最悪の相手
ゼーストの町からは、すっかり人の気配が消えていた。逃げ出せる者はすべて逃げ出し、もはや討伐対象と死体以外は誰も残っていないのだろう。
さすがに、危険極まりないとわかっている戦いに息子を連れて行くことはできず、リョウジはディランにコウタを託した。
「すみませんが、息子をお願いします。今回はさすがに、連れて行くのは無理そうなので」
「試験の最後の時と一緒だな……頼むから、無事で、早めに、戻って来いよ。とはいえ、俺もお前に何かあったときの戦力として、ついてかなきゃいけねえんだがな……」
「またー」
「マスターね。無事に帰って来られることを祈りましょう」
そして、リョウジとコウタ、そしてディランは町の中を歩きだした。
リョウジは周囲を見回しながら、ゆっくりと歩き続ける。ここに来たのは、一年近く前のことだったが、随分と昔のことのように感じる。
様々なことがあった。大変な苦労もした。魔物であれば、既に何体も殺してきた。
どれもこれも、日本で暮らしていれば、経験しないことだった。むしろ、経験しなくていいことだった。
それを強いた相手が、この先にいるかもしれない。そう考えるだけで、リョウジの顔からは表情が抜け落ちていく。
だが同時に、冒険者としての勘が、それを押し留める。
危険な相手であることは確実である。であれば、冷静にならなければならない。冒険者として、決して実力がある方ではない自分が生き残るためには、常に冷静にあらねばならない。
リョウジは立ち止まり、大きく息を吸う。
四秒吸い、四秒息を止め、四秒かけて息を吐く。
それを終えると、リョウジは再び歩き出した。その顔はいつもの表情に戻り、視線は油断なく周囲を窺っている。
やがて、前方に元モストル子爵邸が見え始めた。こいつにも苦労させられたなと、若干意識が逸れた瞬間。
目の前に、中学生ぐらいに見える男子が立っていた。リョウジは咄嗟に武器を構え、油断なく相手を見つめる。
「まったく、今度はどんなゴミが来るのかと思ったら……なんだ、このおっさんは」
「……貴方が、ここの警備兵を殺して、シラッドさんに大怪我を負わせた方ですか?」
表情も感情も殺し、リョウジは尋ねる。
「なんだなんだ?あんた、本当に冒険者か?随分と弱そうな喋り方だな?ま、俺に敬語使ってるところは褒めてやるよ。そうだ、俺がやった」
「そうですか。では、貴方が討伐対象で間違いないですね。それと、もう一つ聞きたいのですが……」
リョウジは大きく深呼吸し、相手を睨みつける。
「私達を、この世界に引き込んだのは、貴方ですか?」
「え?」
イヴァンは目を瞬かせ、そして大声で笑いだした。
「はぁっはっはっは!お前か!お前かよ、引っ張ったのって!いや、何が来んのかなって思ったら、こんなおっさんかよ!はっはっはっは!」
リョウジの顔から、表情が抜け落ちた。
「……やっぱり、お前か」
「あ?口に気を付けろ、おっさんが。俺だって、てめえのせいで一年も寝込んでんだ」
両者は互いに相手を睨みつけ、身構えた。
「俺はリョウジ。お前は?」
「てめえに名乗る名前なんてねえよ、ゴミめが」
「じゃあ、クソガキとでも呼ぶか」
「言ってろ、クソジジイが!」
イヴァンは一瞬溜めを作り、手を振り上げた。
「吹き飛びな!」
直後、リョウジの足元の地面が激しく隆起した。しかし、直前にリョウジはその場を飛び退いており、ギリギリでかわしていた。
「だったら、挟み込めぇ!」
今度は左右の地面が隆起し、プレス機のように挟みにかかる。リョウジは即座に身を投げ出し、すんでのところでそれをかわした。
「ちっ、ちょこまか動くジジイだな!」
「こっちこそ、百発は殴らないと気が済まないんでね!」
「やってみろよ!ゴミがぁ!」
イヴァンは石を拾うと、それをリョウジに投げつけた。咄嗟に盾を構えて受け流すが、かなり浅い角度で受けたにもかかわらず、オークウッドのバックラーに大きな傷ができた。
「おらおらおらぁ!殴らねえと気が済まねんだろ!?だったら逃げ回ってねえで、こっちに来てみろぉ!」
イヴァンの猛攻が続く。地面が盛り上がり、それを避ければ投石が襲いかかり、リョウジには反撃に移る隙もない。
それでも、驚異的な集中力でそれらを凌ぎ続ける。そして数分経った頃、イヴァンが苛立たしげに息を吐いた。
「はあ~~~ぁ、ほんっとに、ゴキブリみてえに逃げ回るジジイだな。さっさと潰れてりゃ楽なのによ」
「そうもいかないんでね。依頼を受けた冒険者として、お前に無理矢理連れてこられた被害者として、お前をぶちのめす義務と権利があるからな」
それを聞くと、イヴァンは鼻で笑った。
「はっ、ぶちのめす?さっきからゴキブリみてえに逃げ回ってるだけのお前が?俺を?はっ!笑わせる!そもそも、お前が俺に近づけたところで、俺の力は千超えてるんだ!お前はよくて50程度だろ?あるいは30か?かなうわけねえだろうが!」
リョウジは一切の表情を出さず、淡々と口を開く。
「フカシこくのも大概にしな。人間がどうやってそんな力になるんだ」
実に安い挑発であり、実に分かりやすい誘導尋問だった。
しかし、自身の力に酔ったシラッドはそれに気づかず、気づいたところで気にも留めず、それに乗った。
「お前等凡人とは違うんだよ!俺は『ワールドルーラー』だ!この世界は、俺が何でも自由にできるんだ!この世界に、俺に勝てる奴なんかいねえんだよ!」
「ワールドルーラー?」
リョウジは思わず聞き返し、一瞬考え、そして大声で笑いだした。
「あっははははは!あーっはっはっはっはっは!」
「なんだジジイ?舐めてんのか?それとも、かなわねえとわかって気でも狂ったか?」
イヴァンの言葉に、リョウジは笑いを収め、代わりに獲物を見つけた獣のような目で睨みつけた。
「ワールドルーラーねえ、ワールドルーザーの間違いだろ?」
「るーざ……なんだそりゃ?」
「どうだっていいだろ。何にしろ、言えることは一つだ」
リョウジは大きく息をつき、身構えた。
「お前は、俺に、絶対勝てねえよ」




