S級の置き土産
「……皆さん、本当にありがとうござ――」
「だり」
言いかけたリョウジの言葉を遮るように、コウタが容赦なく扉を閉めた。
「うおおぉぉい、コウタ!」
ディランは慌てて扉に駆け寄り、すぐさま開けてみるが、そこにはただ壁があるだけで、彼等の痕跡はどこにも残っていなかった。
「あ~、まったく……あいつらは最後まで、らしかったなぁ」
ディランが言うと、集まっていた他の者達も苦笑いを浮かべた。
「あはは……まあ、戻れてよかったよ、本当に」
「寂しくなっちゃいますけどね……ぐすっ」
「あたしも結局、大した力になれずじまいだったし、ちょっと悔しいなあ」
そうぼやくラフタに、グルーガがいつものように笑いかける。
「ガッハッハッハ!やれることをしっかりやってりゃ、少なくともあいつの講習が役に立ってるってこった!ってことは、ディランとあいつが作り上げた講習は役に立つもんだって、世界中に伝えられるぞ!」
「……ま、それしかないもんな。明日っから、また頑張るかぁ」
「んじゃ、俺等はまた衛兵のお仕事に戻ろっかな。戻る必要あるかわかんないけど」
「言うな、本気でやめたくなる」
もはやこの場に留まる意味もなく、各自の戻るべき場所へと戻り始める。
「そういえばギルドマスター、講習とか学校の方とか、どうするんです?リョウジさんいなくなっちゃいましたけど」
「後のことは、おいおいだな。あいつの残した資金は冒険者ギルドの資金にしていいって書類もあるし、とんでもねえ厚さの教科書ももらってる。だから、学校も講習も、しばらくは問題なく回るはずだ。必要なら、講師を招いたっていいだろうしな」
グルーガと共に、壁に設置されていた扉を片付けつつ、ディランは答える。
「ま、これからは『リョウジぃぃぃ!』って叫ぶこともなくなるし、俺の胃に優しくなることだけは確かだな」
そう言って、ディランは笑うのだった。
二週間後。
「リョウジいいいいいいぃぃぃぃぃ!!!!!」
ディランの魂の叫びが町中に響き渡った。
現在地はギルドマスターの部屋、正面にはゴブリン三体と衛兵五人。そして、ゴブリンが所持していた手紙を見てすぐの行動であった。
発端は一週間ほど前の、ゴブリンの大規模な群れがトリアの町に移動しているという目撃情報だった。
厳戒態勢で待ち構えていたところ、およそ百体ほどの群れが町に接近。討伐のため、衛兵と冒険者達が出動したところ、リーダーと思しきゴブリンジェネラルと、その配下二体が白旗を掲げながら丸腰で近づき、震えつつも手紙を差し出してきたのだ。
差出人は、S級冒険者リョウジ。その内容は、『できることなら人間と共存したいらしいので何とかしてやってください』という、現場丸投げのとんでもないものであった。
当然、町長にも話は行ったのだが『冒険者が出した手紙なら冒険者ギルドの管轄だ!』と言って閉じ籠ってしまい、仕方なしにディランの所へ話が行き、それを受けての大絶叫であった。
「いや、お前等の態度見れば無害なのはわかるけどよ!?てか、何!?お前等あの卒業検定の時の群れなのか!?で、リョウジに子供の命救われて!?また戦って負けて!?こっちに戻ってきた!?どういう状況なんだよ!!こんな重要なこと、話してから帰れリョウジいいいいぃぃぃぃ!!!!」
「ソノ……スミマセン……」
小さくなって謝るゴブリンジェネラルを見て、ディランは全身がしぼむような溜息をついた。
「は~あ……まあ、もういい。で、なんで俺がこれの裁量を……その、なあ。まずお前等、住むのはいいとして……仕事は何かできるんだろうな?税金ぐらい払えねえと、人間であっても住ませるわけにはいかねえぞ」
「エエト……狩リトカ……」
「あ、悪りい。狩りの手は今過剰なんだ。どこぞのS級のおかげで、冒険者がめちゃくちゃ多いんでな……」
「エ、エエト……鍛冶ナラ、少シハ」
「ほう、鍛冶か……だったら、ちょっとあいつも巻き込……話してみるか」
そこで衛兵を帰らせ、ディランは帯剣しつつグルーガの店を訪ねた。
「グルーガ、入るぞ」
「おう!今日は……」
言いかけて、後ろに続くゴブリンを見つめ、グルーガは首を傾げた。
「……なんだ、試し斬りか?」
「ヒィッ!?」
その言葉に、ゴブリン達は震え上がったが、ディランは呆れたように否定する。
「そこまで趣味悪くねえよ。ええと、かいつまんで説明すると、リョウジのせいだ」
「なるほど……そりゃ仕方ねえな!ガッハッハッハ!」
二人の間では、もうこれだけですべてが説明できるほどには、リョウジは非常識な人間で通っていた。良識はあるのだが、とにかく常識が通用しない、ある意味ではS級らしい人間だったとも言える。
ここまでの流れを、ディランは簡単に説明した。
「――で、ゴブリンをトリアの町に住まわせてほしいと。だが、金を稼ぐ手段がいるだろ?何ができるか聞いたら、鍛冶仕事が少しできるってことでな。だから連れてきた。お前の手伝いぐらいはできるんじゃねえか?」
「ほぉーう、ゴブリンの鍛冶仕事か……個人的には興味がある、が」
グルーガはゴブリン達の前に立つと、その全身をじっくりと眺めた。
「先に言っておくぞ!俺の目に叶わなかったら、お前等に鍛冶仕事をさせるつもりはねえ!それでもいいなら、お前等の仕事を見てやるが、どうする!?」
「オ……オ願イ、シマス!」
「ふん、ならこいつをやる」
ぶっきらぼうに言うと、グルーガはいくつかの鉄鉱石を投げ渡した。
「お前等、炉はあるんだろうな!?」
「イ、イツモソノ場デ作ッテタカラ、戻レバ作レル」
「なるほどな!なら、持って帰って、武器を作って持って来な!期限は一週間だ!それまでは……町のすぐ横にでも住みな!」
「ワ、ワカッタ。一週間ダナ」
こうして、なし崩し的に住む場所まで決まり、ゴブリンの群れは町に寄り添うように集落を作り出した。
当然、トリアの町の住人はそれを不安がり、討伐の話まで出ることはあったが、これを提案したのがS級冒険者であることと、鍛冶屋のグルーガが仕事を見たいと言ったこと、何より町長ではなく冒険者ギルドの裁量に任されているという話をすることで、何とか不安は抑え込めていた。
また、反対にゴブリン側の安全にも気を使う必要があった。人間にはゴブリンの見分けがつかないため、うっかりすると彼等を討伐しかねない。そこで、ひとまず識別のためにゴブリン用の服を用意し、それを着てもらうことにした。おかげでヒヤリとする場面は多々あったものの、ゴブリン側にも人間側にも被害はなく、一応の共存が可能となった。
そして、約束の一週間後。
この日は武器を作ったゴブリンの鍛冶師三人と、まとめ役のジェネラルが村に入り、変わらず帯剣したディランと共にグルーガの店に向かった。
「おう、来たか!で、何を作ってきたんだ!?」
「剣ヲ作ッタ。十本アル」
「何?十本?」
その言葉に、グルーガは訝し気な表情を浮かべた。
「俺が渡した鉄鉱石じゃ、鉄剣一本が限界だったはずだけどな?」
「ソ、ソウダ……ジャナクテ、ソウデス。ダカラ、鉄剣ハ作ラナカッタ。武器ハ、イッパイアッタ方ガイイカラ……」
ガランと、木材の音が響く。一体何を持ってきたのかと、グルーガはそのうちの一本を手に取った。
「棍棒?いや、木剣……ふむ、なるほどな」
それは木剣の刃の部分に、鉄片が埋め込んである武器だった。一応は焼きも研ぎも入っているため、切れないということもないだろう。
「……元々は、獣の牙とか骨を使う感じか」
「ソ、ソノ通リデス」
「めちゃくちゃ原始的な武器だが……まあいい、試し斬りさせてもらうぞ」
そう言うと、グルーガは店の裏手に回り、試し斬りの案山子を用意した。そしてゴブリン達の方に向き直ると、彼等の作った武器を軽く持ち上げた。
「悪いが、全部ぶっ壊すぞ」
「エ!?」
言うが早いか、グルーガは豪快に武器を振り回し、案山子に斬りかかった。
一撃目でドスッと音を立てて刃がめり込み、それを力任せに引き抜いて二撃目を叩き込む。そして三回目で案山子は切れたが、武器の刃も相応に傷んでいた。
それでも構わず、グルーガはガンガン試し斬りを続ける。本体が折れるまで試し斬りを続け、折れたら次の武器を手に取る。そうして最後の一本になったところで、ずっと見ていたディランに顎で示す。
「ほれ、お前もやってみろ!」
「来ると思ったぜ。まあ、ちょっと興味はあった」
ビュッと存外に鋭い音が鳴り、案山子の半分ほどが切り裂かれる。間髪入れずに反対側から斬りかかると、案山子はあっさりと斬れた。
ディランは即座に次の目標を捉え、今度は上から斬りかかる。ガツッと鈍い音がし、めり込んだ刃を力任せに引き抜こうとしたところ、刃が残ったまま木剣が取れてしまった。
一瞬、ディランはその剣を見つめたが、即座に切り替えて案山子を思い切り横殴りにする。すると、勢いに耐え切れず案山子と木剣は同時に折れてしまった。
その様を、ゴブリン達は死刑宣告でもされたかのような顔で見つめていた。体色が緑であるためわかり辛いが、顔色も相当に悪かっただろう。
壊れた木剣を投げ捨てるディランを見て、グルーガは尋ねる。
「で、お前としてはどうだった!?」
「駆け出しにはちょうどいいかもな。俺が使うには、弱すぎる」
「ガッハッハッハ!そりゃあそうだ!こんな武器がお前の相棒になれてたまるかってんだ!」
一頻り笑ってから、グルーガはゴブリン達に目を向けた。
「結論から言うぞ!お前等の技術じゃ、俺の店には並べられねえ!」
「……ソ、ソウ、デスカ……」
がっくりと俯くゴブリンに、グルーガはニカッと笑いかけた。
「だがな、俺の店はこれから改装だ!同じ棚では扱えねえが、隅っこにお前等の場所を作ってやることはできるぞ!」
「エ!?」
てっきり追い出されると思っていたゴブリン達は、弾かれたように顔を上げた。
「お前等、この武器はいくらで売るつもりだったんだ!?」
「エ、エエト……銅貨5枚クライデ……」
「安すぎるな!大銅貨2枚にしろ!なんてったって、銀貨2枚分の鉄剣の材料で作ってるんだからな!」
折れた剣を拾い上げ、グルーガは全体を指で撫でた。
「お前等の言う通り、武器の数ってのは大事だ!一週間でこんだけ作れるなら、安定供給できるよな!それに、刃がなくなっても棍棒としてはまだ使えるし、逆にぶっ壊れるような使い方をしても惜しくねえ武器ってのは、それなりに需要があるもんだ!」
「確かにな。駆け出しに銀貨は重すぎるが、大銅貨ならちょっと頑張れば手に入れられる範囲だ」
そう言うと、ディランはゴブリン達にニヤリと笑いかけた。
「さらに言うと……リョウジの奴からもらった教科書の中に、なかなか興味深い商売も書いてあってな。お前等の作る装備は、それにおあつらえ向きなんだが、一枚噛んでみる気はねえか?」
そもそもが、人間に受け入れてもらえるとは思えなかった。
それでも、大恩ある人間の言葉である。半信半疑ながらも手紙を渡したが、どう考えても鍛冶の神の如きドワーフから自分の仕事を評価されるなど、失敗以外の結果が見える気がしなかった。
ところが、蓋を開けてみれば何だかんだで自分達は受け入れられ、こうして鍛冶の評価までもらえている。そして、受け入れられ、評価されたということは、もう森の中を逃げ回る生活をしなくて良いのだ。
これまでの苦労と、死んでいった同胞達を思い、涙が浮かびかける。しかし、ジェネラルはそれをぐっと堪え、ただ静かに頭を下げた。
「是非トモ……オ願イシマス!」
そして、トリアの町には新たな名物が出来上がった。
町の武具屋の隅にある、小さなカウンター。そこにはゴブリンが常駐しており、彼等が作った武器を安く販売しているのだ。
木剣に鉄の刃を合わせた武器は、そこそこの切れ味があり、また刃筋が立てられなくとも十分な打撃力があるため、駆け出しの練習用の武器としてちょうどよかった。最近ではじっくり加工できるようになったため、武器の質が上がり、また木製の盾や胸当てなども販売されるようになっている。
また、冒険者講習でも新たな試みが始まった。
Eランク限定ながら、装備の貸し出しがされるようになったのだ。壊しさえしなければ、本来の十分の一程度の金額で借りることができ、ゴブリンの武器ともなれば、銅貨2枚で借りられるのだ。さらに、気に入れば正規の値段を出して買い取ることもできる。
おかげで、予備の武器として借りて行ったり、使い心地を試すために借りる者がいたりと盛況であり、貸し出しの範囲を広げてくれという要望の声があちこちから届いている。
そういった書類を見つめながら、ディランは小さく息をついた。
「ほんっとに、ほんの二年前までは、ただの田舎のギルドだったのになぁ……」
「あの時、笑った奴等を見返してやるーって言ってたのが、遠い昔みたいですよね」
アイシャは応接セットに陣取り、経理の仕事をしている。最近では受付業務及び、ウェーバーのように穏やかな喋りをできる者も増えたため、アイシャは経理の仕事をしていることが多かった。その手元には、リョウジが作った教科書第一号の写本がある。すっかり使い込まれてボロボロになっているが、未来永劫現役の予定である。
「あいつらが来てから、冒険者講習の町になって、学問の町になって、今じゃゴブリンと共存する町になって……どこまで変わってくんだかな、この町は」
「他のギルドから、装備貸し出しの問い合わせも来たりしてますよ。あと、たぶん知ってると思いますけど、資金力は王都の本部に次ぐ規模になりました」
「はっはっはっは!あいつが残した分を差っ引いても、すげえ額入ってきてるもんなあ!まったくほんとに、ざまあみろってんだ!」
大金貨1枚の出費でも業務に支障をきたす程度でしかなかった田舎ギルドは、今や白金貨1枚程度なら余裕で耐えられるほどの規模に成長していた。出ていく額もかなりのものだが、収入はそれをはるかに上回っている。
そしてその収入は、かつて『現実を見ろ』とまでこきおろされた講習によるものが大半なのだ。それを知った各ギルドは慌てて真似しようとしているようだったが、教材もノウハウもなく始められるほど甘くはない。今では皮肉にも、その言葉は真似しようとしている他のギルドに対して、トリアの町のギルドが吐く言葉になっているのだった。
「……けど、このまま胡坐かいてるってわけにもいかねえんだよな。もうあいつはいねえし、今度は……今度こそ、俺達自身の力で、講習を続けて、そんで発展させていかなきゃいけねえ。いよいよ本番ってことだな」
「そうですね。でも、リョウジさんからは色んなこと教えてもらいましたからね。きっと、この先も大丈夫ですよ」
「ほんっと、あいつにとっては災難でも、俺達にとっては幸運だったな……胃薬は手放せなくなったけどな!」
ディランとアイシャは揃って笑い、再び仕事を始める。
ほんの一年半ほどしかいなかった、異世界の旅人。彼がもたらした知識は、この町とギルドの在り方を大きく変えた。
今はいない彼に感謝しつつ、一部の面では恨みもしつつ、彼が残してくれたものを大切にし、そして磨いていこうと、彼等は心に誓うのだった。




