優秀な冒険者
南北の門を攻めていたゴブリン達は、突然の退却命令に首を傾げた。どう見ても自分達が有利であり、退却の理由など何一つ無いはずだった。
ところが、西門を攻めていたゴブリンジェネラルの一人が倒され、東門に至っては全滅だと聞かされると、ゴブリン達は震え上がって即座に退却を始めた。
結果、北門は破られずに無事であり、南門は一部が破壊されていたものの、リョウジのアドバイスによって作られた槍や剣満載の荷車、要は即席の塞門刀車によって侵入を防いでいた。
人的被害も思ったよりずっと少なく、門番の何人かが重傷を負ってはいたが、ポーションで回復可能な範囲であり、死者はなかった。
喜びに沸く村人達から感謝の言葉を受けつつ、リョウジはシャーリィを探して東門へと向かう。すると、そこには地面に倒れる無数のゴブリンの群れと、それを見て立ち尽くすシャーリィの姿があった。
「シャーリィさん」
リョウジが声をかけると、シャーリィはハッとしたように振り返った。その顔は真っ青になっていたが、それでも気丈に笑顔を浮かべて見せた。
「リョウジ、さん。ご無事で何よりです」
「ええ、シャーリィさんも。気分は大丈夫ですか?」
「は……う、いえ……実は、あまり……」
シャーリィは力なく笑うと、再び倒れるゴブリン達に顔を向けた。
「これ……私が、やったんですよね……」
「……」
「私が……殺したんですよね……」
どうやら戦闘の興奮が鎮まった後、大量の生き物を殺したという事実がじわじわと重くのしかかってきたようだった。
しかし、リョウジは笑った。
「残念ながら、殺せてはいませんよ」
「えっ!?」
シャーリィが驚いて振り返ると、リョウジは声を張り上げた。
「ジェネラルさん、こっちです!他、お手伝いは二人程度でお願いします!」
その声に応えるように、ジェネラルを含めた三体のゴブリンが姿を見せた。シャーリィと二人の門番は慌てて戦闘態勢をとるが、リョウジはそれを手で制した。
「コレハ……本当ニ、ソノ子一人デヤッタノカ?」
「そうですよ。じゃ、どうやったのかを、実際に見せてもらいましょうか」
言いながら、リョウジはシャーリィに小瓶を差し出した。
「え?え?あ、あの?えっ?」
「ご心配なく。そちらのジェネラルの方に敵意はありません。そしてそれは、解毒のポーションです。それを、このゴブリンの群れにぶわーっと、お願いします」
「あ、危なくないんですか!?」
門番が尋ねると、リョウジは微笑んだ。
「既に、彼等に敵意はありません。この後も色々話はするつもりですが、何にしろ、危険なことはありませんよ」
門番としてもシャーリィとしても、色々聞きたいこと、言いたいこと、突っ込みたいところはあったが、S級冒険者にはきっと何を言っても無駄だろうと思い直し、シャーリィは覚悟を決めて瓶の蓋を開けた。
「じゃあ、いきます。クリエイトバブル、ウェーブ!」
直後、瓶から大量の泡が現れ、倒れ伏すゴブリンの上を、波のように流れていった。
すると、ゴブリン達がもぞもぞと動き始め、何人かは震えながらも立ち上がった。
「ウ……ナ、何ガ……」
「え、ええっ!?し、死んだんじゃ……!?」
驚くシャーリィに、リョウジは優しく笑いかけた。
「いざというときに、相手の命を奪えるか、というのは大きな資質の一つです。ですが、まだ冒険者にもなっていないあなたが、無駄に業を背負う必要はありませんからね。殺す覚悟を持って、殺しに行った。それで十分ですよ……まあ、実際に渡した毒の一つは殺せる毒でしたが、それ使うと地獄絵図になりますからね……使わずに済んでよかったですよ」
殺したと思った相手は、実は誰も死んでいなかった。その事実が頭の中に染み渡るまでは時間がかかったが、やがてそれを理解すると、シャーリィは今度こそその場にへたり込んでしまった。
「な……なんだぁ……わ、わたし……みんな、ころしちゃったんだって……」
「いつかは、そういうときも来るでしょう。でも、そんなのはもう少し先でもいいと思いますよ」
「こあー!だり!だりよぉ!」
突然のコウタの声に、リョウジもシャーリィも文字通りに飛びあがって驚いた。振り返ると、いつの間に転移してきたのか、コウタが責めるような目でリョウジを見上げていた。
「コウタ!?あー、起きちゃったのか。せっかくの貴重な自由時間が……ま、しょうがないか」
言いながら、リョウジは右手でコウタを抱き上げ、シャーリィに左手を差し出した。
「ひとまずは、戻りましょう。泡沫亭に帰って、盛大にお祝いしないといけませんからね」
「は……はい!」
シャーリィは差し出された手を掴み、立ち上がった。そこにはもう震えはなく、しっかりとした足取りで歩きだす。
「ああ、ジェネラルさんはあとで北門の外で。地図とか、紹介状とか、そういったものを用意しておきますので」
「本当ニ、恩ニ着ル」
そうして、人間達は砦村の中へと戻って行き、ゴブリン達は仲間を助け起こしつつ、元来た方へと戻って行くのだった。
戦いから一夜明けた朝。リョウジは護衛対象の商人と共に、北門へ向かっていた。門番はそれに気づくと、気さくに手を挙げてあいさつする。
「お早いお発ちですね。リョウジさんは大丈夫だったんですか?」
「何が……ああ、二日酔いですか?私は子供がいますから、控えてたので無事ですよ」
「そうですか、こっちは下戸で飲んでなかった私以外、ほぼ全滅ですよ。なので、他の門は全員でやってますよ、はっはっは!」
どう考えても笑い事ではなかったが、この村はそれでいいのだろう。
「リョウジさんのおかげで、この村は無事でした。本当に、感謝します」
「いえ、皆さんが頑張ってくれたからですよ。何より、一番は――」
「リョウジさん!!」
「――彼女の頑張りですしね」
そこに、シャーリィが息を切らせて駆け付けた。だいぶ辛そうではあったが、それでも何とか息を整えると、シャーリィはまっすぐに立ち、リョウジの目を正面から見つめた。
「私……絶対に、リョウジさんのような冒険者になってみせます!」
「ええ、シャーリィさんならなれるでしょう。ですが、いくつか乗り超えるべき問題がある。それはわかりますか?」
リョウジの問いかけに、シャーリィは一瞬考え、口を開いた。
「お金の問題、ですね?リョウジさんから頂いた魔力毒は、とっても高額だって聞きました」
「そうです。あの戦い方は、非常に強力です。ですが、お金をばらまいて戦うのと同じでもある。これは、どう解決します?」
その質問に、シャーリィは即座に答えた。
「薬屋のお婆さんに、弟子入りをお願いしました。まずは薬草の見つけ方、見分け方、採り方を覚えて、それから調合を覚えます」
シャーリィの言葉に、リョウジはにっこりと笑いかけた。
「あなたは、本当に頭もよく回るし、いざというときの度胸もあります。きっと、私を超える冒険者になれますよ」
「そ、そんなっ……!」
一瞬謙遜しかけ、しかし頭を振ると、シャーリィは胸を張って答えた。
「……いえ、なってみせます!リョウジさんの目は間違ってなかったって、証明してみせます!」
「楽しみにしていますよ。あなたなら、必ずなれます。ただ、その前に……ご両親の説得、頑張ってくださいね」
「ふふっ……確かに、そこが最初の難関でしたね。でも、きっと説得してみせます。だからっ……」
一瞬、その目に涙が浮かび、それを素早く拭うと、シャーリィはスキルを使った。
「クリエイトバブル!」
「うぇあひゃーい!!」
大量の泡でコウタを包む。狂喜しているコウタを横目に見つつ、シャーリィはリョウジに頭を下げた。
「どうか、お元気で!元の世界に帰れるように、私もお祈りしてます!」
「ありがとうございます。シャーリィさんも、お元気で」
そうして、泡まみれのコウタを抱えつつ、リョウジは去って行った。その後姿を、シャーリィはいつまでも見送っていた。
それから、三年の月日が流れたある日。
トリアの町の冒険者ギルドに、一人の少女が訪れた。
まだ幼さすら残る顔立ちに、小柄な体格も相まって、あまり強そうには見えない。
「おーう、お前もしかして、噂の『泡沫姫』かあ?」
昼からギルドの酒場で酔っ払っている男が声をかけると、彼女はちらりと一瞥する。
「何でも、辺り一帯泡だらけにするんだろぉ?冒険者なんかじゃなくって、その泡で男を洗ってやりゃあ人気者になれるんじゃねえかぁ?」
彼女はしばらく黙っていたが、やがてにっこり笑い、酔っぱらいの男に近づいた。
「ご忠告、ありがと。私ね、あなたみたいな人って――」
言いながら、彼女は手を振り上げた。
「大っ嫌いなんだ」
パァン!と、ギルド中に響き渡る音と共に、男の頬に真っ赤な手形ができた。
一瞬、呆気に取られた男だったが、やがてギロリと睨みつける。
「てめえ、何しやが……う、がっ……!?」
一声呻き、男は突然床に倒れた。周囲の者は、巻き込まれてはたまらないとばかりに即座に距離を取った。
そんな男に悠々と近づくと、彼女はナイフを抜き、男の口に押し当てた。
「別にね、泡だらけにしないでも戦えるんだよ?こんな風に、手にまとわりつかせることだってできるんだ。さぁて……悪いお口はどうしよっかぁ?このまま裂いちゃうのがいいかなあ?それとも、縫い付けた方がいいかなあ?あるいは……押し込む?」
物騒なことを言いながら、彼女はナイフを押したり引いたりして、男の恐怖を煽って遊んでいる。するとそこに、落ち着いた声がかかった。
「悪いが、そこまでにしてやってくれねえか?そんなでも、うちの仕事をこなしてくれる貴重な人材だ」
すると、彼女は大人しくナイフをしまい、声のした方へ振り向いた。
「あなたが、ギルドマスターさん?」
「そうだ。お前の噂はかねがね。『泡沫姫』シャーリィだな」
「ここの町は、冒険者向けの講習してて、礼儀とかも教えてるって聞いたんだけど、ちょっと幻滅しちゃったな」
シャーリィの言葉に、ギルドマスターのディランは苦笑いを浮かべた。
「そいつはお前と同じだ。つまり、うちの講習を受けてない、別の町から来た冒険者だ。さすがに、希望者でもない他所から来た奴までの面倒は見切れねえよ」
シャーリィは黙って肩をすくめ、そこで話を終わらせる。
「で、わずか一年でÅ級まで上り詰めた、期待の新人様がどんなご用件だ?」
「その講習、受けてみたいなって思ってさ」
「なんでまた、お前みたいな手練れが?」
その言葉に、シャーリィは笑顔を向けた。
「リョウジさんからね、いつかは受けてみてって言われてたんだ。それに、リョウジさんがどんな講習受けたのか、どんな講習にしたのかも興味あるし……リョウジさんの話も、いっぱい聞きたいなって思って」
シャーリィの言葉に、ディランも笑みを浮かべた。
「ああ……実は俺も、あいつからお前のことは聞いててな。一期生も何人か近くにいるし、アイシャの奴も含めて、今夜はあいつの話を肴に酒でも飲むか」
「それじゃあ『泡沫姫』さん!講習の受付はこちらからお願いしまーす!」
アイシャの声に、シャーリィは大人しくそちらに向かい、講習の手続きを始めた。
そしてその夜は、ディランの言葉通り当時を知る者達が集まり、当時の話を尽きることなく話すのだった。




