前編「オレンジソウルを探して」
朝は嫌いだ。
夜のうちならば、何かできる気がする。
明日になれば、なんでもできる気がする。
……なのに、翌朝襲ってくるのは無力感。
朝陽を浴びても、所詮自分は自分のままで。
昨夜考えたいろんな計画や、儚い妄想はみんな滑えてしまって。
ばかげてる。
ずっと待っていた。
朝になれば、いなくなった誰かは帰ってくる。
あいつがいなくなったのは、夜だった……
時の続きを紡げるならば、
きっと、
朝になれば、
あいつは帰ってくる……
約束したんだ。
明日の朝になったら、みんなで遊園地に──
「楽〜楽薬楽〜‼︎」
いきなり掛け布団を取り払われる。
「いつまで寝てるの? おねぼーさんねっ」
「……ん? かーさん?」
目をこする。楽しそうに笑うのは……
「タ、タイム‼︎」
「おはよ、ご飯作ったよ。食べてね?」
タイムはそれだけいうと、部屋を出ていってしまう。
ベッドに座り込んで、楽は惚けた。
「くぉらっ! 勝手に男の部屋に入ってくるなっ‼︎」
叫びは空しく心の中で木霊した。
「…んまいっ‼︎」
楽は力一杯呼んだ。
「うまいよ、これ、タイム‼︎」
「えへへー。冷蔵庫にあった物で適当に作っただけなんだけど」
「でも、不思議と懐かしい味の気がする」
ダイニングのテーブルに並んだ、オムレツと、ナスのみそ汁と、たくあんや漬け物、コーンスープ。
「……この、オムレツ……どこかで……」
タイムは静かに笑った。
「よかった!そういってもらえて」
タイムは、楽の家の半分物置のようになっていた空き部屋を整理して、そこを使うことにした。
彼女はそのことに不満を言わなかった。というか逆に暮んでいた。
布団は予備があったのでそれを出した。
タイムの荷物はトランターつだけで、それで果たして女の子が二ヶ月も滞在可能なのか、楽には疑問だったが、彼女もそのつもりで来たのだから、お金も持っているようだし──どうやって日本円を手に入れたのだろうか、宝石でも売ったのだろうか? それとも、旅行会社とかいうのが用意したのだろうか? ──まぁ、よしとした。
必要になったら自分で何か買うだろう。
「薬のおかーさま、……帰ってこないね……」
「掃除のバートと、スーパーのレジのバート、夜は夜で居酒屋……我が母親なから、多忙だね」
楽は冗談めかしていった。
「……大変だね」
タイムは泣きそうな声を出した。
「……まぁな。それなか、おまえ、学校でもタイムなんて名前なのか?」「まさか。瞬雪……空橋瞬雪ってことにした。
瞬は発音しないの。
あだ名がタイムってことで」
「へんなの。苗字はオレと一緒か」
「イトコだから。そゆことでよろしくね!」
楽とタイムは制服──グレーの男女共に詰め襟系で、ファスナーつきのポケットがついていたりして、ちょっと機能的? 袖のところや、パンツやスカートの裾にさりげに一本緑あり──を着て中学校へ向かった。
記憶操作はうまくいったようで、誰もタイムに不審な目を向けなかった。
「まぁ、その辺はうちらの超能力と科学力の勝利ってことで」
と、タイムはしていた砂時計型のペンダントを触りながら微笑んだ。
「……さて」
昼休み。生徒たちで賑わう廊下。外寄りの窓際を背にして、タイムは横の楽を見上げた。
「チャキチャキ行こう! チャキチャキ見つけて、チャキチャキハントよ‼︎」
「……その<チャキチャキ>ってのは、日本語的になんかおかしいんじゃ……」
「いーの! うちの星でハヤってるの!」
ナゾだ。宇宙人。
「おいでませ♡ ソウル・ラヴァーズ!」
タイムがおかしなコトを口走ると、彼女のメビウスリングが白い光を放って、何かが夕イムの胸に飛び込んできた。
……ぬいぐるみだった。ばかでかい、羽の生えたクマのぬいぐるみ。七色にきらめくハートを両手で持っている。
「な、なんだ、それ?」
「これがピュアソウル探知機、ソウル・ラヴァーズ」
「……⁈」
ナゾだらけだ。宇宙人。
「ていうか、こんなトコでこんなモン出して、こんなモン抱えてちゃマズいぞ!」
なぜか誰も注目してなかった。おかしいぞ。地球人。
「だーいじょぶ〜。記憶操作でかわいそーなタイムちゃんは特別に親の形見のぬいぐるみを学校に持ってくることを許可されていることにしたから」
「え⁈ 形見って??
ていうか、指環からぬいぐるみが出てきてなぜ誰も驚かない⁈」
「だからそれも記憶操作で。そういうオモチャってことに」
「んなトーイねぇーよっ‼︎」
楽の叫びを無視して、タイムはぬいぐるみ抱えたまま歩き出す。
「にしても、なんでそんなでかいんだよっ⁈」
「うるさいなぁ、楽ってば細かいコト気にしすぎ」
「細かくねぇっ‼︎」
「だって、探知機そんな小型化できる技術、うちの星にはないもん。
それと、このクマは見た目重視? っていうか、カバーみたいなもん。
一種のフェイクかな?
このクマの中に探知機が入ってるのに大きいけど軽いの」
「……。確かにラヴリーではあるな」
「でしょでしょッ⁈」
《いたよ~ん》
「うおっ⁈ クマが喋った⁈」
驚く楽を無視して、ソウル・ラヴァーズはキュートなハートを左斜め前方に向けた。
《オレンジソウルの持ち主発見発見発見~!》
「おっしゃ! 突撃ッ‼︎」
タイムが走り出そうとする。
「待て」
楽が彼女の後ろ襟を掴んで止める。
「にゃっにゃっ⁈」
「……なんだ、コレは」
「だから、ソウル・ラヴァーズだってば! ちなみにヴォイス・サンプリングあたし好みにちょーキュートにしてるけど」
「確かにクマの外見にベリマッチ。……じゃなくて」
「放して放してッ。とりあえずコンタクトするんだからぁ。
ファースト・インプレッションは大事なのよッ!」
《オレンジソウル行っちゃうよ~ん》
「あァッ待ってッッ⁈」
楽にアッパーカットを食らわせ、タイムはオレンジソウルの持ち主を追いかける。
「ま、待てゴラァ小娘ッ!」
顎を押さえて、楽はそれを追う。
シャンプーのCMにでも出れそうな長い髪の少女は、階段を下り切り、購買のほうに向いた。
ちょっと気の強そうな顔をしていた。中背で、あまり目立つ容姿ではないが、よく見ると結構かわいいかもしれない。
「待って、待って待ってオレンジちゃんッ!」
「待て待て、百五十万の七分の一!」
タイムと楽の叫びに、後ろを向こうとして──
「うきゃあ⁈」
「ぎゃああッッ⁈」
降ってきた二人に押し倒された。
保健室のベッドに寝かされた少女を見て、楽は溜め息をついた。
ちなみにお約束的に保健の先生はいなかった。
「……まさか気絶しちまうとは」
「楽が悪いんだよ、あたしの背中押すから」
「おまえがちんたら階段下りてるから悪いんだ!
四段抜かしくらいしろッ‼︎」
「できるかボケッ‼︎」
「大体なんだよ人にアッパーかましといて!」
《チャンスだよ~ん》
「そうね、ソウル・ラヴァーズのいうとおり!
幸い彼女はそんなたいしたことなさげだし。
行くよ、楽ッ‼︎」
「はぁ?」
「行きましょ♡ ソウルサルベージ!」
タイムがおかしなポーズでおかしなコトを口走ると、彼女のメビウスリングが白い光を放って、タイムと楽を包んだ。
青白く変わった光に包まれたまま、二人はベッドの上の少女の胸に光線状になって吸い込まれるようにして酒えた。
光の粒子の残像を見つめるようにして、その場に残されたソウル・ラヴァーズは囁いた。
低い──男の声で。
「いってらっしゃい。子供たち」




