7 P-51メイドカフェ
翌週の日曜日
雇用条件の打ち合わせをするため、ロート隊四人はMIYA大阪支店を訪れた。
先に店内で待っていた朱里に言われ四人はメイド服に着替える。
朱里がメイド服を着ていたので、それに合わせた格好だ。
そしてバックヤードにある会議室に案内された四人はバイト面接に臨んだ。
「本日はおいで頂きありがとうございます」
「こちらこそ。オーナーである宮本さん直々に来て頂く事になり恐縮です」
頭を下げる朱里にレイアも謝辞を述べる。
「こうするのが一番早いですから。メールの通り、P-51の貸与はこちらの出す条件を飲んで頂ければ問題ありません」
「構いませんか? 決勝でフロンティアかアレスに当たる可能性もあるというのに」
「P-51C型は二機持っているのでお気遣い無く」
「そうですか。それでは、条件について伺いたく思います」
「そう身構えないで下さい。四人とも、素晴らしいです! 大人気間違いなし! 失敗したら店のブランディングミスです。特に月城さん。仕草まで完璧です。てっぺん、取れますよ」
「この服私嫌です! スカート短過ぎるし、なんか、その、胸も苦しいし」
もじもじしていたハンナが心境を打ち明けると朱里は一瞬恍惚とした表情になったが、すぐに落ち着いて答える。
「ご安心ください。勤務開始までに月城さんに合ったサイズのメイド服を用意します。それは単に今ある予備の中で一番大きいサイズというだけです。因みに六原さんも同じです」
「服の心配はしていません。この店の事は信用していますので」
「ありがとうございます」
流石に今着ているスカート丈で人前に出ろと言われたら断って帰るが、サイズさえ合っていればこの店の制服は特に露出が多いわけでは無い。
「うちの四人はどうですか? 四月に見に来た時は危なかっしい感じでしたが」
「そこが良いんですよ。既に、俺が育てたというお客様がたくさんいます」
「客が育てるとは? 店側の教育はどうなっているんですか?」
「勿論研修はしましたよ。客が育てたとはこの業界の比喩です。ただし、メニュー表すら読めなかったあの四人にこの店のお客様が優しかったのは事実です」
「そうですか。優しいお客さんが多いのは安心です。あの四人が続けたいと言っているので、別に心配はしていませんが」
「すっかり保護者ですね。しかし今年もあんな逸材が四人も入るとは。トラビの経営陣は優秀です」
「単に定員割れしているだけです」
「トラビが保有する残り四九パーセントの経営権を購入する企業が現れれば、定員割れも解消すると思います」
「宮本ホールディングスは高校空戦にご興味は無いでしょうか」
「うちはアパレル業ですから。あと瑞穂航空とは事業規模の桁が違います」
「ではスポンサーになってくれそうな企業の心当たりはありませんか?」
「無いですね。買える企業は限られてくるので、噂が出ればニュースになると思います」
「そうですよね。すいません。話を逸らしてしまいました」
「では本題に入らせて頂きます。私はお客様の様に優しくはありません。時給に加えてP-51を貸与するわけですから、最高のパフォーマンスを求めます」
「はい」
「四人のバイト開始は八月三週目からとします。また、四週目の日曜日はイベントをやるので絶対に来てください。ダンスの振り付けはそれまでに覚えて下さい」
「随分と急ですね。イベントとは?」
「一周年記念イベントです。一応私も参加しますが、貴方達八人を全面的に押し出していきます」
有無を言わさぬ朱里の気迫にレイアはたじろぐ。
「瑞穂空戦部エース小隊の一糸乱れぬダンス。一年生は多少のトチっても良いですが貴方達はダメです。あとフィロさんがボーカルをやるので練習させて下さい」
「フィロがボーカル!?」
「本人が乗り気なので。別にプロ並みである必要はありませんが、上手いに越した事は無いので練習を指示してください」
「どこで練習させたら良いんですか?」
「飛行機の上とか中とかあるでしょう」
「飛行機の中?」
「あの、私達がここで働き始めてからイベントまで一週間しかないんですけど、一糸乱れたらダメなんですか?」
「エース小隊がミスって良いわけないですよね」
樹里の質問は朱里に両断される。
「一週間でリハーサルとかできるんですか?」
「イベントのため前日の午後は休みです。そこでリハーサルします。時給は出るので安心してください」
まるで安心できない。
ダンスがどんなものかわからないが、内容によっては夏の大会中も練習する羽目になる。
「イベント以降の勤務形態はどうなりますか?」
「草案ですが、勤務契約書を準備しました」
朱里が差し出した勤務契約書のうち勤務形態の項に目を通す。
最低週二勤務を二ヶ月以上。週の合計勤務時間十時間以上。前週までに勤務予定提出のこと。
主にホール担当。路上呼び込み担当あり。
日曜に行うイベントの参加義務。
広告、グッズ等作成への協力義務。
軽く目を通しただけでもかなりの拘束時間が発生する事がわかる。
グッズ売上の取り分なども書いてあるが、給与面についてはどうでもいい。
事前に四人で打ち合わせた際には、部室に私かハンナがいれば部員同士の喧嘩などが起きても対応可能だろうという話になったが、これでは四人が揃っていなくなる時間帯が必ず発生する。
「イベントの参加というのは、四人揃ってですね」
「はい。通常の勤務時間は分かれても構いませんが、イベントは四人が揃う事になります」
「広告やグッズの作成はいつやるんですか?」
「日曜に行うよう配慮はします。時間帯はその時次第です。勤務時間には含まれます」
事前の想定は甘かった。
この契約を守ると、空戦部の活動に少なからず支障が出る。
「なぁ、P-51はそこまで必要か?」
レイアの心情を察したのか、エレンが疑問を口にする。
「そうね。あの、ちょっと考えさせて欲しいんですけど」
「ご安心ください。P-51ならもうトラビに届いています」
「なんでですか!?」
「部員に届けるよう言いました」
「まだ契約結んでないんですけど」
「物はもう届いてるんですから、後は契約書にサインするだけですよ。さぁ」
「私が言いたいのは、この条件だと夏の大会以降の活動に支障が出るという事です」
「その条件は譲れません。P-51の貸与にはそれくらいの価値があります」
「その価値はこちらが考える事です」
「一旦契約しましょう! その後P-51に乗ってみて下さい」
「しませんし乗りません。こちらとしても勝手に持ち込まれたら困るんですよ」
「こっちだって一周年記念イベントでお客様のテンション爆上げ親会社の株価爆上げじゃないと困るんですよ!」
「そっちの都合じゃないですか!」
「失礼しました。少し熱くなってしまいました」
朱里が落ち着いたのを見て、レイアは保留を提案する。
「この契約書は検討が必要です。一旦持ち帰らせてもらいます。それと、一周年記念イベントの内容をメールで送ってください」
「その格好で帰るんですか?」
「着替えるに決まって――」
レイアがやられたと思うと同時に、朱里がニヤリと笑う。
「更衣室のロッカーには鍵をかけました。盗難があってはなりませんから。鍵を今誰が持っているかは私も知りません」
「ここまで……やるのか」
戦慄するエレンに朱里は微笑んだ。
「イベントの告知ポスターもここにあります。ご覧になりますか?」
レイアは思考を巡らす。
完全に相手のペースに嵌っている。
幸い携帯電話は持っているから、姉さんを助けに呼ぶか?
いや、前職で交渉ごとは散々やってきた。
何故だが知らないが、相手は給仕の経験など無い私達に異様な価値を見出している。
見積もりをミスっている可能性が高い。
そこに付け込んで、交渉を有利に持ち込むのだ!
「一機で四機を追い込もうとは虫が良い話です。それが宮本選手であろうとも」
「それは誤解です。私はただ報酬に見合った働きをして欲しいというだけです」
「それが思いの外負担が大きそうなので、閉店までここで過ごそうかと思います。コーヒーのお代わりは出ますよね?」
「話を急ぎ過ぎた点を謝罪します。説明が必要なのはイベントの内容ですか? それともシフトですか?」
「それ以前の問題として、費用対効果が合わないと感じています。私達四人が不在になると、チームの練習効率が下がるんですよ。それ以外にも懸念があります」
「コーチや監督がいないんでしたね。では拘束時間を減らす方向で調整しましょうか。ただ一周年記念イベントだけは譲れませんので、それが終わった後の――」
「P-51C型二機であれば、釣り合うと考えます」
「貪欲ですね。普通に買ったらいくらすると思ってるんですか?」
「夏の大会が終わったら返しますよ。それともアグレッサー機がなくなると困りますか?」
「いいえ。錨桜の対策で手一杯です。しかし、破損した場合の修理費用はそちらの負担としますが、大丈夫ですか?」
「ご心配なく。大切に扱いますよ」
「それに二機の貸与ならば、昨年の様にハイオクガソリンや消耗部品は付けられません」
「ガソリンと弾薬は不要ですが、消耗部品は付けて下さい。手配から納品までの時間が惜しいので」
微笑を浮かべながら悠然とレイアが話していると、朱里は不敵に笑い出した。
「ふふふ。ふふ。良いですね。利益の追求。最大化。好きですよ。私も」
「Doppeisieg。日本語だと相互利益でしょうか」
「そちらの要求を飲む事は可能です。しかし、レートが上がりましたね。お忙しいでしょうから、一周年記念イベント後のシフトはそちらで決めて良いものとして雇用契約書には記載していませんでした。しかしそうくるのでしたら追記です」
朱里が出した追加条件は、夏休み中の水曜と日曜の勤務は六時間以上というものだった。
「二ヶ月は長いです。秋の大会の準備に支障が出ます」
「譲りません。生半可な条件でP-51を二機も貸与したとなれば私の面子が潰れます」
困難な交渉だ。
フロンティアには絶対に勝ちたい。そのためには部員に対P-51の戦闘経験を積ませるべきだ。
二機借りられればアレスやフロンティアのパイロットが得意とするサッチウィーブの対策もできる。
しかし、二ヶ月、特に夏休みの間私達四人が週二で不在になる事が、空戦部として釣り合うか。
やはり一度持ち帰って、他の部員と相談するか。
レイアがそう思った時、樹里が口を開いた。
「あの、宮本さん。申し訳ありませんが、少し席を外してくれませんか?」
「わかりました。私はしばらく厨房にいますので、ごゆっくりどうぞ」
そう言って朱里は部屋から出て行った。
「樹里、ありがとう。正直持ち帰ろうと思っていたところなのよ」
「レイア殿が結論を出せないとなると、そうした方がいいかもしれません」
「手強い相手だな。契約交渉とはこうやってやるものなのか」
「服を返してもらおうよ。この服落ち着かない」
「帰る前に確認なんですが、レイア殿として迷うラインなんですね?」
「感覚的にだけど、ギリギリね。流石プロの経営者。ギリギリを攻めてくるわ」
「では撤退前に、何なら譲歩してくれるか確認しますか? 私は喋るのが上手くないので、結局はレイア殿が頼みですけど」
「この店でトラバントの宣伝をする」
「樹里、剣星の所有機体の中で借りてみたい機体はない?」
「強いて言えばB-17か百式司偵ですが、別に実機が無くとも重爆対策はできますし、司偵は試合で使わないと意味がありません。ああそう言えば……いえ、何でもないです」
「気になるんだけど」
「いえ、高校空戦では使用禁止の機体です。単に私の趣味です」
「そう。なら最後にもう一推しして、反応見てから帰りましょうか」
「服返してもらわないと帰れないけど」
「そしたらもう交渉決裂よ」
言いつつレイアは雇用契約書に一文を追記。
部屋を出て厨房に行くと、朱里は腕組みして入口付近に立っていた。
職場の視察だろうか。
「早かったですね」
「そろそろ服を返して欲しいので」
「わかりました。会議室でロッカーの鍵を渡します」
「ご自分で持っていたんですね」
「ちょっとした冗談ですから」
「効果はありましたよ」
会議室に戻って席に座った朱里は、ポケットから鍵を四つ出しテーブルの上に置いた。
「今結論を聞けますか?」
「はい。契約に一文を付け加えました」
雇用開始から二ヶ月経過以降、瑞穂航空トラビマイスター高校空戦部は剣星高校空戦部所有の爆撃機ないし偵察機を二機借用できるものとする。借用は今年度内に限るものとし、期間、費用などの条件は上記P-51C型に準ずる。
レイアの追記を見て朱里は苦笑する。
「ここにきて更にレートを上げるんですか?」
「いいえ。雇用条件の変更は認めません」
「報酬の追加。重爆に司偵ですか。大会中に持っていかれると苦しいですね」
「飲んで頂けないなら帰ります」
「……わかりました。雇用条件は変えません。ただし、夏の大会終了後から一ヶ月、トラビの機体を二機借用させて頂きます」
「夏の大会終了後なら、良いでしょう」
「正直メッサーもフォッケも持っていますのでこれは体面の問題なのですが、ご理解を」
「わかります。私もビジネス交渉は多少経験がありますので」
レイアがそう返すと朱里は契約書に記載を加え、ポケットから印鑑を取り出すと、机の上の朱肉を付けて契約書に押印した。
「問題なければサインか押印を。今日はコピーを渡し、後日正式な書類を郵送します」
「わかりました」
そして四人は契約書にサインをした。
「本当にギリギリでした。重爆か偵察機という制約が無ければ断ってました」
「有意義な時間になった事を感謝します」
「支払いは迅速に行います。もう一機のP-51も三日後に届けます」
「ありがとうございます」
「今日やるべき事は後一つだけです。今から採寸します」
「ええ!? 今からですか?」
朱里の発言にハンナが驚く。
「そもそもうちはアパレル企業。この店の制服もサイズにはかなりバリエーションがあるんです。最適なものを着て頂きます」
「じゃあレイアが測るんじゃダメですか?」
「ダメです。私が測ります」
「そんな……誰が測っても一緒じゃないですか?」
「月城さんは本当に逸材ですね。絶対私が測ります。さぁ脱いで下さい」
顔を赤くして動揺するハンナを見る朱里の視線は鋭い。
きっとこれが職人の眼光なのだろうとレイアは思った。
次回、レイア、百合の間に挟まるも応力に耐えかね塑性変形




