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第31話 人形と少女の始まり

親父を埋めてから、三日が経った。


その間、俺は、ずっと、自分の胸に、意識を集中させていた。


「......何も、感じない」


「焦らない」

ドロテアが、そう言いながら、俺の前に座り、ミミを、床に置いた。


「ミミの力、思い出して。あれと、似てる」


「......ミミが、扉を作ったときのか」


「うん」


ドロテアは、ミミの頭を、そっと撫でた。

「名前をつけると、核ができる。核があると、繋がりたい場所に、繋がれる」


「......繋がりたい場所?」


「ミミの場合、私が、行き先を、思い浮かべた」


ドロテアは、俺のほうを、見た。


「あんたの、時の欠片も、同じだと思う。核が、行き先を、覚えてる」


「......でも、俺、その行き先、思い浮かべられてない」


「思い浮かべなくていい」


「......え?」


「もう、刻まれてるから」

ドロテアは、はっきりと、そう言った。


「親父さんの核に、最初から、刻まれてた場所。あんたが、探す必要、ない」


「......なんで、そんなことが、分かるんだよ」


「あの分身の記憶。核を継いだ者には、刻まれた時間が、視える瞬間がある、って」


「......ああ、言ってたな」


「それ、たぶん、比喩じゃない」


ドロテアは、ミミの手を取り、小さく、動かした。

ミミが、こくりと、頷く。


「文字通り、視える。ちゃんと、集中すれば」


俺は、もう一度、目を閉じた。

胸の奥に、意識を、沈めていく。

微かな、規則正しい音。

時計の針みたいな、あの感覚。


「......あ」


不意に、頭の中に、光景が、浮かんだ。

灰色の靄。

小さな人影が、二つ。


――見えた。


「......見えた」

俺は、目を開けて、そう言った。


「灰色の靄。エイナと、ルル」


「うん」

ドロテアは、当然のように、頷いた。

「それが、行き先」


「......こんな、あっさり」


「あんたが、難しく考えすぎてただけ」

彼女は、ミミの頭を、また、撫でた。

「核は、迷わない。迷うのは、いつも、使う側」


「......説教くさいな」


「事実」


俺は、少し、笑ってしまった。


「......なあ、ドロテア」


「なに」


「お前、なんで、こんなに、詳しいんだよ。人形のこと」

ドロテアは、しばらく、黙っていた。


「......昔、作ってもらったから。人形」


「......誰に」


「覚えてない。小さい頃のこと」

彼女は、視線を、落とした。


「気づいたら、一人だった。人形と一緒に」


「......それで、名前をつけたのか」


「話し相手、欲しかったから」

ドロテアは、淡々と、そう言った。


「人形に、名前つけたら、動いた。嬉しかった」


「......それが、始まりか」


「うん」


「フェルゼンとは、どうやって」


「......拾われた」

短い、答えだった。


「他に、行くとこ、なかったから」


「......そうか」


俺は、それ以上、聞かなかった。

聞いていい話と、聞かなくていい話が、あるような気がした。


「......エイナには?」


「もっと前」

ドロテアは、少しだけ、目を細めた。

「フェルゼンより、ずっと前。まだ、小さかった頃」


「......どんな、感じだったんだ」


「優しかった。今と、あんまり、変わらない」


彼女は、そう言うと、初めて、小さく、笑った。


「でも、時々、すごく、怖かった」


「......怖い?」


「なんでも、見透かしてくる感じ。今も、そう」


「......分かる、それ」

俺は、思わず、頷いた。


「あいつ、いつも、こっちの考えてること、先回りしてくるからな」


「うん」

ドロテアは、頷いた。

それから、ミミを、抱き上げた。


「......行ける、と思う。あんたなら」


「......ありがとう」


「礼はいい。まだ、成功してない」

でも、その声には、確かな、手応えが、あった。


俺は、もう一度、胸の奥の、あの音に、耳を澄ませた。

規則正しい、時計の針。

その向こうに、確かに、道が、見えていた。


「......準備、しよう」


「うん」

ドロテアは、立ち上がり、道具を、用意し始めた。


窓の外は、もう、夕暮れだった。

崩れた王府に、橙色の光が、差し込んでいる。

その光の中で、俺は、もう一度、自分の胸に、手を当てた。

行ける。

確信が、少しずつ、育っていくのが、分かった。


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