せめて、お前だけでも
グルーガに製作物の注文をしてから、二ヶ月ほどが経過した。まだ依頼の品は出来上がっておらず、リョウジは相変わらず講師として活躍している。
だが、既に退職の可能性があることは周知されており、その前に何としても講習を受けようという者達が連日押しかけてくるようになったため、今やリョウジの講習は立ち見までいる状態である。
さらに、ディランの発案でギルドでの特別依頼という形を取り、希望者の中から一日5人限定で、マンツーマンの講習を受けられる権利が買えるようになっていた。その値段たるや、大金貨一枚という超高額であるにもかかわらず、競争率10倍を切ったことはないという恐ろしい状態だった。ちなみにリョウジ自身の給料は変わらぬ大銀貨2枚である。
もはや原価回収どころか、とんでもない量のおつりが来ているとは思うのだが、金があって困ることはないからだろう。稼げるうちにどんどん稼ごうというギルドの姿勢を、リョウジは内心苦笑いしつつも黙認していた。
夕方頃に仕事が終わり、コウタは預けたまま、グルーガの店に向かう。そして製作物について、グルーガと打ち合わせをする。
「質感はだいぶ良くなりました。あとこの辺、もうちょっと色合いを暗くできますか?それと、もうちょっと全体に中古感が出るといいんですが」
「色合いはわかった。中古感って言われてもな……傷でもつければいいか?」
「あんまり大きい、要は目立つものはやめてください。細っかい傷なら大丈夫です」
「うーん、なら日焼けでもさせるか?そうすりゃ使ってる感じは出るよな?」
「そうですね、一回試してみてもらえますか?もしダメだったら塗り直しか作り直しになりますけど……お金はまだあるので」
「既に白金貨3枚分はもらってるんだがな……おめえの依頼が終わったら、店の改装でもするとするぜ!ガッハッハッハ!」
特注品の上、作り直しに次ぐ作り直しによって、リョウジの資産は驚くべき勢いで減っていたが、当の本人はまったく気にしていない。
グルーガの店を出ると、コウタを回収して一緒に夕飯を食べ、宿に戻る。それが、リョウジの日課だった。
そして、ついにその日が来る。
グルーガの店に入り、工房に入る。それを一目見るなり、リョウジの動きが止まった。
「おう、来たな!どうだ、こいつは!今度こそ注文通りの品じゃねえか!?」
「ええ……ええ、完璧ですよ、本当に……!これで、やっと……!」
リョウジは目を固く瞑り、大きく三回深呼吸をした。それから目を開けると、再び口を開く。
「では、すみませんが、設置の方法や、その日取りなどについても相談したいのですが」
「おう、何でも……!あ、いや、せっかくならギルドに依頼として出すといい!指名依頼なら、会いてえ奴全員に届くしな!」
「なるほど、指名依頼……わかりました。では、明日指名依頼を出しますので、細かい内容は依頼書に書いておきます」
「おう、わかったぜ!」
「では、今日はこれで失礼しますね」
そう言って店を出ようとする背中に、グルーガは声をかけた。
「ちょっと待ちな」
「あ、はい?」
一体何だろうかとリョウジが訝しんでいると、グルーガにしては珍しく、慎重に言葉を選んでいるようだった。
「……俺は、おめえの知識のおかげで、ここ数ヶ月はえらく楽しんだ。めちゃくちゃ軽く動く馬車に、振動の少ねえ荷車。滑空できる翼も作ったな。熱で浮かぶ気球とやらは、まだ作れてねえが……何にしろ、おめえには感謝してる」
「……」
「だからな、その……まあ、なんだ」
しばらく悩んだ後、グルーガはいつものように豪快に笑った。
「ガッハッハッハ!俺らしくもねえな!ただな、お前がいなくなったら、張り合いがなくなっちまうなって思ったのさ!」
「……そうならないように、ギルドマスターに知識ノート渡してありますので、刺激が欲しかったら見せてもらってください」
「おっ、そりゃいいこと聞いたぜ!明日にでも見せてもらうとするか!」
笑顔を交わし、リョウジは店の外に出る。夕闇の迫ってきた空を見上げ、大きく深呼吸をする。
「今度こそ……!」
小さく呟き、リョウジは歩き出す。そして、コウタを連れて冒険者ギルドに向かうと、早速指名依頼を頼むのだった。
それから二週間後。その日、リョウジは朝からコウタを連れていた。
コウタに妨害されつつ講義を行い、コウタに奪われつつ食事をし、コウタの世話をしつつ追加の講義を行う。
仕事を終え、夕食を取って店を出ると、コウタは抱っこをせがむ。リョウジが抱き上げると、コウタは嬉しげに笑った。
「うふっ、うふっふふふふーぅ!うぃーい、とた!」
「嬉しそうだねえ。まあ、最近ずっと一緒ってことも少なかったもんね」
頭をぐりぐり押し付けられつつ、リョウジは歩き出す。
当たりは夕焼けに染まっており、普段であれば宿屋に直行だった。しかしこの日は、むしろ宿とは反対方向に歩いていた。
しばらく歩き、町の外壁付近まで来ると、リョウジは視線を巡らせた。
「お、来たな」
「ガッハッハッハ!言われた通り、こなしておいたぞ!」
「リョウジさん、久しぶり!」
「コウタも元気そうじゃないか!」
「皆さん……来てくれたんですね」
そこにいたのは、ギルドマスターのディランにグルーガ、最初にパーティを組んだラフタとジェイル。
「私にまで出てたのはびっくりしましたよー!」
「俺はたまに会ってましたから、そこまで久しぶりではないですけど、その節は」
ギルドの受付嬢であるアイシャに、最近はギルド職員として定着しつつあるウェーバー。
「俺なんか、最初に事情聴取しただけだぞ」
「あの野郎のご……尋問では、お世話になったね。まあ僕も呼ばれるとは思わなかったけど」
そして、初日にお世話になった衛兵の隊長と、その事情聴取及びイヴァンの尋問で一緒だったアレスである。
それらを見つめ、コウタはスンと表情を消すと、一言呟いた。
「……かり」
「ちょっと待ってね。挨拶してから。皆さんすみません、お忙しいところを」
「いや全然!そもそもね、依頼金高すぎだから!こんな程度で大金貨1枚とかおかしいからね!?」
「うん。正直あたしも、リョウジの名を騙った詐欺かなって思った」
「俺もう衛兵やめようかなって、本気で悩んだよ、うん」
「……正直、俺も思ったぞ」
「本当は、もっと色々な方にもお渡ししたかったんですが……もう、資産はいりませんからね」
他にも、ギルド講習の一期生全員に指名は出したのだが、都合がついたのはこの三人だけであった。また、シラッドは別の依頼を受けていて参加できず、オウリス侯爵にはそもそも依頼の出しようがなかった。
「設置はしましたが……うまく、いきますかね?」
「うまくいくって信じましょう!じゃあ、設置は完璧にしてありますので!」
リョウジは静かに頷くと、帰りたいモードのコウタに声をかけた。
「ねえコウタ!あれ、見てみて!」
そう言って指さした先。本来なら町の外壁があるだけのはずだったが、そこには二人にとって見覚えのある扉がついていた。
「……かり?」
「そう、帰れるかも!あれって、おうちのドアだよね?だったら、あれ開けたらおうちに繋がってるかも!」
それはどう見ても、リョウジ一家の自宅の扉だった。グルーガに依頼し、二ヶ月以上かけて作ったそれは質感から何から、完全に自宅のドアにしか見えないほどの出来栄えだった。
リョウジはコウタを下ろす。すると、コウタはいそいそと扉の前に立ち、迷うことなくドアノブに手をかけ、そして引いた。
その先には、壁があるだけのはずだった。
だが、今彼らの前に広がるのは、見たことのない、そしてリョウジとコウタにとっては見慣れた家の内装だった。きれいに掃除された玄関に、百均で買った傘立て。奥にはリビングに続く扉が見える。
「っ!」
今すぐに飛び込みたい気持ちを全力で押さえつけ、リョウジは自身のスキルを限りなく弱い状態まで抑え込む。そして、震える手で扉の中へと手を伸ばした。
ヒタ、と、見えない壁に押し留められ、その手が止まった。
「……」
リョウジが危惧していたのは、これだった。
コウタに、ここが家の扉であると信じさせれば、『スキルによって』繋ぐことはできるだろう。しかし、あくまでスキルによって作られた帰り道を、リョウジが通ることができるのか。
下手をすれば、リョウジの手によって、その帰り道をも閉ざしかねない。そして一度期待を裏切られれば、コウタはもう二度と同じ手には乗らないだろう。
だからこそ、今回リョウジは自身の能力を『干渉されない』程度に抑え込んでいた。そうでなければ、きっとこの帰り道も、触れた瞬間に消えていたことだろう。
リョウジは俯き、歯を食いしばった。握られた手が真っ白になり、ぶるぶる震える。
「……っ…………!」
それでも、次に顔を上げた時、リョウジの顔には笑顔が浮かんでいた。
「ほら……おうちだよ。コウタ、先に入って」
「おかーり!ただーま!」
「っ!?……そんな、ことも…………言えるように、なったんだね……!」
溢れそうになる涙を全力でこらえ、リョウジは優しい笑顔を浮かべた。
「じゃあね……洸太、由美さん……」
そう呟き、リョウジはそっとコウタの背中を押すのだった。




