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らん豚女神と縛りプレイ  作者: ジェームズ・リッチマン
第三章 討つは奴への猜疑心
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満員電車では顎を引いていた方がいい


 祭器。またの名をマジックアイテム。

 心躍る語感ではあるが、どうやら祭器というやつは思いの外使い勝手が悪いらしい。


「それは『青い祭壇のタリスマン』よ。神に祈りを捧げる時に手に持って使うと、差し出す霊力の量がなんとなくわかるようになるの。沢山の神を信仰してて、霊力の配分がわからない時には役に立つわ」

「うーん……」


 霊力を差し出す神様が一人しかいないし。

 そもそも霊力なんてほとんど使わないし。


「あらお目が高い! それは『供物の剣』よ! 刀装神や刃神に動物を捧げる時、それを刺しておくと神様からの覚えがいいらしいわ!」

「いやー……刀装神も刃神も信仰してないからなぁ」

「……その剣、ちゃんと使えるんでしょうね」


 色々なものがあるけれど、そのほとんどが専用の神様に対する道具で、あまり選択肢が広くない。

 俺としてはもっとこう、霊力を消費して弾を出すみたいなマジックアイテムが欲しいんだけどな。


「ものすごく高いわよ、そんなの。霊力弾撃ちたいならまずは法神を信仰してからにしなさい」


 そして俺の希望はあっさりと却下された。

 どうやら持て余した霊力を直接戦力にするのは難しいようだ。


「うーん……それじゃあ、カードに関係した祭器とかはないか?」

「カード? ……まぁ、いくつかあるけど」


 俺が言うと、コヤンは思い当たる品があるのか、底なし鞄をまさぐりはじめた。


「あったあった」


 程なくして、品物を発掘したコヤンが小さな薄い箱を俺の前に置いた。

 見た目はカードケース。青く塗った木材で出来ているようで、その厚みは一センチほど。

 かさばるようなものではないし、高そうにも見えない。しかしそのお手頃感が、なんとなく期待大だ。


「おほー、なにこれ?」

「これは『エクスバインダー』。カードを一枚だけ保存しておける、まぁいわば小さなカードバインダーね」

「えっ、バインダー?」


 コヤンが無造作に蓋をあけ、中身を俺達に見せた。

 するとそこは、なるほど。確かにカードバインダーと同じ作りになっているようだった。


 ……これだけあれば別にカードバインダーいらないのかもしれないな。

 いや、今のバインダーも気に入ってるから捨てたりしないけど。


「何も入ってないわ……?」

「そりゃ、入れ物だけだもの。カードはご自分で集めましょう!」

「そんなー」


 とはいえ、バインダーに頼らないカードケースというのは貴重かもしれない。

 単純に一枚分のカードポケットを確保できるということでもそうだが、いざ符神ミス・リヴンの不興を買ってしまってバインダーを失ったとしても、この祭器さえあれば一枚だけなら保持できる。

 それに、これをペトルなどに持たせておけばいざというときのための保険にもなるだろう。ペトルにもカードが使えることは、『グラシア・フルート』の一件でわかっている。


 ……うむ、悪くない。俺にとってこの祭器は、なかなか有用性が高そうだ。


「ヤツシロさん」

「ああ、なかなかいいな」


 どうやらクローネも同じ考えでいるようだ。

 が、しかし。

 購入を検討する前に、これが本物かどうかを調べなくてはならないだろう。


「コヤン、ちょっと見せてもらっていいか?」

「ふふーん。心配しなくたって、れっきとした本物よ? 好きなだけ見てちょうだい」

「おう、じゃ、お言葉に甘えて……どれどれ」


 手に取って、色々な角度から眺めてみる。ふむふむ。まぁちょっと古めかしいものの、雑な作りではない。ケース自体はそこそこ頑丈のようだ。

 が、そんな所を見たところで祭器かどうかわかるわけでもない。

 なので、俺はさり気なくポケットの中に忍ばせておいた小石を取り出した。


「うん? なによ、それ」

「ああ、ちょっとした試金石というか……アイテムの質を詳しく知りたい時に使う道具なんだ」

「ふーん、聞いたこと無いけど……傷だけはつけないでよね」

「大丈夫大丈夫」


 多分な。まだ使ったこと無いからわからんけど。

 だがいい機会なのだ。ここらでヤォさんからもらった『プレイジオの欠片』の力を見させてもらうとしよう。


 さて、小石を鑑定したい物に当てるだけで良いとは聞いているが……。


「おほー……?」


 ベージュ色の小石を、『エクスバインダー』にコツンと押し当てる。

 すると其の瞬間、すさまじい変化が俺の視界を覆った。思わず声を上げなかった俺は賞賛されるべきだろう。



名前:エクスバインダー

系譜:万神ヤォ、符神ミス・リヴン、祭器神ロウドエメス

意義:カードを保存できる外部バインダーアイテム。1枚限定。

現所有:コヤン

前所有:シャーカス・サメトレイル



 俺の目の前に浮かんでいるのは、青白く輝いた神秘的な文字列。

 それが小石から、まるでホログラムだかプラネタリウムのように発せられており、空中にびっしりと映し出されているのだ。


「本当にそんな小石でわかるのかしらねぇ」

「どうなのでしょうか。私にもよくわかりませんが……」


 が、ちょっとおかしい。どうやらコヤンとクローネにはこの浮かんだ文字が全く見えていない様子なのだ。

 浮かぶ青白い文字には目もくれず、俺の様子を見て……ただ終わるのを待っているだけ。

 まさか、この文字は俺にしか見えないのだろうか?


「おほー……プレイジオみたい」


 いや、俺の隣にいるペトルにだけは見えているようだ。

 何故かはわからない。が、こいつに関しては考えるだけ無駄だろう。


 ……文字は見えた。

 このアイテムが本物であることもよくわかった。余計なことまで書いてあったが、まぁ多く書いてある分には全く問題ないだろう。


「ああ、どうやら本物みたいだな」

「でしょ? まぁ、どうやって調べたのか知らないけど」

「え、ヤツシロさん今のでわかったんですか?」

「まあな」


 詳しく言ったらコヤンがまた激しく追及してきそうなので、ここではさらりと流しておこう。

 後でクローネにも見せておかねばなるまい。わかっちゃいたつもりだけど、とんでもないアイテムをもらってしまったなぁ。


「で、コヤン。このエクスバインダーはいくらなんだ?」

「それは1000カロンよ」

「ふぁっ」


 変な声出た。

 え? 1000カロン? マジで?

 ……ちょっと高くないですかねコヤンさん。


「高くはないわよ。むしろこの手の祭器にしては安い方なんだから」

「や、安いのか……?」

「もちろん」


 二日に一回は悪徳セールスとエンカウントしていた俺の鋭い嗅覚が、なんとなくこの値段設定に反応しているような気がする。

 常に半信半疑の姿勢を崩さずに聞いていよう。


「本来ならカード保管用の道具なんて、全部カードショップが独占しているようなものなのよ。あいつらはとにかく沢山のカードをがめてないといけないしね」

「まぁ、それはわかるが……」

「で、この道具自体なかなか出回るものじゃないの。危険なダンジョンの宝箱とか、アイテムカードからしか出てこないし、すぐカード屋に買われちゃうから。カード屋とかコレクターの手に渡ると、二度と市場には出回らないしね?」


 まじか。見た目カード入れでしかないのにそんなにレアアイテムな扱いだったのか。

 ……なるほど。なんとなく価値が高いのはわかった。


「……そうですね。詳しくありませんが、エクスバインダーについての話は間違っていないと思います。私も少しだけ、聞き覚えがありますから」


 クローネが言うなら間違いはない。 

 クローネは光属性だし嘘をつかないからな。


 ……まぁ、細かい値段設定はさておき、保険として持っておくのだ。

 流通数が少ないのであれば、今ここで買っておくのも悪くはないだろう。


「……よし、このエクスバインダー、1000カロンで買った!」

「ほいきたまいどあり! ヤツシロさんよく見たらかっこいいねぇ!」

「はははこやつめ! 次からはもっと早めに言ってくれな!」


 高い買い物だが、カードありきの旅を続けているのだ。

 無駄にはならないだろう。


「はい、コヤンさん。こちら1000カロンになります。ご確認ください」

「え? うん……はい、確かにいただいたけど……お金はクローネが出すの?」

「ええ、そうですよ。そういう役割分担なので」

「……」


 おいクローネさん、その言い方もうちょっとなんとかならなかったの?

 コヤンすごい軽蔑するような目で俺の事見てるんだけど。

 多分もうこれ次から“かっこいい”とか言ってくれねーよ。


「いやコヤン、これはな」

「まぁ、別にお金払う人が了承しているなら良いけどね……私には商人としてのプライドがあるから」

「いやお願い聞いて? これには聞いてみると結構浅い訳が――」


 弁解しようとして、不意に大きな衝撃に見舞われた。

 木箱の中身が激しく揺さぶられ、物が倒れる音が馬車内に響く。


「きゃっ!?」

「あっ!?」


 急停車。

 何十回か経験のあったその懐かしい横重力に、俺の脚はどうにか反射的に耐えた。

 が、馬車の幌口辺りにいたコヤンとクローネは、その衝撃でこちらにふっ飛ばされてきて……。


「おぶっ」


 さすがに人間二人のタックルを受け止めきれるほど、俺の脚は体育会系ではなかったようである。


「ぴー……」

「いたた……や、ヤツシロさん、ごめんなさい!」

「ご、ごめんね! 大丈夫?」

「ああ、怪我はないよ……平気平気……」


 端の方で一人で倒れているペトルも可哀想な絵面だったが、おそらく今の俺ほどではないだろう。


 まぁ痛いけど、なんか柔らかいというか、いい香りというか……。

 ……これって不幸なのだろうか、幸福なのだろうか。どっちになるんだね、ペトルさんや。


「おい、護衛の若造共! どうやら先の方でトラブルがあったらしい……一旦馬車から降りろ!」


 俺が柔らかな感触を思い出しながらラッキースケベの幸福度についてかなり真剣に考えていると、外からダンディなお馬さんの声が響いてきた。


「……先ほどの停止といい、何かあったのでしょうね」

「みたい、だな」


 全てが順調に進んでいると思っていたが、どうやらそんなわけにもいかないらしい。



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