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第8話 蘇る悪夢

昼過ぎ。

俺は久しぶりに医療室の外へ出た。


「……空気がうまいな」

「そりゃそうでしょ。三日間ずっと寝てたんだから」

肩に乗っているルルが言った。


……そういえば。

どうやら、他の人にはルルが見えていないらしい。

俺にしか、この青ネズミは見えない。

「本当に、誰にも見えてないんだな」

「そうだよ。普通の人間には僕の姿は見えないからね」

「それは便利だな」

「すごいでしょ?」


俺は街を歩いた。

店先からは、焼きたてのパンの香りが漂ってくる。

行き交う人々の声。

馬車が石畳を走る音。

客を呼び込む店員たちの声。

――いつもの街だ。


俺は足を止めた。

「……シアも、こういう場所が好きだったな」

「……」

ルルは何も言わなかった。


そのとき――

「え?」

聞き慣れた声がした。

振り返る。


「ルクラン!」

ロルフィだった。

彼女は嬉しそうに俺のところへ駆け寄ってくる。

「もう歩けるようになったの?」

「ああ。少しくらいなら大丈夫だ」

「よかった……」

ロルフィはほっとしたように息を吐いた。


そのまま、俺たちは一緒に街を歩いた。

しばらくして――

一軒の宝飾店が目に入った。

「わぁ……」

店先に並べられたネックレスや指輪を見て、ロルフィが足を止めた。

「ルクラン、見て」

「ん?」

ちょうどそのとき、店主が一つの指輪を取り出した。

「これは特別な品ですよ」


細身の銀色の指輪。

その中央には――

小さな八角形の宝石が嵌め込まれていた。

「これは『天の指輪』と呼ばれている指輪です」


「『天の指輪』?」

ロルフィが首を傾げた。


「そうです。神の加護を受けた指輪だと言われています」

店主は誇らしげに説明した。

「『天の魔王』様から加護を授かった聖遺物なんですよ」


天の魔王?

俺はルルのほうを見た。

……寝ている。


「……天の魔王」

その名前を聞いた瞬間――

俺は反射的に胸を押さえた。

「よろしければ、お客様。実際に触れてみますか?」

店主が指輪を差し出してくる。

「俺が?」

「はい」


俺は少し迷った。

けれど――

なぜか、手を伸ばしていた。


指先が指輪に触れた、その瞬間――


「……え?」


視界が、一瞬で真っ白に染まった。

本当に――ほんの一瞬だった。


俺が目を開けると、そこに広がっていたのは、さっきまでの賑やかな市場ではなかった。


*


静寂。


ここは……教会?


高い天井。

壮大な壁画。

そして、落ち着いた光を放つ照明。


「……ここ……は……」

俺は息を呑んだ。


そして――

教会の中央にある通路。

そこに、一人の少女が立っていた。

少女は、俺に背を向けている。


淡い水色の着物。

そして、その着物の背中には ――

八角星の紋様が描かれていた。


「……」

俺の身体が、一瞬で固まった。


この姿を、俺は知っている。

絶対に忘れるはずがない。

あの姿。

あの着物。

あの八角星。


「……お前……」


少女は、微動だにしない。


それでも――

その瞬間、俺の額から冷や汗が流れた。

あの吐き気がするような、不吉な気配。

あの夜と、まったく同じだ。

いや――

それ以上だった。


魔力核に触れられたときの感覚が、再び蘇る。

冷たい指先。

血に濡れた手。


「……あ……」

呼吸が、どんどん速くなる。


「来るな……」

脚から力が抜けた。

俺はその場に座り込んだ。

「……来るな」

後ろへ下がろうとする。

両手で床を掴みながら、必死に後ずさる。

「来るな……!」

俺は叫びながら、這うように後ろへ下がった。


「ルクラン!」

ルルが叫んだ。

「落ち着いて!」

「無理だ……!」

「大丈夫だから!」

「違う……あいつ……!」

俺の手が激しく震える。

「俺の魔力核……」

「ルクラン!」

ルルが俺の肩へ飛び乗った。


「僕がいるよ!」

その声を聞いて、俺は動きを止めた。


けれど――

少女が、ほんの少しだけ首を動かした。

そして。

ゆっくりと、こちらへ振り向き始めた。


「……っ!」

呼吸が止まった。


もうすぐ、あの顔が見える。

あと少し。

ほんの少しだけ――

少女は、ゆっくりと顔をこちらへ向けていく。


見えた。

その表情は――

不気味な笑顔だった。


「……やめろ……」

俺は震えながら、後ろへ這うように下がった。


そして――

少女が、俺を見た。


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