ちゃんからこれ以上機体を壊さないでくれって頼まれてるしな」
「フラップや胴体は無事なんですか!?」
「無事や。ダイブブレーキのおかげやな」
ハンナの心配そうな問いに香織は自信ありげに頷く。
「それは良かったです」
「ただそのダイブブレーキについて気になるところがあってな」
「何ですか?」
「見てもらった方が早い」
香織に連れられ、レイア達は滑走路に向かう。
駐機しているJu88に見たところ目立った破損は無さそうだったが、ハンナが異変に気付く。
「あの、ダイブブレーキがなくなってませんか?」
「せやねん。六百キロを超えるとダイブブレーキが吹き飛ぶねん」
「機体が壊れない攻撃方法って話だったじゃないですか!」
ハンナが珍しく声を大にして抗議する。
「機体は壊れてないやん。ちょっとブレーキが飛んだだけで」
「ブレーキだって機体の一部じゃないですか!」
「あても想定外やねん。制限速度にはまだ余裕があるはずやで」
「仕様ですね。機体設計が終わった後に急降下爆撃能力を求められたので、主翼が壊れる前にダイブブレーキが吹き飛ぶようにしてあるんです」
「せやったんか。なら増々安心やな。西園ちゃん。この戦法、使うんやろ?」
「え、あ、はい」
「ほなグラナト隊に練習させて来るわ。予備機体出すで」
「あ、いやまだ採――」
「由衣ー! グラナト隊集めぇ!」
意気揚々と走り去って行った香織の背後で、ハンナがJu88を指さして嘆く。
「どうすんの!? 土曜まであと四日だし、まだ壊すみたいだよ!」
「これだとハンナが過労死しかねないわね。樹里。公平に見て、いてまえ射法は有効なの?」
「……有効だと思います。片側の懸架装置に一トン爆弾のダミーを付けておけば、急降下爆撃だと誤解を誘えるかもしれません」
「またダミー爆弾かぁ」
「作戦としてはダミー爆弾を利用した高速雷撃は有効と推定します。しかし稼働数維持に問題がある場合は今からでも中止を――」
「いいよ。やろう! 晴嵐との賭けもある。負けられないよね」
「あの、ハンナ、大丈夫?」
「練習すれば破損する。試合に勝っても破損する。これが勝利の代償なんだ!」
ハンナの発言に負の感情が混じっているのは珍しいとレイアは思った。
三日後の水曜日の夜、空戦部の部室にはロート隊が残っていた。
「整備は終わりそう?」
「終わらせる、けど、ギリギリになると思う。最終確認は四国沖バトルフィールドかな」
「ハンナが整備得意で本当に良かったわ。三年生が少ないのはこういうところでも不利よね」
「うん。エレンのイラストのおかげで何とかなってる感じ」
「役に立って良かった」
「日本人なのに日本語読めない人っているんだね」
「ハンナが毒を吐くとは」
「今日は早く寝たいわね。樹里は?」
「さっきパソコン室に行ったらまだ悩んでた。でも一九時には部室に来ると言っていた」
「なら待ちましょうか」
「ゾルヤンカを持ってきた。一緒に食べよう」
「樹里を待たなくて良いの?」
「樹里には間食を渡して来た」
「なら頂きましょうか」
エレンがタッパーを電子レンジに入れている間にレイアはテレビの電源を入れる。
丁度スポーツニュースが高校空戦を扱っていた。
「錨桜は例年通り。剣星がヴィクトリアに勝ったのは見事ですね。底力を見せました。あと、トラビ改め瑞穂が強い。中学空戦の経験の無い一年生が戦闘機隊だけで十人出ているというのが信じられません」
「ロート隊の戦闘力だけでなく指導力を評価する声も高まっています。一回戦のフリッツXのダミーについては少し物議を醸しましたが」
「ルール違反でなくとも卑怯ではないかという声も当初はありましたが、発案者が月城選手であると判明したとたん、肯定的な声が多数となりました。特に関西圏からは『流石ハンナちゃんやで』『見た目も頭も良いハンナちゃん』と絶賛する声が寄せられております」
レイアが隣を見ると、ハンナが顔を真っ赤にして俯いていた。
「まぁ、フロンティアのドーピングに比べれば全く子細な問題でしょう。フロンティアの監督が脳神経を強化する薬を使っていると明言していますからね。高空連が出場停止にしない理由がわかりません。巷ではエスデスとの贈賄を疑う声が広がっています」
「私達がここで憶測を言うのは止めましょう。フロンティアのドーピングについて、次戦の対戦相手である瑞穂部長の六原選手は、『薬物のニューフロンティアは二番煎じ』と述べています」
「六原選手が東ドイツ出身である事を考えると、ブラックですね」
「錨桜部長の悠紀羽選手は『錨桜の強さが際立つだけ』、剣星部長の宮本選手は『髪の染め方には興味がある』とコメントしています」
「三者三様の発言ですね」
「マスコミにもブラックと言われている。やはりトラバントの広告にはハンナを使おう」
「え、私嫌なんだけど」
「空戦部の中でマスコミ受けは一番だ」
「そうなのかなぁ。インタビューは慣れないよ。普通の事しか言えないし」
「広告は喋らないから問題ない」
「せめてレイアと一緒が良い」
「そうなのか。じゃあレイアは左上の方に」
三人が喋っていると部室のドアが開き、樹里が入って来た。
「お待たせしてすいません」
「貴方の分析が聞きたくて待っていたのよ」
席を立ったレイアはドアの鍵を閉める。
一方樹里はファイルとクリップ留めされた書類をテーブルに置いた。
「ゾルヤンカ食べるか?」
「頂きます」
エレンがタッパーの中身を皿に移している間、レイアは書類の一枚目を見る。
樹里の字で両校の機体編成が書かれていた。
二枚目は、部隊配置と進行ルートだ。
テレビは準決勝の見どころを報じているが、樹里考えた作戦の方が重要なのでレイアはリモコンでテレビの電源を消す。
印刷したフロンティア空戦部のシミュレーション結果にも樹里が色々と書き込んでいたので、レイアはしばらくそれを読む。
するとゾルヤンカをかき込んだ樹里が口を開いた。
「一枚目が予想です。迷いましたが。そうくるんじゃないかと、思います」
「P-51は使ってこないと」
「シミュレーションの意図を考えたのですが、P-51を使わずに勝つ方法を模索しているように感じました。感覚の話なので的外れかもしれませんが」
「参謀長の感覚は大事よ。それに、フロンティアがP-51を手に入れたと言っても、慣熟が間に合うかは別の話だし」
「はい。各シミュレーションでP-51は最大八機。セイバー隊とランス隊のみです。他の小隊は慣熟できていない可能性が高いかと」
「同感ね。この間アレスの部長と話した時に聞いたんだけど、基本的にフロンティア行きになった選手の練度は低い。たった一ヶ月で慣熟というのは難しいと思う。このセイバー隊とランス隊が例外なのでしょう」
「ですよね。私はTa152に慣れるのに一ヶ月以上かかりましたし」
「私達はD-9でいくのね」
「直掩隊をTa152にしてしまうとJu88が入らなくなります。インディゴ隊だけでは二回戦と同じく無視される可能性があるので、出撃ポイントの都合上、D-9で臨む方が良いかと思います」
「後は、私達が如何に晴嵐を抑えるか」
「晴嵐殿以外を墜とす事でも被害は減らせます。それに日曜の降水確率は百パーセント。天候はこちらに有利です」
樹里の意見にレイアは笑みを浮かべる。
「確かに。うちは荒れ試合の方が得意よね」
次回、レイア、商店街のフットサルで本気を出してしまいフォワードからキーパーへ




