いざ、戦場へ
シャーリィを追って宿を飛び出したリョウジは、すぐに彼女と合流した。
「それで、えっと、どこに行けば……!?」
「まずは中央の建物へ。戦い方などは、移動しつつ説明します」
今は一秒でも時間が惜しいため、リョウジは一切立ち止まることなく、走りながら話し続ける。
それを聞きながら、シャーリィは驚きと尊敬の籠った目でリョウジを見つめていた。
今の今まで、自分のスキルで戦闘をするなど考えたこともなかった。しかし、この冒険者はたった二日間で、他人のスキルの有効な使い方を考えだし、それを教えてくれている。
はっきり言えば、彼はこれまで見た冒険者の中で、最も弱そうに見える。事実、彼自身も戦闘は苦手だと言っており、それを証明するように武器もフレイルである。
だが、彼の強味は腕っぷしなどではなく、きっと頭の良さなのだろうと、シャーリィは考える。
千を超えるゴブリンの群れの襲撃など、普通ならパニックになっておかしくない。戦おうとすら考えない。しかし、彼は慌てることなく対策を考え、自身のスキルなどを分析し、返り討ちにする戦術を考え出した。
シャーリィ自身、力や素早さには自信がない。しかし彼のように、考えることなら、きっとできる。
いつか、自分が冒険者になったら、彼のようになりたいと思いながら説明を聞くうちに、二人は中央の建物にたどり着いていた。
「――とまあ、ここまで説明しましたが、練習すら無しのぶっつけ本番です。効率的にやろうとか、うまくやろうとか考えないで、とにかく全力でやっちゃってください」
「わ、わかりました!頑張ります!」
話しながら屋上へと向かうと、既に門番は全員来ており、四方の状況を監視していた。
「お待たせしました皆さん。頼もしい助っ人を連れてきましたよ」
「一体誰を……って、シャーリィ!?え!?その子が助っ人だって言うのか!?」
思わずといった口調の門番に対し、リョウジはさも当然のように答えた。
「この中では最強ですよ。まあ、そこに関しては実際の戦いぶりを見ていただくとして、状況はどうなってます?」
あまりにもさらっと流され、門番達は全員言葉を失った。シャーリィ自身、緊張でガチガチになっているようだが、リョウジは気にする風もない。そもそもが、まともに戦えるのかという疑問を全員が抱いていたが、それを追及したところで意味はないため、誰も何も言えなかった。
「あ、ああ。やはり、風上の西に魔法部隊が向かっている。ほぼ魔法使いだけで、ジェネラル三人以外はウォーリアなども見当たらない。逆に南北はウォーリアを主力とする部隊が展開、東は残り全部ってところだ」
「ジェネラル三体か……まあ、それ以外がいないのは不幸中の幸いか。ウォーリア部隊は何とかしてもらうとして……」
リョウジはぶつぶつと呟いた後、一同の顔を見回した。
「ではまず、西の魔法部隊は私一人で相手します」
いきなりのとんでもない発言に、一同は耳を疑ったが、続く言葉はさらに驚くべきものだった。
「東門は、シャーリィさんがお願いします。門の外での迎撃戦ですね。あ、一応二人ほど、護衛についてもらっていいですか?」
「待てぇ!シャーリィ一人だと!?お、お前はこの子を殺す気か!?」
「できる人にできることをやってもらうだけです。対多数戦闘で、その子に敵う人はそうそういませんよ。とはいえ、初の実戦でもあるので、二人だけ護衛にお願いします。その方が、幾分かシャーリィさんも気が楽かと思いますし」
当のシャーリィは、思った以上の重責に若干青ざめてはいたが、気丈にも頷いた。
「ははは、はい!なな、何とかしてみましゅ!」
これはダメかもしれない、と、門番全員が思った。
「南北に関しては、残った18人で籠城戦をお願いします。門を守れれば勝ちですので、決して無理をせず、中に入れない、門を破らせない、を徹底してください。私とシャーリィさんも、自分の担当が終われば支援に向かいますが……私の方は、あまり集団戦闘できないので期待しないでくださいね」
言い終えると、リョウジは気合を入れるように強く手を叩いた。
「では、各自やれることをやりましょう!一人一人が大事ですから、気負いすぎず、無理をせず、ですからね!各自、持ち場へ向かいましょう!」
あまり普段と変わらない様子のリョウジに、シャーリィは慌てて声をかけた。
「ああ、あの、リョウジさん!」
「ん、どうしました?」
「リョ、リョウジさんは……怖く、ないんですか!?」
その言葉に、リョウジは一瞬動きを止め、そしてシャーリィに優しく微笑みかけた。
「……正直言うと、滅っ茶苦茶怖いですよ」
「え?」
「若干、手も震えてますしね。でも、やるしかありませんから。少なくとも、私は私が死のうと、息子は守り通さなきゃいけませんし……あんな息子なんで、そもそも死ぬわけにもいかないんですけどね」
リョウジは軽く笑うと、シャーリィの前にしゃがんで視線を合わせた。
「これが怖くないって人は、よっぽどの馬鹿か、恐怖が麻痺してるか、自分の力を正確に把握してて、なおかつこの状況を打破できる力を持った人か、ですよ。私は、どれも当てはまりませんので……だけどシャーリィさんなら、いつか最後の人になることもできますよ」
「私が、そんな……」
「でもそれまでは、怖いって気持ちを大切にしてください」
「え?」
思わぬ言葉に、シャーリィは目を丸くした。
「恐怖を知らない人は、早死にします。怖いっていう気持ちがあれば、慎重になれますから。でも、恐怖で怯えては、実力も発揮できない……兼ね合いが難しいんですけどね。だけど、恐れるっていうことは、生き残る上では大切な感情ですから、投げ捨てたりしちゃダメですよ」
そう笑って肩を叩くと、リョウジは再び立ち上がった。
「では、門番の皆さんも縮こまらない程度に、適度に恐れつつも頑張りましょう!全員、生きてここで祝杯を……あ、いや、泡沫亭で祝杯を上げましょう!」
リョウジが言うと、シャーリィは多少引きつってはいたが、何とか笑顔を浮かべた。
「じゃ、じゃあそうなったら、私皆さんにおいしいお料理お出ししますので……!」
「いや、シャーリィさんも祝杯上げる側ですからね?そこはご両親に頑張っていただきましょう」
「え?あ、そ、そっか……」
店側で参加しようとしたシャーリィに、リョウジが思わず突っ込む。それを見ていた門番達も思わず少し笑ってしまい、緊張が多少なりとも和らいだ。
「さあ、行きましょうか!」
改めてリョウジが声を上げ、全員揃って階段を駆け下りる。途中、リョウジは商人や他の住人に声をかけ、何かと協力を募っているようだった。
そして建物の外に出ると、そこにちょうど薬屋の老婆が息も絶え絶えに駆けて来るのが見えた。
「ひぃ、はぁ、ひぃ……こ、これが限界だよ……あんまり作れなかったけど、麻痺薬、睡眠薬、崩壊薬さね……ひぃ、はぁ……」
「ありがとうございます。これだけあれば、何とかなりそうですよ。あとはゆっくり、安全な場所で休んでいてくださいね」
「言われ……なくても……ぜぇ、はぁ……それ、しか、できない……さ……」
本当に息の根が止まってしまうのではないかと不安になる様子ではあったが、老婆は何とか建物の中へと這いずっていった。
それを見送ると、リョウジはシャーリィにいくつかの小瓶を渡した。
「では、これがシャーリィさんの分です。全部使いきっても構わないので、思いっきり暴れてください」
シャーリィはその小瓶をじっと見つめ、やがて意を決したように受け取った。
「わかり、ました。頑張ってきます」
東門へ向かおうとし、しかし一度その歩みを止めると、シャーリィはリョウジの方へ振り返った。
「リョウジさん!」
何事かと振り返るリョウジに、シャーリィはその顔をまっすぐに見つめ、口を開く。
「必ず、戻ってくださいね!」
その言葉に、リョウジは笑って答えた。
「ええ、もちろん。シャーリィさんも、無事で戻ってくださいね。でないと私、ゴブリンよりはるかに怖いご両親にぶち殺されますので……」
「ふふっ……そうですね。では、お互いに無事で!」
そして、彼等は各自の持ち場へと走って行く。
あまりに絶望的な戦力差ではあった。しかし、誰も諦めてはいなかった。全員が、必ず生きて戦いを終えようと決意し、戦いの場へと赴いていった。
こうして、砦村史上、最大の防衛戦の火ぶたが切って落とされたのだった。




