WMコール
「おっとったー、いぇんー」
「リョウジさんすみませんー。コウタ君が飽きちゃったみたいでー」
部屋の外からコウタとアイシャの声が聞こえ、リョウジの殺気が一瞬にして霧散する。
「ああ……今行きますので、少々お待ちを」
言いながら、振り返った背にイヴァンが声をかけた。
「おっさんよぉ……俺がいねえと帰れねえんだろ?だったら少しぐらい、手加減しろよな」
何を勝手なことを言っているのかと、フレイルのフルスイングをぶち当てたい気分になりつつ、リョウジは無視して扉を開けた。
「とた。ありえりえ、とた」
「はいはい、抱っこかな。楽しかったかい?」
コウタを抱き上げようとした手が、ふと止まった。
もはや、リョウジはイヴァンに何の期待もしていない。だが、野放しにするわけにもいかない。殺してしまえば話は早いが、それだけで済ませるのも癪である。できれば、この先長い人生全てを苦痛で彩られてほしいと思っていたが、そのためにはスキルが邪魔だった。
今のところ、『ワールドルーラー』に対抗できるのは『治外法権』だけだと思っていたが、そもそもが『ワールドマスター』の劣化である。であれば、息子の力をうまく使えば、どうにかできるのではないか。
そして、この世界はまるでゲームのような理で動いている。一般的なMMOではサポートやゲームマスターのコールという項目があったりするが、もしやこの世界でも同じことができるのではないか。
一番の問題は、息子と正確に意思の疎通をするということだが、これについては既にクリアしている問題である。
「……すみません、そこのガキと私を縄で繋いでもらえます?」
「え?ああ、いいけど……?」
突然の申し出に困惑しつつも、アレスはイヴァンを縛り上げ、リョウジにその端を持たせた。
「ちょっと待ってねコウタ」
リョウジは大きく息を吸い、口を開く。
「コール ワールドマスター」
リョウジが言うと、不意にコウタが視線を動かし、そしてリョウジを見上げた。
「とたお?」
リョウジの視界に、新たなウィンドウが開かれる。そこには『どのような要件ですか?』と書いてあった。
「対象……イヴァン。要件……イレース、スキル」
「え?な、何を言っているんですか?あの、リョウジさん?」
王都の官吏が尋ねるが、リョウジはそれを無視する。
「理由か……普通に喋っていいのかな?そいつのスキルは、お前の世界を勝手に作り変える可能性がある。お前の世界で、好き勝手しようとしてる」
リョウジが喋っている間、コウタは一点をじっと見つめていた。そして、リョウジの言葉が終わると、イヴァンに視線を移した。同時に、リョウジの視界には『対象が特殊な状態のため、行使できません。スキルを解除してください』というウィンドウが現れた。
「……逃がさないよね?」
思わず尋ねるも、コウタに動きはない。それでも、リョウジはコウタを信じ、持っていた縄を放した。
直後、イヴァンは自身を縛る縄を、腕力だけで引きちぎった。
「何か知らねえが、ありがとよじじい!おかげでっ……あ、あれ?」
恐らくは転移を試みたのだろう。しかし、イヴァンの身には何も起こらず、そしてコウタが一言呟いた。
「だりん」
その瞬間、真っ黒な光、としか言えない何かがイヴァンの体から迸った。それはまるで、スキルを得た時の光を正反対にしたような、異様な光だった。
その光が収まると、イヴァンはその場にへたり込んだ。
「な……なんだ、今の……?体に……力が……?」
リョウジの視界に、イヴァンのステータスウィンドウが現れた。異常な値だった数値はすべて一桁台にまで落ち込んでおり、固有スキルの欄には『NULL』という文字が書かれていた。
「……これ、オールオープンにできる?」
そう尋ねると、コウタはちらりと何かを見、そして全員にそれが表示された。
「なっ!?なんだいきなり!?え、スキル……ぬ、ぬる?」
「い、今の黒い光は!?そ、それにこれはっ……!?一体、何が起こったんですか!?」
その場にいた者は、見たこともない光景に騒然となった。そして当の本人であるイヴァンは、絶望の叫び声をあげた。
「あ……ああああぁぁぁ!!な、なんでだよ!?俺の、俺のスキルがあ!?何したんだ!?何したんだよぉぉ!!嘘だ嘘だ嘘だぁぁぁぁ!!!」
その悲鳴を聞きながら、リョウジは王都の官吏に声をかける。
「これで、スキルの脅威は去りました。もう、私は必要ありませんね?」
「あ、ええ……ですが、その、これは一体……?もしや、あなたの息子の力なのですか?」
その言葉に、リョウジは一瞬警戒したが、官吏は穏やかに手を振った。
「ご安心を。あなたと息子のスキルに関しては、すべて聞き及んでいます。王より、全てを聞いた上でこちらに来ていますので」
「そうでしたか……ええ、まあ、言うなれば、神様にお願いを聞いてもらった、というところでしょうか。その『NULL』っていうのは……まあ、削除された状態を表してると思ってもらえれば。なので、新たにスキルを習得することはないでしょう」
リョウジの説明に、官吏は神妙に頷いた。
「まさに、神の御業ですね……わかりました。これまでのご協力に感謝を。それで、彼に関してですが……年齢と助命嘆願とを考えると、恐らくは、無期限の炭鉱奴隷となるでしょう」
案外軽い刑だなと思っていると、官吏は少し声を潜めた。
「このステータスを見る限り、きっと目標は一度たりとも達成できず、毎日罰を受けるでしょう。そして……このステータスと、この若さで、顔も悪くはないので、人気が出そうです……その、慰み者として……」
「……なるほど」
「さらに、死なれるとみんな困るでしょうから、本当に危険なところにはやられないでしょう……少なくとも二十年ほどは。その後に関しては……神のみぞ知る、というところでしょう」
自分を玩具として召喚した者が、みんなの玩具になるのは皮肉だなと思いつつ、リョウジは頷いた。
「わかりました。それでは、あとはお願いします」
「ええ……リョウジさんも、その……」
管理は一瞬言い淀み、少し重い口を開けた。
「あまり、気を落とさず……」
「……お気遣い、感謝します」
そう言うと、リョウジはコウタを抱き上げ、階段を上り始めた。
「それじゃあコウタ、何かお昼でも食べてから……宿屋に、帰ろうか」
「おっかりー。おいや、ごきふん」
ほんの僅かではあったが、見えていた希望は自分の手で消し去ってしまった。後悔は無いとはいえ、やはり気は重かった。
そうして、リョウジはコウタを抱いたまま、ひどく重い足取りで去って行くのだった。




