第6話 命令
俺は目を開け、天井を見つめた。
……見覚えのある天井だ。
ここは……王国騎士団の医療室。
とりあえず、起き上がるか。
……そういえば。
シアは死んだ。
仮面の男も死んだ。
そして――俺の身体の中には、変態みたいな奴が一人いる。
……改めて考えると、気持ち悪いな。
「……深呼吸すると、少し楽になるよ」
俺はゆっくりと顔を上げた。
ベッドの傍らには、ロルフィが座っていた。
「はい」
ロルフィはスプーンで薬をすくい、ふうっと息を吹きかけた。
「熱くないよ。ゆっくり飲んでいいからね」
「……ありがとう」
俺は薬を口にした。
……やっぱり、ロルフィは優しい。
ロルフィは空になった器を置くと、そっと俺の手に触れた。
「……怖かったんだよ」
「……」
「あのとき、全身血だらけで運ばれてきた君を見たとき……本当に、もう駄目なんだって思った」
ロルフィは、俺の手をぎゅっと握った。
「でも……よかった」
「生きててくれて、本当によかった……」
俺は、何も言えなかった。
ロルフィは、俺の幼馴染だ。
そして――俺にとって、家族でもある。
俺たちは二人とも、プリンスターのもとで育った。
……そういえば。
あのとき、俺を助けに来てくれた大柄な男。
あいつこそ、俺の養父――プリンスターだ。
「……ロルフィ」
「どうしたの?」
「俺……」
俺は言葉を止めた。
シアのことを話すべきか。
魔王のことを話すべきか。
それとも、俺の身体の中にいるあの狂った奴のことを……
「……なんでもない」
俺は小さく首を横に振った。
「なんでもないんだ」
ロルフィは何も聞かなかった。
ただ、俺の手を握ったままだった。
「話したくなったら、そのときでいいよ」
……優しいな。
今の俺には、少しきついくらいだ。
『……あら』
頭の中から声が聞こえた。
『本当に優しい子だね~』
……あいつだ。
うるさい変態め。
『こんなに君のことを心配してるなんて、可哀想~』
笑っている。
でも――
嫉妬してるのが分かる。
『ねえ、ルクラン』
『その子の手、いつまで握ってるの?』
「……」
『私以外の女に触られるの、嫌なんだけどな~』
(黙れ)
俺は心の中で言った。
『ふふっ』
あいつは楽しそうに笑った。
『そういう顔、大好き』
その笑い声が消えた直後――
『でも、一つ問題があるんだよね』
最悪だ。
こいつが本気になると、ろくなことが起きない。
俺の意識は、また沈んでいった。
そして……また、白骨だらけの精神世界に戻ってきた。
あいつが、そこに立っている。
赤い髪。
橙色のチャイナドレス。
そして、鮮やかな翠色の瞳。
「……何が問題なんだ?」
「プリンスター」
こいつは笑った。
「君のお父さん、勘が鋭すぎるんだよね」
「……」
「このままだと、君の身体の中に何かいるって、すぐに気づいちゃうかもしれないよ?」
彼女は俺のほうへ近づいてくる。
「そうなったら、困るでしょ?」
「……お前が何とかしろ」
「やだ~」
少女は首を横に振った。
そして、にっこりと笑った。
「君がやってよ」
嫌な予感がした。
「何を?」
彼女は俺の首に腕を回した。
その仕草だけ見れば、まるで恋人みたいだった。
「殺して」
「……誰を?」
「プリンスター」
……は?
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「……冗談はやめろ」
「どうして?」
彼女は本気で分からないとでも言うように、首を傾げた。
「十年間、君を育ててくれた人だから?」
「……」
「君にとって、お父さんみたいな存在だから?」
彼女は小さく笑った。
「まあ、私は人間の気持ちなんて分からないけど」
そして――
「私は、あいつを自分の手で壊したいんだよね~」
こいつの笑みが消えた。
「これは命令だよ、ルクラン。」
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「ルク……?」
現実から、声が聞こえた。
俺は目を開けた。
ロルフィが心配そうに俺を見ている。
「大丈夫? 顔色、すごく悪いよ」
「……大丈夫だ」
そのとき――
木製の扉が、ゆっくりと開いた。
「クル、起きてるか?」
聞き慣れた声。
プリンスターだった。
彼は濡れた上着を脱ぎながら、小さな箱を持っていた。
「昔、好きだっただろ? ちょうどアップルパイを手に入れてな――」
そこまで言って、プリンスターは笑った。
「……よかった。少し顔色が戻ったな」
俺は彼を見つめた。
俺の父親。
頼りになる人。
俺は、あの人を殺そうなんて、一度も考えたことがなかった。
胸の奥で、あいつが小さく囁いた。
『ねえ』
『笑ってよ?』
『お父さんに――いつもみたいに』
俺はゆっくりと口元を上げた。
「……ありがとう、父さん」
その笑顔は、穏やかだった。




