2 入部希望者
「良い話? 空戦部に入るとどんな良い事があるんですか?」
訝しげに問うフィロにレイアは答える。
「春休みが終わるまでは格納庫で寝泊まりしていい。制服や学生証も私達の方で受け取ってあげる。このままだと届かないでしょうから。それと、バイト先を紹介するわ。知り合いの店だから、住所不定を理由に拒否される事はないと思う」
「それで、先輩達には何のメリットが?」
「特に無いわ」
「疑わしいですねー。上手い話には罠があるんですよ」
「すいません。是非私達を空戦部に入れて下さい。バイトの話もお願いします。フィロの発言は、その、何でも疑ってかかる癖が付いていて……」
「疑ってかかる姿勢は悪くないわ。難民である貴方達には警戒心が不可欠よ」
申し訳なさげに謝罪するテレサにレイアは笑顔で返す。
「はい。よろしくお願いします」
「福音イエス!」
「慈悲深き御心に感謝を」
「それじゃあ部室に行くわよ。とりあえず入部届け書いて。昼食の時他の部員に紹介するけど、設定は私が喋るから口を挟まないように」
部室に入ったレイアはクリアファイルから入部届を取り出し、四人に記入させる。
「フィロミスカ……貴方の本名はフィロミスカなのね」
「はい。でも皆フィロと呼びます」
「じゃあ私達もそう呼ぶわ」
「クロアチア語が読めるんですね」
「クロアチア語というよりラテン語が読めるのよ。それより貴方達、漢字全然読めないのね」
「チューイには平仮名と片仮名さえ読めれば何とかなると言われました」
「貴方達を安心させるための優しい嘘だったのだと思う。実際は漢字もある程度読めないと留学としては成立しない。入学試験で困ったでしょう」
「漢字が読めないと伝えたら、全部平仮名の問題用紙と交換してくれました。あと試験場に私達四人しかいなかったので、色々教えてくれました」
「そうか。留学生枠だものね。そして今年の留学生は四人と」
「凄く不人気」
「因みに回答は何語で書いたの?」
「平仮名とラテン文字です」
「国語の答案でラテン文字出てくるの面白いわね」
「登場人物がラテン語で思考している可能性は否定できないよね」
「哲学の試験なら寧ろ正解なんでしょうけど」
「あの、試験官に訊いたら国語の回答は日本語のみ認められるとの事だったので、国語の試験では使ってないです」
「真面目ね。憐れみ深い人々は幸いであるとでも書いておけばいいのに」
「六原先輩は新約聖書の内容を知っているのですか?」
「ある程度は。共産党宣言と同じくらい役に立つから」
「すいません。共産党宣言がわかりません」
謝罪するエステルの後ろでハンナが必死に笑いを堪えている。
大人げないジョークである事はレイアも自覚はしていた。
その後、四人を他の空戦部員にクロアチアからの留学生として紹介した。
日本に来て日が浅く、お金が無いので春休み中は格納庫で食事と寝泊りをする事も説明する。
普通に考えて衣食住にすら事欠く人間が留学に来れるわけがないのだが、嘘に嘘を重ねるのも面倒なので、家庭の事情だから詮索しないようにとだけ言っておいた。
それから春休みが終わるまで、四人は多くの時間を空戦部で過ごした。
入部時点でとりあえず飛べるだけの技量を持っていた事と、瑞穂高校の生徒に多い大阪人特有の人情の厚さ、或いは世話好きな性格にも助けられ、四人は春休みの間にだいぶ空戦部に馴染めたようだった。
新学期初日の放課後、レイアは部室でフィロ、ナタリア、テレサ、エステルに今後の生活について説明する。
「今日から新学期だから、格納庫に住ませるわけにはいかない。林にある防御じ、家に住んで頂戴」
「わかりました。しかし、何故新学期からは格納庫に住めないのでしょうか」
「校則違反だからよ。後で入部希望者の前で説明するけど、今年の空戦部は品行方正でなければならない。校則を破っている部員がいると困るのよ」
「あの家に住む事は問題ないのでしょうか」
「ええ。あの辺一画の土地は私が買ったから、貴方達が住んでいても法的問題は無いわ。手続きに昨日までかかったから伝えるのが今日になってしまったけど」
「何から何まで、ありがとうございます」
「どうしてそこまでしてくれるんですか?」
ただ感謝を述べるテレサとは対照的にフィロの表情からは若干の猜疑心を感じたが、育った環境を考慮すれば当然だとレイアは思う。
フィロの故郷は紛争地域の中でも国際的な支援を受けられない超劣悪な環境だったらしく、常に警戒して生活していた事は想像に難くない。
もしかして生存能力という点では自分より上ではないかと、話を聞いていてレイアは感じた。
「大した手間じゃないからよ。生活費を稼ぐのも家を建てるのも自分達でやるのよ? 別に私が面倒見るわけじゃない」
レイアは澄まし顔で答えた。
帰る場所を失ったという境遇は自分と重なるところがあり、土地を買ってまで四人の生活を支援した理由は端的に言って同情なのだが、四人には私の感情より他に気にすべき事が山程あるので言わないでおく。
「私達は基本的に応援してるだけのつもりだけど、困った事があったら相談してね」
「ありがとうございます。まさに聖母マリアのような方々です」
「聖母!」
レイアは思わず吹き出した。
去年だけを見ても、空戦部を存続させたいという私欲のために非合法な活動を行った私達が聖母とは。
「面白いジョークだわ。センスあるわね」
「まぁ、私達も別に聖人じゃないから。こないだ三人を投げたり蹴ったりしたし」
「襲いかかったのはこちらですから」
「そういえばメイド喫茶の面接はどうだった?」
「全員合格しました。メニューが一部読めませんでしたが、これから覚えればよいと言われました」
「あの店超面白いです。ドレスみたいな服着せられたんでデコっていいか訊いたらオッケーでした」
軽い調子でナタリアが言う。
異文化に馴染むにはこのくらい軽いノリの方がいいのかもしれない。
「剣星高校の空戦部部長が経営している店なのよ。時給が異様に高いから少し不審に思ったんだけど、別に子供が入っても問題無いらしいわね」
「とにかくお客さんをご主人様と呼べば何とかなりそうです」
「日本ではお客様は神様っていう概念があるみたいだし、その派生なのかしら」
「不特定多数の神にご主人。変な国です」
「そういえば店長に、六原さんと月城さんは来ないのかって訊かれました」
「その予定は無いって何度か返してるんだけどね。私達は他の仕事で稼いでるから」
「土地が買えるほど稼げるのは凄いですね」
「凄いのは私の姉さんよ。姉さんが起こした会社は――」
レイアが言いかけた時、部室の扉が開く。
「外にだいぶ人集りができているねぇ。去年を思い出すよ」
「整列させた方がいいんじゃないかい? 去年のように」
入ってきたのは秋本ローゼと倉見楓。
ヴィオレット隊の四番機と三番機を務める、数少ない三年生の戦闘機パイロット。
「そうですね。一五時まで二〇分ありますし。……宮本君と池山君のクラスは授業が長引いているのね。抜け出して来なさいよ」
「あはは。レイア去年の鹿島先輩と同じ事言ってる」
携帯のメールに愚痴るレイアを見てハンナが笑った時、二年生男子生徒二人が部室に入ってくる。
「こんなに集まるとは。今年も特典があるのかのう」
「冬の大会で優勝したからではないか?」
「稲葉君、T鈴木。鞄置いたら外に出て列を作って待つよう言って。他の二年生は長机を外に出して」
「おうさ。行くぞT鈴木」
「ああ」
男子達が出て行った後、レイアはカーテンを開けて外を見る。
部室の外に集まっている入部希望者の人数は去年と遜色無かった。
「やけに多いわね。今年の瑞穂は定員割れしてるって聞いたんだけど。空戦部の入部希望者だけでこの人数?」
「入学式で校長が言ってたんですが、今年は空戦部以外の部活は部費が無いそうです」
テレサの発言にレイアは驚く。
「何それ!? どんだけお金ないのよこの学校」
「それだと他の部活に入る新入生は少なそうだね」
「勧誘ポスターを作った意味、無かった」
「末期感がありますね」
「でもトラバントの宣伝が空戦部で完結するのは楽だな」
「その宣伝はあまり意味が無いと思います」
「そういえば生徒会も解散したらしいね」
「部活に入らない生徒は不就労の罪に問われるのかしら」
「日本には帰宅部という便利な言葉があります」
「なるほど。帰宅というノルマを平等に果たしているというわけね」
「部活動は義務じゃないし、恐らく労働でもない」
しばらく雑談していると一五時になったので、レイアは部室の外に出て四列に並んだ入部志望者達に向けて口を開いた。
「入部志望者諸君。空戦部部長の六原よ。これほど多くの希望者が来てくれた事を嬉しく思う。でも歓迎する前に、断っておく事があるわ。今年度の空戦部員には品行方正な振る舞いが求められる。法令遵守は当然として校則違反も厳禁。違反した部員は退部処分とするから、守る自信が無い生徒は空戦以外の楽しみを見つける事を薦めるわ。以上よ」
「それじゃあ列の順に入部届を書いて今月の活動予定表を受け取るのじゃー。そしたら今日は帰ってよいぞー」
「中学空戦の経験がある人は使っていた機体を書いておけ」
入部希望者達が順番に入部届を書いていくのを眺めていると、一人の女子生徒が近づいて来た。
「六原レイア先輩!」
レイアはいきなり茶髪の一年生女子に手を掴まれ握手された。
「私、石川有紗っていいます! 六原先輩に超憧れてて! 最優秀一年生選手マジでスッゲーっす! 尊敬してます!」
とても元気で声が大きい。
「それはありがとう」
「ところでさっきの品行方正って話、私族入ってるんすけど、やっぱ駄目ですかね」
「族って、暴走族?」
「そうです!」
「駄目に決まってるでしょ」
「そうですよね。わかりました。今日中に抜けてきます!」
「是非そうして」
「それと、ここに来てる奴らの中にも族仲間がいるんで、全員抜けさせときます!」
「それは助かるわ。警察沙汰になって空戦部員だなんて話になったら台無しだから」
「私にできる事があったら何でも言ってください!」
「じゃあとりあえず腕を振り回すのをやめて」
「わかりました!」
有紗はようやく激しい握手を止めた。
「それと、制服の改造も禁止よ」
「あー、わかりました。髪はいいっすか? 染めてるんですけど」
「校則違反でないから問題無いわ」
「良かったっす! 染め直すと変な色になっちゃうんで」
「今日は活動予定表を受け取るだけよ。明日からよろしく」
「はい! あの、レイア先輩って呼んでいいっすか!?」
「別にいいけど」
「よっしゃあ! 私マジで頑張るんで、ビシバシしごいて下さい!」
「やる気があるのは、良いことね。私は部室に戻るから」
「お疲れ様っす!」
言葉通りレイアは部室へと退散した。
入部初日に部長へ挨拶というのは自分もやった事ではあるが、あれが二人三人とやって来たら堪ったものでは無い。
部室に戻ってソファに座り、コーヒーを入れているとテレサが話しかけてくる。
「バイトの件なのですが、店長からは最低週二で来て欲しいと言われています」
「そういえば予定表を渡していなかったわね。今日から練習制限が適用されるから、平日と土日に一日ずつ休みを設ける事になる。だから最低週二回はバイトできるわよ」
「練習制限というのは何ですか?」
「学校間の戦力差を縮めるための制度よ。空戦、特に戦闘機パイロットの強さは練習時間に大きく依存するから、ガソリンや部品を大量に買えるお金持ちの学校が有利になる。でも学校ごとの実力差がつき過ぎると色々良くないという事になって、練習時間の上限が定められたの」
「何で今年からなんですか?」
「練習制限は高校空戦全体のレベルが下がるという意見もあって見送られてきた。でも去年と一昨年は錨桜高校の一強状態で、高空連としても不都合があるから、突出して強い学校が出ないよう練習制限を導入する事にしたんだって」
「それって隠れて練習する学校が出るんじゃないですかねー」
「休みと定めた日は飛行機を飛ばしてはいけない。高空連の審判が各校に常駐してて、ルール違反が出ないよう見張っている。監視員は一ヶ月ごとに変わるから買収も難しい。中々良くできたルールよ」
「予定表を見ました。水曜と日曜が休みというのは来月からも同じですか?」
「練習日は月毎の申請だけど、変える予定は無いわ。あと、日曜は全ての学校が休みにしているでしょうね」
「日本にもミサの習慣が!?」
「公式戦が日曜だからよ。大会中確実に潰れる日曜を休みにするのは当たり前でしょ」
「そういう事ですか。でも礼拝に行けるのはありがたいですね」
「因みに、私の説明は高校空戦の雑誌に全部書いてあるわ。貴方達四人は練習の合間や休日に高校空戦の雑誌を読んで。漢字と空戦の勉強になるから。わからない箇所はそこらへんの人に訊けばいいわ」
「漢字はほんと意味がわからないですね。なんでわざわざ自分達の言語を難しくするんですか?」
「半年も勉強すれば漢字の必要性は理解できるわ。とりあえず、これと、これと、これね。持って帰って、平仮名の部分だけでいいから読んで」
レイアがテーブルの上に置いてあった直近の空戦雑誌を三冊手に取り、ナタリアとテレサとエステルに渡した時、二年生達が部室に戻ってきた。
「やっと終わったわい。定員割れしている学校とは思えん盛況降りじゃった」
「新入生の大半が来ていそうだな」
「お疲れ様。入部届は後で見るからそこに置いといて。フィロとナタリアとテレサとエステルは今日は帰って」
「え、ここで雑誌を読んではいけませんか」
「今日は駄目」
「あの、夕食がまだなんですけど」
「平日は自活して」
「あかんわ六原ちゃん。そんな言い方や。ええか、ここに五條段ちゅう鉄板焼き屋の二時間食べ放題券がある。場所はこの地図の赤丸や。帰るんやったらこの券あげたる」
そう言って香織は食べ放題券を一枚ずつ配り、地図をエステルに渡す。
「食べ放題……!」
「行こうよ! 食べ放題ってパーティじゃん!」
「でも店が開くまでまだ時間がありますよね」
「六原ちゃんの言う事を聞くならご褒美に食べ放題券あげる言うとんねん。あとなぁ、六原ちゃん怒らせん方がええで。鬼も裸足で逃げ出すくらい怖いさかい」
「えっと、帰ります」
「天本先輩。施しに感謝を」
「むぅ。仕方ないですね」
「ほな気を付けてな。空戦部員だって言えばジュースも付くで」
フィロだけは若干不満気だったが、四人は部室から出て帰って行った。
「ありがとうございます。よく食べ放題券を持ってましたね」
「イベントの景品の余りやねん」
「それと、私の事を何だと思ってます?」
「魔女」
「詐欺師」
「煽動者」
「まぁ、否定はできませんが。しかし今年度は諜報活動の予定はありません」
そう言ってレイアは席に座った。
去年衛徒がよく座っていた席で、部長の席として暗黙の了解となっている。
「去年と違って優勝できなければ廃部になるというわけではありませんので、リスクと手間に見合いません」
「少し残念だよ。諜報をするなら今年は混ぜてもらおうかと思っていたからね」
「勝ち目が無かったり機体の損失が多過ぎる場合は諜報も選択肢に入れざるを得ませんが、今の二、三年生ならそうはならないと思います」
「瑞穂航空には期待してたんだけどねん。支援は来年からなのかな」
「今年の夏頃には支援を貰いたいと伝えはしました。あと、校籍マークを瑞穂航空のエンブレムにしてよいと許可を得たので、塗り直して公式大会でアピールしましょう。今年の目標は公式戦総合優勝です」
ローゼと楓の言葉にレイアが答えると、香織が口を開く。
「おもろいやん。目標が無きゃ張り合いが無いねん」
「そのためには一年生の戦力化が急務ですので、分担して指導をお願いします」
「俺達誰かに飛び方を教えた事無いんじゃが」
「去年自分達が言われた事を教えたらいいでしょ。あと試合で得た経験とか」
「しゃーないのう。高卒で就職するから程々にやるとか言ったら袋叩きに合いそうじゃし」
「なんで言うのか」
「本当は練習好きな癖に。夏以降のヴァイス隊の伸びには驚いたわ」
「いやいや。去年の練習はキツ過ぎて悟りを開くところじゃった。週二で休みなら生き仏は免れそうじゃな」
「練習制限は瑞穂空戦部にとってメリットの方が大きいと考えています。とりあえず私達はこれから入部届に目を通しますので、今日は解散です」
自分がお開きを宣言すると空戦部員達が部室や格納庫から立ち去っていく光景は、春休み以降レイアにとって見慣れた光景となっていた。
レイア、ハンナ、エレン、樹里はその後も部室に残り、入部希望者のスポーツ空戦経験や他のスポーツの経験、出身中学について確認し、効率的に指導を行うためのグループ分けなどについて話し合った。
次回、レイア、黒板消しは黒板を消さないと力説




