9 VS星条高校
それから六日後の土曜日。
瑞穂空戦部は部室で星条高校戦に向けたブリーフィングを行う。
「作戦の最終確認を行います。爆撃隊一六機は所定のルートで通天閣投法。護衛はヴァイス隊とグリューン隊。直掩指揮は稲葉君です」
「了承したとはいえ、大役じゃのう」
レイアは夏、秋の大会において、ロート隊が迎撃隊に入る場合は爆撃隊の直掩指揮を正吾に執らせたいと考えていた。
この事はヴァイス隊にも伝えてあり、余程の事情がない限り夏と秋の大会でヴァイス隊は直掩任務を担当する。
去年の迎撃任務とは勝手が異なるので、可能な限り実戦経験を積めるようにする。
「迎撃隊はロート隊、ヴィオレット隊、ゼピア隊、ブラウ隊。偵察隊はオーランジェ隊。インディゴ隊はお休みだけど、出撃ポイントの都合だから二回戦から出すわ」
「了解っす姉御!」
「応援も任せて下さい!」
暴走族から爆装族となったインディゴ隊が元気よく答える。
「オーランジェ隊は敵機の位置を報告するのみよ。弾薬無しのP-51に追い付ける機体なんて無いから、とにかく減速しないように」
「はい。頑張ります」
オーランジェ隊は単なる数合わせだ。
出撃ポイントが余ったから偵察役として入れたというだけで、試合で空戦ができるレベルには育っていない。
ただし敵の攻撃隊をどれくらい早く見つけられるかは勝敗に直結するので、決して軽んじていい役割で無い事は本人達にも伝えてある。
ブリーフィングを終えた瑞穂空戦部は中部沖バトルフィールド東側滑走路へ移動。
夕方になり、レイアとハンナが機体整備の最終確認をしていると、西側滑走路に行っていたエレンと樹里が戻ってきた。
「色紙の数が物凄く多くない?」
「レイアとハンナの分も入っているからな」
「私達はサインにそこまで興味は無いんだけど」
「レイアとハンナが書く分だ」
「書く!? サインを? 何で? 何枚?」
「五〇枚」
「断ってきて! 電話で!」
「レイア殿。これには事情があるんです」
「聞くわ。何となく察してはいるけれども」
「今年は諜報無しなので、瑞穂の制服を着てサインを貰いに行きました。せっかくなので、私は機体の写真を撮らせてくれないかと頼みました」
「うん」
「そしたら何と、コルセアの操縦席に入れてくれたんですよ! 写真も撮って良くて。他の機体も撮影OKで、気が付いたらレイア殿の分だけで二百枚になってました」
「エレンは何をしていた!?」
「サインを貰っていた。だが事態に気付いてからは交渉したぞ。落としどころとして、ロート隊全員で二百枚。瑞穂航空のグッズも付けて明日一七時までに納品となった」
「星条が良い人達で良かったわ。しかし、サインを迫られる場合もあるのね。次からは注意して」
「気を付けます」
翌日の午前十時。
両校の機体が一斉に離陸を開始した。
夏の大会一回戦。
瑞穂航空トラビマイスター高校VS星条高校。
星条高校にとって想定外だったのは、一六機のDo217が全てフリッツXを二発機外懸架している事だろう。
去年の夏の大会準決勝の思い出が嫌でも想起されるはずであり、意識せざるを得ないはずだ。
対する星条高校の機体編成は想定通り。
速力に優れるF4U『コルセア』が迎撃を、ある程度の旋回戦が可能なF6F『ヘルキャット』が攻撃隊の直掩を務める事も常の通りであろう。
ヘルキャットとコルセアはともに大出力エンジンに物を言わせた万能機であり、特にコルセアはAー8にとって横転性能以外で優っている点を探すのが難しい難敵であるが、作戦が上手くいきさえすれば殆ど戦わずに済むはずだ。
試合開始から十分。
「爆撃隊ダミー投下」
無線で実況や解説の音声が受信できなくなった事を確認したレイアが指示を出すと、Do217は一斉にフリッツXの模型を投棄した。
瑞穂空戦部の爆撃隊はフリッツXなど装備していない。
積んでいるのはいつもの通り一トン爆弾二発だけ。
Do217は単にフリッツXの精巧な模型を翼の下に付けていただけであるが、星条高校が偽物であると看破できる可能性は低いとレイアは考えていた。
星条高校はDo217がフリッツXを懸架しているのを見た瞬間、出撃ポイントを計算しただろう。
フリッツXは一トン爆弾より出撃ポイントが高いが、仮に全てのフリッツXが本物だったとしても、瑞穂空戦部の編成は一回戦の合計出撃ポイントに収まる。
そのためにインディゴ隊を外し、オーランジェ隊も二機しか出していないのだ。
加えて対艦戦闘であれば自分達の方が上であるという自負も、この計略に気付くうえでは邪魔になる。
瑞穂空戦部が二匹目のドジョウを狙ってきた。
その考えが支配的になったが最後、星条高校の迎撃隊はフリッツX投下阻止を最優先に動く事になる。
Do217は試合時間内にフリッツXが十分な貫通力を得る高度六千メートルまで上昇し、かつ星条艦隊の上空まで辿り着かなければならない。
ただし、一・五トンもあるフリッツXを二つ機外に懸下しているせいで非常に鈍重な状態となっているので、遠回りはできず、東からほぼ直線的に飛んでくるはず。
よって迎撃隊は味方艦隊の東側高度六千メートル付近を重点的に警戒する。
星条空戦部がこの戦術を取っていれば、詐欺は成功だ。
試合開始から三〇分ほど経った頃、レイアは前方に八機の機影を見つけた。
赤枠を付けた白細帯の上に紺色円と白抜き五芒星、中央に赤い円。
星条高校の校籍標識だ。
「約二万メートル先に敵機。高度三千。アヴェンジャー四、ヘルキャット四。ヘルキャットも、胴体下に何か積んでるわね」
「魚雷ですね。私達に見つかった以上捨てると思いますが」
「全機水平飛行を継続。敵編隊目前で上昇する」
魚雷を捨てたヘルキャットが上昇してくるのを見たロート隊は上昇してループ。
回避行動を取る四機のヘルキャットのうち二機をレイアとエレンが撃墜。
残り二機が旋回戦に持ち込もうとしてきたので、ロート隊は急降下と上昇を繰り返しつつ、レイアとハンナ、エレンと樹里が一機に対して交互に射撃し追い詰めて撃墜。
アヴェンジャーは機体後部に銃座があるので一旦上昇して機体正面に回り込んでから攻撃を仕掛ける。
この段階になって魚雷を捨てたアヴェンジャーが機首を上げて上昇してきたが、単に被弾面積を増加させただけであり四機ほぼ同時に撃墜した。
やはり迎撃の時A-8の瞬間火力は頼もしい。
この頃になると各隊から敵機発見と戦果報告が入ってくる。
「こちらブラウアイン。敵機発見ですねぇ。ドーントレス、アヴェンジャーが四機、ヘルキャットが六機です」
「高度三千。ヘルキャットが爆弾を捨てました」
「私達が行くまで手を出さないで。常にヘルキャットより高度を取ること」
「オーランジェツヴァイ。敵機発見。高度四千。数は一四」
「そのまま座標を適宜報告。ヴィオレット隊が迎撃してください。ゼピア隊は正面に回り込んで」
「了解です!」
「了解」
レイアは現時点で所在がわかっている星条高校の攻撃隊を壊滅させれば勝利は確実だと判断していた。
機動力を活かして星条艦隊の北西まで回り込もうとしている味方爆撃隊から敵機発見の報告が無い。
つまりまだ敵の哨戒網に引っかかっていないのだ。
爆撃は成功する公算が高く大戦果が期待できる。
味方艦隊に多少被害が出たとしても、試合結果に影響は無い。
ブラウ隊と合流したレイアは指示を出す。
「ヘルキャットはロート隊がやる。ブラウ隊はドーントレスを狙え」
「了解。ロックンロール!」
急降下を始めたフィロは縦の旋回で機首を向けてきたヘルキャットに射撃すると、反撃は横転で躱しドーントレスに迫る。
エンジンから火を噴いたヘルキャットは二番機のナタリアが始末する。
「やたー、初戦果あげみざわ~。」
「いや私の戦果!」
「ドーントレスを狙え!」
「了解です。フィロ、ナタリア、まずはドーントレスをやろう」
ブラウ隊を追うために急降下しようとしたヘルキャットは、そのままロート隊の火線に捉えられた。
「ヘルキャット残り三機、反転してきます」
「上昇して頭を抑える。ブラウ隊はドーントレスをやれ」
「了解でーす」
急降下爆撃する必要があるドーントレスは高度を下げられない。
水平飛行している敵機こそA-8で攻撃するのに最も適した相手と言える。
ロート隊はダイブ&ズームを繰り返しもう二機を撃墜。残ったヘルキャットはダイブして先行するアヴェンジャーの上方に付いた。
味方艦隊が近い。アヴェンジャーを速やかに堕とさなければ魚雷を投下されてしまう。
「ドーントレス二機が急降下を開始」
「追わなくていい。被害状況を報告」
「被害ありません」
「フィロは羽に穴開いてるわよね」
「問題無いです」
「ナタリアはエンジンから煙噴いてるわね」
「まだ飛べるとか超ウケるー」
「まぁいいわ。アヴェンジャーは私達でやるから、ヘルキャットにちょっかい出して」
「私もアヴェンジャーが良いです。堕としやすそうなんで」
「フィロ、先輩の言う事聞こう!」
「じゃあ好きな方を狙いなさい」
「わっかりました」
「レイア先輩、私達はヘルキャット狙いますから」
ロート隊が四機のアヴェンジャーを始末する頃、攻撃隊から無線が入った。
「コルセア四機発見。向かって来よる」
「ほんとに四機で戦うつもりなのかな」
「他に機影も見えんし、味方を恃んでいては試合が終わりそうじゃしのう」
「稲葉先輩。初戦果欲しいんで、やらせて下さい」
「いいぞ。他に敵も来そうにないからの」
「うっしゃ、グリューン隊突撃!」
有紗の声が聞こえてしばらくした後、涼葉の声が聞こえてきた。
「よっしゃ。悪霊退散!」
「いや今のは私の戦果だろ!」
「うちの射撃で堕ちてんねん」
「あれはもう墜落してた!」
「ダイブだったやろ」
「レイア先輩! どっちですか!?」
「わかるか! 後で戦果判定を見――」
「こうなったら次こそ確実に……稲葉先輩、コルセアどこですか?」
「残り一機、下の方におるが、追ったらいかんぞ」
「何でっすか?」
「深追いは用兵の禁物なんじゃよ。直掩では特にな」
「他のコルセアはどないしたんです?」
「俺達でやってしもうた」
「爆撃隊予定座標に到着。損害無し」
「直掩隊ご苦労さん。ほな行ったろか」
「全機通天閣投法開始!」
由衣からの無線を聞いた時、レイアは勝利を確信した。
通天閣投法は実行の度に機体を損傷するという欠点を許容できるほど強力な攻撃手段だ。
完全に阻止するには去年の錨桜のようにDo217が降下を開始する前に撃墜するしか無い。
時速六百キロメートルで巡航するDo217に対する攻撃機会は多くないし、急降下に入ってしまうと正確に射撃する事も難しいからだ。
また今回の様に敵の対応が遅れる可能性が高い試合であれば、直掩機を減らして迎撃機を増やせるという副次効果もある。
トラビ時代から練度の高さに定評のある爆撃隊は今年も健在だ。
存分に頼らせてもらうとしよう。
取りこぼした敵機によって瑞穂側艦隊にもある程度損害は出たものの、Do217による戦果の方が遥かに大。
夏の大会一回戦は瑞穂高校の勝利で終わった。
次回、レイア、子供達にせがまれバク宙するもサッカーボールが衝突し転倒




