立てずとも跡を濁さず
「随分とまあ、細っけえ設計図だな!質感の指定まであるのは初めてだぜ!ガッハッハッハ!」
リョウジが持ち込んだ設計図を見て、グルーガは豪快に笑った。
「これでもまだ、指定し足りないんですけどね。作れそうですか?」
「そうだなあ……作れねえとは言わねえが、凄まじい額になるかもしれねえぞ?」
「私の財産、全部使っても構わないので、お願いします」
「そうか……ならまあ、やってみるぜ!意外と安く済む可能性だってあるからな!」
「よろしくお願いします」
背中にコウタを背負ったまま、リョウジは頭を下げた。それを真似してか、コウタも『よー、がっ』と言ってリョウジの背中に頭突きをしていた。
グルーガの店を出たリョウジは、そのまま冒険者ギルドへと足を向ける。
学校の講師であり、なおかつギルド職員でもあり、そもそもS級冒険者であるリョウジは完全に顔パスである。アイシャに軽く断りを入れると、そのままギルドマスターの部屋へと向かう。
「ギルドマスター、リョウジですが入っても大丈夫ですか?」
「おう、問題ねえぞ」
部屋の中では、ディランが相変わらずの書類の山と格闘していた。もはや机の上だけでは飽き足らず、応接セット目前まで書類が進出しており、ギルドマスターの部屋というよりはもはや資料室である。
「で、一体何の用だ?」
「簡潔に申しますと、お暇を頂こうかと」
ピタリと、部屋の空気が固まった。ややあって、ディランは二回ほど失敗しつつペン立てにペンを置くと、手を組んでリョウジの顔を正面から見つめる。
「……帰る手段が、見つかったのか?」
「と、言うより……賭けに出ます。その賭けに勝てば、帰れるかもしれません」
「賭け、か……外れた場合は、当然……」
「ええ。この世界に留まることになるでしょうね」
ディランは眉間を揉むと、改めてリョウジの顔を見つめる。
「一応聞くが……この世界じゃ、お前はもはや英雄で、伝説の男だ。財産だって、目ん玉飛び出るくらい持ってるだろ?それでも、帰るんだな?」
「元々、全てはそのためですので」
「この世界で、平穏に暮らそうって気はないか?」
「コウタがいる限りは、平穏とは無縁かと……」
二人はお互いの顔をしっかりと見たまま、言葉を交わす。
「……賭けの勝率は?」
「ある程度グルーガさん次第ですが、グルーガさんの腕なら4割くらいはいくかと」
「あいつで4割かよ……危険はねえのか?」
「失敗した場合、コウタが狂乱する可能性はありますが……」
ちらりと、背中のコウタを見てからリョウジは続ける。
「最悪、コウタだけでも帰すつもりです」
「二人は行けない可能性もあるのか……そうなった場合は、どうするんだ?」
「出戻りの許可が得られれば嬉しいですね」
冗談めかして言うリョウジに、ディランは頷いた。
「覚悟は本物か……可能性がある以上、帰ることを前提に、つまりはお前さんがいなくなることを前提に動けばいいんだな?」
「はい。失敗前提に動いては、成功した時がコトなので……」
「逆ならまあ、そこまで問題はねえもんな。ただ、そうなると学校側をどうするかって問題はあるんだが……」
ディランが言った瞬間、リョウジは懐から紙の束を取り出し、机の上にドサッと乗せた。
「そう言われるかと思って作りましたよ、学校の教科書!」
「よぉし、お前なら絶対やってくれると思ってた!」
二人は笑顔で握手を交わし、そしてディランは真顔になった。
「……思ってはいたが、これお前、マジで王都に納めるような学術書だからな?こんな片田舎にあっていい物じゃねえからな?」
「では写本した上で、原本納めましょう。そうすれば王都の面子も立ちますよね?」
「まあ、な。それで、どれどれ……ほう、言語学、数学……社会学とやらはちょっと危ねえかもな。あとは医学、心理学、科学…………へえ、機械があれば人って空飛べるのか…………飛び方って色々あるのか…………うん、これマジで王都行き確定だな。できれば独占してえが、バレたら暗殺者が来てもおかしくねえわ、この書物。大白金貨があっても買えねえぞこんなの」
言いながら、ディランはその禁書を鍵のかかる机の引き出しにしまい込んだ。ただし彼の頭の中では、この禁書の写本がすべての業務の中でも最優先事項となっていたが。
「まあ、内容に関しては、一気に出すと混乱の元になるからな。学校で少しずつ開示していくつもりだ」
「扱いに関しては、お任せします。私が残った場合は、またその時に話しましょう」
それから少し話をして、リョウジは部屋を出た。
一階に降り、カウンターの中に入ると、リョウジはアイシャを呼ぶ。
「あ、すみません!ちょっと変わってもらっていいですか?……お待たせしました、リョウジさん!」
受付を変わってもらったアイシャは、文字通りリョウジの前まですっ飛んできた。その勢いに苦笑いしつつ、リョウジは口を開いた。
「突然すみません。実は、近々職を辞すことになりまして……」
「えっ……!?」
「具体的に言うと、元の世界に帰るための賭けに出ます。なので、戻れた時のことを考えて、身辺整理と、お世話になった人へ挨拶をと思いまして……」
アイシャはすぐには反応できなかった。それでも、精いっぱいの笑顔を作ると、努めて明るい声を出した。
「そ、そうなんですね!賭けとはいえ、手段が見つかったなら、嬉しいことじゃないですか!」
「そう、ですね。賭けに勝てれば、一番嬉しいですが……何にしろ、アイシャさんには下手すると一番お世話になったので、きちんとお礼をしなければと思いまして……」
一体何のことかとアイシャが首を傾げていると、リョウジは懐からボロボロになった地図を取り出した。
「あ、それって……」
「この地図のおかげで、何度救われたか……おかげで危険な国もわかりましたし、行き先がどんなところかもわかったので、本当に助かったんですよ。だから、その感謝をお伝えしたかったんです。本当に、ありがとうございました」
頭を下げるリョウジを見つめ、アイシャは言葉に詰まった。
確かに、その地図は自分が用意したものであり、ギルド職員の職権を濫用しまくって作り上げた最高の地図だと言える。だが、それがどうして作られたのかというと、決して純粋な気持ちだけではなかった。
万に一つでもいい。あわよくば、自分に好意を持ってもらえないだろうか。何かの間違いでもいいから、自分を好きになってもらえないだろうか。
そんな気持ちが一つもなかったと言えば、嘘八百を下らない。だからこそ、そんな気持ちで作られたものに対して、お礼を言われるのはむしろ後ろめたい気持ちが勝ってしまった。
「そ、そんな、こと……だ、だって、私……そんな、そんなきれいなものじゃ……!」
「アイシャさん」
言いかけたアイシャの手をリョウジは両手で包み込むように握った。アイシャはビックゥ!と体を震わせ、そのまま彫刻と化した。
そんなアイシャに、リョウジは悪戯っぽく微笑みかけた。
「きれいか、そうじゃないかなんて、関係ないんですよ。私は、この地図のおかげで助かった。それは事実なんですから。むしろ、その功績を持って『もう一度プロポーズ』……じゃない、『もう一度オールオープンしろ』くらい言ってもいいんですからね?」
「えあっ!?あっ、そ、それはっ!なっ、し、知ってっ!?」
「旅の途中で知りました」
「ああああぁあぁぁぁあぁぁあああああ!!!!」
アイシャはリョウジの手を振り払い、顔を両手で覆いながら床をゴロゴロと転げ回った。足もバタバタさせていたので、乙女として色々見えてはいけないものも見えていたが、その場の誰も声をかけない程度の優しさはあった。
その動きが面白かったのか、コウタはリョウジの隣で『どうっふふっふふふ』と妙な笑い声をあげていた。
「こ、ころしてください……わたしはもういきてはいけない……いきていてはいけない……」
「言いすぎですし、そこまでのことじゃないですからね?それに何より、恩人を殺すなんてできるわけもありません」
アイシャに肩を貸して起き上がらせると、リョウジは改めて笑いかけた。
「地図だけではなく、ギルド職員としての仕事も教えてもらいましたし、コウタもちょくちょくお世話になりましたし、アイシャさんには本当に、本っ当にお世話になりました。少なくとも、元の世界に戻れても、絶対に忘れはしません」
アイシャはしばらく俯いていたが、やがて覚悟を決めた表情になると、顔を上げてリョウジの顔を正面から見つめた。
「そ、それならっ……お礼として、何か私物をもらってもいいですか!?」
「私物、ですか?鞄とかでしょうか?」
「具体的には!服とか!」
ギルドにいた全員が『こいつ何言いだしてんだ』という顔でアイシャを見つめたが、彼女はもう完全に吹っ切れていた。
「ふ、服と来ましたか。何か着替え分とか持ってきます……?」
「今着てるのがベストですがっ!他のでもいいですっ!今着てるのが一番ですけどっ!!」
ギルドにいた全員が『あ、こいつ本性はやべえ奴だ』ということに気付き、そっと視線を戻した。
「……脱げばいいんですか?」
「はいっ!!!」
「今ここで?」
「もちろんっ!!!」
「…………まあ、言い出したのは私なので……着替え持ってきてからでもいいです?」
「っしゃあああぁぁ!!!」
雄たけびと共に、天に両拳を突き上げるアイシャの顔は、その雄々しい声と行動とは裏腹に、誰が見ても幸せの絶頂にいる乙女という表情をしていた。




