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らん豚女神と縛りプレイ  作者: ジェームズ・リッチマン
第三章 討つは奴への猜疑心
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太陽を直接見ると目を悪くする

 橋が落ちた。

 一体何が起きたのか。いや、一体誰が壊したのか。

 俺たちはその話題を保ったまま、再び馬車の中で揺られている。


「あの橋は昔からある実に歴史の長いものだったです。ああ、再建されるのはどれほど先となるか……」

「向こう岸に行ったら当分の商売は内海側になりそうだわ……ああ、まったり行商したかったのになぁ……」


 クローネはただ純粋に人の引き起こした悪意に憤り、コヤンは無駄に数日過ごすであろうことを愚痴り、俺はそんな二人に適切な相槌を提供し、そしてペトルは隅のほうでぐーすかと眠っていた。

 二人の愚痴と不満に多少辟易はしたが、それでも彼女らの言葉は丁度いい退屈しのぎだ。そうしている間に、何時間も馬車の旅は続いていった。


 そう、何時間もである。

 やがて揺れる馬車の中で会話が途切れ、各々が荷物の整理を始め、その細かな身支度さえも終わってしまい、それでもまだ、馬車は村に着かなかった。


「……これ、夕暮れまでに着くのか?」


 俺は幌の入り口を開け、外の景色を見た。

 砂埃を立てる道の上にある空は、まだ赤く染まってはいない。

 だがこれから日が沈むであろう予兆を感じさせる色合いに、ゆっくりと傾きつつあるようだった。


「……近くの村に寄ろうっていうのは、マウント隊長の咄嗟の判断だったからね。走ったことのない脇道を地図だけで進もうとするには、距離感が掴めきれなかったのかもしれないわ」


 俺の隣にやってきたコヤンも、一緒になって空模様を見上げてそう言った。

 彼女もまた俺と同じ懸念を抱いているのであろう。もうじき村に到着するかもしれないが、日暮れまでにつかないかもしれない。そうなった場合……どうなるか。


「まさか。……村に着くまでに、日暮れになってしまうのでしょうか」

「むにゃ……」


 膝枕の上で幸せそうに眠りこけるペトルの頭を撫でながら、クローネが心配そうに俺を見上げた。


「……隊長さんの見通しが間違っていなかったことを祈るしかないな」


 俺に訊かれても困ってしまう。

 見ず知らずの場所で距離どうこうなんて、つい最近まで東京に住んでいた俺にわかるはずがない。

 俺に出来るのは、いつだって備えることだけ。


「一応……カードの整理をしておくか」

「おほー……むにゃむにゃ……」


 そう、備えること。それは不幸体質の俺に許された、唯一のあがきだった。


 荷物の整理も、仮眠も、水も、テーピングも、応急キットも、なんとなく張り詰めた精神も。

 幸運の女神がいつだって万全の状態で俺を見守ってくれているだなんて、そんなのは保証のない思い込みでしかない。

 この世界の神様は、いつ眠りこけているかもわかりはしないのだ。


「……クローネ」

「は、はい。ヤツシロさん、なんでしょうか」


 ちょっと硬くなってしまった俺の声に、彼女はおずおずと反応した。


「日が落ちると、闇の信徒……って奴らが活発になるんだよな?」


 この質問は、あまりにも当然すぎるこの世界における常識だったのだろう。

 側で聞いていたコヤンは「ハァ?」とでも声が出そうな形に、眉と口を歪めていた。


「はい。闇の信徒……つまり、闇の神々を信仰した生物たちは、夜の闇をもって、その力を活発化させます。人間ならば盗賊や人殺しを。野生であれば、凶獣や魔獣を。闇の神々も数多く存在しますが……そのどれもが、闇の中で信徒に凶暴な力を与えるものばかりなのです」


 俺がダンジョンで遭遇したような魔物も、つまりは闇の信徒だったのだろう。

 つまりこれから、もしも夜の帳が降りてしまったら……俺たちはダンジョンの内部とさほどかわらない夜道を、馬車で旅することになる。

 勇者と頼もしいご一行が搭乗しているだけの馬車だったなら、そんな旅でも良かったかもしれない。

 だが俺たちが随伴しているのは、隊商だ。戦闘能力には限りがあるし、見放しきれない量の荷物もある。


 ……しかも、俺達のいるような、その最後尾ともなれば……。


「おい、護衛の若造共。薄暗くなりそうだ」


 暫しの考え事をしていると、走っているダンディな馬から声が投げかけられた。


「俺も急いじゃいるが、万が一ってこともある。掛けてあるランプに火を入れておけ」


 それは今なお道を走っている心強い馬からの、まるでひとつの警告のようだった。


「……なんとか、村につけるといいんだけど」


 速度を増して揺れの激しさを強めた馬車。ガタガタとけたたましく鳴り続ける車内で、コヤンは不吉そうにそう呟いた。

 そして彼女がうっかり零した言霊は、不幸なことに現実のものとなるのだった。




 異常が起きたのは、それから30分後だった。

 それまでの間、俺達はとにかく馬車がさっさと目的地に到着してくれることを祈り続けていた。

 しかし一向に村らしき場所へと到達することはなく、厳正に沈む太陽は残酷なほどに、ゆっくりと輝きを橙色に、朱色に染めていった。


 はらりと開いた幌の口から、沈みゆく夕日が見て取れる。

 地平に落ちる黄金の輝き。この世界に来てから初めてまじまじと見る、哀愁漂う長い影。


 コヤンはその黄昏に顔を強張わせ、クローネは強く目を閉じて祈るように手を結び。


「……」


 ペトルは眠るでも遊ぶでもなく、ただ俺と同じ無表情で、その夕焼けを見送っていた。




 そして夜が来てしまった。


『さあ。さあ。さあ。夜がきましたよ。忌々しき陽は落ち、我らの時が来ましたよ。……やれ』

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