風雲急を告げる報せ
「きーとーたきたき、きーとーたきたき、きーとーたきたき、きーとーたきたき」
「いーとー巻き巻き、いーとー巻き巻き……どんだけ巻くの」
ご機嫌に歌うコウタに、その歌に突っ込みを入れるリョウジ。いつもと変わらぬ日常である。
「最初に、その子を見たときは何事かと思いましたが……なかなか、可愛らしいお子さんですね。移動の合間も癒されましたよ」
「そう言っていただけると助かります。では、これで依頼は達成ですね。こちらにサインをお願いします」
彼等がこの世界に来てから、ついに一年が経過していた。結局、未だに自分達をこの世界に呼んだ者はわからず、手がかりもない。
そこで、リョウジは新しい場所をあちこち動くより、これまでの町に見落とした情報がないか探ろうと考え、少しずつトリアの町方面へと戻っているところだった。
依頼人のサインをもらい、まずは依頼達成の報告をしようと冒険者ギルドへ向かう。報告が終わったら、宿を確保して昼食をとって、などと考えていたのだが、そのスケジュールは受付で話すなり崩壊することとなった。
「あ、『子連れ狼』のリョウジさんですね?護衛を終えたばかりで申し訳ないのですが、リョウジさんに緊急の指名依頼が入っていまして……」
「ええ……まさか、また単独護衛とか討伐とかじゃないですよね?」
「残念ながら、討伐依頼です」
「……拒否でお願いします」
両手を持ってジャンプするコウタを高く跳ねさせつつ、リョウジは割と本気で断ったのだが、受付嬢は言葉を続けた。
「すみませんが、拒否はお受けできません。それと、依頼人なんですが……現トリアの町のギルドマスター、『魔法斬り』のディランと、『迅影』のシラッドの連名となっています」
「えっ!?」
本気で驚き、聞き返す。聞き覚えがあるのはもちろん、どちらもリョウジの手など借りずとも、難なく依頼を達成しそうな人物だった。
それが、まさかの連名での依頼である。想像もつかないような緊急事態であることは容易に想像がつく。
「……わかりました。詳細はどちらで?」
「ギルドマスターの所へご案内します。ミーチャ、ちょっと受付変わって!」
コウタをおんぶし、リョウジは受付嬢についてギルドマスターの部屋へと移動する。この町のギルドマスターは別の種族の血が入っているのか、耳がやや大きく先端が尖っていた。だがそれ以外は人間と変わらず、見た目も強面の山賊である。
「よく来た、『子連れ狼』。で、来たばっかりで悪いが、ちょっと場所変えるぞ」
「あ、はい。ちょっと待ってくださいね……コウタ、座んないで。ああいや、座ってもいいけど立って。また別の場所行くよ」
「こあ、りー、だり」
「はいはいごめんね。動くから……抱っこでもいいよ。あ、肩車?じゃあいいよそれでも」
「……思った以上に大変そうだな、お前……」
ソファに座ろうとしていたコウタを何とか宥め、リョウジはギルドマスターについて歩く。
廊下を歩き、突き当りの隠し扉を通り、さらに隠し階段で地下へと降りる。一体どこに連れて行かれるのかと思っていると、何やら巨大な魔石が安置してある部屋へとたどり着いた。
「お前、これを見たことは?」
「いや、初めて見ました。何ですかこれ?」
「冒険者ギルド間で情報が回るのが、妙に早いなと思ったことはないか?その理由がこれ、遠隔通話装置だ」
「なるほど、無線があったんですね。それで、これを使うんですか?」
「そんなに驚かねえんだな……まあいい。そこのボタンを押すと、トリアの町と繋がる。押してみろ」
そう言われると、リョウジはそれを手で制した。
「すみません、私のスキルだとこの装置壊す可能性が高いので……マスターさんにやってもらっていいですか?」
「そういや、魔力関連が遮断できるんだったか?わかった、ちょっと待ってろ」
ギルドマスターは機器のボタンを押し、しばらく待った。すると、少し籠った感じながらも、聞き覚えのある声が部屋に響いた。
「こちらトリアだ、リョウジが捕まったか?」
「ギルドマスター、お久しぶりです」
そう声をかけると、ディランは明らかにホッとした様子だった。
「よかった、お前は触らなかったんだな。これぶっ壊されたら、マジで支部が吹っ飛ぶほど金かかるからよかったぜ」
「警戒しておいてよかったですよ。で、何があったんですか?」
リョウジが尋ねると、ディランの気配が変わった。
「とにかく、要件だけ伝えていく。ゼーストの町が占領された。犯人はこれまで昏睡状態だった子供。これの討伐に『迅影』シラッドを送り込んだところ、返り討ちにあった」
「なっ……!?シ、シラッドさんは無事なんですか!?」
「辛うじてな。で、そのシラッドが、お前を指名した。話を聞く限り、俺もお前が適任だと思ってる。どうも、異常なスキルの持ち主らしくてな。一言喋ればその効果を発揮し、手の動きだけで大気と地面を操り、力も一撃でシラッドの全身の骨を砕くほど強力だ。そして、昏睡前はこんな力はなかった、とのことだ」
話を聞く限りでは、確かにリョウジのスキルであれば、対処可能である気もする。しかし、対処不可能だった場合は、ただの中年である。
危険は出来うる限り避けたい。しかし、世話になった人物に頼られ、知り合いに大怪我を負わせた相手に、怒りがないわけでもない。
リョウジが悩んでいると、ディランは言葉を続けた。
「あと……こいつが昏睡状態になったのは、一年前だそうだ」
「一年前……?」
「聞いたことあるか?時空魔法は、莫大な魔力を使う。考えなしに使って、結果として魔力が簡単に回復しないほどに使われたとしたら?この異常な力も、時空を狂わせて、自分にだけ長い時間をかけて鍛えたって可能性もあるし、シラッドのスキルが効かなかった理由にもなるよな?」
ディランが言った瞬間、ギルドマスターは周囲の温度が一段下がったように感じた。そして、リョウジの全身から例えようのない、嫌な気配を感じた。
「……依頼をお受けしましょう。どうすればいいですか?」
「とにかく迎えを寄越すから待っててくれ。あとの細かいところは、そっちのマスターと詰めるからお前は大丈夫だ。迎えには数日かかるから、その間お前は英気を養っててくれ」
「わかりました」
簡潔に答え、リョウジは部屋を出た。そして、ギルドに併設されている酒場に行き、簡単な食事を注文する。
「ごきふん」
「お肉ね。ねえコウタ……やっと……やっと、見つかったかもしれないよ」
表情の抜け落ちた顔と声で、リョウジは続ける。
「一年間、ずっと探し続けて……ようやくだよ。けどさ、そういえば初めてゼーストに行ったとき、診察依頼ってあったねえ。あれが……あいつが、元凶だったんだとしたら……」
知らず、リョウジは手を固く握りしめており、爪が皮膚に食い込む痛みでそれに気付く。
大きく、静かに息を吐く。意図して少しずつ全身の力を抜くと、最後にもう一度深呼吸をした。
「まあ、いいか。コウタ……やっと、帰れるかもしれないよ」
「とあと」
「なぜトマト」
様々な感情がないまぜとなり、表情が抜け落ちているリョウジに対し、極めていつも通りのコウタだった。




