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事態の収拾

 リョウジは文字通りに飛び起きた。

 一瞬、自分がどこにいるのか、どういう状況なのか把握できず、しばし呆然と壁を見つめる。

 視線の先には大穴の開いた壁があり、それが自身のやったことだという記憶が確かにある。

「……やっべえ」

 周囲を見回す。いるべき息子はおらず、そのことについて記憶を手繰るまでもなく、久しぶりの睡眠でまともに動くようになった頭を使えば、何をやったかは鮮明に思い出せる。

「やべえやべえやべえ……やっべぇ!」

 最低限の荷物だけを持ち、リョウジは部屋を飛び出した。直後、隣の部屋の男と鉢合わせになった。

「おう、よく眠れたか父ちゃん?」

 割と機嫌よく話しかけてくる相手に、自分が何をやったのかも覚えている。

 直後、リョウジは直角になるまで腰を折った。

「本っ当に申し訳ありませんでした!ご迷惑をおかけした上に当たり散らしてしまって――!」

「あーいやいや、気にしてねえよ。それよりなんだ、子供、迎えに行くんだろ?」

 金貨のことを思い出されてはたまらないため、男がにこやかにそう告げると、リョウジは再び頭を下げた。

「そうなんです!重ねて、申し訳ありませんでした!では、失礼します!」

 回れ右をし、駆け出していくリョウジ。それを見ながら、男は小さくガッツポーズをしていた。

 階段を駆け下り、出入り口まで来ると、今度は宿の主人が声をかけてきた。

「おう、子供のお迎えか?」

「あ、はい!そうで……あ、昨夜は申し訳ありませんでした!」

 三度目の直角謝罪をしつつ、リョウジは食いつくように主人に尋ねた。

「あ、あの!この辺の番ぺ……警備……え、衛兵!衛兵さんの詰所ってどこにありますか!?」

「ああ、衛兵だったらうちを出て左に行って、三つ目の路地を右だ。そしたら左手側にでかめの石造りの建物があるから、そこに行きな」

「ありがとうございます!あの、あとで壁の修理代もお支払いしますんで――!」

「ん?昨日もらっただろ?」

「え?」

「ん?」

 二人の間に、一瞬微妙な空気が流れる。そこで、リョウジは大金貨を投げたことを思い出し、主人はリョウジがそのことを忘れていたことを知った。

「……返さねえぞ?」

「ああ……いえ、取り返そうとは思ってないので……そのまま修理費兼慰謝料として、もらっておいてください」

「部屋の増設でもさせてもらうさ。んじゃ、早く行ってきな。それと、まだ泊まるんなら一週間ぐらいは料金なしでいいぞ」

「そ、そうですね。依頼が無ければ……では、すみません!失礼します!」

 とにかく、一刻も早くコウタを迎えに行かねばならない。リョウジは宿を飛び出すと、町の中を全力で走り出した。

 十秒ほど走って、ふと奇妙なことに気づく。

 もう太陽は高く上っており、普通ならもう住人が出歩いているはずである。しかし、今日は誰一人姿を見かけないのだ。

 嫌な予感を覚えつつも走り続け、路地を右に曲がる。そこで、リョウジの不安は確信に変わった。

「建物無いし……!あああマジで加減しといてコウタぁぁぁぁ……!」

 叶わぬ願いと知りつつも、そう呟きながらリョウジは走る。そのうち、リョウジの耳にざわめきが聞こえ始め、それが気のせいではないと悟り、夏休み最終日に夏休みの友を引っ張り出した時のような絶望を覚えつつも、そのざわめきに向かって走り続ける。

 恐らく、そこには詰所があったのだろう。しかし、現在そこは人だかりができており、住人達を数人の衛兵が必死に押し留めているのが見える。

「何だよこれ!?何が起きてるんだ!?」

「みんな同じ顔になってる……訳わからないこと言ってるし、気持ち悪い……!」

「と、とにかくそれ以上近づくな!絶対にそいつを刺激するな!」

 リョウジの頭の中に『どう見てもコウタです、本当にありがとうございました』という言葉が浮かんだが、口には出さずに人だかりへと近づく。

「すみません、ちょっと通してもらえますか?」

「なんだあんた……って、まともに喋る奴もいるぞ!?」

 驚いたように叫ぶ住人に、周囲の視線が一斉にリョウジへと向かった。何をどう考えても、大惨事になっているのは間違いなかった。

「まともに喋る……とは?」

「あんた、あいつらの仲間じゃねえのか!?あれだよ、あれ!」

 住人が指さす先には、衛兵の鎧を着けたリョウジが何人もいた。恐らく、そこが本来衛兵達の詰所であり、本来なら建物があったであろうことは、地面に置かれた机などの調度品から察することができた。

 不自然に置かれた調度品の間にいる彼等は、一様にコウタ語を喋っており、相当に不気味な光景であった。

「おいーおりお。あうよぅよ。とた」

「いぇいあ。あいーえん。とた」

 何が起こったのかを凡そ察し、リョウジは遠い目になった。

「……タシカニ、キモチワルイデスネ……」

 いっそこのまま知らんふり出来ないかとも思うリョウジだったが、顔が同じである以上は、無関係だと言い張ることも不可能だろう。何より、事態を収拾しないとどんな悪影響があるか、わかったものではない。

 一度、大きく深呼吸をすると、リョウジは声を張り上げた。

「コウタ、迎えに来たよ!おいで!」

「……おとた?」

 リョウジもどきの群れの間から、コウタがちょこちょこと走ってくるのが見えた。片膝をついて手を広げると、コウタは真顔のまま走り寄り、リョウジの腕に飛び込んできた。

「おいお。あいいぇりあんあいあ。えいーあいおんよりぁ。ありどりえんあいあ。き」

「う、うん、よくわかんないけどごめんねコウタ。もうよく寝たから大丈夫」

「おいおいぇいおいあん。でぃどりあいえんいあ。だり、おいよぃえりありあ」

「うん、ごめんて。と、とにかくちょっと後始末するからね!」

 なおもコウタ語で語り続けるコウタを抱き上げ、リョウジは目の前のリョウジもどき達に視線を向ける。

「すみませんでした!今治しますので!」

 片手でコウタを抱きかかえ、もう片方の手で次々にリョウジもどきに触れていく。すると、リョウジが触った者は即座に顔が戻っていく。

 全員戻したところで、リョウジは元リョウジもどき、現衛兵達の様子を見る。彼等は呆然と佇んでおり、やがて自身の手や体を見つめ、顔を触り、そして全員がその場にへたり込んだ。

「お……俺だよな!?俺は俺だよな!?」

「あ、頭が……頭がおかしくなるかと……!」

「ああ、喋れる……!言葉が戻ってきた……!」

 相当な恐怖だったらしく、中には涙を流している者までいた。そんな彼等に、リョウジはもう何度目かもわからない謝罪の言葉を述べる。

「本当に申し訳なかったです!ちょっと、うちの子変なスキル持ってるもので……!で、ですが私のスキルで無効化したので、皆さん元に戻ってますから!」

 そんなリョウジを、住人達はもはや恐怖の目で見ており、衛兵達もほぼ同じような目で見ていた。

 これはもう言い訳も何もできないなと悟り、ならば力技で押し通そうと、リョウジは冒険者タグを掲げた。

「ええとすみません!私、S級冒険者のリョウジと言いまして……うちの子も、詳しくは言えませんがスキル持ちです!息子もS級相当のスキルなので、皆さん驚かせてしまいましたが、私のスキルで無効化……いえ、相殺できるので、もう騒動は起きませんので安心してください!」

 だいぶ無理のある話だとは思っていたのだが、意外なことに住人達はその言葉に納得したようだった。

「なるほど、親子揃ってこそのS級なのか。だから子連れなんだな」

「ふーん、やっぱS級ってすごいんだねえ」

 S級の効果ありすぎだろう、とは思ったものの、今のリョウジにとっては非常にありがたいことだったので、口にも態度にも出さなかった。

 住人達がある程度捌けたところで、今度は衛兵達に顔を向ける。

「その、今回のことは本当に申し訳なかったです。足りるかわかりませんが、詰所はこれで建て直してください」

 リョウジは近くにいた衛兵に歩み寄り、握手するように相手の手を握り、二枚の大金貨を握らせた。

 衛兵はその手にある重みを確認すると、それをしっかりと握りしめ、リョウジに敬礼をした。

「わかった。今回のことは不幸な事故だ。結果として、誰も死者は出ていないし、建物は無くなったが弁償はされた。これで一件落着――それでいいな?」

「ぜひ、それでお願いします」

 早い話が、金にものを言わせて事態を握り潰したわけだが、誰もそれに異議を唱える者はいなかった。実際のところ、リョウジが払った額は詰所を建て直した後、全員の装備を更新して三日三晩酒盛りをして、それでも余る程である。直接被害に遭った者はその限りではないにしろ、衛兵の大半は今回の件をむしろ幸運だったとすら思っている。

 こうして大人の話し合いも終わり、リョウジはコウタを連れて宿へと歩き出した。

「あいーおいあいよ。えいよりありえりお」

「よくお話するねえ……まあ、今回は好きなだけ喋ってていいよ。お父さんちゃんと聞くから」

「あいお。えいーあいあいえ、おりあーっはははははーぁ!!」

「遊んでもらえてよかったねえ……でもね、普通の人は顔の皮剥がしてもお父さんにならないからね。やめてあげてね」

 延々とコウタ語による意味不明の語りを聞きながら、リョウジ親子は揃って宿へと戻るのだった。


「リョウジさん、依頼入りましたよ。東に向かう護衛依頼です。既に三人ほど受けてますので、すぐにでも発てますよ」

 冒険者ギルドに着くとすぐ、受付嬢から声が掛かった。これでようやく、他の町へ移ることができる。

「本当ですか、では私もすぐに向かいます。集合場所はどこですか?」

「広場ですね。他の方も宿屋に荷物を取りに行ってますから、そこまで急ぐ必要はありませんよ」

「わかりました、助かります。では、私も荷物を取ってから行きますね」

 笑顔で返してから、リョウジはふと真面目な顔になった。

「それと……昨日はすみませんでした。だいぶ失礼なことをしてしまって……」

 思わぬ謝罪に、受付嬢は目を丸くした後、困ったように微笑んだ。

「いえ、大丈夫ですよ、慣れてますから」

「それでも、申し訳なかったです」

「でも、お子さんいるんですから、あまりその……夜遊びは、控えた方が良いかと……」

「……は?」

 今度はリョウジが目を丸くして聞き返す。すると、受付嬢は首を傾げた。

「あれ?それで寝不足だったのでは?」

「ち、違います!てか誰だそんなデマ流したのは!?ちょっとぶっ殺してえんですけど教えてもらっていいですか!?」

「そ、それはちょっと言えませんが……」

 隣で受付をしていた、『夜の店が原因では』と言い出した受付嬢は、冷や汗をかきつつ目を逸らしていた。

「はぁ……まあ、そう見えるんですかねやっぱり。でも眠れないのは息子が全然寝ないからで、私は妻以外と寝る気はありませんので、そこは誤解しないでほしいです」

「わ、わかりました……愛妻家なんですね」

「というより、これでも人見知りなので。初対面の人と触れ合うのは、男でも女でも、ごめんなだけですよ」

 軽い調子で言うと、リョウジは軽く挨拶をして宿へと戻った。それを見送ってから、受付嬢は未だ冷や汗をかいている受付嬢に声をかけた。

「危なかったね……」

「わ、割と声が本気だった……寿命縮んだわ」

「でも、昨日と全然様子違ったわね。人間、寝ないとあそこまで変わるんだって思ったわ」

「ああ、それは私も思った……少し忙しくっても、寝る時間だけはちゃんとした方がよさそうね」

 お肌にも悪いしね、と冗談めかしつつも、本気で睡眠時間は確保しようと心に決める二人だった。


 こうして、コウタのスキルの暴走は辛うじて収拾がつき、リョウジの資産は目減りしたものの、被害はほぼ無しと言ってもよい程度で済んだのは、まさに奇跡だった。

 一歩間違えば、自身はおろかコウタの命すらも狙われかねない、まさに一発触発の事態だったといえるだろう。

 この騒動の原因としては、やはり睡眠が取れなかったことであり、そのため睡眠時間の確保を絶対にしようと決めたのはリョウジも同じである。

 以降は、コウタの薬が確実に効くのを確認してから、次の依頼を受けるようにしようと心に決めるのだった。

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