10 八百長
夏の大会一回戦から一週間経った日曜日の昼、レイアは厚木にあるアレス征界大附属高校に訪れていた。
手紙が届いたのは六日前。
来週我々が一回戦に勝利した場合、一三時から話し合いを希望するのでアレス征界大附属高校に来て欲しい。追伸。一回戦勝利おめでとう。
という内容だった。
よってテレビ中継でアレスの勝利を見届けたレイアは、後の事はハンナに任せてD-9で飛んできたのだ。
D-9で滑走路に着陸すると、アメリカ製の車が横に停車する。
運転席には男子生徒が乗っていた。
「初めまして。アレス征界大附属高校空戦部部長の井綱だ」
「瑞穂航空トラビマイスター高校空戦部部長の六原です」
コックピットから降りたレイアは握手を交わした後、車の助手席に座る。
「部長自らお出迎えとは予想外でした」
「君がくる事は俺を含め数人しか知らない。そして何を話すかは俺しか知らない」
そして車は走り出し、空戦部の部室の隣にある建物の前で停まった。
レイアが通されたのは応接室。
高級感を出しつつも来客がリラックスしやすいデザインだ。
レイアが席に座ると、部屋に入って来た女子生徒がソーサーとカップを置き、コーヒーを注ぐ。
「召しあがり下さい。アメリカンではありません」
「どうも」
そして女子生徒が退室すると、レイアは口を開く。
「一回戦突破おめでとうございます」
「負けていればわざわざ君に来てもらう必要も無かったんだが、負けようが無かった」
「テレビで観ていました。危なげの無い勝利でしたね」
「地力に差があり過ぎて誰が指揮をしても勝てる。評価はされない」
「では次の私達はどうですか? 倒したら評価されますか?」
「当然だ。ロート隊の一機でも堕とせたら、賞賛の嵐だろう。もっとも、そうはならないが」
「……井綱さんは試合が終わって直ぐこちらに帰って来たものと思いますが、話とは何でしょうか?」
「恥知らずで図々しい話だから前置き抜きに言う。八百長がしたい。俺達の目的は二回戦敗退だ」
やはりそういった表に出せない話か。
であるならば公共の場所で話すのが好ましいのだが、レストランやラウンジを提案したところ移動している時間が無いという理由で断られてしまった。
とはいえリスクを冒すだけの価値がある提案ではあるので、レイアは続きを促す。
「フロンティアと戦いたくないからですか」
「そうだ」
「何故です? やり返すチャンスじゃないですか」
「リスクが高い」
「アレスには対艦攻撃に慣れた選手がいます。今日の一回戦を見た限りでも。その点ではフロンティアを上回っているのではないですか?」
「スポーツ空戦は運が絡む。勝ち目が無いとは言わない。だが、今は二回戦敗退が無難だと判断した」
「そんなにフロンティアが怖いんですか?」
「そうだ。また負ければ、うちでもドーピングが流行る可能性がある」
「日本人はドーピングに縁遠いと思っていますが」
「まずはフロンティア行きが近い留学生や、ラテンアメリカ出身者が手を出すだろう。そのまま留学生の間で広がって行けば、日本人に被害が出る可能性もある」
「留学生の方が薬物への心理的ハードルは低い、というわけですか」
「そうだ。これには留学生の方がフロンティア行きになりやすいという不平等も関係している。才能無しと判断されたはずの者達が、ドーピングで自分を上回る力を手に入れた。しかも禁止される気配が無い。じゃあ自分も少しだけ。この考え方はおかしいか?」
「いいえ。至極真っ当と思います」
「スポンサーに見限られるくらいならと薬に手を出し、抜け出せなくなる。そうなったら仕舞だ」
「想像はできます」
「虫の良い話ではあるが、接戦で負けたい。八百長がバレるのを避けるためだ」
「概ね同意しますが、計画が細かいほど不自然になります。どのような案をお考えでしょうか」
「大前提として、部員は八百屋を知らない。よって作戦のリークでそちらを有利にする。攻撃隊のルートや哨戒の配置だ」
「その情報を鵜吞みにして裏をかかれれば、こちらが負けます」
「盗聴器を用意するから、試合前のブリーフィングを盗聴してくれ。空戦部全体で一芝居打っているとまで疑われれば、どうしようも無いが」
「検討に値する話だとは思います」
口ではそう言ったが、盗聴器という手段は論外だ。
二、三年生は去年の夏の大会で私とハンナがアレスを盗聴した事を知っている。
今年度は諜報活動の予定は無いと明言したにも関わらず盗聴を行った事がバレれば、部員からの信用を失う。
八百長の話がロート隊の外に絶対に漏れない事。相手が約束を破ったら直ぐ気付ける仕掛けを用意する事。
この二つは必須の条件だ。
レイアはこの条件を満たす方法を思いついてはいたが、直ぐには口にせず一旦話題を変える事にした。
せっかく厚木まで来たのだ。
可能な限り情報を集める事にしよう。
「チームにドーピングが広まるのを防ぎたい。八百長の動機としては理解できますが、私としてはフロンティアにドーピングが広まった理由が気になります」
「何も知らない。エスデスが管理している事は間違い無いだろうが」
「一口にエスデスと言っても、一枚岩じゃないですよね。この間の練習試合然り」
「エスデスはスポーツ戦争で儲けたい企業の集まりだと俺は認識しているが、老舗企業と新興企業の間には確執があるらしい。フロンティア最大のスポンサーであるIntegraグループは新興企業の中でも特に急進的だという噂を聞いた事がある」
「となると、ドーピング薬の製造、管理はIntegra Performanceが行っている可能性が高いでしょうか」
「そうだな。認可されていない薬だろうから、日本の工場で作っているのか」
「いつ頃から使われ始めたかわかりませんか?」
「冬の大会でフロンティアの選手におかしな様子は無かったように見える。しかし晴嵐は三月の時点で青い髪をしていたから、選手によってはもっと前から使っていたんだろう」
「では、天祇晴嵐について知っている事を教えて下さい」
「本名は天祇ベイソル晴嵐。日系アメリカ人。父は天祇グループ会長の息子。ミドルネームは母親の姓。二重国籍で、中学時代はU15最強選手。昨年度の試合出場記録は無し。三月に突如出現しフロンティア空戦部の部長になった。これくらいの事は知っているんだろう?」
「はい。晴嵐がアレスに在籍していた事は無いのですか?」
「無い。これは非常に珍しいケースだ。空戦部の生徒はまずアレスに入学し、実力不足と判断されたらフロンティアに転入する」
「晴嵐がいつ頃フロンティア空戦部に姿を現したのかはわかりますか?」
「一月頃。冬の大会でフロンティアが負けた直後だそうだ」
「ありがとうございます。晴嵐の僚機三人についても伺いたく思います」
「話せば、接戦のうえでのそちらの勝利という八百長に乗ってくれるんだろうな」
「そのつもりです。ただ、アレスやフロンティアの内情についてある程度把握しておかないと、判断がつかないもので」
「まぁ、誠意を示すのが筋ではあるな。まずは晴嵐の二番機、ドゥニャ・トイコッチ。ユーゴ出身のセルビア人。紛争から逃れるためにアメリカに亡命し、アレスに留学。セルビア王家に仕えた騎士の家系を自称していた」
「フロンティア送りになった理由は?」
「三人とも病気だ。トイコッチはギラン・バレー症候群、だったか。三番機はバレリア・リヴェロ。自己免疫性肝炎。四番機はマイテ・オルモス。多発性筋炎。この二人はメキシコ出身」
「よく覚えてますね」
「三人とも筋は良かった。期待していたんだが、フロンティアで回復に専念すると聞いたきりだ」
レイアはコーヒーを飲みながら聞いた話を反芻して記憶する。
「それ以外の選手については? 殆どが二年生のようですが」
「それは三年生になってもアレスに戻れなかった時点で普通科に転科する生徒が多いからだと聞いた。仮にアレスに戻れても、半年間は試合に出れないからな」
「ドーピングが無かった場合の、フロンティアの実力はどの程度でしょうか」
「……俺達アレス空戦部が、何て陰口叩かれてるか知ってるか?」
「失礼ながら、協調性の無いエリートの寄せ集め、と聞いた事があります」
「知ってるのかよ。有名なのかそれ。じゃあ、そこからエリートを取ったら?」
「あまり強そうではありませんね」
「そういう事だ。特に留学生は酷い。戦果を上げる事しか頭に無い選手が多い。活躍したら学費免除という特典は、貧困層の希望でありチームの呪いだ」
「フロンティアもそうなんですか?」
「フロンティアの場合はアレス復帰が特典になるわけだから、基本的には同じと思う。でもこないだの交流戦は上手く集団戦をしていたな。晴嵐の手腕だろう」
「でしたら晴嵐さえ封殺できれば、フロンティアは大して強くないという事になりませんか?」
「俺もそう思った。だが徹底マークしても完全な封殺はできず、試合結果は知っての通りだ」
有益な情報だ。
この人が恐れているのは晴嵐ただ一人。
他の選手についてはドーピングしていようが大した脅威とは見做していない。
「フロンティアが失格にならない点について、心当たりはありますか?」
「普通に考えれば賄賂だろう。ドーピングが空戦においても有効か実験したいIntegraグループと、賄賂を他のスポーツ戦争に取られたくない高空連の利害が一致しているとすれば、可能性はあるだろ?」
「露骨なドーピングを日本人が認めるでしょうか」
「今年一年は黙認されたままかもな。アメリカの軍産コングロマリットの資金力と政治力は凄まじい。アレスにいるとわかるぞ」
「井綱さんは、アレスに入って良かったと思いますか?」
「客観的な意見に留めるが、アレスは公式大会で優勝した事が無い割にプロ選手の排出数が多い。貧乏でも才能さえあれば最高の環境で効率的な練習ができる。悪い学校というわけではない。今のところはな」
「アメリカンドリームですね」
「まさにそれだ」
「では夏の大会二回戦負けという結果は、井綱さんの評価に悪影響を及ぼしませんか?」
「悩んだ。が、俺が部長の間はフロンティアとの接触は避ける。それにチーム成績と選手の評価にさして相関が無いのはさっき言った通りだ」
表情からして、相手は本音で話している。
こちらに都合の良い提案をするタイミングは今だ。
「でしたら、私達との試合は留学生を主体にするというのはどうでしょう」
「成程。名案だな。出場選手発表の段階でそちらは確認でき、こっちも言い訳の余地が残る。去年と同じく攻撃隊を留学生で固める。ルートも同じだ。全部堕としてくれ。それでそっちの勝ちは決まりだ」
「井綱さんは防空ですか」
「勝ってしまう心配が無いから本気でやらせてもらう。俺も、自分の契約金は惜しいんだ」
「では、もう少し詳細を詰めましょう」
八百長のやり方としては最高の形にしてなったとレイアは思う。
二年生以下の留学生の技量が高くないのは去年の盗聴と試合経験で確認済み。
特に連携能力が低い。
ちゃんと留学生を主体にしているかも試合前に確認可能。
制空戦だけは本気でやらないといけないから不自然さも無い。
「こんなところか。通天閣投法についても本気で対策を立てるから、全滅しないように気をつけろよ」
「試合とは本来そういうものです。一つだけ念押しを。私達は八百屋などしていない。いいですね」
「そうだな。その通りだ。では俺からも一つだけ。フロンティア戦、絶対に勝ってくれ。ドーピングに頼ったところで決勝にも進めない。それを示してくれ」
「固より、そのつもりです」
「契約成立だな。滑走路まで送ろう」
「その前に、サインをお願いします」
「サイン? 書面は残さないぞ」
「そうではなく、この色紙にお願いします」
レイアは鞄から取り出した色紙とサインペンを差し出す。
「俺のサインが欲しいのか。だったら君のも欲しいな。用意させるか。ちょっと待ってて――」
「同じ色紙で良ければ」
「ああ、勿論構わない。用意が良いな。エースというのはこういうところまで気が回るのか」
「偶然ですよ」
「それは色紙を持ち歩いているという事か?」
「はい。好きなんですよ。色紙」
「そういう事も、あるか」
勿論偶然ではない。
アレスの部長と直接話した事を証明するために持ってきたのだ。
サイン自体はエレンにあげれば大切に扱うだろう。
八百長についての話を纏め終わったレイアは瑞穂高校へと帰った。
次回、レイア、賽銭箱に財布ごと落とし社の神と交渉へ




