第5話 三つの約束
「……なあ」
「ん?」
「いつまでも『お前』って呼ぶわけにもいかないだろ」
「じゃあ、私のことなんて呼びたい?」
「……バカ」
「いいよ~」
「そういえば……俺、シアの魔力核を取り込んだのに、なんでシアは戻ってこないんだ?」
「……そう」
口元が緩む。
「その顔、素敵」
冷たい指先が伸びてくる。
俺の額に触れる。
「もっと見せてよ、ルクラン」
「黙れ。質問に答えろ」
「怒ってる」
「黙れ!」
「うん。いいね」
バカは、楽しそうだった。
「でも、シアはもう戻らないよ」
「……は?」
「だから、人は死んだら戻ってこないんだよ」
分からない。
俺には、何も分からない。
じゃあ――どうして俺は、母さんの声を聞くことができた?
死んだ人間は、戻ってこないんじゃないのか?
「……可愛いなぁ」
少女は、楽しそうに目を細めた。
「まだ知らないふりしてるんだ?」
「……?」
「君が母さんの声を聞いてること――」
少女は、くすっと笑った。
「私が知らないとでも思った?」
俺は固まった。
……なんで、こいつが知ってるんだ?
まあいい。
先にシアのことを聞こう。
「余計なことはいい。早く答えろ」
「だから。君は食べたんだよね」
「……」
「でも、何も起こらなかった」
「どうしてだと思う?」
「……黙れ」
「この力にはね、条件があるんだよ」
こいつは俺の前にしゃがみ込んだ。
「一方的な願いじゃ、駄目なの」
「……」
「魂と魂が、お互いに求め合っていなきゃいけない」
俺の身体が震えた。
「君がシアを愛していたのは、本当だよ」
「……」
「でも――シアも、同じように君を愛していたのか。それは、別の話だよね?」
「黙れ」
「もしシアが本当に君を愛していたのなら――血の繋がりなんてなくても、少しくらいは魂の欠片が君に応えてもおかしくないはずだよ」
こいつは笑った。
「でも、何もなかった」
「……」
「何一つ」
涙が、俺の目からこぼれ落ちた。
「……やめろ」
「だから――」
「黙れええええっ!」
「……違う」
俺は何度も首を横に振った。
「違う……!」
「ルクラン」
「そんなわけない……!」
こいつは、ただ黙って俺を見つめていた。
しばらくして――
「……はぁ」
さっきまで瞳の奥に残っていた愉悦が、ゆっくりと消えていく。
その代わりに浮かんだのは、強烈な執着だった。
こいつは両腕を伸ばし、俺の背中へ回した。
「もう、いいよ」
「……」
「そんなに苦しまなくていい」
耳元で、こいつが囁く。
「だって、私がいるから」
彼女は俺の背中をそっと撫でた。
「今の君は、三つだけ覚えておけばいいよ」
俺は顔を上げた。
彼女は笑っていた。
「一つ目」
彼女は目を細める。
「私の存在と、魔王のことを――誰にも話さないこと」
「……」
こいつはバカだ。
それでも、俺には分かる。
こいつからは、魔王だけが持つ独特の気配が漂っている。
……やっぱり、俺の推測は当たっていた。
「もし誰かに話そうとしたら――」
こいつの指が、俺の胸元を指す。
「君の核を、握り潰す」
「……俺が再生できても?」
「うん」
こいつは笑って答えた。
「今度は、死ぬよ」
俺は黙り込んだ。
「二つ目」
こいつは続ける。
「私の核が望むことには、逆らわないこと」
「核……?」
「逆らったら――この身体の主導権、私がもらっちゃうから」
その笑みが、ほんの少し歪んだ。
「そのときは、君と一緒に死ねる方法を探すからね~」
「……」
「安心して。ちゃんと痛い方法を選んであげる」
まるで冗談みたいな言い方だった。
けれど――その目には、笑いなんて少しも浮かんでいなかった。
「最後」
こいつは俺の顎を持ち上げた。
「アヴィナを殺して」
誰だ?
「……アヴィナ?」
「そう」
初めて見た。
こいつが、こんなに真剣な顔をするのを。
「私のお姉ちゃん」
「彼女に不死の呪いをかけられたの」
「……」
「だから、あの女が生きている限り、私はずっとこの醜い魂の姿でいなきゃいけないの」
彼女は自分の胸に手を当てた。
「殺して」
そう言って、彼女は俺を見た。
「そのあとで、ついでに私も殺して」
「……何?」
「これが最後のお願い」
少女は笑った。今までの笑顔とは違って、今回はずっと普通の笑顔だった。
「アヴィナが死ねば、私の呪いも解けるから」
「……」
「そのときは、あなたの手で私を殺して」
俺は少し考えた。
殺してもいい気はする。だって、俺はこいつが嫌いだから。
でも、駄目な気もした。こいつは……ある意味では俺の仲間でもあるから。
「……分かった。」
「アヴィナを見つけたら、俺が殺す。」
「うん。」
「そのときは、俺がお前も殺してやる。」
彼女は目を細めた。
「……いい子。」
彼女は嬉しそうに笑った。
そして、突然俺のほうへ顔を寄せてくる。
彼女は俺の耳元で囁いた。
「頑張ってね、私の宿主」
「君の身体も。」
彼女の指先が、俺の胸を撫でる。
「魂も。」
彼女は、静かに微笑んだ。
「君のすべての記憶も――全部、私のものなんだから。」
精神世界が、激しく揺れ始めた。
世界が崩壊し、赤黒い空が引き裂かれていく。
俺の視界は、真っ白に染まった。
「……待て!」
俺が叫んだ、その瞬間――
俺は、真っ暗な夜を見た。
「……うっ!」
俺は目を開けた。
現実だ。
血に染まった道。漆黒の夜。
そして――壁際に横たわるシアの身体。
「クル――!」
その声が聞こえた。
一人の大柄な男が、路地裏へ駆け込んでくる。
重厚な鎧。
背中には、巨大な剣。
「クル――!」
男は俺のもとへ駆け寄ってきた。
「おい! しっかりしろ!」
俺の肩を掴み、何度も揺さぶる。
「まだ生きてるのか!?」
俺は答えなかった。
いや......答える気力すらなかった。
俺の胸の奥で、あいつが笑っている。
『忘れちゃダメだよ』
甘い声。
『一つ目の約束』
『誰かに話したら――』
少女の声が、楽しそうに弾んだ。
『君の魔力核が、パキッ♪って壊れちゃうからね~♡』




