悪夢の始まり
先週は私用で登校できなかったので、今回は二つ投稿します
トリアの町にほど近い、ゼーストの町。
リョウジがラフタとジェイルと共に、初めての護衛依頼で訪れた街でもある。
そこには、一年近く前から誰も達成できず、いわゆる『塩漬け』になっている依頼がある。
ギルドの壁に貼られた、くたびれた依頼書には『診察依頼 息子が突然昏睡状態になりました』とある。
医学の知識を持つ者も、魔法の知識を持つ者も、様々な者が少年を診察したが、誰一人として彼を起こすことはできなかったのだ。
依頼を出した、少年の母の話によると、一瞬家を空けて、帰ってきたときには昏睡状態になっていたとのことで、何が原因なのかはさっぱりわからなかった。
しかし、様々な者の共通意見として、その症状は『魔力切れに似ている』ということは一致していた。
とはいえ、彼は魔法など使えず、まして大した魔力も持っていなかったはずであり、何をどうして魔力切れになったのかは依然不明であり、そもそも深刻な魔力切れを起こしたところで、一晩も寝ていればほぼ回復できるはずだった。
そのため、結局のところは誰も原因がわからず、ある者は『時空魔法にでも目覚めて、戯れに使ったのでは?』などと冗談交じりに述べていた。
誰も解決できないままに時が流れたある日。その民家の中で、一人の少年が起き上がった。
「う……うぁ、気持ち悪……」
ベッドから身を起こした少年は、一人毒づく。
「あー、くそ、十万で足りねえってのかよ……どんだけ寝てた?一週間か?一ヶ月か?あーくそ、気分悪りい……」
少年は一度深呼吸すると、静かに呟いた。
「ステータス オープン……ログ オープン」
すると、彼のステータスの他に、ステータスの変遷を示す新たなウィンドウが現れた。
「……うーわ、見事な魔力欠乏。一、十、百……一千万の消費ね。で、日に三万回復してたけどここまでかかったと……マジでふざけんなよ。今までに時空魔法の使い手がいたとか、絶対嘘だろこれ」
少年はステータスウィンドウに手を伸ばす。そして指を上下に動かすと、ステータスの値が自在に変わっていく。
「とりま、魔力は一億にしとくか。力は~……あんま強くても家具とかぶっ壊しそうだし、五百でいっか。ついでに魔力も全回復させてっ……と」
その時、部屋の扉が開いた。
「えっ……!?イヴァン、目が覚めたの!?」
ベッドに座っている彼に気付くなり、母親は駆け寄って彼を抱きしめた。
「よ、よかった……!一年近くも起きなくって、このまま死ぬんじゃないかって……!」
「あー、うん。そういうのいいから。マジでやめてもらえる?」
ごく軽く押したようにしか見えなかったが、イヴァンが母親を腕で押すと、彼女はたやすく壁まで吹っ飛ばされた。
「きゃっ!?え、イ……イヴァン、よね……!?な、なに、その力……!?」
「ああ、五百でこれか。マジで百万とかにしねえでよかったわ」
言いながら、イヴァンはベッドから降りると、目を瞑って意識を集中した。
「空腹回復、疲労回復、ステータス異常全回復、全身浄化、おまけに魔力回復っと」
ただ命じるように言うだけで、次々とその通りのことが起こっていき、母親は何が起きているのかわからず、ただ目を白黒させている。
「イヴァン……?そ、それは、何を……!?」
「見てわかんねえのかよ?あー、マジでうるっせえなあ」
イヴァンは母親を睨みつけると、心底面倒くさそうに言った。
「心臓停止」
数時間後。元モストル子爵邸であり、現在はオウリス侯爵が管理する邸宅に、大量の兵士が集まっていた。
「何としても止めろ!たかが子供一人――!」
その瞬間、文字通りに大気が強く振動した。
周囲一帯を凄まじい衝撃波が襲い、兵士達は次々に倒れていく。それでも、何とかそれを耐え抜いた兵士達は、武器を手に襲撃者へ立ち向かう。
「ったく、面倒くせえなあ。耐えてんじゃねえよ、ゴミの分際で」
イヴァンが面倒くさそうに手を振り上げると、突然大地が隆起し、兵士達は上空に跳ね上げられた。
「ゴミ掃除が終わったら、この屋敷は俺が使ってやるからさ。感謝しろよ、ゴミども」
手を振り下ろすと、再びの衝撃波が上から襲い掛かり、兵士達を地面に叩き落とした。
倒れた兵士達には目もくれず、イヴァンは悠々と屋敷へ歩いていく。その姿を、倒れた兵士の一人はじっと見つめていた。
周囲の者は、よくて重傷、ほとんどは死亡している。少なくとも、意識があるのは彼だけだった。
その彼も、全く無事ではない。腕は折れ、両足はひしゃげ、頭は落下の衝撃で潰されている。
――まさか、『死亡時アンデッド化』なんて呪われたスキルが役に立つ日が来るとは。
彼は幼い頃から死を恐れており、『もし死んでもアンデッドになって復活してやる』と思ったところ、本当にその通りのスキルを得てしまったのだった。
おかげでスキルのことはほとんど人に話せず、話したところで将来的に魔物になるのが確定しているということで、ほぼほぼ犯罪者のような扱いを受けていた。
そもそも、なぜそんなスキルが自分の最も強い願いなのかと自問することも多かったのだが、この場面に至って、その理由がはっきりした。
イヴァンがいなくなったところで、そっと体を動かしてみる。感覚は一切ないが、どうやら動かすことはできるようだった。むしろ、感覚があったら痛みで何もできなくなっていた確率が高く、何も感じないのは違和感こそひどいものの、ありがたかった。
――あの力は異常だ。あれはもう人間じゃない。となれば……冒険者ギルドに救援依頼を出した方がよさそうだ。
どういう原理かはわからないが、周囲の景色は普通に見えている。それどころか、自分の体を少し後ろから見ているような視点に、彼は若干戸惑いつつも、何とか体を動かした。
足が折れているので、二本足では立てない。仕方なく四つ這いになり、折れた腕で体を支える。
ひとまず手足を交互に動かせば、進めないこともない。最初はそろそろと、そしてコツを掴むにつれて、速度を上げる。
こうして、首なしの四つ足歩行する兵士の死体はその場を離れ、数分後には冒険者ギルドが大変な大騒ぎになるのだった。




