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第7話 八角星

「……ありがとう、父さん」

俺はゆっくりと笑った。

穏やかな笑顔だった。


けれど――

胸の奥では、こいつの声がずっと響いていた。

『――殺して』

(嫌だ)

『君のお父さんを――』

(嫌だ……!)

俺は拳を握りしめた。

(絶対に嫌だ!!!)

『……ふふ』


彼女が笑った。

『君、本当に嫌なの?』

(当たり前だろ!)

『……本当に?』


その一言だけで――

俺は、ほんの一瞬だけ考えてしまった。

「――嫌だ!!!」

俺は叫んだ。

「……!」

ロルフィが驚いて、肩を大きく震わせる。

プリンスターも目を見開いた。


「クル!」

「……うっ!」

しまった。

思わず叫んでしまった。

気まずい……。

自分でも、何をやってるのか分からない。


「い……いや、違う……」

何が「違う」のか。

俺自身にも、分からなかった。

そのとき、また頭の中であいつが笑った。


『ふふ……言っちゃったね』

「黙れ……」

「ルクラン?」

ロルフィが心配そうに顔を近づけてくる。

その声さえ、遠く聞こえた。

視界が揺れる。

歪んでいく。


「……父、さん……」

少しずつ、父さんの顔が見えなくなっていく。

「クル!」

その声を聞いた瞬間――

俺の意識は、また暗闇へ沈んでいった。


*


三日後。

昼。


「……うっ」

俺はゆっくりと目を開けた。


天井。


ここは王国騎士団の医療室だ。


「……俺……」

喉が、ひどく乾いている。

水でも飲むか。

俺は身体を起こし、水を取りに行こうとした。


そのとき――

腹の上に、何かが乗っていることに気づいた。


「……?」


俺はゆっくりと視線を落とした。

……小さな生き物だった。


青い。

身体つきは猫に少し似ているが、どちらかというとネズミに近い。

大きな耳。

細い四肢。

そして、リスのようにふさふさした尻尾。


「……なんだ、これ」

そいつは俺の腹の上で丸くなり、


「ふー……ふー……」

と、規則正しく寝息を立てていた。

俺はその場で固まった。


そして――

「うわあああ!?」

反射的にそいつを掴んだ。

「んにゃ……?」


小さな生き物が目を開ける。

「うるさーい……」

「なんだよ、この生き物!?」


俺はそのまま窓の外へ放り投げた。


「にゃああああああああああ!?」


*


「――痛いにゃ!!」

地面に落ちた青い生き物は、頭を押さえながら立ち上がった。

「何するんだよ!」


「……」


俺は窓から顔を半分だけ出した。

「……喋った?」

「そりゃ喋るよ!」


青い生き物は、頬をぷくっと膨らませた。


「いきなり投げるなんて酷すぎるだろ! せっかく三日間ずっと看病してたのに!」


「……お前が、俺の看病を?」


「そうだよ!」


小さな生き物は、胸を張った。


その胸元には――

小さな八角形の星の紋様が刻まれていた。


「……八角星?」

俺の表情が変わった。


淡い青。

八角星。

この姿……

あの女の姿が、再び頭の中に浮かんだ。


淡い青の着物。

八角星の紋様。

俺の頬に触れた、血に濡れた指。

そして、魔力核に触れられたときの、あの激しい痛み。


「――ぐっ」


息が止まる。

身体が、震えた。


「あの女……」


怖い。

気持ち悪い。


「俺の……魔力核……」


青い生き物の表情が変わった。


「……ああ」


少しだけ、声を落とす。


「思い出した?」


俺は胸を強く押さえた。

あの感覚は、今でも覚えている。


「大丈夫だよ」


青い生き物が、一歩ずつ近づいてくる。


「もう、あいつに傷つけられることはないから」


「……誰が信じるんだよ」


「うん。だからね――」


小さな生き物は、にこっと笑った。


「僕は君を守るために来たんだよ」


「……お前、何者なんだ?」


「僕?」


青い生き物は首を傾げた。


「僕は――」


少しだけ胸を張る。


「君の護衛、ルルだよ!」


「……それだけじゃ、何者なのか分からないんだけど」


「じゃあ、ちゃんと名乗るね」


ルルは笑った。


「僕は、天の魔王様の使いなんだ」


「……天の魔王?」


誰だ?

まさか――あの女か?


「そうだよ」


「じゃあ……あの女は……」


「天の魔王」


即答だった。

俺は固まった。


「……あいつが?」


「うん」


「でも、あいつは俺を殺そうとした……」


「違う違う!」


ルルは慌てて手を振った。


「勘違いしないでよ。あの人は、君に敵意なんてないから」


「……」


「まあ……君からしたら、変態で頭のおかしい奴にしか見えないだろうけどさ」


「少なくとも、僕が君を一度死ぬところから救ってあげたんだからね」


「……は?」


俺は眉をひそめた。


一度死ぬところ?

俺、いつ死にかけたんだ?


「エイナのバカが、君を殺そうとしたんだよ」


「……エイナ?」


誰だ?


「ほら、あいつ。君にいろいろ話してたでしょ?」


……いろいろ話してた?


まさか――

俺の中にいる、あいつの名前が……エイナ?


「君の身体の中にいる、あのバカだよ」


「……チッ」


そのとき――

頭の中から、エイナの声が聞こえた。


『あんたのほうがバカでしょ。この青ネズミ野郎』


「うるさいな! 君、今は発言権ないからね!」


『それに、私はネズミじゃなくて猫だから!!!』


「知るかよ!」


『あっ、ルクラン。君、規則違反してるよ!!!』


「僕には関係ないっての。君があいつを殺そうとしたんだろ」


「おいおい……お前ら、小学生かよ。喧嘩すんなって」


『あ、ルクラン。君、今のは規則違反だよ』


「……は?」


『第二の約束、忘れちゃった?』


エイナの声が、少しだけ低くなる。


『私の核が望むことには、逆らわない』


『――それが、二つ目の約束でしょ?』


「……」


『だから、ちゃんと聞いてね』


甘い声だった。

けれど、その奥には有無を言わせない執着が滲んでいる。


『君は私の宿主なんだから』


『私の言うことを聞いてくれないと……私、悲しくなっちゃうよ?』


「……お前、本当にムカつくな」


ルルが呆れたように呟いた。


「僕だって天の魔王様の使いなんだからね。少しは敬意を持ってよ」


『知るかよ』


「お前なぁ……」


『ふふっ』


エイナは楽しそうに笑った。


『ルクランが私のことをちゃんと分かってくれれば、それでいいんだよ~』


「はいはい、もう喧嘩すんな」


俺は二人の会話を無視して、ベッドから立ち上がった。


「……ちょっと散歩してくるか」


久しぶりに――

太陽を見たい。


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