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第9話 歪な葬列

俺は荒い息を吐きながら、廊下を這っていた。

「……はぁ……っ」


脚に力が入らない。

それでも、俺は前へ進み続けた。

身体に傷はない。


それなのに――

怖い。

気味が悪い。


背後から、ゆっくりと足音が近づいてくる。

――コツ。

――コツ。


「待って……」

俺は振り返らなかった。

見たくない。


あの女を見たくない。

あの淡い水色の着物も。

あの八角星も。

それに、あの笑顔も。


あいつは、何もしなくても怖い。

ただそこにいるだけで、気持ち悪い。


「やめろ……」

声が震える。

「来るな……」


それでも、足音は止まらない。

――コツ。

――コツ。


「ルクラン」

その声を聞いたことがある。

あの夜に聞いた声だ。

優しい。

落ち着いた声。


それなのに――

「……気持ち悪い」

俺は必死に前へ這った。

「……うっ!」


そして、目の前に大きな木製の扉が見えた。

「……!」

出口だ。

教会の出口……!


俺は思い切り扉を押した。

ギィィィ……

扉がゆっくり開いていく。

その瞬間、冷たい風が顔に当たった。


「……え?」

俺は止まった。

「……また……?」

その向こうにも――

教会があった。


高い天井。

長く並んだ木のベンチ。

扉の向こうから聞こえていた、あの女の声がどんどん遠くなっていく。

代わりに、

教会の中は、妙に静かだった。


中央には、棺が一つ置かれている。

「……葬式?」


誰か死んだのか?

でも、なんでこんなところで――


ベンチには、たくさんの人が座っていた。

全員、黒い服を着ている。

みんな俯いている。

中には、声を押し殺して泣いている人もいた。


でも……

「……あいつら、誰だ?」


おかしい。

いくら目を凝らしても、顔が見えない。

黒い霧みたいなものが、顔を隠している。

目もない。

鼻もない。

口もない。

誰が誰なのか――

まったく分からない。


「……なんだよ、これ」

俺は少しずつ後ろへ下がった。


いったい、なんなんだよ?

いや……俺、こいつらに何かしたか?


そのとき、

教会の一番奥。

棺の後ろに立っていた人物が、ゆっくりと顔を上げた。


「……」


司祭だった。

その人物だけは、顔がはっきり見えた。

年齢も分からない。

男なのか女なのかも分からない。

どこか曖昧な顔立ち。


ただ――

笑っていた。


「……っ!」

怖い。


そして、その人物が着ている服。

どこかで見たことがある。

淡い水色。

八角星の模様。


「……嘘だろ」

俺は小さな声で呟いた。


司祭は、そこに立ったまま動かない。

ただ、じっと俺を見ている。


まるで――

俺がここへ来ることも。

ここから逃げようとすることも。

全部、知っていたみたいに。


俺は唾を飲み込んだ。

一歩、後ろへ下がる。

司祭は動かない。

もう一歩、下がる。

それでも、動かない。


なのに――

なぜか、距離が近づいている気がした。

俺は動いている。

あいつは動いていない。

それなのに。

あの視線だけが、ずっと俺を追っている。


しばらくして――

司祭の首が、ほんの少し傾いた。

そして、ゆっくりと顔を上げる。

「……」


その口元が、ゆっくりと歪んだ。

笑っている。


けれど……

その笑顔は、どこかおかしかった。

笑っているのは、口だけ。

目は、まったく笑っていない。

それなのに――

ものすごく嬉しそうに見えた。

まるで、ずっとこの瞬間を待っていたみたいに。


「やめろ……」

俺の口から、掠れた声が漏れた。


『……』

頭の中で、エイナが黙り込んだ。

いつもなら、楽しそうな声で何か言ってくるはずなのに。


でも――

今は違った。

『……ルクラン』

エイナの声が震えていた。

『早く逃げて……』

『あいつから……』

「……エイナ?」

『早く』


こんな声を聞いたのは、初めてだった。

怯えている。

「お前……」

『嫌』


エイナが、精神世界の中で逃げ回っているのが分かる。

『あれ、怖い』

『見たくない』

『近づきたくない』

『だから……』

エイナの声が、そこで途切れた。


「……」

俺は、どうすればいいのか分からなかった。

あのエイナですら――

逃げ出した。


逃げたい。

今すぐ、ここから逃げたい。

でも、身体が動かない。


司祭は何も言わない。

ただ、そこに立って笑っている。

その口元だけが――

少しずつ、吊り上がっていく。


そして……


「ようこそ~♡」

その笑顔が、ゆっくりと歪んだ。

「――不躾な侵入者」

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