8 神棚のマリア様
P-51を借用するための交渉が成功裏に終わった後、レイア達は学校に向かう。
昨日、夏の大会における各小隊のメンバーと、機体塗装の仕様変更を発表した。
校籍標識としている瑞穂航空のエンブレムを目立たせるため、赤丸を囲うように羽を広げた白鳥に黄色い縁取りを追加。
昨年度までの校籍標識である黒赤黄の方形に黄色いTのエンブレムは尾翼に表示。
小隊カラーは主翼に表示し、一、二番機は翼端から六割、三、四番機は翼端と付根、奇数番機は左翼、偶数番機は右翼を塗ると規定した。
今日中に機体を再塗装するよう指示を出しているので、少なくとも出場メンバーに選んだ部員は活動しているだろう。
部室のドアを開けると、奥の方から少女達が言い争う声が聞こえてきた。
「神道は寛容ってドヤ顔で言いましたよねぇ! なのにマリア様はダメって、嘘吐きやがって!」
「マリア様が鳥居の前で一礼しとらんやないか!」
「人形が一礼できるか!」
「あんたらがさせたらええやろがい!」
部室の隅で宗教紛争が始まっていた。
言い争う片方はブラウ隊一番機のフィロ。もう片方はグリューン隊二番機、久米涼葉。
奈良県にある神社の娘であり、現職の巫女。
涼葉の持つ大幣の柄とフィロの持つ十字架が触れ合い、鍔迫り合い状態となっている。
とりあえず一旦止めなければ。宗教対立の恐ろしさは、ユーゴ紛争のニュースなどでよく知っている。
レイアは二人の間に割って入り、鳩尾を押して引き離す。
「両者! 十字架と大幣を収めなさい! それから話を聞くわ。私はキリスト教徒じゃないから、公平な立場で言い分を聞く」
そう言ってレイアは涼葉の方を向く。
「まずは涼葉。貴方が怒ってる理由は何?」
「いくつもあるんですけど、まず、エステルに神棚を礼拝に使って良いか訊かれたんですわ。ええとは言いました。そしたらいきなり八脚案に墓石置きやがったんですわ!」
「あれは墓石ではありません。十字架です!」
涼葉の主張にエステルが反論する。
「墓石やろ! ゾンビ映画で墓に置いてあるやん!」
「これは自立させるための台座です」
「死を連想させんねん!」
「八脚案ってお供物置く台よね。そこに死に関連する物は駄目なのね?」
「あかんです。穢れ、よりにもよって黒不浄! 後で舞直しや」
「愛と救いの象徴たる十字架を穢れとは。取り消し願います!」
「取り消したるわ! 礼拝に使って良いってとこからな!」
「落ち着きなさい! つまり涼葉の勘違いって事なんじゃない?」
部室にある神棚をカトリックの礼拝に使おうという発想が謎だが、今はすれ違いが発生した理由を知る事が先決。
「レイア先輩! 涼葉はラザニアを八脚案に置いた時点では怒ってませんでした!」
「これは十字架です! ロザリオとは違います」
「たった四文字すら覚えられないんですかぁ?」
「んだとぉ! そっちだって鳥居で一礼覚えてないじゃねえか!」
「こっちがやるのは礼拝なんですー」
「鳥居がある事に違いはねぇだろうがぁ!」
会話に有紗が入ってきたせいで喧嘩の規模が拡大する。
「やめろ! 涼葉が一番許せなかった事は何?」
「マリアっていう女が鳥居に一礼して入らなかった事です。しかも本殿の前に立ちやがって! 神さんに失礼やろが!」
「じゃあマリアはどこに立てば良かったの?」
「三宝です。そのために瓶子もかわらけもどけたのに!」
「聖母マリアは信仰の視覚的な助け。中央に置くのが普通です」
「マリア様は神さんじゃない言うたよな? じゃあ本殿の前は遠慮せいや」
「マリア様は参拝客じゃねーんですよ!」
「それ以外に、涼葉が許せなかった事は!?」
「かわらけを使うと言うから貸したら、ぶどうジュース入れられました。何の意味があるんか聞いたら、キリストの血を象徴してる言うんですわ。赤不浄やないか! あかん。有紗と二人がかりで舞わな収まらんわ」
「聖なる血を不浄とは、取り消して下さい!」
「キリストも人間や言うたやないか! だったら神さんに遠慮せいや!」
「終わったら元に戻すって言ってるじゃないですか。黙って見てればいいんですよ!」
「黙って見てられるかぁ!」
「喧嘩すんな! 私に訊かれた事だけ答えろ!」
「おす! 涼葉。レイア先輩怒らせるのはやべーって」
「せやねんな。揉め事起こして申しわけありまへん六原はん」
レイアは、神道とカトリックが同じ設備を使うのは不可能だと感じていた。
「エステル。この部室に礼拝を行う場所は必要なの?」
「必要です。朝、昼、夕の三回祈りたいのですが、昼はほぼ空戦部にいるので、部室に祭壇があると有り難いのです」
「涼葉。神棚の隣に他宗教の施設が置かれる事に問題はある?」
「ありません。少し離して欲しいですが」
「それはお互いそうでしょうね。カトリックの祭壇に置くものは?」
「マリア像と十字架です」
「涼葉。隣に十字架があってもいい?」
「ええですよ。神道は全ての神さんを認めます」
「ならこの部室にエステル達が使う祭壇を置く事を許可するわ。ただし、この壁に沿って置くこと。神棚より小さいスペースに収めることが条件。いい?」
「ありがとうございます。神は争いを好みません。配慮ある裁定に感謝を」
「じゃあ私は涼葉と話があるから。ブラウ隊は外に出て」
「わかりました」
「日本でも宗教でぶつかる事あるんですねー」
「もうバイト行こう。今日はそこで祈れば良い」
ブラウ隊四人が部室から出ていった後、レイアは涼葉に問いかける。
「この神棚、大きくなってるわね」
「はい。元々あったやつはだいぶ傷んでいたので、丸ごと取り替えました」
「直すって言ってなかった?」
「はい。元のやつは直しときました」
「これは直してないわよね。完全に別物になってるわね。立派になり過ぎだし」
「元いた神さんの札も祀りたかったんで、三社造にしました」
私は直すと言いながら別物と交換した事を暗に批難している。
しかし涼葉の表情には恐れもやましさも無い。
舐められているのか?
それとも日本人の宗教観においては当然の行動だからか?
いや、もっと根本的なすれ違いを感じる。
前にもこんな事があった。
直すはずの物が捨てられ、千田先輩が絶叫していた記憶がある。
「……直すとは、捨てるという意味で合ってるかしら」
「はい。でも元の神棚は御焚き上げしたんで、捨てたのとはちょっと違いますね」
そういう事か!
関西において直すとは片付ける、捨てるという意味なのだ。
涼葉は元の神棚を撤去して良いか確認し、私が良いと言ったから撤去したに過ぎない。
これが神棚で良かった。
航空機で発生したら大惨事だ。
整備の場においては、修理という表現を徹底するよう周知しておこう。
「理解できたわ。あとは、エステル達にこれを礼拝に使って良いか訊かれた時、何で許可したの?」
「キリスト教の礼拝が何なのか見てみたかったからです。めちゃくちゃされましたけど」
「今後はキリスト教徒の振る舞いに不満があっても、まずは私に相談すること」
「わかりました」
「因みにこの神棚というのは、毎日手を合わせた方が良いものなの?」
「部長はん自ら祈ってくれたら御利益確定やけど、週一とかでええですよ。月一でも。うちらが毎日祈っとくんで」
「その辺りの緩さは助かるわね」
「そうですねん。神道は寛容です」
「私も時々勝利を祈願しておくわ。でも、今は祈ったら駄目なのよね」
「私と有紗で祈祷するんで、それが終わってからの方がええですね」
「祈祷って巫女舞? 有紗もできるの?」
「できますよ。私涼葉の神社でバイトしてるんで」
「ふーん。暴走族なのに神職やってたの」
「神社は年確が甘いんすよ。年はサバ読んでたんで、今二回目の高一です」
「宗教施設が違法行為の隠れ蓑になってるじゃない。ああ、でも私の国もそうだったわね」
東ドイツは憲法でこそ信教の自由を保障していたが、社会主義国の常として政府は宗教に否定的であり、教会関係者や信徒は進学や就職で公然と差別された。
ただし過度な迫害は却って治安の悪化に繋がる懸念があったため、基本的には社会的に孤立させて影響力を失わせる政策を取っていた。
しかし宗教施設を存在しない物として扱った事は完全な悪手であり、半ばアンタッチャブルな立ち位置となった教会は反政府思想を持つ人間が集会所と化し、いつしか反政府勢力のアジトとなった。
教会でデモやテロの計画が練られているのは明らかなのに、適当な罪で拘留して尋問もできないと前職の同僚が嘆いていた事をレイアは覚えている。
結果のところ、強権国家東ドイツですら、宗教組織を法の前に屈服させる事は不可能だったのだ。
「そういや六原はんはキリスト教徒じゃないって言うてましたけど、じゃあ何を信じてはるんですか?」
「マルクス・レーニン主義」
「マルクス? なんですかそれ」
「レイア、そのジョークは伝わらないって。涼葉ちゃん今の嘘だから。まぁ特定の神を信じてないのは本当だけど、去年は初詣行ったよ」
「ほんまですか。ほなら今年は是非うちに来てください! うちが祈祷したりますわ」
「うん。よろしくね」
その翌日から、瑞穂空戦部の部室には神道の神棚とカトリックの祭壇が隣り合って置かれるようになった。
日本人の価値観を大事にすると決めたばかりだし、週一度くらい神棚の前で手を合わせるのは別に構わない。
ふと頭をよぎったのが、神棚に祈りを捧げるのなら祭壇にも祈りを捧げなければ不公平になるのではないかという懸念だ。
しかし調べたところによるとキリスト教の礼拝は短くて数十分、日曜礼拝の場合は一時間かかるらしい。
いくらなんでも時間を取られ過ぎるので、レイアは宗教には積極的に関わらない事に決めた。
次回、レイア、Fw189とかけて花火ととく




