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最強は私じゃなくて障害持ちの息子です  作者: Beo9
十六章 砦村防衛戦
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親として

 その日も、砦村は平和な一日が過ぎていくはずだった。

 四方の門を守る門番は、ほとんど誰も来ない門を守りつつ、畑仕事に出る顔見知りに挨拶し、雑談し、空を流れる雲を眺める仕事に戻る。

 中央の建物に配置された者は、誰も来ない四方と空を眺めつつ、その日の昼食や夕食に思いを馳せ、ただただ時間が行き過ぎるのを待つ。

 そんな、平和な日常が、当たり前の日常が、いつもと同じように流れていくはずだった。

 この日、中央の建物で監視の任務に就いた者は、ぼんやりと四方を眺めていた。

 代わり映えのない景色。平和で退屈な、いつもの光景。異変などあろうはずもなく、ただぼんやりしていれば済む仕事。それでも、たまには魔物の狩りなどといった、面白いものが見られるときもあるため、熱意は欠片もないにしろ、彼は四方に目を配っていた。

 昼時を過ぎ、そろそろ昼食のための交代が来るかという頃だった。

 遥か遠くに、何かが見えた気がした。幸運だったのは、彼は『遠見』のスキル持ちであり、数キロ離れていても、その対象が何であるか、はっきり見えることだった。

「……嘘だろ……?」

 それが何であるかを確認した彼は、思わず口に出していた。

 ありえないことだった。少なくともこの村にとっては、あってはいけないことだった。

「嘘だろ、嘘だろ!?おいふざけんな、どういうことなんだよ!?」

 言いながら、彼は一生使うことなどないと思っていたハンマーを手に取り、非常事態を知らせる鐘を全力で叩くのだった。


 リョウジは早めの昼食を終えた後、実にのんびりした時間を過ごしていた。

 コウタは珍しく昼寝をしており、こうなるとちょっとやそっとでは起きないのだ。少なくとも一時間は寝てくれるため、実に久しぶりの一人の時間である。

 散歩でもするか、あるいは買い物にでも出るか、何なら一緒に昼寝でもするか、と、のんびり考えていた時だった。

 ガンガンガンガンガン!と、五連続の鐘が村の中に何度も鳴り響いた。それはこの世界で緊急事態を知らせる鐘の音であり、リョウジは即座に装備を掴むと部屋を飛び出した。

「リョ、リョウジさん!?これは……!?」

「シャーリィさん、私は中央の建物に向かいます!息子が昼寝してるので、その間頼みます!」

 受付にいたシャーリィにそれだけ伝え、リョウジは護衛対象のいる中央の建物に向かった。

 村の中は不安と混乱に満ちていた。誰も彼もが不安げに鐘の方を見上げ、一体何があったのかと話し合っている。その中の何人かは、リョウジと同じく中央の建物に向かい、また別の者は家の鍵を掛けて閉じこもった。

 中央に着き、護衛対象の商人を探すと、ちょうど彼も下に降りてきたところだった。

「ああ、リョウジさん!」

「お待たせしました。一体何が起きたのか、わかりますか?」

「よくはわかりませんが、上から『襲撃だ!』っていう声は聞こえてきました」

「襲撃……?この、砦の村をですか?とりあえず、何が起きたのか聞いてきます。念のため、この建物から出ないようにしてください」

 リョウジは階段を駆け上がり、物見櫓となっている屋上に出た。すると、既に何人かの門番が来ており、何事かを話し合っていた。

「すみません、私は冒険者のリョウジと言います。何があったのか、お聞かせ願えますか?」

 その声に、門番の一人が素早く反応した。

「冒険者だって!?確か、あのS級のだよな!?じゃ、じゃあ……!」

「あ、いや、戦闘は苦手です!スキルが特殊なだけです!スキル頼みのS級なので、戦闘に期待されるのは困ります!」

 リョウジが言うと、全員が目に見えてがっくりと項垂れた。一体どういうことかと思ったが、ふと周囲に目を向けた瞬間、リョウジも納得した。

「あれは……ゴブリンの群れ、ですね?え、一体どんだけの群れなんですか!?」

 リョウジの目に映ったものは、街道を覆いつくし、なお長く伸びる緑の集団だった。以前、冒険者研修の卒業試験として戦った、ゴブリンの集落など可愛く見えるほどである。

「千近い群れだ……しかも、ジェネラルが三体はいる。おまけに、風上にメイジを集中配備するつもりらしい。そして、風下に主力を置くつもりのようだ」

「それって、つまり……」

 一番年上らしい門番の言葉に、リョウジは冷や汗を流しながら言うと、彼は厳しい顔で頷いた。

「……俺達を、皆殺しにするつもりだ」

 恐らくは、火の魔法を風上から放ち、逃げる先には主力部隊が待ち構える、という形にするのだろう。

「この村の戦力はどれぐらいですか?」

「門番が20人。それ以上は、ない」

 リョウジを含めても、1000対21である。一人が200体倒さなければ生き残れない。どう考えても詰みである。

「せ、せめてスキルだけでも、何とかできそうな人は!?そもそも、逃げるって選択はないんですか!?」

「スキルも、みんな『農業』だの『研ぎ上手』だのしかいない。逃げるのも、まあ無理だろう。あいつら、ジェネラルのせいか進軍が速い。そもそも、この村を捨てて、どこに逃げればいいんだ?」

 そんな話をしていると、いよいよこの村の包囲にかかるのか、ゴブリンの群れが分かれて動き出した。

 風上である西にゴブリンメイジとジェネラル、北と南には数は少ないが、やたらに重武装のゴブリンが多く移動している。恐らくは、攻め上がるというよりは逃がさないためだろう。そして、残った大半が東側に動くようだった。

 リョウジ達が生き残るには、最低でもメイジ部隊を潰すか、主力を強引に突破するかしなければならない。北と南に逃げる、というのは難しいだろう。仮に突破できたところで、主力部隊が来たらおしまいである。

 フォーヘイロ以上の危機だったが、リョウジは腕を組んでしばらく考え込み、やがて口を開いた。

「私も、死ぬのはごめんです。息子を死なせる気もありません。なので、私の指示に従ってもらえますか?」

「で、できるのか!?」

「綱渡りではあります。ですが、一人だけ、この状況を何とかできる当てがあるので。私は準備を整えてきますので、皆さんは防備を固めてください。10分後、建物入り口に集合でお願いします」

 言うが早いか、リョウジは階段を駆け下りる。商人には動かないように伝え、建物を飛び出すと薬屋へと走る。

 リョウジが着くのと、店主の老婆が避難しようと店を出るのは同時だった。そこで、リョウジは素早く老婆の肩を掴む。

「すみません、待ってください!魔力毒を、どんなのでもいいので、あるったけ売ってください!」

「い、いきなり何だい!?作り置きなんて無いし、あってもそうそう売るようなもんじゃ――!」

「私はS級冒険者です!無いなら作ってください!今すぐに!」

「ふざけんじゃないよ!何があったか知らないけど、非常事態なんだろ!?こんなとこで作業してる間におっ()ぬなんてごめんさね!」

 リョウジは心を落ち着けるように深呼吸をすると、懐から大金貨を取り出した。

「……ほしくないですか?」

「ぐっ……そ、そりゃ欲しいさ!けど――!」

「魔力毒が無いと、この危機は乗り切れません。今、この村を、千を超えるゴブリンが包囲しようとしてます」

「千だって!?そ、そんな群れじゃ、魔力毒が多少あったって――!」

「持ち合わせも、あるにはあります。でも、きっと足りない。なくなったら、死にます」

 言いながら、リョウジは大金貨を老婆に押し付けた。

「やらないでもいいですよ。そうなったらゴブリンに嬲り殺しにされるだけです。でもやってもらえるなら、この大金貨は差し上げますが、どうします?」

 老婆は押し付けられた大金貨を受け取ると、忌々しげにため息をついた。

「あんた……嫌な性格だって、よく言われてないかい?」

「『いい性格だ』、と皆さんにお褒め頂いてますが?」

「そりゃ褒めてないよ!……ったく、やってやるよ!作ったらどっか届けりゃいいのかい!?」

「10分以内に、中央の建物でお願いします。とにかく、早く、できるだけ多くでお願いします」

「言われなくてもそうするさ!あたしだって死にたかないからね!」

 老婆は半ば自棄気味に店に戻り、リョウジはそれを見届けると泡沫亭へと走った。

 リョウジが宿に入ると、受付には店主夫妻とシャーリィがおり、リョウジを見るとホッとした顔になった。

「ああ、リョウジさん!すみません、私達もそろそろ避難しますので……!」

「そのことなんですが……」

 リョウジはシャーリィを見つめ、次にその両親を見つめ、意を決したように口を開く。

「まず、今この村を、ゴブリンの群れが包囲しようとしてます。その数は千を超え、三体のジェネラルが率いているそうです」

「なっ……!?い、一体どうしてそんな群れが……!?」

「理由はわかりませんが、明確にこの村を襲おうとしています。つきましては――」

 一度、大きく深呼吸をし、リョウジは言った。

「シャーリィさんを、村の防衛に参加させてください」

「え!?」

 三人同時に、思わずといった感じで聞き返す。だが、リョウジはいたって真面目な顔である。

「ご夫妻には、うちの息子が起きないかだけ見張っていただきたいです。そうそう起きないとは思うんですが……」

「いや、待て。待て待て待て!うちの、シャーリィを防衛に?あ、危なくないんですか!?」

「危ないに決まっているでしょう。死ぬ危険だって大いにありますよ」

 事も無げに言うリョウジに、シャーリィの父は顔を真っ赤にして怒鳴った。

「ふ、ふざけるな!そんな危険なことに、うちの娘を出せだと!?」

「子供を持つ親という立場上、そのお怒りは理解できます。ですが、やらなきゃ全員死にます」

「だからって……だからって、大切な娘にそんな真似、させられるわけないでしょう!?」

「重ねて言いますが、気持ちはわかります。ですが、はっきり言います。あなた達がどうしても拒むというなら、S級冒険者の権限で強引にでも参加してもらいます。やらなきゃ全員死ぬんですから」

「ぐぅぅ……だったら、あんたがちゃんと娘を守ると約束しろ!」

 その言葉に、リョウジは首を振った。

「大変申し訳ないのですが、私は私の持ち場があります。私も、シャーリィさんも、ほぼ単独での防衛になりますね」

「ふざけるな!話にならんぞそんなもの!うちの娘は絶対に渡さないぞ!」

 一瞬、リョウジの頭の中に『求婚でもしたみたいだな』という考えがよぎったが、真面目な場面なので表情筋に力を入れて耐え抜いた。

「まあ、わかりますよ。あなた達にとっては、私達よりその子が大切なんですよね。ですが私にとっては、シャーリィさんよりうちの子が大切です。そして、強い権限を持っているのは私です。なので、無理矢理来ていただくことになります……が」

 そこで、リョウジはどうしていいかわからず、オロオロしているシャーリィに声をかけた。

「シャーリィさん」

「は、はい!?」

「親同士の話し合いより前に、です。あなたは、どうしたいと思ってますか?」

 リョウジの問いかけに、シャーリィは戸惑う。

「ど、どうって……」

「はっきり言います。私は、あなたは一流の冒険者になれると確信しています。あなたが思う以上に、あなたのスキルは強力なんです。それを使えば、たった一人でも、この危機を打ち払えるほどに」

 リョウジはしゃがんでシャーリィと視線を合わせ、その目をまっすぐに見つめて続ける。

「私は戦闘が苦手です。ですが、魔法に関してはほぼ無敵です。なので、魔法部隊の相手はできる。ですが、主力部隊となると、どうしても荷が重いのです。ですから――」

 リョウジは財布から大金貨二枚を取り出し、シャーリィに差し出した。

「S級冒険者、リョウジからの依頼です。この村の防衛に、参加してもらえませんか?」

「え、ええっ!?こ、こんな大金っ……!?」

「命が助かるなら、お金なんていくら払ったって安いものです。まして、あなたには非常な負担を強いることになる。その上さらに、あなたは冒険者ですらないのですから。なので、お願いします。この依頼を受け、この村と、私達親子と、そしてあなたのご両親を、守っていただけませんか?」

「シャーリィ!こんな男の言うことなど聞くな!お前がそんな危険なことをする必要なんてないんだぞ!」

 父の言葉を聞きつつ、シャーリィは全力で考えていた。

 ずっと、冒険者になりたいと思っていた。思ってはいたが、それは叶わぬ夢だと、ずっと押し殺して生きてきた。

 だが、目の前の一流冒険者は、自分が冒険者になれると断言した。しかも、一流の冒険者にすらなれると。

 そしてさらに、宿の帳簿なども付けていたので、この金額がどれほどの額かも理解できる。この宿を続けていれば、きっと一生かかっても目にすることのない金額である。

 自身の欲求と、全体の状況と、多少の金銭欲とに折り合いをつけると、シャーリィはリョウジの目をまっすぐに見つめ返した。

「そのご依頼……お受けします」

「シャーリィ!!」

 思わず叫んだ両親を見つめ、シャーリィははっきりとした口調で言う。

「お父さん、よく考えて。リョウジさんは、私がこの村を守れるって言った。けど、私がやらなかったら?お父さんは、この村を守れる?」

「そ、それは……!」

 言い淀む父に、シャーリィは続ける。

「私も、どうやったらできるのかはわからないよ。けど、きっとリョウジさんは、そのやり方も教えてくれる……そうですよね?」

 シャーリィの言葉に、リョウジは頷いた。

「確かに、危ないと思う。けど、戦い方を知らないまま、ここに隠れてたって……きっと、この村は終わっちゃう。だったら危なくっても、戦い方を教わって、みんなを守りたい」

「……」

「このままだったら、きっと本当にこの村は潰されちゃう。けど、私がそれを守れるんだったら……みんなを、お父さんを、お母さんを……ここを守れるんだったら、私はやるよ」

 返事を待たず、シャーリィは外へと駆け出した。

「シャーリィ!待ちなさい!行くな!」

「お父さん、ごめんね!これはどうしても……私が、やりたいことなの!」

 肩越しに叫ぶと、シャーリィはそのまま宿を飛び出していった。その後を追いながら、リョウジは夫妻に声をかける。

「娘さんをお借りします!私のできる限りで、無事に戻れるよう努力はしますから!代わりに、うちの子をお願いします!」

 そして、リョウジも宿の外へと駆け出していく。

 あとに残された夫妻は、二人が去ったあとも呆然とその場に佇んでいた。

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